桐生今日子の心霊写真譚

夏目りほ

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出会い

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 僕の名前は犬柴雪。雪、なんて女の子みたいな名前だけど、その実普通の男子高生だ。
 さて、こう言う場合の「普通」は、大抵普通じゃないことが多い。凄い特殊能力を持ってたり、壮絶な過去を背負っていたり。そして、残念ながら僕もその部類だ。
 身長は普通、学力は上の下、運動神経も普通。あ、でも持久走は得意だ。そんな僕の持つ、ちょっと厄介な能力。
 僕は、幽霊が見える。






 私立牙城高校は、県内三番目の進学校だ。そこに少々背伸びして入学した僕は、これから勉学に悩む高校生活を送ることだろう。高校生、と言っても、昨日入学式を終えた、まだ新入生なわけだけど。
 僕の通学手段である朝の電車は、乗車率六十パーセントと言ったところで、席は埋まっているが、つり革を握っている人は疎らだ。そして、その人達の中の一割は幽霊だ。
 幽霊はいるか。そんな議論はとうの昔に廃れた話だ。いるかいないか、それは人それぞれで、信じてる人もいれば、信じてない人もいる。ただ、実際に幽霊が見えちゃってる僕としては、そんな議論も空虚に思えてしまう訳で。

「ちっ……」

 今舌打ちしたサラリーマンは、その背中に若い女の人の幽霊が引っ付いている。彼が今、首を回してコリを取ろうとしているのはそのせいだ。
 僕の正面の席には、いつもおばさんの幽霊が腰掛けている。もちろん彼女は他の人達には見えないので、今はおばさんの上に女子高生が居眠りをしながら座っている。おばさんがそれを嫌そうにしていないのが救いだ。

「牙城高校前、牙城高校前」

 電車のアナウンスが目的地に到着したことを知らせる。ここで牙城高校の生徒は皆降りる。その後、たくさんのサラリーマンや、オーエルさんが乗車していく。そんな彼らについて、何人かの幽霊も、電車に乗る。
 ここで唐突だが、僕の悩みを打ち明けよう。幽霊が見えること、ではない。それ自体はもう良い。慣れ、とは本当に怖い。今、僕の周りには何人かの幽霊がいる。それは、僕が確認したから幽霊だと認識出来た。しかし、初めての街ではそうはいかない。区別がつかないからだ。僕、犬柴雪は、幽霊と人間の見分けがつかない。人間が幽霊のように見える訳ではない。幽霊が人間のように見えるのだ。この中途半端な霊感のせいで、これまで様々な苦労があった。そしてこれからもあるだろう。

「おはよう」

「おはよー」

 牙城高校は、街の小高い丘の上にある。駅から出て十分ほど歩いた所だ。街路樹は全て桜で、花弁がカーテンのように舞い散る。学校へと続く桜色の坂道では、今日もたくさんの生徒が友達や先輩を見つけて挨拶を交わす。彼らに混じって、僕も坂を登る。その中で、

「あ……」

 一際生徒達の目を引く存在がいる。外国人かと見紛うストレートの金髪をなびかせる女子生徒だ。牙城高校指定の制服の上に、薄緑色の長袖の体操着を羽織ったその人は、ポケットに手を入れて猫背で歩く。
 眠そうに欠伸なんかしながら、道の端を歩く彼女の横顔は息が止まるほど綺麗で、僕もつい見惚れてしまう。
 するとその彼女が、ふいと避けた。歩く彼女は、その長い脚を斜め前に出して、身体を半身にしながら、何かを避けた。

「え……?」

 それが僕には、幽霊を避けたように見えた。道の真ん中で仁王立ちしている男の人の幽霊。昨日もそこに立っていたそれを、彼女が避けた。ように見えた。

「まさか、ね」

 きっとそう見えただけさ。










「おい、犬柴、犬柴」

「はい?」

 放課後、ホームルームの後で、担任の熊野先生に呼び止められた。

「なんでしょうか」

「ちょっとさ、この資料、西館の三階、資料室に持って行ってくれないか」

 持って行ってくれないか、とは言いつつも、もうその資料は僕の手の中に押し付けられている。これは断れる雰囲気ではない。断れる理由もない。仕方なく小さく返事をして、少し重い資料の束を抱えて、西館に向かった。

「えっと、こっちかな」

 僕はよく頼み事をされる。先生だったり、友達だったり両親だったり。何となく頼みやすい感じがしてる、と中学生の頃の友達に言われた。そして、僕も僕で断れない。断る理由もない。嫌だと一言言えば良い話だが、言うことも出来ない。そんな自分に辟易しながら、三階へと続く階段を登る。二階と三階の狭間の踊り場を回ると、その二段目の端に赤い着物を着た女の子の幽霊が膝を抱えて座っていた。学校と言う場所は、何故か本当に幽霊が多い。石を投げれば当たるだろう。いや、幽霊だから当たらないか。

「失礼しまーす……」

 到着した資料室は、西館三階の一番隅の小さな部屋だった。しかし、そこが僕のイメージと違ったのは、

「し、失礼します」

 その部屋の中央にくっつけて並べられた六つの机に、一人の男子生徒が座っていたことだ。

「……」

 その人は、僕が部屋に入ったと同時に、読んでいた文庫本を置いた。そのまま椅子の背もたれに身体を預けて、ゆっくりと頭の後ろで腕を組む。

「頼まれてた資料、持ってきたんですけど……」

 声をかける。しかしその人は何も言ってくれない。窓の外に咲く桜をぼんやり眺めている。眉を少し隠す黒髪に、涼しげな目元。高い鼻はすっと通っていて、とても男前だ。どこかアンニュイな雰囲気もあって、女子生徒に凄くモテそうだ。

「あの……資料、何ですけど……。聞こえて、ますか?」

 何も反応してくれないので、もう一度尋ねる。正直、ここが資料室でないことはもう見当がついていた。だが、それだとここがどこだか分からないので、彼に聞いておきたかったのだ。

「え……?」

「あの……」

 外を眺めていたその人が、やっと僕の方に向いてくれた。目が合う。本当に男前だ。ハンサム、と言った方が良いかもしれない。

「君は……」

「あの、熊野先生に頼まれたんですけど、ここ、資料室ですか?」

 そこからの彼の反応は劇的だった。

「へぇ、へぇ、へぇ! 珍しい、いや、嬉しいな! 君は新入生?」

「は、はい。そうです」

「それは良い! あぁ、資料室だったら西館の三階だ。ここは、旧西館だから。最初は戸惑うだろうね。それより、ここで少し話をして行かないか?」

 椅子から立ち上がって、僕の方に近づいてくる。そっと机を叩いて、座るように促された。あまりにいきなり話し出したものだから、僕も驚いてしまって、思考を置き去りにして言われるがまま席に着いてしまった。

「いやあ、嬉しい。あ、俺はね、三角涼って言うんだ。図形の三角って漢字で、みかどって読むんだよ。部のみんなからは、プリンス先輩って呼ばれてるんだ」

「は、はぁ……」

 本当に嬉しそうな笑顔で話すこの先輩は、悪い人ではなさそうだ。ただ、みかどならプリンスではなくキングやエンペラーだと思ったのだが、何と無く口にするのは憚られて、結局黙りこむ。ニコニコと笑う三角先輩を、僕は困り顔で見上げていた。
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