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幕間
ストーリーテラー
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「おい、そこのお前」
深夜の森の中、僕は死のうとしていた。
木に垂れた縄へ、そっと首をかける。
「今にも死にそうな、最高の顔をしている男──お前だよ」
誰にも邪魔されない、最期の時間。
──そのはずだった。
「時間があるなら、少し話さないか」
妙な女の声が、ずっと聞こえている。
振り向くと──
そこには、異物がいた。
闇に溶ける黒いドレス。
つばの広い帽子には、枯れかけた青薔薇。
純白の髪が肩へと流れ、薄い月明かりを鈍く弾いている。
片目は髪に隠れ、紫の瞳が妖しく覗いていた。目尻には、奇妙な細い刻印。
真っ黒な口紅に染まる唇が、薄く弧を描き──
楽しそうに、笑った。
「見てわからないのか。僕は今、これから死のうとしてるんだ」
「知っているとも。だから、話しかけているんだ」
──不気味だ。
いつもなら、こんな怪しい女に構うことはない。
だが。
今日の僕は、疲れていた。
「……何を話すっていうんだ」
黒い唇の端が、ゆるりと上がった。
「なに、ただの雑談だ。本座の前の、余興という奴だ」
「それで?」
「──なぜ人は、感情に左右される?」
意味が、掴めない。
「例えば虫は、そんな事を考えているか?」
彼女はそう言うと、
木にぶら下がっていた黒蜘蛛を掴み──
握り潰した。
「楽しかろうが、悲しかろうが……最後は死ぬんだ」
「……」
「お前のように、生きる権利があるのに、死を選ぶ奴もいる」
「事情が……あるんだよ」
「そうだろうな」
彼女は、くつくつと笑った。
「人間とは、たまらなく興味深い」
「僕は、失敗したんだ」
胸にかかった琥珀色のペンダントを、握りしめた。
彼女は何が楽しいのか、愉快そうに顔を歪めている。
「私は思うんだ──
幸、不幸、喜怒哀楽……すべてに意味は、無いんじゃないか。とね」
踊るように、体を揺らしていた。
「死を想え。忘れるな──すべては、地に還る」
楽しそうに。
この夜は、彼女の舞踏会だった。
「僕は、後世に名を残すはずだったんだ……」
話は、まるで噛み合わない。
「名を残す? 百年も経てば、お前はそこにいないじゃないか。何の意味がある?」
唇を尖らせ、純粋な紫眼を向けてきた。
その表情は、謎が解けない子供のようだった。
「理を外れた者すら、いつか死ぬ。お前はそんなことを、気にすべきじゃなかった」
ほんの少し。
たったほんの少しだが……
その言葉に、心が軽くなった。
ふっと、笑いが漏れる。
「君の名前を、教えてくれないか?」
「名前……? 私は、あまり名乗らないのだが」
迷うように、彼女は口に手を当て──
「そう、そうだな……冥途の土産だ。いいだろう」
ドレスの裾をつまみ、静かに一礼した。
「私の名は、ヴェルミナ──ヴェルミナ・ヘイヴン。
どこにでもいる、変哲ない女だ」
「そうか……ヴェルミナ。僕の名前は──」
「いや」
ヴェルミナは手を出し、遮った。
「お前の名に興味はない。どうせ、今から死ぬんだ」
低く、抑えた笑い声が零れる。
「そうだ」
彼女が背に手を回し、戻すと──
その手には、年季の入った赤い本があった。
「最期に、私の研究結果を聞かせてやろう」
「研究者、なのか?」
