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幕間
ストーリーテラー
「おい、そこのお前」
深夜の森の中、僕は死のうとしていた。
木に垂れた縄へ、そっと首をかける。
「今にも死にそうな、最高の顔をしている男──お前だよ」
誰にも邪魔されない、最期の時間。
──そのはずだった。
「時間があるなら、少し話さないか」
妙な女の声が、ずっと聞こえている。
振り向くと──
そこには、異物がいた。
闇に溶ける黒いドレス。
つばの広い帽子には、枯れかけた青薔薇。
純白の髪が肩へと流れ、薄い月明かりを鈍く弾いている。
片目は髪に隠れ、紫の瞳が妖しく覗いていた。目尻には、奇妙な細い刻印。
真っ黒な口紅に染まる唇が、薄く弧を描き──
楽しそうに、笑った。
「見てわからないのか。僕は今、これから死のうとしてるんだ」
「知っているとも。だから、話しかけているんだ」
──不気味だ。
いつもなら、こんな怪しい女に構うことはない。
だが。
今日の僕は、疲れていた。
「……何を話すっていうんだ」
黒い唇の端が、ゆるりと上がった。
「なに、ただの雑談だ。本座の前の、余興という奴だ」
「それで?」
「──なぜ人は、感情に左右される?」
意味が、掴めない。
「例えば虫は、そんな事を考えているか?」
彼女はそう言うと、
木にぶら下がっていた黒蜘蛛を掴み──
握り潰した。
「楽しかろうが、悲しかろうが……最後は死ぬんだ」
「……」
「お前のように、生きる権利があるのに、死を選ぶ奴もいる」
「事情が……あるんだよ」
「そうだろうな」
彼女は、くつくつと笑った。
「人間とは、たまらなく興味深い」
「僕は、失敗したんだ」
胸にかかった琥珀色のペンダントを、握りしめた。
彼女は何が楽しいのか、愉快そうに顔を歪めている。
「私は思うんだ──
幸、不幸、喜怒哀楽……すべてに意味は、無いんじゃないか。とね」
踊るように、体を揺らしていた。
「死を想え。忘れるな──すべては、地に還る」
楽しそうに。
この夜は、彼女の舞踏会だった。
「僕は、後世に名を残すはずだったんだ……」
話は、まるで噛み合わない。
「名を残す? 百年も経てば、お前はそこにいないじゃないか。何の意味がある?」
唇を尖らせ、純粋な紫眼を向けてきた。
その表情は、謎が解けない子供のようだった。
「理を外れた者すら、いつか死ぬ。お前はそんなことを、気にすべきじゃなかった」
ほんの少し。
たったほんの少しだが……
その言葉に、心が軽くなった。
ふっと、笑いが漏れる。
「君の名前を、教えてくれないか?」
「名前……? 私は、あまり名乗らないのだが」
迷うように、彼女は口に手を当て──
「そう、そうだな……冥途の土産だ。いいだろう」
ドレスの裾をつまみ、静かに一礼した。
「私の名は、ヴェルミナ──ヴェルミナ・ヘイヴン。
どこにでもいる、変哲ない女だ」
「そうか……ヴェルミナ。僕の名前は──」
「いや」
ヴェルミナは手を出し、遮った。
「お前の名に興味はない。どうせ、今から死ぬんだ」
低く、抑えた笑い声が零れる。
「そうだ」
彼女が背に手を回し、戻すと──
その手には、年季の入った赤い本があった。
「最期に、私の研究結果を聞かせてやろう」
「研究者、なのか?」
「死の研究第二百三項──“魂”について」
