ゴールド・ノジャーと秘密の魔法

たまごかけキャンディー

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【二章】ゴールド・ノジャーの祝福編

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 水氷を司る魔法王国貴族派の、筆頭公爵家令嬢。
 アンネローゼ・クライベルの一日は優雅に始まる。
 
 一日の始まりには実質的に召使として雇用している教会の者、ピエラに朝食と身支度をさせ。
 その間は一杯だけで金貨が飛ぶような高級茶をたしなみ、心落ち着くひと時を過ごす。

 また、そんな権力、財力、容姿すべてが極まった彼女がひとたび外出すれば、取り巻きの生徒に限らず黄色い声が学院全体に響き渡る。

 これはたとえ彼女が実家から離れ女子学生寮にいようとも変わらぬ、普遍的なものであった。

 そして、そんな脚光を浴び外出の準備を整えたアンネローゼはピエラを付き人に選び、学院を出て城下町へと赴く。
 本来ならば馬車を用意しても良かったのだが、今日はなぜか自分の足で歩き回りたい気分だったのだ。

 だが彼女はあくまでも公爵令嬢。
 これまでの人生を鑑みても、付き人一人をつけただけで外出するなど、考えられないほど無防備で無茶な行動であった。

 しかし現実というものは残酷なもので、そんな無防備になった時にこそ、狙いすましたかのように危険というのは迫ってくるものだ。
 だいたいの場合はそれが命取りとなり、取り返しのつかない事故につながるのだが……。

 さて、彼女の場合はというと。

「このクソ貴族がぁあああああ!! お、お前の、お前たちのせいで俺の組織はぁ……!!」
「…………っ!! クライベル嬢!」

 突如短剣を抜き現れた暴漢にアンネローゼの動きは止まり、護衛も兼ねていたピエラも本業ではないことが災いしすぐに守り切れず息をのむ。

 おそらく、この男はいままでクライベル公爵家が蹴落としてきた政敵のいずれかなのだろうが、こんな状況でアンネローゼが何を考えても時すでに遅し。
 もはや魔法を使う猶予もなく、絶体絶命の窮地に陥りながらも目をつぶり、一筋の涙を流す。

 この生まれながらにして勝者である自分が、こんな何でもない散策で、こんな何でもない男に殺されるのかと、悔しさと絶望で頭が一杯になったのだろう。

 だが、次の瞬間。

「死ねええええええっ、あっ、がはぁっ!!!」
「え、ええ……?」

 突然襲いかかってきたはずの暴漢が何者かに殴り倒され、それなりに体格の良かった大男が木の葉のように錐揉みしながら吹っ飛ぶ。

 果たして、そこに現れたのは……。

「大丈夫ですか? 美しいお嬢様」
「…………ッ」

 黄金に輝く金髪を少しだけ乱れさせてアンネローゼの涙を拭う、想像を絶する超イケメンであった。

 あまりのカッコ良さに息もできないままコクコクと頷く彼女は、こう思った。

 ああ、運命を司る女神よ。
 ついにわたくしアンネローゼは、運命の殿方と出会ってしまいましたわ、……と。

 なお、この一連の流れにはすべて、アンネローゼ公爵令嬢の個人的主観と吊り橋効果が含まれることを忘れてはいけない。
 本人にとっての真実とは時に、思い込みによっていかようにも捻じ曲がるものなのだから。





 そして時間は流れ、運命の人との出会いから翌日。

「ようこそおいで下さいました、勇者さま方。あの伝承にも語られる人類の希望とお会いできて、わたくし胸がいっぱいですわ」

 魔法王国ルーベルスにおける城下町。
 王都ルーンの一角に存在している魔法学院の女子学生寮にて。

 聖国で発生した災害級魔法の調査を、なんとなくといった気持ちで進めつつ旅をしていたところ。
 本日、勇者ノアたちの宿にとある高貴なお方からの招待という名目で連絡があった。

 とりあえず調査に対して何かのきっかけでもあればという思惑もあり、使者に連れられて三人そろってこの場に通されたのだが……。
 現在勇者ノアはその天性の直感から、目の前のこの女が壮絶に腐りきった外道であることを見抜いているのであった。

 それもこう、なぜかは知らないが仲間の英雄レオンを直視される度、ムカムカする感じが加速する。
 この女には侮れない何かがあると、そう感じさせるには十分な視線が勇者ノアには感じられていた。

 ちなみに案内人の名はピエラと名乗っていたが、その服装や振舞いはどうみても聖国の教会勢力の手の者だ。
 明らかに怪しい、きな臭い感じがぷんぷんと漂っていた。

「ああ、はいはい。そういう建前はいいですよ、クライベル公爵令嬢。それで、私たちを呼びつけた目的を聞いてもいいかな?」
「あら、つれないですこと」

 勇者ノアが一歩も譲らずに警戒心をあらわにしつつも、それをどこ吹く風といった態度で受け流すアンネローゼ。
 さすがに公爵令嬢として場数を踏んでいるのか、この手の挑発には強い耐性があるらしい。

 いや、というより、そもそも。
 このアンネローゼの視界に、勇者ノアが入っていないというだけの可能性もあるだろうか。

 アンネローゼの視界の先にあるのは常に黄金の英雄レオンであり、何かにつけては上目遣いだったり、にっこりと微笑んで見せたりとせわしないのである。

 もちろん勇者ノアもその視線には気づいており、アンネローゼが女の顔になるたびに頭の血管が切れそうになるほど憤慨していた。
 別に英雄レオンはこの両者のどちらの所有物でもないのだが、モテる男というのはいつの時代も辛いものだ。

 英雄レオン本人も、先日救ったお嬢さんがこの公爵令嬢アンネローゼであることには気づいているようだが、いかんせん人助けをするのは当然のことだと思っている節が彼にはある。
 そのため、あの時の状況が特別な出会いだったとは思っていないらしい。

 また、彼らの三角関係を一瞬で認識した冴えてる男バルザックはというと、自分だけ蚊帳の外にいるのが気に食わないのか僅かに舌打ちしていた。

「くっ……!! そ、れ、で、は!!  アンネローゼ嬢は特に用事もなかったということで、私たちはここらへんでお暇させていただきます」

 そして、ついにしびれを切らす勇者ノア。
 これ以上この女の視線に想い人を晒させるわけにはいかないということで、早々に戦略撤退を視野に入れ始めたらしい。

 だが、ここで勇者一行を逃すほどアンネローゼも甘くはない。

「あらあら、それは少し困りましたわね……。わたくし、実はあなた方が捜している災害級魔法について心当たりがありますの。どうかしら、ここは一つ取引といきませんこと?」

 そうして切り出したのは、勇者一行の当面の目的である大仕事への介入。
 聖国と国交があり、なにより教会とも繋がっているクライベル公爵家ならではの手札の切り方だ。

 しかしそうなると、問題はその情報の正確性がどれほどのものかという点になるのだが……。
 勇者ノアが睨んだ通り性根の腐っていた女アンネローゼ・クライベルは、功を焦りこう切り出してしまうのであった。


 ────わたくしが怪しいと睨んでいるのは、マルクス・オーラ侯爵令息。
 ────若手の中では最強と目されていた破壊魔法使いゼクス・フォースを赤子のようにあしらい、完膚なきまでに叩きのめした怪物ですわ。




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