僕の天使には羽がない

桐乃

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僕の天使には羽がない 12

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(俺、先輩に好きって言っちゃった、んだよな……)

大浴場の湯船に浸かりながら、大翔は湯煙の中天井を仰いだ。
試験も終わるとすぐに二泊三日の集中合宿が始まった。
インターハイの最後の追い込みだ。
学校から少し離れた郊外の合宿所にくるのは二回目。
朝から夜までひたすら練習と休憩を繰り返して、夜は近くの銭湯を借りて、寝るときは大部屋で雑魚寝。
朝起きてから一日24時間ずっとバレーボール漬けだ。
なのに。

(はぁ……湊先輩、好き……)

まるで少女漫画に出てくる女の子のようだ。
ため息をついて「好き」という気持ちしか頭に浮かばない。

洗い場にいるクラスメイトや地元の人たちの裸体をじっと見つめた。
こんなに見つめたことなんてないくらい人の身体を見る。

(湊先輩はもっと、こう白くて柔らかそうで、消えそう)

それに比べて……隣にいるチームメイトを見ると陽に焼けてすね毛も生えて鼻の下の髭もうっすら生えているやつだっている。
自分も腕がどんどん筋肉質になっているし、いろんなところの毛も太く黒々と生えてきている。

体格も全然違った。
湊の肩はとても華奢で、顔も手も全部小さくて女の子みたいだった。
真っ白で背中に羽が生えていてもおかしくない。
抱きしめていないと、いつの間にかいなくなってしまいそうな儚さがある。

そう、彼は天使のようなのだ。
美術室で一目惚れをした時に思った。
風に吹かれたカーテンに包まれて天使かと思った。
その天使と少しずつ距離を詰めていった、ついにこの前、放課後に美術室で二人っきりになれた。
嬉しいのと同時に、彼と一緒にいればいるほど、好きの気持ちが溢れてきた。
例えば心の中にコップがあるとすると、そのコップに注がれる好きな気持ちがどんどん注がれて溢れて大洪水になるような。
理性がその好きの海に溺れた時。
彼に触れたい、抱きしめたい、そしてキスをしたいと思った。

「あーーーー!!」
叫びながら顔を湯船に突っ込んだ。

いい雰囲気だと思った。
だけど、彼は慌てて美術室から飛び出して行った。

好きの気持ちを募らせていたのは自分だけだったのかもしれない。

「大翔うるせぇなぁ」
「は?お前こそうるせぇよ」
言葉こそ悪いがふざけてくるチームメイトに足で水しぶきを上げて顔に湯をかける。
「うわっぷ。すっげえかかったんですけど。まじだる~」
「お。大翔なにしてんの?」
「なになに、楽しそうじゃん」
自分の様子を見ていたチームメイトがゲラゲラ笑いながらお互い水を蹴って湯のかけ合いをしてきた。
「ちげぇよ」

(俺のこのどうしようもない気持ちなんかお前らにわかりっこねーよな)
ため息が水の中で泡になってぶくぶくと大翔は沈んで行った。






「大翔、なんか悩み事でもあんのか?」

合宿最終日の昼休み、支給された弁当を食べ終わって体育館の外に出てジリジリと暑いコンクリートを避けて土の部分に座ってぼんやりと空を見上げていた。
そんな大翔に声をかけて来たのは部長だった。
「部長……」
結局、合宿最終日まで頭の片隅にはいつも湊がいた。
「俺で良かったら話聞くけど?」
清涼飲料水のペットボトルを片手に部長が隣に座る。

「お前最近試合とか練習中は大丈夫だけど、他はなんか、こう、腑抜けてるっていうかぼんやりしてること多くね?」
「うす……」
「なんか悩みあるんなら、聞くだけはできるし」
「あのですね……えっと」

こんなに心配してくれている部長に、湊のことを聞いていいのか少し悩んだ。
部長と湊は仲がいい。
湊は唯一話せる相手と言っていた。
その湊のことが好きになった、と相談してしていいのかわからなかった。
男同士の恋愛に否定的かもしれない。
今まで築き上げてきた自分と部長の信頼関係もこのインターハイ前に崩れるかもしれない。
そう思うと、言わないのがいいような気がしてきた。

