7 / 62
突然の別れ
皇族は十二歳になると大人の仲間入りをする。
十三歳のジェラールは母親である皇后からそろそろ婚約者を探してもいい年齢だから気になる女性がいたら紹介しなさいと言われた。
彼の心の中では決まっている。
だが彼女の方がどう思っているのかよくわからず、確認することもしていない。
もし友だちとしてしか見ていなかったらと思うと怖くて聞けないのだ。
だからエレンを紹介するのは一、二年先でも遅くは無いだろうと思って彼は今日もベニュロ侯爵家に剣術の稽古に向かった。
「殿下、随分と上達されましたね。あと数年もすれば私など簡単に追い抜かれてしまいますよ」
「そうか」
「にしても、いつものことながらガリアス坊ちゃまは遅いですね」
この稽古にはガリアスも一年前から参加するようになったが、父親の侯爵に言われて嫌々参加しているだけなのでしょっちゅうさぼったり遅れたりしている。
彼はジェラールと顔を合わせるのが嫌なのだ。
二年前エレンを苛めていた所を一つ年下の彼に諌められたことがとても屈辱的で、今でも忌々しく思っている。
ようやくガリアスがやってきた。
いつもは仏頂面でやってくるのに対し、今日は晴れやかな顔をしている。
「いやぁ、遅れてすまない」
「まったく……。さあ、坊ちゃま、訓練場を三周してきてください」
「まぁまぁ、待てよ。今日はちょっとした騒ぎがあったじゃないか。だから寝坊してしまったんだよ」
「火事のことですか? でも三時間も寝れば大丈夫でしょう」
「火事とは何のことですか」
「昨夜遅くに下級使用人の小屋で火事があったのです。夜中に総出で火消しに当たって大変でした」
「まぁ使用人の小屋だからそんな騒ぐこっちゃないけど」
ジェラールは心臓が飛び跳ねた。
機嫌のいいガリアス。使用人小屋の火事。
嫌な予感がして、いてもたってもいられず訓練場を飛び出した。
背中にガリアスの薄笑いを感じて。
「どちらへ行かれるんですか! 殿下!」
(エレンの小屋じゃありませんように!)
死に物狂いで走りあっという間にエレンの小屋に着いたジェラールは一瞬頭が混乱する。
(あれ? ここだったか……?)
見覚えのないポッカリ開いた空間。
しかしそこは無情にもエレンの小屋があった場所だった。
今は焼け落ち短くなった柱だけが一、二本残っている。
焼け跡から立ちのぼる煙は強い風にあおられてのぼっては消える。
寄り添うように立っていた大木も焼けていた。
信じることが難しい。
ジェラールは何度も深呼吸をする。
(嘘だろ……おい、嘘だって言ってくれ!)
「エレン! エレン!」
大声を出して必死に呼ぶが返事はない。
(もしかして怪我をしてどこかで治療を受けているのかもしれない)
侯爵なら子細を知っているはずだと思い邸に戻ろうとすると、使用人らしき男が近くの自分の小屋に戻ろうとしている所を見かけた。
「おい、君!」
「へ、へいっ」
「ここに住む者がどうなったのか知っているか? 教えてくれ! エレンは? 母親は? どこにいる!」
「あの……。母親は亡くなりました……。それで先ほど墓に埋めてきたところです……」
「なんだって! エレンは!?」
「あの子は……今帰ってきてよくは分からないのですが、聞いたところによりますと亡くなったと」
ジェラールの膝ががくがくしだした。
使用人の男の両肩をがっしりと掴み自分を支えて立っているのがやっとだ。
「……いやいや、ちょっと待て。よく分からないんだろう? じゃあ生きているかもしれないんだよな」
そこへベニュロ侯爵がやって来た。
「殿下、このような場所へ来られるなんてどうなさったのですか」
「エレンは? エレンはどこだ! 生きているんだろう?」
「ああ、あの娘は……母親に守られるようにして抱かれていたと聞きました。医師も助けようと頑張ったのですよ。遺体は医師に預けてあります。よく働く子だったので私も本当に残念です」
「っ!」
ジェラールは目の前が真っ暗になって崩れ落ちた。
「嘘だー―!」
空気は震え、侯爵家の裏に広がる林からは鳥が一斉に飛び立った。
風は落ち葉を巻き上げながら吹き抜けていく。
侯爵は二人の仲が良かったことは知っていたが余りにも悲しむジェラールを半ば呆れるように見ている。
侯爵自身は使用人がどうなろうとなんの感情も無い。
もう戻りましょうと促しても首を振り立ち上がろうとしなかったため肩を竦めて一人で邸に戻って行った。
ジェラールが一人になると、茂みから五匹の狸が雁首を揃えて顔を出し近づいて来た。
「お前たち、生きていたのか……」
昨日まで一緒にご飯をあげていた。昨日まで一緒に笑っていた。今日だって稽古が終わったら当たり前のように会う約束をしていた。
受け止めることが出来ない。
「うっ……うわあーーーー!」
我を忘れて泣き叫ぶジェラールの周りを五匹は離れることなく心配そうにうろついていた。
あなたにおすすめの小説
もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜
雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。
しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。
英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。
顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。
ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。
誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。
ルークに会いたくて会いたくて。
その願いは。。。。。
とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。
他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。
本編完結しました!
大変お待たせ致しました。番外編も完結いたしました!
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
地味令嬢の私が婚約破棄された結果、なぜか最強王子に溺愛されてます
白米
恋愛
侯爵家の三女・ミレイアは、控えめで目立たない“地味令嬢”。
特に取り柄もなく、華やかな社交界ではいつも壁の花。だが幼いころに交わされた約束で、彼女は王弟・レオンハルト殿下との婚約者となっていた。
だがある日、突然の婚約破棄通告――。
「やはり君とは釣り合わない」
そう言い放ったのは、表向きには完璧な王弟殿下。そしてその横には、社交界の華と呼ばれる公爵令嬢の姿が。
悲しみも怒りも感じる間もなく、あっさりと手放されたミレイア。
しかしその瞬間を見ていたのが、王家随一の武闘派にして“最強”と噂される第一王子・ユリウスだった。
「……くだらん。お前を手放すなんて、あいつは見る目がないな」
「よければ、俺が貰ってやろうか?」
冗談かと思いきや、なぜか本気のご様子!?
次の日には「俺の婚約者として紹介する」と言われ、さらには
「笑った顔が見たい」「他の男の前で泣くな」
――溺愛モードが止まらない!
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
咲妃-saki-
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。