生活保護課の人間観察

木石たか

文字の大きさ
7 / 11

第6話:「この国に住んでても、“自分の国”じゃない」

しおりを挟む
 【受給者ファイルNo.006】

• 氏名:李 智恵(リ・ジヘ)
• 年齢:48歳
• 職業:なし(元・縫製工場の指導員)
• 生活歴:韓国籍で来日、技能実習生制度を経て帰化。日本人と結婚・離婚。貯金を信頼していた知人に詐欺同然で奪われ、生活困窮に。
• 申請理由:無収入・無扶養で通帳残高2桁。日本語はある程度可能だが読み書きは不自由。心因性の不眠あり。


---

 【金曜 午前11時 面談室D-2】

「こんにちは、李さん。お元気ですか」

「こんにちは。えっと…元気、ない。でも来ました」

「大丈夫ですよ。ここは、“元気なくても来ていい場所”ですから」

「…それ、いい言葉ですね」

「ありがとうございます。では、今日は生活のことを聞かせてください」

「お金、ない。…でも、恥ずかしい。来たくなかった。生活保護、知ってる。でも、ずっと“ダメな人の制度”って思ってた」

「制度に“恥”はついてないです。つけたのは、きっと世の中です」

「(少し笑)」

「お仕事は…?」

「前は、工場。ミシン教えた。でも今、人が変わった。私は“先生”から“じゃまな外国人”になった」

「それは…つらかったですね」

「それ、たぶん合ってる。“外に出たら、お客さん”って日本語あるでしょう?でも私は、ずっと“外の人”のまま。中に入れてもらったこと、ないかも」

「李さんは、“この国”にいるんじゃなくて、“この制度の外側”に押し出されてるような感覚なんですね」

「はい。でも…今日、紙とハンコじゃなく、“言葉”で話せた。それが…よかった」

---

 【面談記録メモ】

• 心理的な萎縮あり。対話には丁寧な日本語を用いるが、複雑な読み書きは困難。通訳者不要と判断。
• 勤続歴長く、日本社会への帰属意識も高い。反面、制度との距離感は依然として“他人事”という姿勢が強く、啓発支援が必要。
• 今後の支援計画:家賃補助、就労可能性調査、メンタルサポート。本人希望により“失敗しない日本語講座”も紹介予定。


---

 【ケースワーカー所感(非公式)】

「“助けて”って言うことが、他の誰よりハードル高い人がいる。自分の名前をカタカナで書くことに、まだ抵抗がある人がいる。」

「帰化しても、制度の中にいても、“外にいる感覚”は簡単には溶けないんだな。私の“いらっしゃいませ”が、今日、届いてるといいけど。」

「“制度を使うこと”が、その人の人生の“負け”にならないように。私はそういう受付を目指したい。」

---

 次回:「若者は黙って受け止める」
言葉にできない。拒否も肯定もない。ただ静かにうなずく。
親に捨てられた引きこもり青年との、最も沈黙の多い面談が始まります。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

バーチャル女子高生

廣瀬純七
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

処理中です...