ハーバスト戦記 翼の王国

野村カスケ

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第三章

2 髭男は残らないわけにはいかない

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 アポソリマは自然の地形を活かした構造になっていた。

 元々の標高が高く、周囲は深い森に覆われている。近くにカルデラを見下ろせる高山はない。これなら、外輪山頂上に達するか、空を飛ぶ以外の方法では街を確認する事はできない。

 内側も森林になっており、川や池も見えた。内側の外輪山は城壁の変わりになっており、斜面に石垣や柵を廻らし、登りにくくされている。南北には土が削られて低くなっている箇所があり、そこには鉄で補強された巨大な門が鎮座していた。

 風や嵐の民には城壁や城門は意味を成さないのではと指摘したら、これらはこの地に街を築いた頃に作られたもので、当時はそれだけ外敵を警戒していたのでしょう、と返ってきた。

 確かに、見た目はかなりの年代物に見える。今、やたらと人夫が何か作業しているのは、今回の騒動のせいで慌てて補強に着手したせいだろう、とホルムヘッドは思った。



 山を下り、森林を抜けるまで思いの外、時間がかかった。比較的平坦だったので助かった。城門が見えてきた頃に兵士に取り囲まれた。一瞬、敵かと思ったが、皆、白い翼を持っていた。昼過ぎの明るい時間だったので姿を確認することが出来たのだ。

 彼らはすぐに王女の存在に気づき、歓声が上がった。



 兵士達に護衛され、中央の城を目指して歩く。意外と厚くて硬い革鎧を身に着けた兵士が多かったので、それを着たまま飛べるのかと聞いてみたら、無理だと返ってきた。

 空中で戦闘行為が出来るほど飛行に熟達している者はごくわずかで、殆どの者はまともに空中戦をしても勝ち目がない。専門の部隊や一部の伝令兵を除き、飛ぶ事を諦め、防御力に重点を置いている。

 金属製でないのは、この辺は金属の希少価値が高いのと、他所から仕入れた鎧は翼を考慮していないので着る事ができない。加工するのは大変、というのが理由と聞いた。

 そう言えばフィルナーナの服も背中丸出しだ。今、街中で出迎えている街の人達も、多くは同じような服を着ている。袖も無いか肩がむき出しの後付けか。下半身は普通だが、上半身だけで見ると、胸当てしか付けていないクリスと大差ない露出度だ。実際には翼があるので背中の肌はほとんど見えておらず、意識するまで気づかなかった。他には、翼の上から外套を羽織ったり、大きめのゆったりとした服を着ている人がいた。寒い時などはああ言う服を着るのだろう。



 街の様子を見ていると、生活水準はレナリアと比べてやや簡素という気がした。街の規模もネートンの街と同程度だろう。国全体としてもこじんまりしており、ネートン領と比べてやや劣るくらい、というのがホルムヘッドの見立てだった。

 建物は木造か石造りで、冬になると雪がよく降るのか、鋭角な屋根の家が多く見えた。北側は職人が多いらしく、戦時という事もあって鍛冶師の工房が大忙しなようだった。南側は酒場や市場があり、流石に活気がない……わけでもなく、駐留軍や義勇兵でごった返しているらしい。逆に食料の消費が過剰で、冬に向けての備蓄が怪しくなってきているそうだ。

 アポソリマより北には集落はなく、東西南には農村が点在する。農作物は村からの供給が主だ。今季の収穫はこれからだけど、戦が始まったせいで南側からは期待できない。戦線が北上してくると、東西からの輸送も怪しくなるだろう。

 さらにフレイアは交易路を南にしか持っておらず、開戦した事で流通が断絶していた。食品、生活用品を国外から輸入する事ができず、物資は高騰する。加えて狩人や農民が、徴兵されたり義勇軍に参加したりで王都に集まる。供給はさらに減り、消費は激しくなる。こういった悪循環で、今の状況に至っている。



