World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)

緋色牡丹

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第一章「永遠の森」

第三十話「冒険の丘」

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 鉄門をくぐり、外に出ると──
 空はすでに暮れはじめ、沈む夕が夜の色へ溶けていた。
 
「──その剣、なんか見覚えあるなぁと思ったら、宝剣だったのね」
 フィオナは銀の容器に入った塗り薬を、つんっと俺に塗った。
「痛でででで!」
 彼女の指が触れるたび、激痛が走る。
 エルフ秘蔵の回復薬らしい。
 切り傷や骨折にも効き、致命傷でなければ一週間もすれば治るという。
「俺が、抜いたわけじゃない……勝手に飛んできたんだよ」
「……いいなぁ。お祖母ちゃんが使ってた剣なんだよ」
 ぬりぬりと、彼女は手を止めずに言う。
「あぁっ、もっと優しくっ!」
「ほら、動かないで。塗れないでしょっ」
 ぐりぐりと、容赦なく──
「えいっ」
「アァーーッッ!!!!」
 悲鳴が、空にこだました。

 ララ──ラ──ラ──
 
 旋律が、していた。
 音ではない。
 胸の奥に、たしかに鳴っていた。
 
 
 
「──これが、女神の聖壇」
 尖頭を描く大きな石碑は、天を貫くように聳えていた。
 長い年月を経て、石肌はひび割れ、苔むしている。
 正面には、黄金の意匠──翼を広げた剣の紋章。
 刃は地を指し、柄には光の円環。その上で、星の紋様が淡く輝いていた。
 壇下には、黒ずんだ銀の杯。
 澄んだ空気の中、青白い精霊たちが儀式のように舞っている。
 ──神の聖域。
 そう表現する以外に、言葉が見つからない。
 古の神秘を抱いた石碑の表面には、細かな文字が刻まれている。
「なんて書いてるんだ?」
「うーん……私も、読めない。二千年以上前のものだしね」
 フィオナは、口元に親指を運ぶと──
「聖壇の調律、始めるね」
 指先を切った。
 零れた血が、聖壇の下──黒ずんだ銀の杯に触れる。
 空気が揺れた。
 フィオナの身体から、じわりと白い魔力が漏れ出す。
 それは導かれるように、銀杯へと吸い込まれていった。
 その時。
 銀杯の黒ずみはほどけるように消え、ほのかな暁光を放った。
 意識の奥へ、“声”が流れ込んでくる──
 
『アス──リア──。ア──トリ──だ』
 
 精霊たちの言葉が、理解わかる。
「アストリア……」
 フィオナが言った。
「……なんだ、それ」
「“星に選ばれし者”──女神の使徒を意味する、神代の言葉よ」
 
『──運命の扉は、開かれた』
 
 それは、精霊の声ではなかった。
 初めて聞くはずなのに、
 どこか懐かしい──
 美しく、凛とした女声だった。
「運命の扉って?」
「えっ。何の話?」
 フィオナには、聞こえていないようだった。
「……いや。何でもない」
 考える間もなく、風が渦を巻き、空気が輝きはじめた。
 精霊たちは踊るように、周囲を飛び交っている。
 光の粒子が、ゆるりと俺たちを包む。
 それは意思を持つかのように、胸の奥へと溶け込んだ。
「わぁ……あったかい」
「これは……」
 体の内が、静かに満たされていく。
 心臓の奥で──体内を巡る魔力の“器”が、一段と深くなっていく感覚。
「……女神の祝福、ってやつか」
 精霊に導かれるように、聖壇の先に進んでいく。
 眼前に広がったのは──
 
 天空満たす、無限の星海。

 雲海の切れ間から光が降り、幾重にも続く大地を照らしている。
 天地の境界は溶け、光の粒が風に揺れた。
 果てない夜の向こう、淡い橙が地平へと沈んでいく。
 世界が、呼吸していた。
 まだ見ぬ遠くから、呼ばれているようだった。

「これが……世界……」
 フィオナが、息を呑むように呟く。
 俺は、言葉を忘れていた。
 彼女は両手を広げると、
「冒険の丘──この先には、無限の世界が広がってるんだ」
 ずっと、遠い彼方に目を向けていた。
 水青の髪が、静かな月光を受けきらめく。
 やがて手を下ろすと、その場でゆるりと回り始めた。
「大陸の真ん中には、なんでも集まる大きな街!
 東は人の島国、西は獣人だらけ!
 南は騎士の王国、海の底にも、空の上にも……
 きっと、たくさんの出会いがあるわ!」
 彼女は一息つくと、俺を見つめた。
「聖壇は、残り十二個……」
 その碧い眼には、ほんのわずかな不安が灯っている。
「最後まで、一緒にいてくれる?」
「……あと、十二個もあるの!?」
「ワガママ聞くって、森で言ってた」
 不満げに、頬を膨らませる。
「……オーケー。わかった……協力するよ。死なない程度にさ」
 
 笑顔が咲いた。
 
 夜照らす、春の花。
 
 ──美しい。
 
 ああ。
 
 俺は、きっと──
 
「私たち、冒険者になるんだ。ねぇ、ワクワクしない?」
 胸が、高鳴った。
「ああ……そうだな」
 遥かな地平線を眺めていると──
「あっ! 綺麗な石!!」
「えっ! ちょっ、待っ──」
 手を伸ばした時にはもう、
 近くにあった謎の光石に、フィオナが触れていた。
 止める間もなく。
 俺たちの足元、地面が開いた。
 下へ──
「きゃぁぁああああ~ッ!!!!!」
「何回目だよぉおおお~ッ!!!!」
 暗い底へ。
 下へ、下へと、落ちていく──
 前途多難。
 冒険は、まだまだ続きそうだった。
 
 こうして、永遠に続く森は終わりを告げた。
 エルフの少女と異界の男。
 交わるはずのなかった二人は、彼方へと旅立っていく。
 長い、長い旅へと。
 
 継がれゆく冒険は、ここから始まった──。
 
『World of Fantasia』
 ──第一章──永遠の森──完
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