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三十一、呪われた年代
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王都の中心部から少し離れた場所にある王立学園は広大な敷地を有しており、その周りには学生に必要な物を販売する店や飲食店などが集まってひとつの町のようになっている。王都にタウンハウスを持たない者のために寮も完備されていて、ここだけでも快適に過ごせるようになっていた。
私は離宮から馬車で姉と共に通学するのだが、アンノさんは別行動になる。<ヒョウイシャ>の方達は式典には参加せずにそのまま特別クラスへ案内される。式典をおこなう講堂へ向かえばレベッカ様達と合流できた。
「ごくげんよう。レベッカ様、ソフィア様」
「ごきげんよう、アマリア様」
「ごきげんよう。生徒が増える前に中へ入りませんか」
「そうですね」
生徒が増えて混雑する前に席へと移動する。私達の席は決められており前列にある。すでにクラス分けはされているので席もそのとおりに決められている。三人で並んで座り少し話をしていれば式典が始まった。
学園長の挨拶、生徒代表のクレメッティ兄様や新入生代表の挨拶などが進み式典も終わりに近づいてきた頃、後ろの方が騒がしくなり何事かと思っていたらバンッという大きな音とともに扉が勢いよく開かれた。
「すみませーん、遅刻しちゃいました! テヘッ☆ やっぱりこういう時の『ヒロイン』は遅れて登場するものなのよね」
チェリーピンクの髪をしたひとりの女子生徒がきゃぴきゃぴしながら立っていた。一気に静まり返る講堂内でいち早く動いたのはクレメッティ兄様だった。
「衛兵、その生徒を連れて行け!」
「ちょ、ちょっと何よ! アタシは『ヒロイン』なのよ! 小説だって乙女ゲームだってここから始まるんじゃない! 離しなさいよ!」
騒いでいた声が遠ざかっていき、ゆっくりと扉は閉じられた。それでも講堂内は静まり返っている。クレメッティ兄様は額に手を当てて首を横に振っており、私の隣に座るレベッカ様とソフィア様にいたっては死んだ魚のような目をしておられた。
まさかとは思うが先程の女子生徒は、いつぞやのお茶会で言っておられたお二人の強烈な知人なのでは。えぇ、たしかにすごく強烈でしたけど。
「レベッカ様、ソフィア様……」
「ふふっ、アレですわアマリア様……」
「えぇ、そうですよアマリア様……」
お二人は諦めるように笑っている。<ヒョウイシャ>というのはどうして誰も彼も『ヒロイン』を自称なさるのだろうか。アレを見てしまえば、やはりアンノさんは大人しいほうなのだと再認識してしまう。
クレメッティ兄様は直ぐに学園長に視線を送って式典の続きを促している。そして小さく呟かれたのだろう。声は聞こえなかったが「アグレッシブ令嬢め」と口を動かされていた。
これが私が初めて直接『アグレッシブ令嬢』を目にした瞬間だった。
「アマリア……『アグレッシブ令嬢』はとんでもないな。実際に見てみたら、あのクラスの中でひとりだけ飛び抜けていたぞ」
グロリアは神妙な顔で話しているのは『アグレッシブ令嬢』の事だった。ポズィティーフ男爵家長女のリッリ様は、あの式典に参加していたみなに強烈な印象を残して連行されていった女子生徒だ。特別クラスは少人数でリッリ様以外は自分の世界に入り込んでおり、彼女ひとりで騒いでいたそうだ。
「中から見ているだけで疲れたな」
「大丈夫グロリア? 今日はもう休む?」
「うーん……もっと話したかったが、今日はこの辺にしておこうか。アマリアも疲れただろう?」
「大丈夫って言いたいけど少し眠いかな」
本当はもっと話していたかったけど今日はお互いに疲れているみたいなので、この流れのまま夜のお茶会は終了した。
学園生活に慣れてきた頃、私の視界にチェリーピンクがちらちらと映り込むようになった。こちらに突撃してきそうな勢いだが、私達のまわりにはひっそりと生徒にまぎれた護衛がついている。もちろんリッリ様にも監視役の護衛がついている。一応はレベッカ様とソフィア様の知人らしいので接触しようとしているのかと思っていたのだが、目的はよくわからない。