僕の反応など意に介さず、ヴェルミナは言葉を滑らせていく。
「生物の動きは、電気信号に過ぎない」
ぱん、と彼女は手の甲を叩いた。
一瞬の後──
何もない空間を割るように、赤い棺が現れた。
「ほら、見てくれ……」
ひとりでに、ゆっくりと蓋が開いた。
中には──
金色の巻き髪をした、小さな少女。
黒のゴスロリドレスに身を包み、飾られた人形のように、横たわっていた。
「私の妹だ。綺麗だろう? この顔で、死んでいるんだ……」
愛おしそうに、少女の顔を撫でる。
整いすぎた、美しい死体。
その柔らかな唇へ、彼女は、そっと顔を近づけ──
接吻した。
ふぅっと息を、吹き込んでいく。
そして──
少女は、目を覚ました。
「この通り、魔法を込めれば……死骸でも動く」
少女は、笑った。
ヴェルミナへと歩み寄り、愛おしそうに、その身を抱き寄せる。
「命令すれば笑いもするし、プログラムを組めば……意志すら作れる」
少女の頭を撫でながら、ヴェルミナは淡々と言った。
「十六夜会──十戒の六。死を、冒涜してはならない」
──十六夜会。
聞いたことがある。
魔の頂点に君臨する女たち、“魔女”が名を連ねる集団。
誰もその内情を知らぬ、影の組織。
「あんた……魔女なのか」
「しかし、私は思うんだ。これは……冒涜ではない」
彼女は少女を抱き上げると、その身を引き寄せた。
「これは、もはや……愛情ではないか?」
──恐ろしい。
背筋が、いつの間にか震えていた。
「助かるよ……久しぶりに、人と話したい気分だったんだ」
この女が──
ヴェルミナ・ヘイヴンという存在が、
僕は、たまらなく怖かった。
彼女は、さっと三本の指を立てた。
「三分」
「……?」
「お前が私と話すことで消費した、“生”の時間だ」
くく、と喉を鳴らす。
「ああ、楽しい。命の時間を削ってやるのは、なんて楽しいんだ」
──この女は、狂っている。
紫の瞳が、愉悦に歪んだ。
「引き止めて悪かったな……さぁ、どうぞ」
細い手が、木に掛かった縄を示す。
「さっさと首を吊って、死ぬがいい」
僕は──
駆け出した。
「は?」
自分でも、驚いていた。
先ほどまで死のうとしていたのに、心臓はばくばくと脈打っている。
生を、求めていた。
「…………だめ。だめだよ」
駆ける。
駆ける。
あの女は、狂気的に歪だが、言っていることは正しい。
僕が一人死んだところで、世界は何も変わらない。
だが、生きてさえいれば──
世界を揺らす、小さな波の一つ。
その程度には、なれるかもしれない。
走りながら、胸元、琥珀色のペンダントを開いた。
そこには、赤髪の少女──
長らく言葉を交わしていない、一人娘。
取り返しのつかない過ちを犯した僕を、
それでも、受け入れてくれるだろうか。
駆ける。
駆ける。
死にたくない。
生きたい──!
「ッ──」
不穏な気配。
どろりとした何かが、肌を撫でた。
魔法使いですらない僕でも分かるほどの、異様な魔力。
『おかしな奴だ。死にたがっていたのに──』
声が、聞こえる。
『命の砂時計は、もう落ち切ってるんだ──』
頭の奥に、響いてくる。
『首を吊らないなら──
私が殺す』
自分が、どこへ向かっているのかは分からない。
だが。
確かに僕は、足を出していた。
前へ、前へ。
生に、縋るように。
深い森。
濃霧の中を、ただ突き進む。
やがて、霧がわずかに薄れてきた。
──夜明けが、近づいている。
ドシュ──ッ!