「死の研究第二百三項──“魂”について」
僕の反応など意に介さず、ヴェルミナは言葉を滑らせていく。
「生物の動きは、電気信号に過ぎない」
ぱん、と彼女は手の甲を叩いた。
一瞬の後──
何もない空間を割るように、赤い棺が現れた。
「ほら、見てくれ……」
ひとりでに、ゆっくりと蓋が開いた。
中には──
金色の巻き髪をした、小さな少女。
黒のゴスロリドレスに身を包み、飾られた人形のように、横たわっていた。
「私の妹だ。綺麗だろう? この顔で、死んでいるんだ……」
愛おしそうに、少女の顔を撫でる。
整いすぎた、美しい死体。
その柔らかな唇へ、彼女は、そっと顔を近づけ──
接吻した。
ふぅっと息を、吹き込んでいく。
そして──
少女は、目を覚ました。
「この通り、魔法を込めれば……死骸でも動く」
少女は、笑った。
ヴェルミナへと歩み寄り、愛おしそうに、その身を抱き寄せる。
「命令すれば笑いもするし、プログラムを組めば……意志すら作れる」
少女の頭を撫でながら、ヴェルミナは淡々と言った。
「十六夜会──十戒の六。死を、冒涜してはならない」
──十六夜会。
聞いたことがある。
魔の頂点に君臨する女たち、“魔女”が名を連ねる集団。
誰もその内情を知らぬ、影の組織。
「あんた……魔女なのか」
「しかし、私は思うんだ。これは……冒涜ではない」
彼女は少女を抱き上げると、その身を引き寄せた。
「これは、もはや……愛情ではないか?」
──恐ろしい。
背筋が、いつの間にか震えていた。
「助かるよ……久しぶりに、人と話したい気分だったんだ」
この女が──
ヴェルミナ・ヘイヴンという存在が、
僕は、たまらなく怖かった。
彼女は、さっと三本の指を立てた。
「三分」
「……?」
「お前が私と話すことで消費した、“生”の時間だ」
くく、と喉を鳴らす。
「ああ、楽しい。命の時間を削ってやるのは、なんて楽しいんだ」
──この女は、狂っている。
紫の瞳が、愉悦に歪んだ。
「引き止めて悪かったな……さぁ、どうぞ」
細い手が、木に掛かった縄を示す。
「さっさと首を吊って、死ぬがいい」
僕は──
駆け出した。
「は?」
自分でも、驚いていた。
先ほどまで死のうとしていたのに、心臓はばくばくと脈打っている。
生を、求めていた。
「…………だめ。だめだよ」
駆ける。
駆ける。
あの女は、狂気的に歪だが、言っていることは正しい。
僕が一人死んだところで、世界は何も変わらない。
だが、生きてさえいれば──
世界を揺らす、小さな波の一つ。
その程度には、なれるかもしれない。
走りながら、胸元、琥珀色のペンダントを開いた。
そこには、赤髪の少女──
長らく言葉を交わしていない、一人娘。
取り返しのつかない過ちを犯した僕を、
それでも、受け入れてくれるだろうか。
駆ける。
駆ける。
死にたくない。
生きたい──!
「ッ──」
不穏な気配。
どろりとした何かが、肌を撫でた。
魔法使いですらない僕でも分かるほどの、異様な魔力。
『おかしな奴だ。死にたがっていたのに──』
声が、聞こえる。
『命の砂時計は、もう落ち切ってるんだ──』
頭の奥に、響いてくる。
『首を吊らないなら──
私が殺す』
自分が、どこへ向かっているのかは分からない。
だが。
確かに僕は、足を出していた。
前へ、前へ。
生に、縋るように。
深い森。
濃霧の中を、ただ突き進む。
やがて、霧がわずかに薄れてきた。
──夜明けが、近づいている。
ドシュ──ッ!
