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お忍びデート
婚約内定したはいいが、カリーヌはジェラールから直接デートやお茶に誘われたことがない。
全く進展する気配のない彼との距離を縮めたくてお忍びに付いていけないだろうかと考えた。
何度断られてもしつこく頼み込んでようやくジェラールは折れてくれたのだ。
お忍びの日。
少し古ぼけた安い食堂の扉の前にジェラールとカリーヌは立った。
中からはガヤガヤとした男の声が聞こえる。
ジェラールはその扉を開ける時カリーヌの顔をチラッと見た。
嫌がるかと思ったが意外にもそんな様子はない。
それぞれの護衛の騎士たちを外で待機させて二人は中に入った。
「こういう所で民の声を聞くんだ」
「そうですか」
空いているテーブルに移動するとカリーヌも慣れた感じで席に着く。
ここで女性の椅子を引いてあげるのは場違いだ。
食堂には荒くれた感じの男もいるのに顔色一つ変えない彼女が意外で、なかなか興味深い女性だとジェラールは思った。
それと同様に、カリーヌもジェラールに対して意外だと思っていた。
自分が平民だった頃から皇太子のお忍びの悪い噂は耳に入って来ていたからだ。
軽くてチャラチャラしたぼんくら皇子と思っていたのだが、庭で会った時それが覆された。
凛として男らしく、浮ついたところは全く無い。
涼しげな青い瞳に艶のある黒髪。
隙の無い整った顔立ちは彫刻のようで。
女性なら誰もが好きになってしまうだろうと。
カリーヌも例外ではなかった。
ジェラールは注文したリンゴジュースを飲みながらカリーヌを見ることも話しかけることもなく民の声に耳を傾けている。
すると、男の喚き声が聞こえた。
「いつまで待てばいいんだ! 親父はジェラール皇帝の世を心待ちにしながら死んでいったんだぜ!」
「おい落ち着け。昼前から飲みすぎだぞ」
「早く殿下に皇帝になってもらわないと俺らやってけねぇよ」
「この前雹も降ったからな……」
先日の春雷の時に雹が降ったことで、民の間では今年も凶作だという失望の声が上がっている。
そうでなくても年々税金があがっていて苦しいのだ。
「仕入れの値段も上がって、かといってそれを商品に上乗せするとこの不況じゃあ誰も買わねぇ。商売もあがったりだ」
「おい店主! ビールが薄いぞ!」
そんな文句と嘆き話が終わると男たちの話は下世話な話題に移る。
ジェラールはカリーヌにもう出ようと促して外に出た。
「殿下が皇帝になられたら民も豊かになりますよね?」
「……」
神殿に入れる皇帝の時代は民が豊かになるという言い伝えは迷信だとジェラールはわかっている。
そういう時があったのは、政治が良くなったのと同時に偶然豊作の年が重なっただけで、アルマン神が凶作を豊作に変えてくれたのではない。
ジェラールが何も言わないのでカリーヌはさらに聞いた。
「月に一度神殿でお祈りを捧げていらっしゃるのですから当然願いを叶えていただけるんですよね?」
「……」
神に言わせると月に一度神殿へお祈りに来ることも人間が勝手に決めたことで自分たちが来て欲しいと言ったわけではないという。
ジェラールは以前アルマン神に豊穣の神なのにどうして豊作にしてくれないのかと聞いたことがある。
そしたら「祝福の時には感謝の気持ちを、災難の時には忍耐を持て」などと言われ、人間を救う気のないアルマン神に期待するのを一切やめた。
だが民の信仰を裏切ることを言う訳にはいかなかった。
皇帝に失望しても神を信じていればそれだけで心の拠り所となるのだから。
「神も俺も、民のことは考えているさ」
少しイラつき気味の口調になったがそれは神に対しての苛立ちであって決してカリーヌに対してではない。
しかしカリーヌにしてみれば自分がイラつかせてしまったと思うのも無理はない。
「そ、そうですよね、出過ぎたことを言って申し訳ありません」
ジェラールはしまったと思ったが、わざわざ言い訳するのも面倒でそのままにしておいた。
次に向かうのは海賊や誘拐犯、密入国者などが身を寄せると噂されている海沿いの町にある怪しい宿屋だ。
時と場合によってはその場で犯罪者を拘束して処罰することもある。
「次は少し遠くて危険だ。先に帰れ」
「でしたら私は戻ってくるのをお待ちしております。どのくらいかかりますか」
「わからない」
「大丈夫です。民の様子を見ながらお待ちしております」
「はぁ……勝手にしろ」
「ええ、勝手にします。くすくす」
ジェラールは愛馬のジェイジェイに乗って一、二歩歩かせると、振り向いて「二、三時間で戻る」と言って走り出して行った。
「殿下、ちょっと冷たくないですか?」
「何がだ」
「侯爵令嬢にですよ。最初は自分の出世のために養女になったと思っていたんですけど民の事を心配しているようだし、いい皇太子妃になるんじゃないですか」
「ふん。それより今日は急ぐぞ」
ジェラールも最初はアランと同じように彼女のことを野心の強い女なのだろうだと思っていた。
そうでないのなら。仕方なく侯爵の養女になったのなら……。
