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再会
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寂れた二階建ての建物の壁に蝉が止まって鳴いている。
少し湿った夏の風が足元の雑草を揺らしてほんの僅かな涼を運ぶがこの暑さの中では焼け石に水だ。
その建物の入り口に立っている見張りの兵士二人の内の一人に声をかけられた。
「おう、ねえちゃん、今日もべっぴんだねえ。今度一緒に飲みにでも行かないか」
「ねえおじさん、鼻が赤いわよ。お酒は控えた方がいいわ」
「ちぇ、かみさんみたいなこと言うなよ」
もう一人は真面目に黙って任務についているのにこの赤鼻の兵士だけいつも話しかけてきて鬱陶しい。
彼らはマクガイア王国の城内のはずれにあるここ、奴隷の居住棟の見張りの兵士だ。
棟に出入りする時の持ち物検査をする役目も兼ねているが実際はさらっと見るだけで終わる。
この棟に集められている現在十人いる奴隷たちは王族や高位貴族専用の奴隷で、みな小奇麗にしている。
私はユリという偽名を使って一週間前からここの奴隷たちに食事を運ぶ仕事をしている。
首都に出てきて半年、なかなか仕事が見つからず失意の毎日だったが、城下町へ足を延ばすとお城の求人広告をみつけてようやくありついた仕事だ。
自分の手配書がまだ出ているのは知っている。
だから髪は赤く染めたままにしているが、危険を承知で首都に出てきたのはひとえにソーハンの行方を捜す為。
ソーハンが家を出てから半年は雑貨屋の手伝いを続けていた。
『ランシアへ行け』という書置きが残されていたけどその通りにするつもりは無く、彼が帰って来るのをずっと待っていた。
村のみんなは身勝手な兄に捨てられた可哀想な妹と思ったようだ。
畑の野菜をくれたり様子を見に来てくれたりと良くしてくれて、なんとかやってこれた。
しかしある時、村の人がソーハンを首都で見かけたと教えてくれた。だから思い切って首都まで出ることにしたのだ。
兵士の適当な目視の検査を終えて棟に入り、食事の乗ったワゴンを食堂の台に置いた。
あとは奴隷たちが各々自分の食事をそこから取っていく。
今日はとりわけ熱くてロケットペンダントが汗で肌に貼りついて気持ち悪い。
いつもは服の中に隠しているそれを服の上に出すことにした。
ソーハンは決して人には見せるなと言っていたけど、見せた所で奴隷には盗んでどうこうすることはできないから大丈夫だろう。
べとべと気持ち悪い方が嫌だ。
「それじゃ一時間後に食器を取りに来ますね」
なんの反応も返さないのは通常どおり。
それでもにっこり笑って食堂から出ようとしたその時、後ろから腕をガシッと掴まれた。
奴隷の中に、他の奴隷とは一味違う雰囲気を持つ男がいる。
目つきは刃物のように鋭くて闇を抱えているような暗さがある。
しかし黒髪ですらっと背が高く均整のとれた顔立ち、立ち姿や所作は美しく、白い肌は私とよく似ている。
私はその男が誰かと話をしている所を見たことが無い。
その男が、私の腕を掴んで話しかけてきたからびっくりだ。
「おいお前」
「な、なんですかっ。痛いから離してください」
「そのペンダントを見せろ」
「え? あ!」
男は強引にそのロケットペンダントの中を開いてそして息を呑んだ。
「……お前、これをどこで手に入れた」
「は? もともと私のですけど」
「なんだと? お前の名は? 年はいくつだ?」
「……ユリです。十七になります」
「ユ、リ。そうか」
落胆したような顔をしたかと思ったら、すぐに持ち前の鋭い目で睨みつけられた。
「じゃあこれはお前のではない。どこで盗んだ。お前のような者がこのような物を持っているはずがない」
「盗んでなんかいません!」
「だったら拾ったか、あ、貰ったのか? くれた人間はどこにいる!」
「だから、最初から私のだって言ってるじゃないですか」
「……」
いったいなんだっていうのか。しまっておけばよかった。
男は訝しげな顔をしながら私の顔をまじまじと見つめている。
かなり失礼だ。
「髪は――染めているのか?」
「え」
染め残しがあっただろうかと汗がぶわっと噴き出した。
どうしよう、もしかしたら手配書の顔に似ていると思って私を突き出そうとしているのかもしれない。
体が震えてくる。
無視してもう戻ろうと後ろを向くと、男が私の耳元で囁いた。
「いいか、誰にも言うなよ。俺は本当は金髪だ」
「……」
「フィルベール。それが俺の名だ」
「フィル……え……」
聞き覚えのある名前。それもそのはず、私の兄の名ではないか。私は振り返って男の顔を見た。
ソーハンから両親が死んだことは教えてもらったけど、兄は行方不明のままで私と一緒に指名手配されている。
それがこんな所にいたなんて!