何の音か、分からなかった。
背後から、胸を突き抜ける感触。
体は、それ以上動かなかった。
視線を落とす。
僕の胸に──
少女の腕が、生えていた。
小さな手の中には、
どくどくと脈打つ──
心臓。
「ご……が……ぁ……」
引き抜かれる。
身体は前のめりに崩れ、地面に転がるように、仰向けになった。
視界の先には、金髪の少女。
「おいおい……メアリー。綺麗な髪が、汚れているじゃないか」
緩やかな足音。
「帰ったら、洗ってあげよう」
ヴェルミナが現れ、少女の金髪をやさしく撫でた。
「さようなら。そして、また会おう……」
彼女は、愛おしそうに見下ろす。
死人のような冷たい指が、瞳の前に触れた。
目蓋が、ゆっくり閉じられていく。
『ふふ、三十二体目だ……。
私の可愛い死体。
今から、君の名は──』
そこで、
僕の意識は、
闇へと消えた。
血に塗れた霧の森。
その女、ヴェルミナは宙空を見据えた。
何もないはずの空間を、ただ見ている。
わざとらしく息を吐くと、
「……不愉快。不愉快だ」
あごに指を添え、首を傾げた。
「私を覗いているのは……誰だ?」
──失せろ。
瞬間。
映像が斬り落とされた。
「──おっと! やれやれ……記録魔法を破壊されたか。
これだから、粗暴な魔女は嫌いなんだ」
真っ白な長髪の少女が、独り言ちた。
簡素な黒のドレスと外套をまとい、
不思議な空間に佇んでいる。
床も、壁も、天井もない。
星空のような虚空に、無数の魔法陣と書架、
映像が投影された半透明の板が浮遊していた。
「ん? 迷子の魂が三つ……」
少女が金色の目線を向けた先には──
青白い光球が、三つ浮遊していた。
「ここは、立ち入り禁止なんだが……何? 気づいたらここに来ていた?」
少女は言葉を重ねる。
「まぁいい。君たちがたくさん見てくれる方が、世界は安定する。
観測者は、多い方が良いからね……」
彼女は近くに浮かぶ映像板へ、指先を伸ばした。
「世界は繋がってるんだ、ファンタジアで。
言語も、国境も、思想も、種族もこえて、手をとろうじゃないか」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「垣根というのはね……無い方が面白いんだ」
くるりと、少女は宙で身をひるがえす。
「さて。ここに来た土産に、今まで見ていた世界──
ファンタジアの話をしてやろう。何度目か分からんがな」
楽しげに言う。
彼女は指先で空間をなぞり、多くの映像板を引き寄せた。
「この世界はファンタジア。
常に人が迷い込んでくる……途方もない昔から」
無数の世界線が手元で絡み合う。
映像は重なり、分岐し、めまぐるしく入り乱れた。
「お前だってそうだ。見てるんだろう──“地球”からさ」
少女は手招くと、ひとつの映像が静かに流れてくる。
そこには、青い惑星が映し出されていた。
「僕の名前? 何だったか……しばらく呼ばれてないんだ」
顎に手をやり、視線を伏せる。
「……リュミナール。世界記録者……
そして、君の世界だと……あぁ、そうだ」
少女は、満面の笑みで顔を上げた。
「『語り手』。そう名乗っている」
そう言って、指先を丸めると──
望遠鏡を覗くように、指の中を見た。
「ところで。今日の君は、どうやって僕を見てるんだ?
文字か、動画か……それとも、音だけか」
一拍。
「何はともあれ、感謝するよ。観測せねば──誰も存在しえないのだから」
少女は青白い光球たちに、丁寧に一礼した。
「じゃあ、そろそろ帰りたまえ──物語は、まだ続いてるんだ。
最後に、君のニックネームをコメントに書いてくれないか。覚える努力はしよう」
冗談めかした口調だった。
「どうしてここに居るか? さぁ……分からないよ。
でも、君たちもそうだろう?
自分が生まれた意味なんて、知らないじゃあないか」
少女は、宙を仰いだ。
「気づいたらここにいた。そしてこの世界を見るのが僕の仕事。
物語が破綻しないように、ずっと……ずっと見ているんだ」
一瞬だけ、声が静まった。
「どうする? この広大な世界は誰かの箱庭で……
もし、もし僕たちの存在は、“娯楽”に過ぎなかったら……」
──。
「なんと恐ろしい。戯言さ……忘れてくれ」
少女は、小さく首を振った。
「ああ、登録は忘れずに。僕の記録室は、登録制なんだ。
君たちの言語で言うと、なんだったか──
そう、『フォロー』だ!! とにかく、忘れないでくれよ!
ここまでの演説に胸を打たれたものは、高評価、コメントもお願いしたい。
良いね?
