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殺人事件
午前中 ベニュロ侯爵邸。
「お義父様っ、どちらに行かれるのですか」
「皇宮に行く。陛下に呼ばれたのだ」
「あの、私もご一緒してよろしいでしょうか。殿下にエレンのことをお伝えしようと思いまして。彼女は殿下の知り合いでしたから」
「……そうか。なら付いてきなさい」
「ありがとうございます」
エレンの死は早朝、街の自警団によって知らされた。
道端で倒れていた彼女の側に手提げが落ちていて、その中にベニュロ侯爵家の印の押された封筒が入っていたため身元はすぐに判明した。
皇宮の広間では皇帝と皇后の座る椅子の横にジェラールが立っている。
侯爵とカリーヌが広間に通されると、カリーヌは止める侯爵の言うことを聞きもせず一目散にジェラールの前へ走り出し、床に座り込んだ。
両陛下に挨拶もしないその無礼な態度にジェラールは顔を顰(しか)めた。
「実は、悲しいお知らせをお伝えしなければなりません……うぅ……」
「まぁどうしたことでしょう。カリーヌ嬢、落ち着きなさい」
「皇后陛下、お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません。カリーヌ、しっかりしなさい」
「……申し訳ございません……でもあまりにも悲しくて……」
「一体どうしたというのだ。申してみよ」
「エレンが……エレンが亡くなりました……」
場の空気が静かに凍り付いていく。
ジェラールは彼女の言葉を理解できない。
「は? 何を、言ってる?」
「私のせいでございます!」
「おい、何を言っていると聞いているんだ! エレンがどうしたって!?」
「……私がお遣いを頼んだばかりに……」
「はっきり言え!」
ジェラールは壇上から降りてカリーヌの肩を揺さぶった。
しかし泣きじゃくって話にならないためベニュロ侯爵が彼女の言葉を引き取った。
「皇帝陛下、皇后陛下、そして……皇太子殿下。代わってお話しすることをお許しください」
「構わぬ」
「恐れ入ります。実は今朝方カリーヌのメイドのエレンが亡くなったと自警団から我が家に知らせが入りまして」
「まあ!」
「エレン? エレンとは、もしや……」
今日はこれから婚約内定取り消しの話をするところだったのだ。
皇帝と皇后は確認するかのように顔を見合わせ、そしてジェラールの様子を見た。
「ジェラール殿下がエレンと友人だったことは昔から存じております。お辛いことを申し上げる結果になって大変心苦しく思っております」
※※※
街の死体安置所。
木造の室内は窓が無く、壁の隙間から僅かに日差しが入るだけで薄暗い。
ジェラールはここにくるまでは人違いであるという僅かな希望に必死に縋っていた。
「どうして……彼女が一体何をしたというんだ……目を覚ましてくれ……エレン!」
美しいオーラは光を失い、眉間には強く皺が寄っている。
握った手は氷のように冷たい。
「そうか! また俺を驚かそうとしているんだろ? もういいよ、わかったから……俺の負けだ……目を開けてくれ!」
彼は握った手を大切そうに両手で包んで自分の胸に持っていった。
暫くして医師が来て検死結果を伝えた。
「亡くなったのは昨日の夜から今日未明の間だと思われます。致命傷は腹部を刺されたことによる大量の出血によるものでしょう。腕には防御創がたくさんあります。それと、体のあちこちに暴行を受けた跡も残っていてただの通りすがりの殺人とは思えません。怨恨か何か……」
「怨恨だと? 彼女は人から恨みを買うようなことはしていない!」
ジェラールは切り傷の他に煙草の火を押さえつけられた跡が複数あるのを見た。
それは火傷跡の上にも痛々しく残っている。
気が狂いそうになった。
その危うい精神状態は犯人への尋常でない鬼のような憎しみでかろうじて正常を保っている状態だ。
「申し訳ありません。今、自警団が聞き込みを行っておりますのでそのうち犯人の有力な手掛かりがつかめるかもしれません」
「二人だけにしてくれ」
ジェラールとエレンだけになった無機質で冷たい部屋に嗚咽が響く。
気力も限界になった頃、彼女の手を握り締めながらボーっとしていると、彼は気を失うように眠りについた。
そして次に目を覚ましたのは神殿の中だった。