いつかは彼女からエレンの面影を消せる日が来るかもしれないとそんな風に思った。
全く進展する気配のない彼との距離を縮めたくてお忍びに付いていけないだろうかと考えた。
何度断られてもしつこく頼み込んでようやくジェラールは折れてくれたのだ。
お忍びの日。
少し古ぼけた安い食堂の扉の前にジェラールとカリーヌは立った。
中からはガヤガヤとした男の声が聞こえる。
ジェラールはその扉を開ける時カリーヌの顔をチラッと見た。
嫌がるかと思ったが意外にもそんな様子はない。
それぞれの護衛の騎士たちを外で待機させて二人は中に入った。
「こういう所で民の声を聞くんだ」
「そうですか」
空いているテーブルに移動するとカリーヌも慣れた感じで席に着く。
ここで女性の椅子を引いてあげるのは場違いだ。
食堂には荒くれた感じの男もいるのに顔色一つ変えない彼女が意外で、なかなか興味深い女性だとジェラールは思った。
それと同様に、カリーヌもジェラールに対して意外だと思っていた。
自分が平民だった頃から皇太子のお忍びの悪い噂は耳に入って来ていたからだ。
軽くてチャラチャラしたぼんくら皇子と思っていたのだが、庭で会った時それが覆された。
凛として男らしく、浮ついたところは全く無い。
涼しげな青い瞳に艶のある黒髪。
隙の無い整った顔立ちは彫刻のようで。
女性なら誰もが好きになってしまうだろうと。
カリーヌも例外ではなかった。
ジェラールは注文したリンゴジュースを飲みながらカリーヌを見ることも話しかけることもなく民の声に耳を傾けている。
すると、男の喚き声が聞こえた。
「いつまで待てばいいんだ! 親父はジェラール皇帝の世を心待ちにしながら死んでいったんだぜ!」
「おい落ち着け。昼前から飲みすぎだぞ」
「早く殿下に皇帝になってもらわないと俺らやってけねぇよ」
「この前雹も降ったからな……」
先日の春雷の時に雹が降ったことで、民の間では今年も凶作だという失望の声が上がっている。
そうでなくても年々税金があがっていて苦しいのだ。
「仕入れの値段も上がって、かといってそれを商品に上乗せするとこの不況じゃあ誰も買わねぇ。商売もあがったりだ」
「おい店主! ビールが薄いぞ!」
そんな文句と嘆き話が終わると男たちの話は下世話な話題に移る。
ジェラールはカリーヌにもう出ようと促して外に出た。
「殿下が皇帝になられたら民も豊かになりますよね?」
「……」
神殿に入れる皇帝の時代は民が豊かになるという言い伝えは迷信だとジェラールはわかっている。
そういう時があったのは、政治が良くなったのと同時に偶然豊作の年が重なっただけで、アルマン神が凶作を豊作に変えてくれたのではない。
ジェラールが何も言わないのでカリーヌはさらに聞いた。
「月に一度神殿でお祈りを捧げていらっしゃるのですから当然願いを叶えていただけるんですよね?」
「……」
神に言わせると月に一度神殿へお祈りに来ることも人間が勝手に決めたことで自分たちが来て欲しいと言ったわけではないという。
ジェラールは以前アルマン神に豊穣の神なのにどうして豊作にしてくれないのかと聞いたことがある。
そしたら「祝福の時には感謝の気持ちを、災難の時には忍耐を持て」などと言われ、人間を救う気のないアルマン神に期待するのを一切やめた。
だが民の信仰を裏切ることを言う訳にはいかなかった。
皇帝に失望しても神を信じていればそれだけで心の拠り所となるのだから。
「神も俺も、民のことは考えているさ」
少しイラつき気味の口調になったがそれは神に対しての苛立ちであって決してカリーヌに対してではない。
しかしカリーヌにしてみれば自分がイラつかせてしまったと思うのも無理はない。
「そ、そうですよね、出過ぎたことを言って申し訳ありません」
ジェラールはしまったと思ったが、わざわざ言い訳するのも面倒でそのままにしておいた。
次に向かうのは海賊や誘拐犯、密入国者などが身を寄せると噂されている海沿いの町にある怪しい宿屋だ。
時と場合によってはその場で犯罪者を拘束して処罰することもある。
「次は少し遠くて危険だ。先に帰れ」
「でしたら私は戻ってくるのをお待ちしております。どのくらいかかりますか」
「わからない」
「大丈夫です。民の様子を見ながらお待ちしております」
「はぁ……勝手にしろ」
「ええ、勝手にします。くすくす」
ジェラールは愛馬のジェイジェイに乗って一、二歩歩かせると、振り向いて「二、三時間で戻る」と言って走り出して行った。
「殿下、ちょっと冷たくないですか?」
「何がだ」
「侯爵令嬢にですよ。最初は自分の出世のために養女になったと思っていたんですけど民の事を心配しているようだし、いい皇太子妃になるんじゃないですか」
「ふん。それより今日は急ぐぞ」
ジェラールも最初はアランと同じように彼女のことを野心の強い女なのだろうだと思っていた。
そうでないのなら。仕方なく侯爵の養女になったのなら……。
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