50 / 52
【二章】ゴールド・ノジャーの祝福編
048
しおりを挟む水氷を司る魔法王国貴族派の、筆頭公爵家令嬢。
アンネローゼ・クライベルの一日は優雅に始まる。
一日の始まりには実質的に召使として雇用している教会の者、ピエラに朝食と身支度をさせ。
その間は一杯だけで金貨が飛ぶような高級茶を嗜み、心落ち着くひと時を過ごす。
また、そんな権力、財力、容姿すべてが極まった彼女がひとたび外出すれば、取り巻きの生徒に限らず黄色い声が学院全体に響き渡る。
これはたとえ彼女が実家から離れ女子学生寮にいようとも変わらぬ、普遍的なものであった。
そして、そんな脚光を浴び外出の準備を整えたアンネローゼはピエラを付き人に選び、学院を出て城下町へと赴く。
本来ならば馬車を用意しても良かったのだが、今日はなぜか自分の足で歩き回りたい気分だったのだ。
だが彼女はあくまでも公爵令嬢。
これまでの人生を鑑みても、付き人一人をつけただけで外出するなど、考えられないほど無防備で無茶な行動であった。
しかし現実というものは残酷なもので、そんな無防備になった時にこそ、狙いすましたかのように危険というのは迫ってくるものだ。
だいたいの場合はそれが命取りとなり、取り返しのつかない事故につながるのだが……。
さて、彼女の場合はというと。
「このクソ貴族がぁあああああ!! お、お前の、お前たちのせいで俺の組織はぁ……!!」
「…………っ!! クライベル嬢!」
突如短剣を抜き現れた暴漢にアンネローゼの動きは止まり、護衛も兼ねていたピエラも本業ではないことが災いしすぐに守り切れず息をのむ。
おそらく、この男はいままでクライベル公爵家が蹴落としてきた政敵のいずれかなのだろうが、こんな状況でアンネローゼが何を考えても時すでに遅し。
もはや魔法を使う猶予もなく、絶体絶命の窮地に陥りながらも目をつぶり、一筋の涙を流す。
この生まれながらにして勝者である自分が、こんな何でもない散策で、こんな何でもない男に殺されるのかと、悔しさと絶望で頭が一杯になったのだろう。
だが、次の瞬間。
「死ねええええええっ、あっ、がはぁっ!!!」
「え、ええ……?」
突然襲いかかってきたはずの暴漢が何者かに殴り倒され、それなりに体格の良かった大男が木の葉のように錐揉みしながら吹っ飛ぶ。
果たして、そこに現れたのは……。
「大丈夫ですか? 美しいお嬢様」
「…………ッ」
黄金に輝く金髪を少しだけ乱れさせてアンネローゼの涙を拭う、想像を絶する超イケメンであった。
あまりのカッコ良さに息もできないままコクコクと頷く彼女は、こう思った。
ああ、運命を司る女神よ。
ついにわたくしアンネローゼは、運命の殿方と出会ってしまいましたわ、……と。
なお、この一連の流れにはすべて、アンネローゼ公爵令嬢の個人的主観と吊り橋効果が含まれることを忘れてはいけない。
本人にとっての真実とは時に、思い込みによっていかようにも捻じ曲がるものなのだから。
◇
そして時間は流れ、運命の人との出会いから翌日。
「ようこそおいで下さいました、勇者さま方。あの伝承にも語られる人類の希望とお会いできて、わたくし胸がいっぱいですわ」
魔法王国ルーベルスにおける城下町。
王都ルーンの一角に存在している魔法学院の女子学生寮にて。
聖国で発生した災害級魔法の調査を、なんとなくといった気持ちで進めつつ旅をしていたところ。
本日、勇者ノアたちの宿にとある高貴なお方からの招待という名目で連絡があった。
とりあえず調査に対して何かのきっかけでもあればという思惑もあり、使者に連れられて三人そろってこの場に通されたのだが……。
現在勇者ノアはその天性の直感から、目の前のこの女が壮絶に腐りきった外道であることを見抜いているのであった。
それもこう、なぜかは知らないが仲間の英雄レオンを直視される度、ムカムカする感じが加速する。
この女には侮れない何かがあると、そう感じさせるには十分な視線が勇者ノアには感じられていた。
ちなみに案内人の名はピエラと名乗っていたが、その服装や振舞いはどうみても聖国の教会勢力の手の者だ。
明らかに怪しい、きな臭い感じがぷんぷんと漂っていた。
「ああ、はいはい。そういう建前はいいですよ、クライベル公爵令嬢。それで、私たちを呼びつけた目的を聞いてもいいかな?」
「あら、つれないですこと」
勇者ノアが一歩も譲らずに警戒心をあらわにしつつも、それをどこ吹く風といった態度で受け流すアンネローゼ。
さすがに公爵令嬢として場数を踏んでいるのか、この手の挑発には強い耐性があるらしい。
いや、というより、そもそも。
このアンネローゼの視界に、勇者ノアが入っていないというだけの可能性もあるだろうか。
アンネローゼの視界の先にあるのは常に黄金の英雄レオンであり、何かにつけては上目遣いだったり、にっこりと微笑んで見せたりとせわしないのである。
もちろん勇者ノアもその視線には気づいており、アンネローゼが女の顔になるたびに頭の血管が切れそうになるほど憤慨していた。
別に英雄レオンはこの両者のどちらの所有物でもないのだが、モテる男というのはいつの時代も辛いものだ。
英雄レオン本人も、先日救ったお嬢さんがこの公爵令嬢アンネローゼであることには気づいているようだが、いかんせん人助けをするのは当然のことだと思っている節が彼にはある。
そのため、あの時の状況が特別な出会いだったとは思っていないらしい。
また、彼らの三角関係を一瞬で認識した冴えてる男バルザックはというと、自分だけ蚊帳の外にいるのが気に食わないのか僅かに舌打ちしていた。
「くっ……!! そ、れ、で、は!! アンネローゼ嬢は特に用事もなかったということで、私たちはここらへんでお暇させていただきます」
そして、ついにしびれを切らす勇者ノア。
これ以上この女の視線に想い人を晒させるわけにはいかないということで、早々に戦略撤退を視野に入れ始めたらしい。
だが、ここで勇者一行を逃すほどアンネローゼも甘くはない。
「あらあら、それは少し困りましたわね……。わたくし、実はあなた方が捜している災害級魔法について心当たりがありますの。どうかしら、ここは一つ取引といきませんこと?」
そうして切り出したのは、勇者一行の当面の目的である大仕事への介入。
聖国と国交があり、なにより教会とも繋がっているクライベル公爵家ならではの手札の切り方だ。
しかしそうなると、問題はその情報の正確性がどれほどのものかという点になるのだが……。
勇者ノアが睨んだ通り性根の腐っていた女アンネローゼ・クライベルは、功を焦りこう切り出してしまうのであった。
────わたくしが怪しいと睨んでいるのは、マルクス・オーラ侯爵令息。
────若手の中では最強と目されていた破壊魔法使いゼクス・フォースを赤子のようにあしらい、完膚なきまでに叩きのめした怪物ですわ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる