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act-28 真相
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翌日の昼過ぎ。九条は、近所にある喫茶店の二階で珈琲をすすっていた。
昨夜、佐伯と遅くまで飲んでいたが酒は残っていない。少し腹が減っていたのでナポリタンを注文した。この店のナポリタンは絶品だ。
パソコンを開きメールをチェックする。鴨志田からの返信が午前中あった。
『昨日はいろいろお疲れ様!詳細は事務所で聞くよ。夕方、連絡とりあいましょう。ハルにも状況は伝えておく』
明け方、自宅に戻った九条は鴨志田に短いメールを送っていた。佐伯を介してキリトに会ったこと、ユリアの写真の件で少し分かったことがあること。詳細は書いていない。メールの文章にするのは複雑すぎる。頭が痛いのはミチルの件だ。予想だにしなかったミチルの歌手デビュー‥しかも大手のレコード会社からだ。プライベートなことであるユリアの件とは違い、こちらはハルと鴨志田の今後に関わる。とてもメールで伝えられる一件ではない。
「はいよ。よく飽きないね」
テーブルにジュウジュウと音をたてる鉄板が置かれた。額に赤いバンダナを巻いた店のマスター‥十年以上通うこの喫茶店だが、九条はナポリタン以外のメニューをオーダーしたことはない。
「美味いから‥って理由じゃダメっすか?」
「ピザトーストもちょっと自信あるんだけどなぁ」
年を聞いたことはないが、おそらく五十代だろう。昔の少女漫画に出てくるような、いかにも昭和な喫茶店のマスターという感じだ。
「ま、ごゆっくり」
マスターはそう言うと階下に降りて行った。たっぷりタバスコをかけたナポリタンにフォークを入れた時、携帯が鳴った。見知らぬ着信表示‥佐伯だな、直感で九条はそう思った。
「俺だ」
「渡した名刺をちゃんと持っていたようだな」
「キリトから電話があった。ユリアって女の会社に写真ばら撒いたのは、やはり結衣のようだ」
佐伯は九条の一番知りたいことを前振りなしで切り出した。
「どうするよ、九条さん?」
「オマエ、今時間あるか?」
「ああ」
「旨いナポリタン、食いたくないか?」
***********************************
階段を一段おきに上がる靴音がして佐伯が顔を見せた。長身、派手な金髪男の来店に数人いた客はチラリと視線を送りすぐ見ぬふりをした。佐伯は九条の真向かいの席に腰をおろすと「お待たせ」と言いながら、テーブルに置かれたメニューを手にした。お冷とおしぼりを持ってマスターがやって来る。
「俺、めっちゃ腹減ってるんだよね」
メニューをめくりながら呟く佐伯を無視し、九条はマスターに向かって言った。
「珈琲とナポリタンの大盛りを」
マスターの「はいよ」と佐伯の「ナポリタン一択かよ」が重なった。
「俺もさっき食った。旨いぞ」
九条の言葉に佐伯は苦笑しながら「ま。先輩の言うことを聞いておくよ」と言った。
「キリトは何だって?」
「うん。あいつ結構責任感じてて、結衣にバチっと問い詰めたらしいんだ」
「で?」
「俺たちの読み通りさ。キリトが自分になびかないばかりか未練がましくユリアを引きずってるんで、たまたま見つけたあの写真を‥てことさ」
「キリトは自殺未遂の件も結衣に話したのか?」
「そうらしい。かなりショックを受けたようだ。あの後2時間くらい泣かれて、キリトも大変だったみたいだぜ」
元カレであるキリトの疑惑は晴れたが、ユリアにとっては別の意味で最悪の真相とも言える。自分を陥れようとした人物が親友だったわけなのだから。
「で、この後どうするつもりだ?」
マスターが持ってきた珈琲を飲みながら佐伯が聞いてきた。そうなのだ。この件はテレビで露出するものではない。結衣の取材や、ユリアへのこれ以上の介入は有り得ない。
「まあ、この後は本人やハルのプロデューサーに任せるよ」
「そうか」
「キリトには礼を言っておいてくれないか?」
「分かった」
佐伯がそう言った時「はい、大盛り」の声と一緒に、テーブルの上にナポリタンの鉄板が置かれた。本当に腹が減ってたのだろう。佐伯は「いただき!」と言うとすぐさまフォークを手にした。九条は珈琲のお代わりを注文し、内ポケットから煙草を取り出した。喫煙できる喫茶店‥今時貴重だ。煙草を1本咥え佐伯を見ると目があった。フォークを持つ手が固まっている。
「どうした?」
「旨い!」
猛烈な勢いでナポリタンを食べ始めた佐伯を横目で見ながら、九条は咥えた煙草に火をつけた。
昨夜、佐伯と遅くまで飲んでいたが酒は残っていない。少し腹が減っていたのでナポリタンを注文した。この店のナポリタンは絶品だ。
パソコンを開きメールをチェックする。鴨志田からの返信が午前中あった。
『昨日はいろいろお疲れ様!詳細は事務所で聞くよ。夕方、連絡とりあいましょう。ハルにも状況は伝えておく』
明け方、自宅に戻った九条は鴨志田に短いメールを送っていた。佐伯を介してキリトに会ったこと、ユリアの写真の件で少し分かったことがあること。詳細は書いていない。メールの文章にするのは複雑すぎる。頭が痛いのはミチルの件だ。予想だにしなかったミチルの歌手デビュー‥しかも大手のレコード会社からだ。プライベートなことであるユリアの件とは違い、こちらはハルと鴨志田の今後に関わる。とてもメールで伝えられる一件ではない。
「はいよ。よく飽きないね」
テーブルにジュウジュウと音をたてる鉄板が置かれた。額に赤いバンダナを巻いた店のマスター‥十年以上通うこの喫茶店だが、九条はナポリタン以外のメニューをオーダーしたことはない。
「美味いから‥って理由じゃダメっすか?」
「ピザトーストもちょっと自信あるんだけどなぁ」
年を聞いたことはないが、おそらく五十代だろう。昔の少女漫画に出てくるような、いかにも昭和な喫茶店のマスターという感じだ。
「ま、ごゆっくり」
マスターはそう言うと階下に降りて行った。たっぷりタバスコをかけたナポリタンにフォークを入れた時、携帯が鳴った。見知らぬ着信表示‥佐伯だな、直感で九条はそう思った。
「俺だ」
「渡した名刺をちゃんと持っていたようだな」
「キリトから電話があった。ユリアって女の会社に写真ばら撒いたのは、やはり結衣のようだ」
佐伯は九条の一番知りたいことを前振りなしで切り出した。
「どうするよ、九条さん?」
「オマエ、今時間あるか?」
「ああ」
「旨いナポリタン、食いたくないか?」
***********************************
階段を一段おきに上がる靴音がして佐伯が顔を見せた。長身、派手な金髪男の来店に数人いた客はチラリと視線を送りすぐ見ぬふりをした。佐伯は九条の真向かいの席に腰をおろすと「お待たせ」と言いながら、テーブルに置かれたメニューを手にした。お冷とおしぼりを持ってマスターがやって来る。
「俺、めっちゃ腹減ってるんだよね」
メニューをめくりながら呟く佐伯を無視し、九条はマスターに向かって言った。
「珈琲とナポリタンの大盛りを」
マスターの「はいよ」と佐伯の「ナポリタン一択かよ」が重なった。
「俺もさっき食った。旨いぞ」
九条の言葉に佐伯は苦笑しながら「ま。先輩の言うことを聞いておくよ」と言った。
「キリトは何だって?」
「うん。あいつ結構責任感じてて、結衣にバチっと問い詰めたらしいんだ」
「で?」
「俺たちの読み通りさ。キリトが自分になびかないばかりか未練がましくユリアを引きずってるんで、たまたま見つけたあの写真を‥てことさ」
「キリトは自殺未遂の件も結衣に話したのか?」
「そうらしい。かなりショックを受けたようだ。あの後2時間くらい泣かれて、キリトも大変だったみたいだぜ」
元カレであるキリトの疑惑は晴れたが、ユリアにとっては別の意味で最悪の真相とも言える。自分を陥れようとした人物が親友だったわけなのだから。
「で、この後どうするつもりだ?」
マスターが持ってきた珈琲を飲みながら佐伯が聞いてきた。そうなのだ。この件はテレビで露出するものではない。結衣の取材や、ユリアへのこれ以上の介入は有り得ない。
「まあ、この後は本人やハルのプロデューサーに任せるよ」
「そうか」
「キリトには礼を言っておいてくれないか?」
「分かった」
佐伯がそう言った時「はい、大盛り」の声と一緒に、テーブルの上にナポリタンの鉄板が置かれた。本当に腹が減ってたのだろう。佐伯は「いただき!」と言うとすぐさまフォークを手にした。九条は珈琲のお代わりを注文し、内ポケットから煙草を取り出した。喫煙できる喫茶店‥今時貴重だ。煙草を1本咥え佐伯を見ると目があった。フォークを持つ手が固まっている。
「どうした?」
「旨い!」
猛烈な勢いでナポリタンを食べ始めた佐伯を横目で見ながら、九条は咥えた煙草に火をつけた。
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