ドラッグジャック

葵田

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8.「待ち合わせは屋上で」

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 鈴華すずかは屋上へと続く階段の下まで来るとスマートフォンで時計を確認した。
 何も時間指定はされていない。ましてや、場所も同じで良かったのか分からない。だが、胸が高鳴るのを感じながら登っていく。それは、薬欲しさの気持ちからではない。
 あの美少年のような、ユキ――その強い瞳を持つ存在の魅力に惹かれ、憧れのようなものを抱いていることを、鈴華は知らず知らずにいた。
 屋上のドアに手をかけ回し、そっと開いた。他に誰もいる気配はないが、ドアの外を出ると塔屋を見上げた。すると、何か黒い物が垣間見えている。
 鈴華は塔屋の上へ登ろうとして、細い階段に足をかけると、カンッと音がした。バレただろうかと思いつつ、そっとなるべく音を立てないよう足を忍ばせる。
 急な斜面に手すりをしっかり掴んで、頭をひょっこりと覗かせると――そこに、ユキはいた。
 ユキはコンクリートの上に仰向けに寝そべったまま、

「――早い」

 と、一言。

「ご、ごめん。だって……」
「だって?」
「いや……」

 鈴華にも、何が〝だって〟なのかよく分からず、言葉を詰まらせる。気になるからというのが本音だが、言うと鬱陶しく嫌がられそうだった。

「まだ放課後、来てないだろ。気分でも優れないのか、ただのさぼりか、どっちでも知ったこっちゃないけどな」

 冷たくあしらっているようで、気遣っているようだが、単に興味がないだけにもみえる。

「ちょっと、なんか頭痛がして……保健室でいたんだけど、そんまま早退してきちゃった」
「あの薬、飲んだのか?」
「あ、うん」
「頭痛は薬の副作用かもな」とユキは少し考え、
「何の薬にも副作用はある。多少のデメリットは我慢して、メリットを取るかどうかだ。まぁ、初めてだからな、もう少し様子見てみろ」
「うん、そうする」

 その辺りの判断は鈴華には分からずユキの言う通りにした。何だかとても頼りになると鈴華は思った。

「もう少ししたら、客が一人来る。大人しく、ここで静かに待ってろよ、いいな?」

「え?」と軽く驚き、「うん」と返事をすると、どこかに隠れなければと焦ったが、塔屋の上に居れば見つからないのだと気づき、上へと登り切った。

「いつもここでやり取りしてるの?」

 ユキは答える代わりに、

「仕事のジャマをするなと言ってる。これでもくわえてろ」

 そう言って、ポッキーを鈴華の口に突っ込んだ。ユキの口にもポッキーがくわえられている。鈴華は真似をしてポッキーを噛まずにくわえている。すると表面にコーティングされたチョコだけが口の中で甘く溶けていく。
 秋風がふわりと吹きつけた。
 だいぶ朝夕は冷え込むようになったが、今日のような晴天の日はちょうど良く風が心地いい。
 鈴華は秋風に吹かれながら口にポッキーを含んだまま、ぼんやりと空を眺める。
 何をやっているのだろう。
 まるで悩み事などなかったような、忘れてしまったような、大空を前に吹っ飛んでいった気分になる。けれど、それが本当だと思い込むほど、素直ではなかった。
 隣で同じく風を受けているユキの方を向く。何となく、こうして一緒にいられるのが嬉しい。
 不思議に見つめていると、

「なんだよ、オレが珍しい人物ってのは分かるけど、ジロジロ見ながらよだれ垂らすのやめろよ」
「──っ」

 ポッキーをつたって垂れそうになっているよだれを慌てて拭うと、顔を赤くする。

「おまえ、自分のことフツーとか言ってるけど、オレからしたら十分変わったヤツだけどな」

 個性的という響きには少し憧れるが、変わっているとは少し複雑な気分にさせられる。

「薬の転売屋なんかに近づいてんじゃないぞ」
「そっ、それは……」
「それは?」

 またしても言葉に詰まり、耳元から首筋に変な汗を流す。
 ユキは間違いなく裏社会の人間だが、それを全く感じさせない。根拠は何もないが、理解してくれる人だと鈴華は直感していた。
 気づけばユキはノートパソコンを開いて何やら険しい顔をしていた。

「……お客さんは?」

 そっと声をかけるも返事はなく、難しい顔つきでパソコンの画面を睨んだままだ。
 そうしていると、ピクリとユキが眉を上げた。

 ――カチャリ

 塔屋の下から扉のドアノブがゆっくりと回る音がした。
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