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出会い
色とりどりの花がここかしこに咲き誇るベニュロ侯爵家の広く美しい庭。
その庭を逃げるように走る少女がいる。
「おい、そっちに行ったぞ」
「お任せください」
ザザーッ!
十一歳の少女エレンは足を引っかけられて盛大に転んだ。
彼女はここで働く使用人の娘だ。
「てこずらせんじゃねーよ」
ボカッ!
「ほんと、気色悪ぃ目だ」
「おう、捕まえたか」
「はい。一発殴っておきました」
あとからゆっくり歩いて来たのはガエタン・ベニュロ侯爵の息子ガリアス十二歳。
後ろに数人の使用人を従えている。
エレンを殴ったのも使用人の少年だ。
ガリアスは用意させておいた雑巾の絞り水の入ったバケツを使用人から乱暴に取るとエレンの頭上から浴びせた。
「あははは、濡れ鼠~。鼠は殺さなきゃいけないって父上と母上が仰っていた。オラッ、オラッ」
「ぐっ!」
楽しそうにエレンの背中やお腹を何度も足蹴にするガリアスを止めようとする者は誰もいない。
それどころか面白い物でも見ているかのように薄笑いを浮かべている。
「お、ダンゴ虫に変身したぞ」
ガリアスはエレンの金髪を鷲掴みにして引っ張った。
「痛っ」
その時、両脇に立派な騎士を従えた黒髪で青い瞳の少年が大きな声で叫んだ。
「君たちは何をしているんだ!」
その声に驚いた使用人たちが一斉に脇へ流れた。
ガリアスは慌てて掴んでいた金髪を離しエレンから離れたが今更遅い。
少年は十一歳になるガイアマーレ帝国の皇太子、ジェラール・マリテラ・ド・ガイアマーレだった。
※※※
「助けていただき有難うございます」
「名前は何て言うの?」
「エレンです」
「エレン。可愛い名前だ。ここで働いているの?」
「はい。お母さんが働いていて、私も大人の人たちのお手伝いをしてます」
「そう……自分の家の使用人に対してなんて酷いことを……。もう二度とこんなことするなって注意しておいたけど。……ちょっといいかな」
侯爵邸の庭にある大きな樹のふもとでジェラールはポケットからハンカチを取り出してエレンの切れた口元を拭った。
拳で殴られた頬は赤くはれ、唇が切れて血が滲んでいる。
「だ、大丈夫です! こんなの手で拭いておけばすぐ止りますから」
「いいから」
半ば強引に唇から滲む血を拭く彼の顔は真剣だ。
静かな怒りと共に彼は小さく呟いた。
「どうして君がこんな目に……」
独り言とも言えるその呟きに、素直なエレンはつい返事をしてしまった。
「両目の色が違うから」
エレンの瞳は右目は青色で左目は銀色だ。
だからといってどうして苛められなきゃいけないんだとジェラールは不思議でならない。
本当にガリアスは最低だと心の中で彼を罵倒した。
そして彼女の瞳をまじまじと見て言った。
「僕はとっても美しいと思う」
「え!」
「それに――」
「――あ、あの!」
「?」
褒められ慣れていないエレンはびっくりして彼の言葉を遮り立ち上がった。
母親以外にそんなことを言われたことは無い。
恥ずかしさに戸惑う心を誤魔化す様にスカートについた葉っぱや砂を払うが、ガリアスにかけられた雑巾水のせいで服にへばりついてなかなか取れない。
手こずっているとジェラールが手伝おうと手を伸ばした。
その時スカートの膝部分に血が滲んでいて、エレンが膝も擦りむいていることにジェラールは気づいた。
「傷口はちゃんと洗わないと。僕の護衛に水を持ってこさせるから待ってて」
「うちに帰ってちゃんと洗うから大丈夫です」
「でも早い方がいい」
「あの、私、もう行かないと。仕事が残っているから」
「怪我をさせられたのにまだ仕事をするの? 今日はやめておきなよ」
「そうはいきません。今日は本当に有難うございました!」
エレンは深々と頭を下げて走り出した。
「え、ちょ、ちょっと待っ……」
結構足が速い。
でもジェラールも負けてはおらず、後を追ってすぐ追いついた。
「エレン! ちょっと待って!」
「……?」
「ハンカチ」
「?」
「ハンカチを洗って返して欲しい」
彼はそう言って血のついたハンカチを彼女に差し出した。
「あ、私ったら、ごめんなさい! もちろん死ぬほど綺麗に洗ってお返しします!」
「死ぬほど洗わなくてもいいよ」
ジェラールは笑いながらそう言った。
「明日、いや、あさって僕がここに来るからその時にでも返してくれ」
「はい。有難うございます」
再び大きくお辞儀をして走って行く彼女の背中をジェラールは満面の笑顔で見つめている。
また会うことが出来る。
そう思うと彼は嬉しくて笑顔を抑えることが出来なかった。
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