 道すがら何人かの兵士達に聞いた話をかいつまみ、大雑把にまとめるとこういう感じになる、と話したら「その情報収集能力は何なの」とリウィーに呆れられた。

 別に収集しているつもりはない。

 興味の赴くまま、質問や世間話や雑談をして、切れ切れの話をつなぎ合わせ、重複や不要な内容を排除し、矛盾点を精査・分析して、理解しやすいようにまとめる。只の性分だ。

 城に着くと、翼の姫は即座に国王に会うと言った。せめて沐浴と着替えをと促した侍女を、そんな暇はないと一蹴し、そっくり入れ替わった護衛(自分達のことだ)をいぶかしむ衛兵を「私の恩人に無礼は許しません」と一睨みで退散させた。

 とはいえ、娘といえども即座に会うことはできないようで、少しだけ今いる一室で待機するようお願いされた。待っている間手持ち無沙汰だったので頭の整理がてら、話していたのだ。

「特に補足することは、ないと思います」

 フィルナーナも、目を丸くしていた。

「洞察力は戦では役に立つわ。期待している」

 クリスにそう言われた。人より洞察力が優れているとしても、戦の役に立つかと言うと関係ないような気がする。あと、出来れば戦には参加したくない。口には出さないでおいたが。



「それにしても、この後、王様に会うんだよな?」

 ホルムヘッドは顎に手を当てて擦った。髭が結構伸びている。ハイルナックを発つ前に剃ったが、あれ以来手入れしていない。面倒なのも確かなのだが、鏡もない野外で髭を剃るのは得意ではない。

 クレッドは、器用だと思う。小刀一本、手触りだけで上手に剃っている。

「髭か? 気にしていたのか」

 器用な人が、察したように笑った。

「一応な。王様だからな。とは言っても、ここで剃るわけにもいかないけどな」

「まめに手入れしないからだろ」

 この男は今朝も剃っていた。以前はそんなに頻繁に手入れしている印象もなかったが、いつの頃からか。ハイルナックを発ってからか? 毎朝、剃っているようだ。理由は聞かなくても、なんとなくわかる。

 ハイルナックで会談があった、あの日。あの辺りから様子が変わったように思う。気持ちが表に出やすく、言動も、行動も、成果にも想いが乗っかる。

 訓練の結果にも現れていて、この半月ほどの間に飛躍的に強くなっている、と思う。

 単純で、純粋で、一本気。クレッドは、良いやつだ。

 幼馴染で、小っ恥ずかしいから口にはしないが、親友、なのだろう。

 だが、その友に告げていない事がある。会談の詳細。この戦がどう転んでも、フィルナーナの将来は三択しかない。

 人質か、政略結婚の道具になるか、あるいはこの戦争で命を落とすか。

 どれも彼が望む結末ではないし、そうなる可能性すら想像してもいないだろう。だからといって、言った所で何も変わらない。

 むしろ告げることで意欲が下がる方が、危険だ。姫様も、少なくとも自分が伝えることは望んではいないだろう。

「俺は、不器用だからな」

 手先は器用、心の内は不器用な、友人に対する皮肉のつもりだったが、もちろんそれは伝わらなかった。



    *



 急な事とあって、公式な謁見は行われなかった。フレイア王と対面したのは、応接室のような所だった。

 通された一室の中央に、壮年の男が立っていた。金色の髪、緑の瞳、白い翼。立ち姿は風の民の王たるに相応しい威厳を感じさせた。フィルナーナが先頭に立ち、前まで進み出ると跪づいた。ホルムヘッドも、仲間達もそれに倣った。

「第三王女フィルナーナ。只今戻りました」

「うん、無事でなにより。表をあげよ」

 返答が聞こえ、顔を上げる。立ち上がった娘は、再会した父親と包容を交わしていた。

「皆様もお立ちください」

 促されて立ち上がる。姫は振り返ると、国王であり父親を紹介した。

「フレイア王国国王、フェルディナン四世陛下です。私の父です」

「フェルディナン・フェイル=ラフリアーナです。フレイア国王として皆様を歓迎いたします。また、娘の命を救っていただき、感謝申し上げます」

 王様から礼を言われてしまった。皆、しどろもどろに返事をする。クリスだけは全く動じておらず、堂々としたものだった。



 挨拶が済むと報告が始まった。

「ここにいる方々のお力添えあって、半月ほど前にレナリア王、カフェル陛下に拝謁する事が叶いました。援軍の派遣、承諾いただきましたこと、報告いたします。仔細はこれに」