さらによく観察してみると、リッリ様の様子を観察するように見ている女子生徒がいた。生徒にまぎれている監視役の方かと思っていたが違うようだ。物陰からこっそりとうかがっており、ぶつぶつと呟いてはニヤニヤと笑っている。この方もおそらく<ヒョウイシャ>なのだろう。
さらにさらに、ゴージャスな立巻きロングの『悪役令嬢』な方がリッリ様とよく言い合いをしていた。他にも『亡国の王子』や『大魔法使いの末裔』に『チート主人公』、『妖精王の愛し子』、『ラスボス』などなど。<ヒョウイシャ>の方達はバリエーション豊富だった。ただし、すべて自称がつくのが共通している。そしてなぜか私達と同年の方達だった。
「私達の年代は呪われているのでしょうか?」
思わず言葉に出てしまったがそう言いたくもなる。二年三年の特別クラスの方達は大人しい方ばかりだそうだ。なぜこの学年にだけ集中して集まっているのだろうか。
「アマリアがそう言いたくなる気持ちもわかるよ。報告書を読んで知っていたつもりだったけど、毎日どこかでアレらに遭遇すればため息のひとつも吐きたくなる」
「クレメッティ殿下……」
ここは王家専用の特別室で限られた者しか入れない。今はここだけが安全地帯だった。クレメッティ兄様の横にはレベッカ様が座って、手を握って慰めている。ソフィア様の横にも婚約者様が座っており、お二人で<ヒョウイシャ>について考察していた。兄様のご友人や姉にエレオノーラ様、フローラ様もここでお茶を飲んでいる。
<ヒョウイシャ>の方達も監視はされているが、ある程度の自由が許されている。なるべく接触はしないようにしているがそれでも目に入ってくる時もあり、そのたびに避けている。
グロリアはリッリ様以外は大人しい方だったと初日の夜に言っていたが、翌日の夜には前言撤回した。そして特別クラスで毎日この光景を目にしている。アンノさんは授業中も妄想をしているが、抜け出したりなどはせずに大人しくしているそうだ。おかげで先生の話を聞けて授業が楽しいとグロリアは言っていた。ストレスや負担を感じていないのなら良いのだけど。
お茶を一口飲み、兄様達の様子をうかがう。こんな状態だが、レベッカ様もソフィア様も婚約者と一緒に学園生活がおくれて楽しそうである。五歳差の私とエドヴァルド様では一生訪れる事のないそれが、少し羨ましかった。
私は離宮から馬車で姉と共に通学するのだが、アンノさんは別行動になる。<ヒョウイシャ>の方達は式典には参加せずにそのまま特別クラスへ案内される。式典をおこなう講堂へ向かえばレベッカ様達と合流できた。
「ごくげんよう。レベッカ様、ソフィア様」
「ごきげんよう、アマリア様」
「ごきげんよう。生徒が増える前に中へ入りませんか」
「そうですね」
生徒が増えて混雑する前に席へと移動する。私達の席は決められており前列にある。すでにクラス分けはされているので席もそのとおりに決められている。三人で並んで座り少し話をしていれば式典が始まった。
学園長の挨拶、生徒代表のクレメッティ兄様や新入生代表の挨拶などが進み式典も終わりに近づいてきた頃、後ろの方が騒がしくなり何事かと思っていたらバンッという大きな音とともに扉が勢いよく開かれた。
「すみませーん、遅刻しちゃいました! テヘッ☆ やっぱりこういう時の『ヒロイン』は遅れて登場するものなのよね」
チェリーピンクの髪をしたひとりの女子生徒がきゃぴきゃぴしながら立っていた。一気に静まり返る講堂内でいち早く動いたのはクレメッティ兄様だった。
「衛兵、その生徒を連れて行け!」
「ちょ、ちょっと何よ! アタシは『ヒロイン』なのよ! 小説だって乙女ゲームだってここから始まるんじゃない! 離しなさいよ!」
騒いでいた声が遠ざかっていき、ゆっくりと扉は閉じられた。それでも講堂内は静まり返っている。クレメッティ兄様は額に手を当てて首を横に振っており、私の隣に座るレベッカ様とソフィア様にいたっては死んだ魚のような目をしておられた。
まさかとは思うが先程の女子生徒は、いつぞやのお茶会で言っておられたお二人の強烈な知人なのでは。えぇ、たしかにすごく強烈でしたけど。
「レベッカ様、ソフィア様……」
「ふふっ、アレですわアマリア様……」
