僕の天使には羽がない

桐乃

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僕の天使には羽がない 1

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 放課後の体育館は天井から吊るされた緑色のネットによってバレーボール部とバスケ部に区切られていた。
 シューズの擦れた音、ボールの弾む音、そして部員たちの掛け声が混ざり合って体育館中に響き渡る。
 少し肌寒い春が終わり、夏へ向かう五月の空気は他の季節と違って爽やかで過ごしやすい。
 冷暖房完備の体育館でもまだクーラーをつけるには早く、窓を開けて風を通すだけ。
 それでもコートには熱気がこもり、短髪の毛も汗で滴るくらいぐっしょりだ。
 人よりも体温が高い佐伯大翔は吹き出る流れる汗をユニフォームの裾を持ち上げて拭くと、「お願いします!」と声を張った。
 その声に部長である橘颯真そうまがチラリとこちらを見てトスをあげる。
 ボールの描く曲線に向かって足を踏み出して、思いっきり跳ぶ。
 ーーバシンッ。
 大きな音を立てて、ボールはコートの真ん中に勢いよく突き刺り、跳ね返った。
「すげ……」
「やっぱ大翔先輩すごいや」
 大きな音とボールのスピードに驚いた後輩たちに、ニッと笑ってピースをして見せて、順番待ちの列に戻る。
 手が痛い、と言う感覚はいつの間にかなくなっていた。
(まだまだ足りない……)
 自分の赤くなった手を見ながら、大翔は先日の春の大会を思い出した。

 関東ベスト16には必ず入る聖詠高校バレーボール部。
 部活動日は週5、たまに夜練があったりなかったり。
 強豪校のように毎日朝昼晩常に練習とまではいかないが、部員は学校で過ごす時間のほとんどをバレーボールに費やしている。
 それでも新体制初戦の予選敗退は大翔の心に重くのしかかった。
『新体制なんだからしょうがない』
『まずまずの結果』
 なんて周りに言われたが、副部長を務める大翔はかなり落ち込んだ。
(もっとできることがあったはず)
 そう今でも後悔が残る。
 作戦が甘かったのか、練習不足だったのかと次々にボールに力強くアタックをしていく部員を眺めながら頭の中で自問自答していた。

 その時、ふと体育館に爽やかな風が吹き込んだ。
 熱気を去らう、涼しさと少し甘い香りが大翔の鼻をくすぐった。
 思わず振り返ると、大きく開かれたドアから知っている顔が覗き込んでいた。
 (美術室の……天使っ!)
 あの日からなんとなく彼を探していた。
 休み時間や部活の間に校舎をうろうろしたり美術室を覗いたりしていたが、会えなかった。
 もしかしたら白昼夢でも見ていたんじゃないか、と思っていた矢先だった。
 ーー彼が今、目の前にいる。
 天使はキョロキョロと辺りを見渡して、それからバレーボール部のマネージャーに声をかけた。
(バレー部に用事?)
 止まらない汗を拭きながら横目で彼を追う。
 何やらやりとりをした後、マネージャーは颯真を呼んだ。
(部長……?)
 颯真は、彼の姿に気がつくと笑いながら駆け寄っていた。
 彼も颯真の顔を見てほっとしたように頬を緩めたのが分かる。
 どうやら仲がいいみたいで、彼の薄茶色の髪の毛をくしゃくしゃ撫で回している。
 彼は手を払いのけたが、本気で嫌がっていないように見えた。
(……仲いいんだ)
「大翔!次!」
 自分の名前を呼ばれて我に返る。
 横目で見ていたはずが、いつの間にか彼らを思いっきり凝視していた。
「うっす!」
    声をはりあげてコートに向き合った。
 助走、ジャンプ、そして大きく手を振りかぶってスイング。
 バシンと大きな音を立てて相手コートにボールが跳ねる。
 手応えを感じながらコートを出ると颯真が「ナイス」と背を叩いてきた。
(あれ、天使は)
 と、さっきまで天使がいたところを見ると、もうそこにはマネージャーしかいなくなっていた。

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