何の音か、分からなかった。
背後から、胸を突き抜ける感触。
体は、それ以上動かなかった。
視線を落とす。
僕の胸に──
少女の腕が、生えていた。
小さな手の中には、
どくどくと脈打つ──
心臓。
「ご……が……ぁ……」
引き抜かれる。
身体は前のめりに崩れ、地面に転がるように、仰向けになった。
視界の先には、金髪の少女。
「おいおい……メアリー。綺麗な髪が、汚れているじゃないか」
緩やかな足音。
「帰ったら、洗ってあげよう」
ヴェルミナが現れ、少女の金髪をやさしく撫でた。
「さようなら。そして、また会おう……」
彼女は、愛おしそうに見下ろす。
死人のような冷たい指が、瞳の前に触れた。
目蓋が、ゆっくり閉じられていく。
『ふふ、三十二体目だ……。
私の可愛い死体。
今から、君の名は──』
そこで、
僕の意識は、
闇へと消えた。
血に塗れた霧の森。
その女、ヴェルミナは宙空を見据えた。
何もないはずの空間を、ただ見ている。
わざとらしく息を吐くと、
「……不愉快。不愉快だ」
あごに指を添え、首を傾げた。
「私を覗いているのは……誰だ?」
──失せろ。
瞬間。
映像が斬り落とされた。
「──おっと! やれやれ……記録魔法を破壊されたか。
これだから、粗暴な魔女は嫌いなんだ」
真っ白な長髪の少女が、独り言ちた。
簡素な黒のドレスと外套をまとい、
不思議な空間に佇んでいる。
床も、壁も、天井もない。
星空のような虚空に、無数の魔法陣と書架、
映像が投影された半透明の板が浮遊していた。
「ん? 迷子の魂が三つ……」
少女が金色の目線を向けた先には──
青白い光球が、三つ浮遊していた。
「ここは、立ち入り禁止なんだが……何? 気づいたらここに来ていた?」
少女は言葉を重ねる。
「まぁいい。君たちがたくさん見てくれる方が、世界は安定する。
観測者は、多い方が良いからね……」
彼女は近くに浮かぶ映像板へ、指先を伸ばした。
「世界は繋がってるんだ、ファンタジアで。
言語も、国境も、思想も、種族もこえて、手をとろうじゃないか」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「垣根というのはね……無い方が面白いんだ」
くるりと、少女は宙で身をひるがえす。
「さて。ここに来た土産に、今まで見ていた世界──
ファンタジアの話をしてやろう。何度目か分からんがな」
楽しげに言う。
彼女は指先で空間をなぞり、多くの映像板を引き寄せた。
「この世界はファンタジア。
常に人が迷い込んでくる……途方もない昔から」
無数の世界線が手元で絡み合う。
映像は重なり、分岐し、めまぐるしく入り乱れた。
「お前だってそうだ。見てるんだろう──“地球”からさ」
少女は手招くと、ひとつの映像が静かに流れてくる。
そこには、青い惑星が映し出されていた。
「僕の名前? 何だったか……しばらく呼ばれてないんだ」
顎に手をやり、視線を伏せる。
「……リュミナール。世界記録者……
そして、君の世界だと……あぁ、そうだ」
少女は、満面の笑みで顔を上げた。
「『語り手』。そう名乗っている」
そう言って、指先を丸めると──
望遠鏡を覗くように、指の中を見た。
「ところで。今日の君は、どうやって僕を見てるんだ?
文字か、動画か……それとも、音だけか」
一拍。
「何はともあれ、感謝するよ。観測せねば──誰も存在しえないのだから」
少女は青白い光球たちに、丁寧に一礼した。
「じゃあ、そろそろ帰りたまえ──物語は、まだ続いてるんだ。
最後に、君のニックネームをコメントに書いてくれないか。覚える努力はしよう」
冗談めかした口調だった。
「どうしてここに居るか? さぁ……分からないよ。
でも、君たちもそうだろう?
自分が生まれた意味なんて、知らないじゃあないか」
少女は、宙を仰いだ。
「気づいたらここにいた。そしてこの世界を見るのが僕の仕事。
物語が破綻しないように、ずっと……ずっと見ているんだ」
一瞬だけ、声が静まった。
「どうする? この広大な世界は誰かの箱庭で……
もし、もし僕たちの存在は、“娯楽”に過ぎなかったら……」
──。
「なんと恐ろしい。戯言さ……忘れてくれ」
少女は、小さく首を振った。
「ああ、登録は忘れずに。僕の記録室は、登録制なんだ。
君たちの言語で言うと、なんだったか──
そう、『フォロー』だ!! とにかく、忘れないでくれよ!
ここまでの演説に胸を打たれたものは、高評価、コメントもお願いしたい。
良いね?