 ホルムヘッドは書簡を取り出した。レナリアから預かったもので、王印で封蝋されている。フィルナーナが持っていたが、先程の待機室で一時的に預かっていた。

 書簡を返し、その手から国王に渡った。

 フェルディナンは封蝋を確認してから開き、書状を読みだした。あの中には、援軍を送る為の条件が書かれている。詳しい内容は知らないが、人質または政略結婚の対象は名指しされているはずだ。本来であれば、レナリアに留まる必要があった。それを様々な事情に配慮して、先行しての一時帰国を認めているのだ。これで例えば病気になったと偽ったり、別の王族ですと替え玉を用意したりすれば、レナリアとしては翻意有りと見做すしかない。そして、死んだとか行方不明になったとしても、この話は破綻するだろう。

 レナリアがフレイアを庇護するという話は、もはや彼女の存在がないと成り立たないのだ。

 読み進めていた王が、娘の方を一瞥した。

 問題の箇所に差し掛かったのだと思った。

 ここからでは顔は見えないが、娘の目は肯定の意思を表していたのだろう。

 直ぐに視線を戻すと、何事もなかったかのように読み進めた。しばらく後、読み終えた書を封に戻し、翼の王は小さく息を吐いた。

「良い知らせだ。今しばらく持ちこたえれば、フレイアは救われるだろう」

 中身については言及しなかった。ここで口にするわけはないが、少しだけほっとした。

「悪い知らせもある。一刻ほど前、南の砦が落ちたと連絡が入った」

 それは王都防衛の最後の盾が失われた、という事になる。

 砦の規模まではわからないが、一ヶ月以上持ちこたえただけでも奇跡的なのだろう。

「そんな……お兄様は」

「フェルカスは、討ち死にしたと報告を受けている」

 足元が一瞬揺れたように見えたが、崩れ落ちずに持ちこたえた。

「フィナの、お兄さん?」

 小さく問いかけた少女に、振り返って応じている。

「はい。フレイアの、皇太子です」

 後で聞いた話だが、彼女には兄が二人いた。下の兄は戦が始まった早い段階で、迎撃に出た折に討たれた。南砦の防衛戦が始まった際に、長男で皇太子のフェルカスが前線に赴いた。

 彼が鼓舞したからこそ、一ヶ月もの間持ちこたえる事ができた、と言えるだろう。

「フィルリアとフィリアーナは、まだ行方がわからない」

 東と西に、それぞれ使者の任についた姉達の事だろう。背中越しに聞かされたフィルナーナは、小さく肩を震わせていたが、それでも耐えていた。

 様子を見ていたフェルディナンは、その肩に手を置くと、此方に視線を向けた。

「そう言ったわけで、ここは間もなく戦場になる。本来、恩人である貴方がたを労い、饗したい所ではあるが、それも叶わぬ。ご理解いただきたい。

 今日の明日で攻めてくるというわけではないが、退去されるなら早い方がよい。せめて一晩、御休みされ、明日の朝に発たれるのがよかろう」

「俺は残ります」

 クレッドが即答した。リウィーも「私も」と手を挙げる。クリスは無言で首肯した。

 皆の視線が、集まった。

「俺は。一応、レナリア側の人間だからな。残らないわけには、いかないよ」

 戦になれば心底役に立たないけどな、と心の中で付け足す。

「良い仲間に、友に出会うことが出来たのだな」

 父の言葉に、娘は「はい」と頷いていた。



(面倒な事になったな)

 ある程度の予想はあったものの、割と悪い方向に転がっている。

 ボリボリと、頭を掻く。

 リウィーは少し前にいるので、今蹴りが飛んでくることは、無いはずだ。
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