転生した皇帝は神の罠を乗り越える~あの日の過ちに苦しむ魂は百年の時を越え~

今井杏美

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突然の別れ

 
 皇族は十二歳になると大人の仲間入りをする。
 十三歳のジェラールは母親である皇后からそろそろ婚約者を探してもいい年齢だから気になる女性がいたら紹介しなさいと言われた。

 彼の心の中では決まっている。
 だが彼女の方がどう思っているのかよくわからず、確認することもしていない。
 もし友だちとしてしか見ていなかったらと思うと怖くて聞けないのだ。

 だからエレンを紹介するのは一、二年先でも遅くは無いだろうと思って彼は今日もベニュロ侯爵家に剣術の稽古に向かった。


「殿下、随分と上達されましたね。あと数年もすれば私など簡単に追い抜かれてしまいますよ」
「そうか」
「にしても、いつものことながらガリアス坊ちゃまは遅いですね」

 この稽古にはガリアスも一年前から参加するようになったが、父親の侯爵に言われて嫌々参加しているだけなのでしょっちゅうさぼったり遅れたりしている。 

 彼はジェラールと顔を合わせるのが嫌なのだ。
 二年前エレンを苛めていた所を一つ年下の彼に諌められたことがとても屈辱的で、今でも忌々しく思っている。

 
 ようやくガリアスがやってきた。
 いつもは仏頂面でやってくるのに対し、今日は晴れやかな顔をしている。

「いやぁ、遅れてすまない」
「まったく……。さあ、坊ちゃま、訓練場を三周してきてください」
「まぁまぁ、待てよ。今日はちょっとした騒ぎがあったじゃないか。だから寝坊してしまったんだよ」
「火事のことですか? でも三時間も寝れば大丈夫でしょう」
「火事とは何のことですか」
「昨夜遅くに下級使用人の小屋で火事があったのです。夜中に総出で火消しに当たって大変でした」
「まぁ使用人の小屋だからそんな騒ぐこっちゃないけど」

 ジェラールは心臓が飛び跳ねた。
 機嫌のいいガリアス。使用人小屋の火事。
 
 嫌な予感がして、いてもたってもいられず訓練場を飛び出した。
 背中にガリアスの薄笑いを感じて。

「どちらへ行かれるんですか! 殿下!」




(エレンの小屋じゃありませんように!)

 死に物狂いで走りあっという間にエレンの小屋に着いたジェラールは一瞬頭が混乱する。

(あれ? ここだったか……?)

 見覚えのないポッカリ開いた空間。

 しかしそこは無情にもエレンの小屋があった場所だった。
 今は焼け落ち短くなった柱だけが一、二本残っている。

 焼け跡から立ちのぼる煙は強い風にあおられてのぼっては消える。
 寄り添うように立っていた大木も焼けていた。

 信じることが難しい。
 ジェラールは何度も深呼吸をする。

(嘘だろ……おい、嘘だって言ってくれ!)

「エレン! エレン!」

 大声を出して必死に呼ぶが返事はない。

(もしかして怪我をしてどこかで治療を受けているのかもしれない)

 侯爵なら子細を知っているはずだと思い邸に戻ろうとすると、使用人らしき男が近くの自分の小屋に戻ろうとしている所を見かけた。

「おい、君!」
「へ、へいっ」
「ここに住む者がどうなったのか知っているか? 教えてくれ! エレンは? 母親は? どこにいる!」
「あの……。母親は亡くなりました……。それで先ほど墓に埋めてきたところです……」
「なんだって! エレンは!?」
「あの子は……今帰ってきてよくは分からないのですが、聞いたところによりますと亡くなったと」

 ジェラールの膝ががくがくしだした。
 使用人の男の両肩をがっしりと掴み自分を支えて立っているのがやっとだ。

「……いやいや、ちょっと待て。よく分からないんだろう? じゃあ生きているかもしれないんだよな」 

 そこへベニュロ侯爵がやって来た。

「殿下、このような場所へ来られるなんてどうなさったのですか」
「エレンは? エレンはどこだ! 生きているんだろう?」
「ああ、あの娘は……母親に守られるようにして抱かれていたと聞きました。医師も助けようと頑張ったのですよ。遺体は医師に預けてあります。よく働く子だったので私も本当に残念です」
「っ!」

 ジェラールは目の前が真っ暗になって崩れ落ちた。

「嘘だー―!」

 空気は震え、侯爵家の裏に広がる林からは鳥が一斉に飛び立った。
 風は落ち葉を巻き上げながら吹き抜けていく。

 侯爵は二人の仲が良かったことは知っていたが余りにも悲しむジェラールを半ば呆れるように見ている。
 侯爵自身は使用人がどうなろうとなんの感情も無い。
 もう戻りましょうと促しても首を振り立ち上がろうとしなかったため肩を竦めて一人で邸に戻って行った。


 ジェラールが一人になると、茂みから五匹の狸が雁首を揃えて顔を出し近づいて来た。

「お前たち、生きていたのか……」

 昨日まで一緒にご飯をあげていた。昨日まで一緒に笑っていた。今日だって稽古が終わったら当たり前のように会う約束をしていた。
 
 受け止めることが出来ない。


「うっ……うわあーーーー!」

 我を忘れて泣き叫ぶジェラールの周りを五匹は離れることなく心配そうにうろついていた。 


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