レビューも書いてくれるって!? そりゃあ良いな!」
無邪気に。
明るく。
流れるように喋った。
「親愛なる隣人よ。私に会いたくなったら、観測しにくるといい。
ここに──何度でも」
少女は微笑む。
「では、そろそろ行きたまえ。旅は、まだ続いているのだから」
そして。
心底おもしろそうに、口角を上げた。
「さぁ──冒険を、始めようじゃないか」
少女が指を鳴らすと──
景色は、静かに暗転していった。
深夜の森の中、僕は死のうとしていた。
木に垂れた縄へ、そっと首をかける。
「今にも死にそうな、最高の顔をしている男──お前だよ」
誰にも邪魔されない、最期の時間。
──そのはずだった。
「時間があるなら、少し話さないか」
妙な女の声が、ずっと聞こえている。
振り向くと──
そこには、異物がいた。
闇に溶ける黒いドレス。
つばの広い帽子には、枯れかけた青薔薇。
純白の髪が肩へと流れ、薄い月明かりを鈍く弾いている。
片目は髪に隠れ、紫の瞳が妖しく覗いていた。目尻には、奇妙な細い刻印。
真っ黒な口紅に染まる唇が、薄く弧を描き──
楽しそうに、笑った。
「見てわからないのか。僕は今、これから死のうとしてるんだ」
「知っているとも。だから、話しかけているんだ」
──不気味だ。
いつもなら、こんな怪しい女に構うことはない。
だが。
今日の僕は、疲れていた。
「……何を話すっていうんだ」
黒い唇の端が、ゆるりと上がった。
「なに、ただの雑談だ。本座の前の、余興という奴だ」
「それで?」
「──なぜ人は、感情に左右される?」
意味が、掴めない。
「例えば虫は、そんな事を考えているか?」
彼女はそう言うと、
木にぶら下がっていた黒蜘蛛を掴み──
握り潰した。
「楽しかろうが、悲しかろうが……最後は死ぬんだ」
「……」
「お前のように、生きる権利があるのに、死を選ぶ奴もいる」
「事情が……あるんだよ」
「そうだろうな」
彼女は、くつくつと笑った。
「人間とは、たまらなく興味深い」
「僕は、失敗したんだ」
胸にかかった琥珀色のペンダントを、握りしめた。
彼女は何が楽しいのか、愉快そうに顔を歪めている。
「私は思うんだ──
幸、不幸、喜怒哀楽……すべてに意味は、無いんじゃないか。とね」
踊るように、体を揺らしていた。
「死を想え。忘れるな──すべては、地に還る」
楽しそうに。
この夜は、彼女の舞踏会だった。
「僕は、後世に名を残すはずだったんだ……」
話は、まるで噛み合わない。
「名を残す? 百年も経てば、お前はそこにいないじゃないか。何の意味がある?」
唇を尖らせ、純粋な紫眼を向けてきた。
その表情は、謎が解けない子供のようだった。
「理を外れた者すら、いつか死ぬ。お前はそんなことを、気にすべきじゃなかった」
ほんの少し。
たったほんの少しだが……
その言葉に、心が軽くなった。
ふっと、笑いが漏れる。
「君の名前を、教えてくれないか?」
「名前……? 私は、あまり名乗らないのだが」
迷うように、彼女は口に手を当て──
「そう、そうだな……冥途の土産だ。いいだろう」
ドレスの裾をつまみ、静かに一礼した。
「私の名は、ヴェルミナ──ヴェルミナ・ヘイヴン。
どこにでもいる、変哲ない女だ」
「そうか……ヴェルミナ。僕の名前は──」
「いや」
ヴェルミナは手を出し、遮った。
「お前の名に興味はない。どうせ、今から死ぬんだ」
低く、抑えた笑い声が零れる。
「そうだ」
彼女が背に手を回し、戻すと──
その手には、年季の入った赤い本があった。
