僕の天使には羽がない

桐乃

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プロローグ

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 放課後の誰もいなくなった学校は、まだ高校二年生の大翔たいしょうにとって大きな遊び場の一つだ。
「大翔、早く来いよっ」
 ゲラゲラ笑いながらクラスメイトの遼に、読みかけの漫画雑誌を奪われた。返せよ、と叫びながら遊びの延長で追いかけている時だった。
「袋とじのグラビアページ、俺が先に見ちゃうよーん」
「ふざけんなっ、俺が先だっつーの」
 煽りながら角を曲がった遼を、数秒遅れで後を追ったがもう姿がなくなっていた。
(さすが陸上部、足はやっ)
 目の前には長い廊下。
 いくら遼の足が早くても、もう姿が見えなくなっていることはないはずだ。
(ははぁん、どこかの教室に入ったか)
 舌なめずりをして、気合を入れて手前の扉を勢いよく開けた。
「おらっ、遼ー!どこ……だ……って」
 威勢に良い声は、教室の中の静けさに尻すぼみになった。
「なに?」
 イーゼルに向かって絵を描いている男がこちらを向いて不機嫌そうな声でそう尋ねてきた。
「えっ」
 慌てて見渡すとそこは美術室だった。
 二年生になってから美術の選択授業をとっていない大翔にとってはなかなか縁のない教室。
 埃っぽい空気と、木の甘い香りが鼻をくすぐる。
「用事、ないなら出ていって」
 不機嫌な声の持ち主に、思わず目を細めた。
 大きな窓から差し込む淡い光が彼の輪郭を縁取る。
 まるで空気の粒子さえ、彼をキラキラと輝かせている。
 少し長めの薄茶色の髪の毛。
 肌が透けそうなほど白い肌。
 大きな瞳は訝しむようにこちらを見ている。
「あ、えっとぉ」
 何を言うつもりなのか分からなかったが咄嗟に声が出た瞬間、全開の窓から風がそよいだ。
 彼の茶色髪の毛が風に優しくなびいたと思った瞬間。
 突風が教室の中に舞い込んで、そして暴れるだけ暴れた。
 キャンバスごとイーゼルが倒れて、その辺に置いてる画材もなぎ倒されていく。
「うっわ」
「っ」
 腕で顔を覆ってその突風に耐える。
 ほんの一瞬の出来事だった。
 うす目を開けて彼を見ると、真っ白なカーテンが彼を包むようになびいていた。
 それがまるで。
「天使……?」
 無意識に発していた言葉に自分で驚いてしまう。
 こんなロマンチックなことを言う性分じゃないのだ。
 だけど、まさに目の前の彼は、絵に描かれているような大きな羽根を羽ばたかせている天使に見えた。
 教室中を暴れた突風は満足したのか、あっという間に落ち着いて静寂が訪れた。
 彼は目の前の残状に、ため息をついてイーゼルを立て直した。
 自分も急いで駆け寄ってキャンバスを拾ったり、散らばっている画材をしゃがんで拾い集めた。
 鉛筆や絵の具、木炭のようなものや、食パンも落ちている。
 食パンは、おやつだろうか。
 そういえばクラスメイトにも食パンを焼かないで一斤丸ごと食べてるやつもいるし、彼もそういうタイプなのかもしれない。
(そんな感じには見えないけど)
 チラリ、と顔をあげると思った以上に彼の顔が近くにあった。
 彼も床に散らばった絵の具をケースに戻している。
「……」
 俯いた瞳を縁取るまつ毛が長い。
 二重の線もくっきりしている。
 肌が透き通るくらい綺麗。
 なんだか甘くていい香りもする。
 ぼんやり、と言うよりもうっとりと彼を見ていると、バチっと目が合った。
「……誰だか知らないけど、ありがとう」
「あっ、いえいえ!このくらいっ!」
 あはは、と笑いながら床に散らばっているものを急いで全部拾って彼に渡す。
「……君はだれ?」
 ゆっくりと立ち上がった彼につれるように自分も立ち上がる。
 身長がもうすぐ180センチに届きそうな自分を覗き込むように見てくる彼はおそらく170センチあるかないかくらいだろう。
 長いまつ毛に縁取られたタレ目の瞳は真っ直ぐこちらを見上げてくる。
 自然と上目遣いになる彼の視線に一瞬ドキッとしてしまう。
(女子みたいな顔……身長はちょっと小さい、のかな。てか、目デカいし……女子だったらめっちゃタイプかも……)
 じっと静かに見つめてくる彼に、心臓がドクンと鳴った。
 それは徐々に早く高鳴って全身の血液が熱く波打つ。
 (あれ、なんだ、なんで、俺)
 顔がどんどん熱くなってくる。
「え、えっと、」
 答えを待つようにじっと見つめてくる瞳の圧にだんだん耐えきれなくなってくる。
「……」
「さ、佐伯……大翔、です」
「あぁ、そう」
 聞くだけ聞いて彼はイーゼルの前に座った。
 キャンバスを覗くと、薄い線が人間の形のようなものを型取って何本も引かれていている。
 彼は真っ黒の木炭のようなものを持つと、一気に集中して絵に取り掛かった。
 まるで、この世界にはこのイーゼルとキャンバスと彼しかいないような雰囲気さえある。
 このままここで彼を見ていたい。
 だけど、ここにいたらいけないような気がした。
 この教室は彼だけの世界に思えた。
「じゃあ、えっと、失礼しました~」
 彼に聞こえるか聞こえないかの小声でそう呟いてドアに向かった。
 彼だけの世界を邪魔しないように。
 ドアに手をかけて教室を出る寸前、もう一度彼を見た。
 光の粒が彼の横顔をキラキラと輝かせている。
 瞳が柔らかく緩んで、口の端が少し上がっている。
 わずかながら彼が楽しんでいることが分かった。
(絵描くのが好きなんだ……)
 音を立てないようにドアを閉めて廊下に出た。
 静寂な世界から、ふと現実に戻った感覚に大翔は名残惜しく振り向こうとした瞬間
(そういえば!)
 さっきまで追いかけていた遼のことを思い出した。
「遼ー!待てこの~!」

 大翔は騒がしく廊下を駆け出した。


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