私はソーハンを捜すつもりが思いがけず兄を見つけ出してしまった。
少し湿った夏の風が足元の雑草を揺らしてほんの僅かな涼を運ぶがこの暑さの中では焼け石に水だ。
その建物の入り口に立っている見張りの兵士二人の内の一人に声をかけられた。
「おう、ねえちゃん、今日もべっぴんだねえ。今度一緒に飲みにでも行かないか」
「ねえおじさん、鼻が赤いわよ。お酒は控えた方がいいわ」
「ちぇ、かみさんみたいなこと言うなよ」
もう一人は真面目に黙って任務についているのにこの赤鼻の兵士だけいつも話しかけてきて鬱陶しい。
彼らはマクガイア王国の城内のはずれにあるここ、奴隷の居住棟の見張りの兵士だ。
棟に出入りする時の持ち物検査をする役目も兼ねているが実際はさらっと見るだけで終わる。
この棟に集められている現在十人いる奴隷たちは王族や高位貴族専用の奴隷で、みな小奇麗にしている。
私はユリという偽名を使って一週間前からここの奴隷たちに食事を運ぶ仕事をしている。
首都に出てきて半年、なかなか仕事が見つからず失意の毎日だったが、城下町へ足を延ばすとお城の求人広告をみつけてようやくありついた仕事だ。
自分の手配書がまだ出ているのは知っている。
だから髪は赤く染めたままにしているが、危険を承知で首都に出てきたのはひとえにソーハンの行方を捜す為。
ソーハンが家を出てから半年は雑貨屋の手伝いを続けていた。
『ランシアへ行け』という書置きが残されていたけどその通りにするつもりは無く、彼が帰って来るのをずっと待っていた。
村のみんなは身勝手な兄に捨てられた可哀想な妹と思ったようだ。
畑の野菜をくれたり様子を見に来てくれたりと良くしてくれて、なんとかやってこれた。
しかしある時、村の人がソーハンを首都で見かけたと教えてくれた。だから思い切って首都まで出ることにしたのだ。
兵士の適当な目視の検査を終えて棟に入り、食事の乗ったワゴンを食堂の台に置いた。
あとは奴隷たちが各々自分の食事をそこから取っていく。
今日はとりわけ熱くてロケットペンダントが汗で肌に貼りついて気持ち悪い。
いつもは服の中に隠しているそれを服の上に出すことにした。
ソーハンは決して人には見せるなと言っていたけど、見せた所で奴隷には盗んでどうこうすることはできないから大丈夫だろう。
べとべと気持ち悪い方が嫌だ。
「それじゃ一時間後に食器を取りに来ますね」
なんの反応も返さないのは通常どおり。
それでもにっこり笑って食堂から出ようとしたその時、後ろから腕をガシッと掴まれた。
奴隷の中に、他の奴隷とは一味違う雰囲気を持つ男がいる。
目つきは刃物のように鋭くて闇を抱えているような暗さがある。
しかし黒髪ですらっと背が高く均整のとれた顔立ち、立ち姿や所作は美しく、白い肌は私とよく似ている。
私はその男が誰かと話をしている所を見たことが無い。
その男が、私の腕を掴んで話しかけてきたからびっくりだ。
「おいお前」
「な、なんですかっ。痛いから離してください」
「そのペンダントを見せろ」
「え? あ!」
男は強引にそのロケットペンダントの中を開いてそして息を呑んだ。
「……お前、これをどこで手に入れた」
「は? もともと私のですけど」
「なんだと? お前の名は? 年はいくつだ?」
「……ユリです。十七になります」
「ユ、リ。そうか」
落胆したような顔をしたかと思ったら、すぐに持ち前の鋭い目で睨みつけられた。
「じゃあこれはお前のではない。どこで盗んだ。お前のような者がこのような物を持っているはずがない」
「盗んでなんかいません!」
「だったら拾ったか、あ、貰ったのか? くれた人間はどこにいる!」
「だから、最初から私のだって言ってるじゃないですか」
「……」
いったいなんだっていうのか。しまっておけばよかった。
男は訝しげな顔をしながら私の顔をまじまじと見つめている。
かなり失礼だ。
「髪は――染めているのか?」
「え」
染め残しがあっただろうかと汗がぶわっと噴き出した。
どうしよう、もしかしたら手配書の顔に似ていると思って私を突き出そうとしているのかもしれない。
体が震えてくる。
無視してもう戻ろうと後ろを向くと、男が私の耳元で囁いた。
「いいか、誰にも言うなよ。俺は本当は金髪だ」
「……」
「フィルベール。それが俺の名だ」
「フィル……え……」
聞き覚えのある名前。それもそのはず、私の兄の名ではないか。私は振り返って男の顔を見た。
ソーハンから両親が死んだことは教えてもらったけど、兄は行方不明のままで私と一緒に指名手配されている。
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