「もしかしてさ、湊のこと?」

暑さも相まって頭の中がぐるぐる回ってた時に部長からその名前が出てきた。

「!」

ぎくりとして部長を見ると「やっぱり?」とニヤニヤ笑っている。
「えっと、その違くて!俺はその!」
慌てて否定をしようと思って両手を無駄にバタバタと動かすが、部長はくくくと笑うばかり。

「いいって。お前マジでわかりやすぎだから」
「えっと。バレてました…?」
「バレるっていうか、みんな分かってるだろ。お前の湊好き好きアピールで」
「ええええ」

そんなに分かりやすかったのか?と一気に恥ずかしくなる。

「で、湊のことでなんかあったのか?振られたか?」
にひひ、と笑う部長に自分の汗だらけのタオルを軽くぶつけて「振られていません!」と唇を尖らせた。

「っていうか、そこまでいってねぇし」
「ふぅん?」

部長もふざけてタオルをぶつけてきた。

「あ、あの、先輩!」
「ん?」
少しだけ気になっていたことだけ聞こうと口を開いた。

「インターハイに湊先輩来ますかね」
「どうだろ?今回静岡だろ?東京からわざわざ来るかどうかは……」

さっきまでのニマニマした笑顔を消して部長は考えるよう顎先に指を当てた。
学校の近くの体育館の会場で大きな試合がある時は学校全体で応援に駆り出されるが、インターハイは地方での開催が予定されている。
今回は静岡でまだ近い方だが、大体は応援席を占めているのは吹奏楽部とバレー部と同じようにインターハイに出場する他の運動部だ。
一般生徒は、夏休みが終わってから全体朝礼でインターハイや大会の結果を聞くだけ。
ベスト8になりました、金賞を取りました、準決勝に進みました、と簡単な結果聞かされて拍手をして終わり。
たまにSNSでニュースになることもあるが、普通に試合に出るだけだったらそんなもんだ。

「わざわざ来ないか……そうっすよねぇ」
「連絡すればいいじゃん」
「……連絡先知らないっす」
「うーん、そっかあ。俺から誘うのも変だしなぁ」

(部長が誘ったら湊先輩嬉しいと思うけど)

心の中でそう呟いて体育座りをしている膝の間に顔を埋める。

「でもきて欲しいんだろ?」
「……うす。湊先輩がいたら俺スッゲーがんばれます」
「なんだそれ。でも、まぁわかるな。それ」
「え?」

(部長も湊先輩がきたら頑張れるってことっすか!先輩も湊先輩のことを……)
まさか、と部長の顔をじっと見てしまった。

「お前、すげー顔してんな。…あ、違う違う。俺の彼女が応援してくれると、すっげぇやる気でるし、カッコつけたいから頑張れるんだよな」

部長に彼女がいるのは知っていたが応援にもきていたんだ、と羨ましくなる。

「……先輩の彼女、応援きてくれるんすね」
「あぁ、知らなかったっけ?吹奏楽部の部長。あいつのトランペットが聞こえるとやる気が出るんだよな」
知らなかった。
それって合法的にいつも応援してもらっているってことか、と思うと羨ましくてしょうがなくなった。

「いいなぁズリぃなぁ。てか惚気っすか?」
「惚気だな」

また部長は笑うとちょうど昼休憩終わりを告げるマネージャーの声が聞こえた。
戻るか、と立ちあがろうとした時「あ!じゃあさ」と部長が思いついたように声を出した。

「動画送ってやるよ」
「動画?」

部長はポケットから携帯電話を取り出してカメラを向けてきた。

「えっ、えっ!なんすか!」
「ほら、いいからなんか言えって。急げって、ばか!」

マネージャーが体育館から早く来いと怒鳴っている声がする。
あっ、あっと戸惑ってから両手で自分の頬をぱしんと叩いた。

「湊先輩!この前はごめんなさい!あの、静岡、ちょっと遠いんすけどインハイの試合があるんできて欲しいっす!」

そこまで早口で言って、頭を下げた。
ピロン、と動画を止める音がして顔を上げると部長はピースを自分に向けてきた。

「後で送っておくから」
ニッと笑った部長に「あざっす」と頭を下げた。

「頑張れよ、エース」
「うす」


部長の期待の混じったエールに、スニーカーの紐を締め直して体育館に向かった。
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