空気の人

木石たか

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第十二 : 空を仰ぐ二人

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奏汰に伝えたのは、手紙を送った2週間後のことだった。
あの日と同じ夕暮れ、歩道橋の上から夕日が見える場所で。

「……ごめんね」

彼は答えを聞かなくてもわかっていたみたいだった。
それでも、怒るでもなく、優しく笑った。

「いいよ。……やっぱり君は、誰かを“忘れて選ぶ人”じゃないから」

最後に彼は、あたたかく言った。

「その人が誰よりも羨ましいって思ったよ。
君が、名前を呼び続けるほどの人に出会えたことが」

そう言って、前を向いて歩き去った背中が、やけに大人びて見えた。

---

春が近づいていた。
駅前にミモザの鉢植えが並ぶたびに、昔彼が好きだったジャズの一節を思い出す。
洗いたてのシャツの香りとか、静かな夜に鳴るポットの音とか。
もう手元にはないものばかり。

でも、それでも私は立ち止まらずにいた。

---

一方、ある山間の町。
第23研究所の閉所式が行われていた。

「次の任地は……?」

「しばらくは、外。都市再構築プランの地域チームに。僕が行く意味、あるなら」

紙の資料を閉じ、悠真はゆっくり立ち上がる。
バッグの中には、使い込まれたスケッチノートと、
一通の古い手紙。名前だけが何度も読み返され、折り目はすでに柔らかくなっていた。

“たった一度でいいから、名前を呼ばせてください。”“悠真さん”

その行で止まるたび、胸の奥に灯る微かな温度がある。

あの日、愛していると言われたこと。
言葉にしなかった返事を、いまでも言えずにいること。

でもきっと、それでも構わない。
彼女はきっと、今日もどこかで、前を向いて生きている。

その事実だけで、生きていけると思った。

---

ある日、東京の空と
山間の空が、まったく同じ色をしていた。

ふたりは違う場所で、同じように空を見上げた。

言葉はない。再会もない。約束もない。

けれど、名前の奥に残された“記憶”だけが
静かに同じ風のなかで揺れていた。
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