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神殿
神殿は床から壁、天井に至るまで白い総大理石で無機質な空間が広がる。
装飾品などは何もなく、がらんどうでシーンとしている。
そこに二つの小さな光の玉が現れる。
踊っているかのように飛び回るのが終わると光は人間の姿に変化する。
マルセラン神とアルマン神の登場だ。
ジェラールは神が目の前に現れると身体の隅々までが圧倒され、自分の小ささと弱さを痛感する。
彼は神に期待することが無くなってもその神聖さ、壮大さを思わずにはいられない。
いつの間にかテーブルとイスが出現した。
神とジェラールが椅子に座ると、さっきまで何も置かれていなかったテーブルの上に紅茶と茶菓子が現れた。
それは瞬きをするかしないかの間だ。
これらが現れる瞬間をどうにかして見てみたいとジェラールはいつも目を凝らしているのだが、まだ一度もその瞬間を捉えたことはない。
皇太子の務めとして月一で神殿に来ても滞在するのはだいたい十五分くらい。
外で待っているアランはその間ジェラールが祈りを捧げていると思っている。
しかし実際は神とお茶しているだけということを知ったらみんなびっくりするだろう。
怒りだす人もいるかもしれない。
だからジェラールはこのことを皇帝にすら言えずにいる。
子どもの頃こそたくさんの護衛を引き連れて神殿に来ていたが、今はアラン一人になったのも、大勢を待たせることに罪悪感が出てきたからに他ならない。
ただ、もともと民思いの彼はやはりこの場に来ると何か民の為になることはできないかと、神にお願いするのだ。
何もしてくれないと分かっていても。
「アルマン神よ。近年不作が続いています。今年はどうか豊作にしてください。凶作になるかもしれないと民が憂いています」
「人間のことは人間が解決すべき問題だ」
「自然現象はどうすることもできません」
「忍耐を持てと言ったはずだよ」
「それだとどんどん亡くなる者が増えて行くばかりです」
「それも自然現象の一部だと言ったら君はどうする。死者を増やしたくないのならそれこそ君たちの政治で改善できることなんだよ。今飢えているのは貴族か? 皇族か? 違うだろう? 将来豊かな国を残したいのならまず始めに皇族と貴族が変わらないとね」
それにマルセラン神が付け加えた。
「私たちは最初、人間に自由を与えた。それを狭めてしまったのは人間で生き辛い世の中にしているのも彼ら自身。人間とは自ら生きにくいシステムを考え付く天才と言えよう」
ジェラールはいつもの通りがっかりしてそろそろ戻るかと思った時、聞くことがあったのを思い出した。
百年前のジェロモン皇帝が急に神殿に入れなくなってしまった理由。
彼自身もしかしたら今後入れなくなることがあるかもしれず、それを回避するため知っておいて損は無い。
リックのお陰だ。
マルセラン神が言うには……。
「神殿に入るには魂が神の領域に踏み込むことが出来るだけの周波数をもっていなければならない。ジェロモンは堕ちてしまったのだ」
「?」
ふと紅茶の良い香りがジェラールの鼻をくすぐった。
ティーカップを見ると飲んでしまったのにいつの間にかアツアツの紅茶が注がれている。
これは神の親切心なのだろうか? と思ったジェラールはせっかくなのでカップを手に取った。
するとアルマン神がマルセラン神の言葉を簡単に説明した。
「野蛮な精神の人間は神殿に入ることはできないってことだよ。時代が下るにつれて神殿に入ることができなくなった皇帝や皇族が多くなってきたのは神の血が薄れてきているだけが原因じゃないんだよ」
「皇族だけじゃなく、民も野蛮この上ない」
「おいおいマルセラン、全ての民がそうってわけじゃないだろ」
「二極化されていっているというのは駄目な兆候だ」
野蛮な人間と聞いてジェラールが最初に思いつくのはガリアスだ。
彼はマルセラン神が人間を悪く言うその気持ちがよく分かった。
しかしアルマン神の説明でも神殿に入れなくなった具体的な理由は分からず。
それでも自分は野蛮じゃないと分かって安心していると、唐突にマルセラン神が言った。
「君が入れるのはここまでだ。この先の神の世界には入れない」
「……」
ジェラールはこの先に神の世界があるとは知らなかった。
入れないのならどうでもよいが、単に調子に乗るなよと言われたような気がしないでもない。
自然と目の前にある球状のお菓子を一つ口に入れた。
苦さと甘味の調和したこげ茶色のお菓子は中にマーマレードジャムが入っていてとても美味しい。
次から次へと手が伸びた。
そんなジェラールを見てアルマン神がなにやら口を滑らせた。
「君の魂は洗練されていて、一度死ぬことなく神の世界に入れる身体が手に入る機会があったんだけどね」
「アルマン」
「おーっと、ごめんごめん」
マルセラン神に怒られている所を見ると知られたくない話のようだ。
それならどうせ教えてくれないだろうと、ジェラールは聞くことはしなかった。
その後、神に帰ることを告げていつもより長く待たせたアランと街で何か食って帰るかと思いながら彼は神殿を出た。
その日の夜、ジェラールは夢を見た。
見知らぬ女性が彼を見て泣いている夢を。
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