「最期に、私の研究結果を聞かせてやろう」
「研究者、なのか?」
「死の研究第二百三項──“魂”について」
僕の反応など意に介さず、ヴェルミナは言葉を滑らせていく。
「生物の動きは、電気信号に過ぎない」
ぱん、と彼女は手の甲を叩いた。
一瞬の後──
何もない空間を割るように、赤い棺が現れた。
「ほら、見てくれ……」
ひとりでに、ゆっくりと蓋が開いた。
中には──
金色の巻き髪をした、小さな少女。
黒のゴスロリドレスに身を包み、飾られた人形のように、横たわっていた。
「私の妹だ。綺麗だろう? この顔で、死んでいるんだ……」
愛おしそうに、少女の顔を撫でる。
整いすぎた、美しい死体。
その柔らかな唇へ、彼女は、そっと顔を近づけ──
接吻した。
ふぅっと息を、吹き込んでいく。
そして──
少女は、目を覚ました。
「この通り、魔法を込めれば……死骸でも動く」
少女は、笑った。
ヴェルミナへと歩み寄り、愛おしそうに、その身を抱き寄せる。
「命令すれば笑いもするし、プログラムを組めば……意志すら作れる」
少女の頭を撫でながら、ヴェルミナは淡々と言った。
「十六夜会──十戒の六。死を、冒涜してはならない」
──十六夜会。
聞いたことがある。
魔の頂点に君臨する女たち、“魔女”が名を連ねる集団。
誰もその内情を知らぬ、影の組織。
「あんた……魔女なのか」
「しかし、私は思うんだ。これは……冒涜ではない」
彼女は少女を抱き上げると、その身を引き寄せた。
「これは、もはや……愛情ではないか?」
──恐ろしい。
背筋が、いつの間にか震えていた。
「助かるよ……久しぶりに、人と話したい気分だったんだ」
この女が──
ヴェルミナ・ヘイヴンという存在が、
僕は、たまらなく怖かった。
彼女は、さっと三本の指を立てた。
「三分」
「……?」
「お前が私と話すことで消費した、“生”の時間だ」
くく、と喉を鳴らす。
「ああ、楽しい。命の時間を削ってやるのは、なんて楽しいんだ」
──この女は、狂っている。
紫の瞳が、愉悦に歪んだ。
「引き止めて悪かったな……さぁ、どうぞ」
細い手が、木に掛かった縄を示す。
「さっさと首を吊って、死ぬがいい」
僕は──
駆け出した。
「は?」
自分でも、驚いていた。
先ほどまで死のうとしていたのに、心臓はばくばくと脈打っている。
生を、求めていた。
「…………だめ。だめだよ」
駆ける。
駆ける。
あの女は、狂気的に歪だが、言っていることは正しい。
僕が一人死んだところで、世界は何も変わらない。
だが、生きてさえいれば──
世界を揺らす、小さな波の一つ。
その程度には、なれるかもしれない。
走りながら、胸元、琥珀色のペンダントを開いた。
そこには、赤髪の少女──
長らく言葉を交わしていない、一人娘。
取り返しのつかない過ちを犯した僕を、
それでも、受け入れてくれるだろうか。
駆ける。
駆ける。
死にたくない。
生きたい──!
「ッ──」
不穏な気配。
どろりとした何かが、肌を撫でた。
魔法使いですらない僕でも分かるほどの、異様な魔力。
『おかしな奴だ。死にたがっていたのに──』
声が、聞こえる。
『命の砂時計は、もう落ち切ってるんだ──』
頭の奥に、響いてくる。
『首を吊らないなら──
私が殺す』
自分が、どこへ向かっているのかは分からない。
だが。
確かに僕は、足を出していた。
前へ、前へ。
生に、縋るように。
深い森。
濃霧の中を、ただ突き進む。
やがて、霧がわずかに薄れてきた。
──夜明けが、近づいている。
ドシュ──ッ!
