転生した皇帝は神の罠を乗り越える~あの日の過ちに苦しむ魂は百年の時を越え~

今井杏美

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神の企み

 二人の唇がゆっくりと重なろうとする。
 しかしジェラールの唇はプリエールの唇を通り越して彼女の耳元へと移った。

 互いの温もりが感じられるほど近づいている二人の感情にはかなりの温度差があった。

「プリエール、俺は愛する女しか抱く気にはならない」

 耳元でそう呟かれたプリエールの目が大きく見開かれる。

「私の事をお嫌いですか」
「嫌いではない。君には感謝している」
「ではなぜ?」
「愛している女性がいるからだ」
「どこに?」
「……面白い質問だな」
「……どなたかお聞きしても? 今まで私がお会いしたことはありますか?」
「いや、無い。今は離れ離れだがもうすぐ一緒になる」
「では、それまでは私が……」

 ジェラールは彼女の両肩に手を当てて頭を横に振った。
 
「君はもっと自分を大切にした方がいい。相応しい相手はきっと現れる。それは俺じゃない」
「私はその方よりも醜いのですか……」
「ははは。君は誰よりも美しい容姿をしているよ」
「それならなぜ?」
「なぜだって? 君の容姿が誰よりも美しいからと言ってどうして俺が君を愛すると思うんだ?」

 プリエールは自分の容姿と香りに惚れない男がこの世にいることが信じられず何と言っていいのか分からない。
 ただ戸惑うばかりだ。

 バルコニーからプリエールの吐息と同じワインの香りが漂ってきた。
 彼女の返事を待つまでもなく、ジェラールはもう自分の部屋に戻ることにした。

「割れたグラスとワインは明日の朝にでも侍女に片づけさせよう」

 そう言い置いて内扉の取っ手に手をかけると、彼は後ろからプリエールに抱き着かれた。

「行かないでください!」
「プリエール……」

 いい加減彼女には諦めてもらわなければならない。
 ジェラールはどうしたものかと考えた。

 そしてこれでもだめだったら厳しく拒絶しようと決めた。

「聞くのは止めようと思っていたが……」
「?」
「君は一体何者だ?」
「え」
「どうしてオーラが無いんだ」
「!」

 驚いたプリエールはジェラールの背中から後ずさった。

 彼女の表情はこれまでの情熱的な感情などどこに行ったのかと思うほどまるで別人のように冷静沈着なものに変わる。

(やはり普通の人間ではないのか。まさかゾンビではないよな……)

 ジェラールの考えがあらぬ方向に行った時、彼女がクスクスと笑い出した。

 それはオルゴールの様な可愛らしい音にも似ていて、おかしなことにこの空間全体から聞こえてくる。

 そして突然彼女はつむじ風に包み込まれた。

 不思議な現象に慣れているジェラールは驚きながらもこれから何が始まるのか見てやろうという好奇心が湧いた。
 恐怖は感じない。

 つむじ風はいつの間にか花びらに変わり、その花びらはやがて竜巻のように大きな渦を巻く。
 
 数秒して花びらの渦が収まると、彼女の姿はもうそこには無く。
 室内に残ったのは床に散らばる夥しい色とりどりの花びらと嗅ぎ覚えのある香り。

 甘い花の香りと爽やかな若草の香りが充満し、何事も無かったかのように月明かりが差し込む静かな室内でジェラールは思考を巡らせる。
 頭に浮かぶのは海の神と大地の神。
 その二神が関わっているとしか思えない現象に、何のために? と訝しむ。

(いやまてよ……以前も神が……そしてこの香りは……)

 そう思った瞬間、激しい動悸に襲われた。

(またかっ)

 今回はそこに引き裂かれるような心臓の痛みも加わって苦しみに胸を押さえながら身悶えた。

 頭の中を見知らぬ光景が走馬灯のように蘇り、彼の記憶にどんどん積み重なっていく。

(何だこれは! エレン! エレン!)

 もう二度とエレンに会えなくなるのではないかと思うほどの恐怖と苦しみの中、ジェラールは七転八倒しながら自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。
 
 ~~~

 開け放たれたバルコニーから優しい春の光が降り注ぐ。
 夜とは違う新鮮で清々しい空気に入れ替わった部屋で気持ちよさそうに眠るジェラールの瞼に、春風が運んできたサンザシの花びらが落ちて彼は目を覚ました。

 体調はいつも通りでどこもなんともない。
 一つだけ変わったことは、彼がジェロモン皇帝の記憶を思い出したということだけだった。

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