「えぇ、そうですよアマリア様……」
お二人は諦めるように笑っている。<ヒョウイシャ>というのはどうして誰も彼も『ヒロイン』を自称なさるのだろうか。アレを見てしまえば、やはりアンノさんは大人しいほうなのだと再認識してしまう。
クレメッティ兄様は直ぐに学園長に視線を送って式典の続きを促している。そして小さく呟かれたのだろう。声は聞こえなかったが「アグレッシブ令嬢め」と口を動かされていた。
これが私が初めて直接『アグレッシブ令嬢』を目にした瞬間だった。
「アマリア……『アグレッシブ令嬢』はとんでもないな。実際に見てみたら、あのクラスの中でひとりだけ飛び抜けていたぞ」
グロリアは神妙な顔で話しているのは『アグレッシブ令嬢』の事だった。ポズィティーフ男爵家長女のリッリ様は、あの式典に参加していたみなに強烈な印象を残して連行されていった女子生徒だ。特別クラスは少人数でリッリ様以外は自分の世界に入り込んでおり、彼女ひとりで騒いでいたそうだ。
「中から見ているだけで疲れたな」
「大丈夫グロリア? 今日はもう休む?」
「うーん……もっと話したかったが、今日はこの辺にしておこうか。アマリアも疲れただろう?」
「大丈夫って言いたいけど少し眠いかな」
本当はもっと話していたかったけど今日はお互いに疲れているみたいなので、この流れのまま夜のお茶会は終了した。
学園生活に慣れてきた頃、私の視界にチェリーピンクがちらちらと映り込むようになった。こちらに突撃してきそうな勢いだが、私達のまわりにはひっそりと生徒にまぎれた護衛がついている。もちろんリッリ様にも監視役の護衛がついている。一応はレベッカ様とソフィア様の知人らしいので接触しようとしているのかと思っていたのだが、目的はよくわからない。
さらによく観察してみると、リッリ様の様子を観察するように見ている女子生徒がいた。生徒にまぎれている監視役の方かと思っていたが違うようだ。物陰からこっそりとうかがっており、ぶつぶつと呟いてはニヤニヤと笑っている。この方もおそらく<ヒョウイシャ>なのだろう。
さらにさらに、ゴージャスな立巻きロングの『悪役令嬢』な方がリッリ様とよく言い合いをしていた。他にも『亡国の王子』や『大魔法使いの末裔』に『チート主人公』、『妖精王の愛し子』、『ラスボス』などなど。<ヒョウイシャ>の方達はバリエーション豊富だった。ただし、すべて自称がつくのが共通している。そしてなぜか私達と同年の方達だった。
「私達の年代は呪われているのでしょうか?」
思わず言葉に出てしまったがそう言いたくもなる。二年三年の特別クラスの方達は大人しい方ばかりだそうだ。なぜこの学年にだけ集中して集まっているのだろうか。
「アマリアがそう言いたくなる気持ちもわかるよ。報告書を読んで知っていたつもりだったけど、毎日どこかでアレらに遭遇すればため息のひとつも吐きたくなる」
「クレメッティ殿下……」
ここは王家専用の特別室で限られた者しか入れない。今はここだけが安全地帯だった。クレメッティ兄様の横にはレベッカ様が座って、手を握って慰めている。ソフィア様の横にも婚約者様が座っており、お二人で<ヒョウイシャ>について考察していた。兄様のご友人や姉にエレオノーラ様、フローラ様もここでお茶を飲んでいる。
<ヒョウイシャ>の方達も監視はされているが、ある程度の自由が許されている。なるべく接触はしないようにしているがそれでも目に入ってくる時もあり、そのたびに避けている。
グロリアはリッリ様以外は大人しい方だったと初日の夜に言っていたが、翌日の夜には前言撤回した。そして特別クラスで毎日この光景を目にしている。アンノさんは授業中も妄想をしているが、抜け出したりなどはせずに大人しくしているそうだ。おかげで先生の話を聞けて授業が楽しいとグロリアは言っていた。ストレスや負担を感じていないのなら良いのだけど。
お茶を一口飲み、兄様達の様子をうかがう。こんな状態だが、レベッカ様もソフィア様も婚約者と一緒に学園生活がおくれて楽しそうである。五歳差の私とエドヴァルド様では一生訪れる事のないそれが、少し羨ましかった。
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