「お義父様っ、どちらに行かれるのですか」
「皇宮に行く。陛下に呼ばれたのだ」
「あの、私もご一緒してよろしいでしょうか。殿下にエレンのことをお伝えしようと思いまして。彼女は殿下の知り合いでしたから」
「……そうか。なら付いてきなさい」
「ありがとうございます」
エレンの死は早朝、街の自警団によって知らされた。
道端で倒れていた彼女の側に手提げが落ちていて、その中にベニュロ侯爵家の印の押された封筒が入っていたため身元はすぐに判明した。
皇宮の広間では皇帝と皇后の座る椅子の横にジェラールが立っている。
侯爵とカリーヌが広間に通されると、カリーヌは止める侯爵の言うことを聞きもせず一目散にジェラールの前へ走り出し、床に座り込んだ。
両陛下に挨拶もしないその無礼な態度にジェラールは顔を顰(しか)めた。
「実は、悲しいお知らせをお伝えしなければなりません……うぅ……」
「まぁどうしたことでしょう。カリーヌ嬢、落ち着きなさい」
「皇后陛下、お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません。カリーヌ、しっかりしなさい」
「……申し訳ございません……でもあまりにも悲しくて……」
「一体どうしたというのだ。申してみよ」
「エレンが……エレンが亡くなりました……」
場の空気が静かに凍り付いていく。
ジェラールは彼女の言葉を理解できない。
「は? 何を、言ってる?」
「私のせいでございます!」
「おい、何を言っていると聞いているんだ! エレンがどうしたって!?」
「……私がお遣いを頼んだばかりに……」
「はっきり言え!」
ジェラールは壇上から降りてカリーヌの肩を揺さぶった。
しかし泣きじゃくって話にならないためベニュロ侯爵が彼女の言葉を引き取った。
「皇帝陛下、皇后陛下、そして……皇太子殿下。代わってお話しすることをお許しください」
「構わぬ」
「恐れ入ります。実は今朝方カリーヌのメイドのエレンが亡くなったと自警団から我が家に知らせが入りまして」
「まあ!」
「エレン? エレンとは、もしや……」
今日はこれから婚約内定取り消しの話をするところだったのだ。
皇帝と皇后は確認するかのように顔を見合わせ、そしてジェラールの様子を見た。
「ジェラール殿下がエレンと友人だったことは昔から存じております。お辛いことを申し上げる結果になって大変心苦しく思っております」
※※※
街の死体安置所。
木造の室内は窓が無く、壁の隙間から僅かに日差しが入るだけで薄暗い。
ジェラールはここにくるまでは人違いであるという僅かな希望に必死に縋っていた。
「どうして……彼女が一体何をしたというんだ……目を覚ましてくれ……エレン!」
美しいオーラは光を失い、眉間には強く皺が寄っている。
握った手は氷のように冷たい。
「そうか! また俺を驚かそうとしているんだろ? もういいよ、わかったから……俺の負けだ……目を開けてくれ!」
彼は握った手を大切そうに両手で包んで自分の胸に持っていった。
暫くして医師が来て検死結果を伝えた。
「亡くなったのは昨日の夜から今日未明の間だと思われます。致命傷は腹部を刺されたことによる大量の出血によるものでしょう。腕には防御創がたくさんあります。それと、体のあちこちに暴行を受けた跡も残っていてただの通りすがりの殺人とは思えません。怨恨か何か……」
「怨恨だと? 彼女は人から恨みを買うようなことはしていない!」
ジェラールは切り傷の他に煙草の火を押さえつけられた跡が複数あるのを見た。
それは火傷跡の上にも痛々しく残っている。
気が狂いそうになった。
その危うい精神状態は犯人への尋常でない鬼のような憎しみでかろうじて正常を保っている状態だ。
「申し訳ありません。今、自警団が聞き込みを行っておりますのでそのうち犯人の有力な手掛かりがつかめるかもしれません」
「二人だけにしてくれ」
ジェラールとエレンだけになった無機質で冷たい部屋に嗚咽が響く。
気力も限界になった頃、彼女の手を握り締めながらボーっとしていると、彼は気を失うように眠りについた。
そして次に目を覚ましたのは神殿の中だった。
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