レビューも書いてくれるって!? そりゃあ良いな!」
無邪気に。
明るく。
流れるように喋った。
「親愛なる隣人よ。私に会いたくなったら、観測しにくるといい。
ここに──何度でも」
少女は微笑む。
「では、そろそろ行きたまえ。旅は、まだ続いているのだから」
そして。
心底おもしろそうに、口角を上げた。
「さぁ──冒険を、始めようじゃないか」
少女が指を鳴らすと──
景色は、静かに暗転していった。
深夜の森の中、僕は死のうとしていた。
木に垂れた縄へ、そっと首をかける。
「今にも死にそうな、最高の顔をしている男──お前だよ」
誰にも邪魔されない、最期の時間。
──そのはずだった。
「時間があるなら、少し話さないか」
妙な女の声が、ずっと聞こえている。
振り向くと──
そこには、異物がいた。
闇に溶ける黒いドレス。
つばの広い帽子には、枯れかけた青薔薇。
純白の髪が肩へと流れ、薄い月明かりを鈍く弾いている。
片目は髪に隠れ、紫の瞳が妖しく覗いていた。目尻には、奇妙な細い刻印。
真っ黒な口紅に染まる唇が、薄く弧を描き──
楽しそうに、笑った。
「見てわからないのか。僕は今、これから死のうとしてるんだ」
「知っているとも。だから、話しかけているんだ」
──不気味だ。
いつもなら、こんな怪しい女に構うことはない。
だが。
今日の僕は、疲れていた。
「……何を話すっていうんだ」
黒い唇の端が、ゆるりと上がった。
「なに、ただの雑談だ。本座の前の、余興という奴だ」
「それで?」
「──なぜ人は、感情に左右される?」
意味が、掴めない。
「例えば虫は、そんな事を考えているか?」
彼女はそう言うと、
木にぶら下がっていた黒蜘蛛を掴み──
握り潰した。
「楽しかろうが、悲しかろうが……最後は死ぬんだ」
「……」
「お前のように、生きる権利があるのに、死を選ぶ奴もいる」
「事情が……あるんだよ」
「そうだろうな」
彼女は、くつくつと笑った。
「人間とは、たまらなく興味深い」
「僕は、失敗したんだ」
胸にかかった琥珀色のペンダントを、握りしめた。
彼女は何が楽しいのか、愉快そうに顔を歪めている。
「私は思うんだ──
幸、不幸、喜怒哀楽……すべてに意味は、無いんじゃないか。とね」
踊るように、体を揺らしていた。
「死を想え。忘れるな──すべては、地に還る」
楽しそうに。
この夜は、彼女の舞踏会だった。
「僕は、後世に名を残すはずだったんだ……」
話は、まるで噛み合わない。
「名を残す? 百年も経てば、お前はそこにいないじゃないか。何の意味がある?」
唇を尖らせ、純粋な紫眼を向けてきた。
その表情は、謎が解けない子供のようだった。
「理を外れた者すら、いつか死ぬ。お前はそんなことを、気にすべきじゃなかった」
ほんの少し。
たったほんの少しだが……
その言葉に、心が軽くなった。
ふっと、笑いが漏れる。
「君の名前を、教えてくれないか?」
「名前……? 私は、あまり名乗らないのだが」
迷うように、彼女は口に手を当て──
「そう、そうだな……冥途の土産だ。いいだろう」
ドレスの裾をつまみ、静かに一礼した。
「私の名は、ヴェルミナ──ヴェルミナ・ヘイヴン。
どこにでもいる、変哲ない女だ」
「そうか……ヴェルミナ。僕の名前は──」
「いや」
ヴェルミナは手を出し、遮った。
「お前の名に興味はない。どうせ、今から死ぬんだ」
低く、抑えた笑い声が零れる。
「そうだ」
彼女が背に手を回し、戻すと──
その手には、年季の入った赤い本があった。