何の音か、分からなかった。
背後から、胸を突き抜ける感触。
体は、それ以上動かなかった。
視線を落とす。
僕の胸に──
少女の腕が、生えていた。
小さな手の中には、
どくどくと脈打つ──
心臓。
「ご……が……ぁ……」
引き抜かれる。
身体は前のめりに崩れ、地面に転がるように、仰向けになった。
視界の先には、金髪の少女。
「おいおい……メアリー。綺麗な髪が、汚れているじゃないか」
緩やかな足音。
「帰ったら、洗ってあげよう」
ヴェルミナが現れ、少女の金髪をやさしく撫でた。
「さようなら。そして、また会おう……」
彼女は、愛おしそうに見下ろす。
死人のような冷たい指が、瞳の前に触れた。
目蓋が、ゆっくり閉じられていく。
『ふふ、三十二体目だ……。
私の可愛い死体。
今から、君の名は──』
そこで、
僕の意識は、
闇へと消えた。
血に塗れた霧の森。
その女、ヴェルミナは宙空を見据えた。
何もないはずの空間を、ただ見ている。
わざとらしく息を吐くと、
「……不愉快。不愉快だ」
あごに指を添え、首を傾げた。
「私を覗いているのは……誰だ?」
──失せろ。
瞬間。
映像が斬り落とされた。
「──おっと! やれやれ……記録魔法を破壊されたか。
これだから、粗暴な魔女は嫌いなんだ」
真っ白な長髪の少女が、独り言ちた。
簡素な黒のドレスと外套をまとい、
不思議な空間に佇んでいる。
床も、壁も、天井もない。
星空のような虚空に、無数の魔法陣と書架、
映像が投影された半透明の板が浮遊していた。
「ん? 迷子の魂が三つ……」
少女が金色の目線を向けた先には──
青白い光球が、三つ浮遊していた。
「ここは、立ち入り禁止なんだが……何? 気づいたらここに来ていた?」
少女は言葉を重ねる。
「まぁいい。君たちがたくさん見てくれる方が、世界は安定する。
観測者は、多い方が良いからね……」
彼女は近くに浮かぶ映像板へ、指先を伸ばした。
「世界は繋がってるんだ、ファンタジアで。
言語も、国境も、思想も、種族もこえて、手をとろうじゃないか」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「垣根というのはね……無い方が面白いんだ」
くるりと、少女は宙で身をひるがえす。
「さて。ここに来た土産に、今まで見ていた世界──
ファンタジアの話をしてやろう。何度目か分からんがな」
楽しげに言う。
彼女は指先で空間をなぞり、多くの映像板を引き寄せた。
「この世界はファンタジア。
常に人が迷い込んでくる……途方もない昔から」
無数の世界線が手元で絡み合う。
映像は重なり、分岐し、めまぐるしく入り乱れた。
「お前だってそうだ。見てるんだろう──“地球”からさ」
少女は手招くと、ひとつの映像が静かに流れてくる。
そこには、青い惑星が映し出されていた。
「僕の名前? 何だったか……しばらく呼ばれてないんだ」
顎に手をやり、視線を伏せる。
「……リュミナール。世界記録者……
そして、君の世界だと……あぁ、そうだ」
少女は、満面の笑みで顔を上げた。
「『語り手』。そう名乗っている」
そう言って、指先を丸めると──
望遠鏡を覗くように、指の中を見た。
「ところで。今日の君は、どうやって僕を見てるんだ?
文字か、動画か……それとも、音だけか」
一拍。
「何はともあれ、感謝するよ。観測せねば──誰も存在しえないのだから」
少女は青白い光球たちに、丁寧に一礼した。
「じゃあ、そろそろ帰りたまえ──物語は、まだ続いてるんだ。
最後に、君のニックネームをコメントに書いてくれないか。覚える努力はしよう」
冗談めかした口調だった。
「どうしてここに居るか? さぁ……分からないよ。
でも、君たちもそうだろう?
自分が生まれた意味なんて、知らないじゃあないか」
少女は、宙を仰いだ。
「気づいたらここにいた。そしてこの世界を見るのが僕の仕事。
物語が破綻しないように、ずっと……ずっと見ているんだ」
一瞬だけ、声が静まった。
「どうする? この広大な世界は誰かの箱庭で……
もし、もし僕たちの存在は、“娯楽”に過ぎなかったら……」
──。
「なんと恐ろしい。戯言さ……忘れてくれ」
少女は、小さく首を振った。
「ああ、登録は忘れずに。僕の記録室は、登録制なんだ。
君たちの言語で言うと、なんだったか──
そう、『フォロー』だ!! とにかく、忘れないでくれよ!
ここまでの演説に胸を打たれたものは、高評価、コメントもお願いしたい。
良いね?
レビューも書いてくれるって!? そりゃあ良いな!」
無邪気に。
明るく。
流れるように喋った。
「親愛なる隣人よ。私に会いたくなったら、観測しにくるといい。
ここに──何度でも」
少女は微笑む。
「では、そろそろ行きたまえ。旅は、まだ続いているのだから」
そして。
心底おもしろそうに、口角を上げた。
「さぁ──冒険を、始めようじゃないか」
少女が指を鳴らすと──
景色は、静かに暗転していった。
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しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
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──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
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これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
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アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
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ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
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