「最期に、私の研究結果を聞かせてやろう」
「研究者、なのか?」
「死の研究第二百三項──“魂”について」
僕の反応など意に介さず、ヴェルミナは言葉を滑らせていく。
「生物の動きは、電気信号に過ぎない」
ぱん、と彼女は手の甲を叩いた。
一瞬の後──
何もない空間を割るように、赤い棺が現れた。
「ほら、見てくれ……」
ひとりでに、ゆっくりと蓋が開いた。
中には──
金色の巻き髪をした、小さな少女。
黒のゴスロリドレスに身を包み、飾られた人形のように、横たわっていた。
「私の妹だ。綺麗だろう? この顔で、死んでいるんだ……」
愛おしそうに、少女の顔を撫でる。
整いすぎた、美しい死体。
その柔らかな唇へ、彼女は、そっと顔を近づけ──
接吻した。
ふぅっと息を、吹き込んでいく。
そして──
少女は、目を覚ました。
「この通り、魔法を込めれば……死骸でも動く」
少女は、笑った。
ヴェルミナへと歩み寄り、愛おしそうに、その身を抱き寄せる。
「命令すれば笑いもするし、プログラムを組めば……意志すら作れる」
少女の頭を撫でながら、ヴェルミナは淡々と言った。
「十六夜会──十戒の六。死を、冒涜してはならない」
──十六夜会。
聞いたことがある。
魔の頂点に君臨する女たち、“魔女”が名を連ねる集団。
誰もその内情を知らぬ、影の組織。
「あんた……魔女なのか」
「しかし、私は思うんだ。これは……冒涜ではない」
彼女は少女を抱き上げると、その身を引き寄せた。
「これは、もはや……愛情ではないか?」
──恐ろしい。
背筋が、いつの間にか震えていた。
「助かるよ……久しぶりに、人と話したい気分だったんだ」
この女が──
ヴェルミナ・ヘイヴンという存在が、
僕は、たまらなく怖かった。
彼女は、さっと三本の指を立てた。
「三分」
「……?」
「お前が私と話すことで消費した、“生”の時間だ」
くく、と喉を鳴らす。
「ああ、楽しい。命の時間を削ってやるのは、なんて楽しいんだ」
──この女は、狂っている。
紫の瞳が、愉悦に歪んだ。
「引き止めて悪かったな……さぁ、どうぞ」
細い手が、木に掛かった縄を示す。
「さっさと首を吊って、死ぬがいい」
僕は──
駆け出した。
「は?」
自分でも、驚いていた。
先ほどまで死のうとしていたのに、心臓はばくばくと脈打っている。
生を、求めていた。
「…………だめ。だめだよ」
駆ける。
駆ける。
あの女は、狂気的に歪だが、言っていることは正しい。
僕が一人死んだところで、世界は何も変わらない。
だが、生きてさえいれば──
世界を揺らす、小さな波の一つ。
その程度には、なれるかもしれない。
走りながら、胸元、琥珀色のペンダントを開いた。
そこには、赤髪の少女──
長らく言葉を交わしていない、一人娘。
取り返しのつかない過ちを犯した僕を、
それでも、受け入れてくれるだろうか。
駆ける。
駆ける。
死にたくない。
生きたい──!
「ッ──」
不穏な気配。
どろりとした何かが、肌を撫でた。
魔法使いですらない僕でも分かるほどの、異様な魔力。
『おかしな奴だ。死にたがっていたのに──』
声が、聞こえる。
『命の砂時計は、もう落ち切ってるんだ──』
頭の奥に、響いてくる。
『首を吊らないなら──
私が殺す』
自分が、どこへ向かっているのかは分からない。
だが。
確かに僕は、足を出していた。
前へ、前へ。
生に、縋るように。
深い森。
濃霧の中を、ただ突き進む。
やがて、霧がわずかに薄れてきた。
──夜明けが、近づいている。
ドシュ──ッ!
何の音か、分からなかった。
背後から、胸を突き抜ける感触。
体は、それ以上動かなかった。
視線を落とす。
僕の胸に──
少女の腕が、生えていた。
小さな手の中には、
どくどくと脈打つ──
心臓。
「ご……が……ぁ……」
引き抜かれる。
身体は前のめりに崩れ、地面に転がるように、仰向けになった。
視界の先には、金髪の少女。
「おいおい……メアリー。綺麗な髪が、汚れているじゃないか」
緩やかな足音。
「帰ったら、洗ってあげよう」
ヴェルミナが現れ、少女の金髪をやさしく撫でた。
「さようなら。そして、また会おう……」
彼女は、愛おしそうに見下ろす。
死人のような冷たい指が、瞳の前に触れた。
目蓋が、ゆっくり閉じられていく。
『ふふ、三十二体目だ……。
私の可愛い死体。
今から、君の名は──』
そこで、
僕の意識は、
闇へと消えた。
血に塗れた霧の森。
その女、ヴェルミナは宙空を見据えた。
何もないはずの空間を、ただ見ている。
わざとらしく息を吐くと、
「……不愉快。不愉快だ」
あごに指を添え、首を傾げた。
「私を覗いているのは……誰だ?」
──失せろ。
瞬間。
映像が斬り落とされた。
「──おっと! やれやれ……記録魔法を破壊されたか。
これだから、粗暴な魔女は嫌いなんだ」
真っ白な長髪の少女が、独り言ちた。
簡素な黒のドレスと外套をまとい、
不思議な空間に佇んでいる。
床も、壁も、天井もない。
星空のような虚空に、無数の魔法陣と書架、
映像が投影された半透明の板が浮遊していた。
「ん? 迷子の魂が三つ……」
少女が金色の目線を向けた先には──
青白い光球が、三つ浮遊していた。
「ここは、立ち入り禁止なんだが……何? 気づいたらここに来ていた?」
少女は言葉を重ねる。
「まぁいい。君たちがたくさん見てくれる方が、世界は安定する。
観測者は、多い方が良いからね……」
彼女は近くに浮かぶ映像板へ、指先を伸ばした。
「世界は繋がってるんだ、ファンタジアで。
言語も、国境も、思想も、種族もこえて、手をとろうじゃないか」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「垣根というのはね……無い方が面白いんだ」
くるりと、少女は宙で身をひるがえす。
「さて。ここに来た土産に、今まで見ていた世界──
ファンタジアの話をしてやろう。何度目か分からんがな」
楽しげに言う。
彼女は指先で空間をなぞり、多くの映像板を引き寄せた。
「この世界はファンタジア。
常に人が迷い込んでくる……途方もない昔から」
無数の世界線が手元で絡み合う。
映像は重なり、分岐し、めまぐるしく入り乱れた。
「お前だってそうだ。見てるんだろう──“地球”からさ」
少女は手招くと、ひとつの映像が静かに流れてくる。
そこには、青い惑星が映し出されていた。
「僕の名前? 何だったか……しばらく呼ばれてないんだ」
顎に手をやり、視線を伏せる。
「……リュミナール。世界記録者……
そして、君の世界だと……あぁ、そうだ」
少女は、満面の笑みで顔を上げた。
「『語り手』。そう名乗っている」
そう言って、指先を丸めると──
望遠鏡を覗くように、指の中を見た。
「ところで。今日の君は、どうやって僕を見てるんだ?
文字か、動画か……それとも、音だけか」
一拍。
「何はともあれ、感謝するよ。観測せねば──誰も存在しえないのだから」
少女は青白い光球たちに、丁寧に一礼した。
「じゃあ、そろそろ帰りたまえ──物語は、まだ続いてるんだ。
最後に、君のニックネームをコメントに書いてくれないか。覚える努力はしよう」
冗談めかした口調だった。
「どうしてここに居るか? さぁ……分からないよ。
でも、君たちもそうだろう?
自分が生まれた意味なんて、知らないじゃあないか」
少女は、宙を仰いだ。
「気づいたらここにいた。そしてこの世界を見るのが僕の仕事。
物語が破綻しないように、ずっと……ずっと見ているんだ」
一瞬だけ、声が静まった。
「どうする? この広大な世界は誰かの箱庭で……
もし、もし僕たちの存在は、“娯楽”に過ぎなかったら……」
──。
「なんと恐ろしい。戯言さ……忘れてくれ」
少女は、小さく首を振った。
「ああ、登録は忘れずに。僕の記録室は、登録制なんだ。
君たちの言語で言うと、なんだったか──
そう、『フォロー』だ!! とにかく、忘れないでくれよ!
ここまでの演説に胸を打たれたものは、高評価、コメントもお願いしたい。
良いね?
レビューも書いてくれるって!? そりゃあ良いな!」
無邪気に。
明るく。
流れるように喋った。
「親愛なる隣人よ。私に会いたくなったら、観測しにくるといい。
ここに──何度でも」
少女は微笑む。
「では、そろそろ行きたまえ。旅は、まだ続いているのだから」
そして。
心底おもしろそうに、口角を上げた。
「さぁ──冒険を、始めようじゃないか」
少女が指を鳴らすと──
景色は、静かに暗転していった。
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仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
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定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
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【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。
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