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第一章 旅立ち
旅の準備
しおりを挟む二週間後、オレは生まれ育った家の扉を静かに閉めた。18年間住んだ家の不動産手続きは、思ったよりあっさりと終わった。
優しくて暖かかった母さんとの思い出。厳しくも優しく、生きる術を叩き込んでくれた父さんとの思い出。大切な記憶は全てこの胸に刻んだ。最低限の荷物を背負い、オレは我が家を後にした。
ギルドに着くと、既に二人は待っていた。やけにエミリーの機嫌がいい。
「あれ、ごめん。待たせたか?」
「いや、さっき来たとこだよ」
「そうか。で、エミリー、えらく上機嫌だけど何かあったのか?」
ずっとニコニコして鼻歌を歌っているエミリーに話を振った。
「ふふふ。今の私は大富豪だよ! この間の報酬、十倍にしてやったからね!」
「スレイプニルレースで奇跡的に大穴を当てたらしいよ」
マジか……。一般労働者の20年分じゃないか……。
「これで心置きなく、世界中のギャンブルを楽しめるよ!」
その金が溶ける未来しか見えないが、当分は飯を奢らなくても良さそうだ。
「よし! じゃあ、ダンさんの所に行くか!」
ロックリザードの皮をダンさんに渡し、三人分の新しい防具をお願いしていた。槌の音が響く鍛冶屋街へと向かう。
この二人とパーティーを組んで、もうすぐ三年になる。
15歳になった頃から父さんが留守がちになり、一人で依頼をこなすことが増えた。その時に出会ったのがトーマスだった。同い年ということもありすぐに打ち解けたが、何より盾役としての彼の腕は本物だった。どれだけ強力な魔物の攻撃も、トーマスの後ろにいれば安心できた。
二人で依頼をこなすにつれて、回復サポート役の必要性を感じ始めた頃だ。
道を歩いていると、目の前の女がふらりと倒れた。放っておく訳にもいかず病院に運んだけど、診断結果はただの空腹。無一文で何日も食べていなかっただけだった。
言うまでもなく、それがエミリーだ。
呆れながらも飯を奢ってやると、自分は腕利きの回復術師だと言う。半信半疑で次の依頼に連れて行ったら、戦闘の安定性と効率が劇的に跳ね上がった。
たった一杯のスープがきっかけで、今のパーティーが出来上がったんだ。
「エミリー、旅に出るってのに今日も手ぶらか?」
「は? いっぱい持ってるけど? ていうか、あんた達なんでそんな大きな荷物を背負ってるの?」
何を言っているのか分からない。
するとエミリーは、何もない空間からおもむろに水筒を取り出し、飲み始めた。
「ちょっ……! どうやったんだそれ!?」
「え? もしかして空間魔法知らないの!?」
空間魔法……? 異空間を生成する魔法だと?
聞いたこともない。
「そんな便利な魔法があるなら早く教えろよ!」
「だって、聞かれなかったからみんな知ってるもんだと思うじゃん!」
その場で教えてもらったが、オレもトーマスも全くできなかった。どうやら、これはエミリーだけが使える能力らしい。
「みんな出来なかったんだ……。どうしてみんなカバンなんて持ってるんだろうってずっと思ってた。ただのオシャレだって聞いてたけど……」
「魔力消費量とかは問題ないのか?」
「うん、ほとんどないよ。私にとっちゃ呼吸するのと同じ」
荷物持ちは決まった。今まで汗だくで運んでいたテントや鍋が、一瞬で消える。
間違ってもお金は預けられないが。
「なんて便利な能力なんだ……」
「これからはエミリー様々だな」
「でしょ? これからは文句言わずにご飯奢りなさいよ!」
「それはまた別の話だ! けど、まぁ……今までの貸しはチャラにしてやろう」
どうりで銀行に金を預けない訳だ。落としたらどうするんだと思っていたけど、自分だけの異空間なんてセキュリティ面ではこの上ない。
「いや待てよ。この前のロックリザードの体皮を運ぶ時、なんで言ってくれなかったんだ?」
「だってみんな、戦利品は大きな袋に詰めて意気揚々と帰るじゃない? 『魔物倒したぜ!』っていう凱旋パレード的な意味でもあるのかと思ってたんだよ」
「なるほど……。体液とかで汚れたり、臭いが付いたりするものは入れても大丈夫なのか?」
「問題ないよ。空間を分けておけば良いだけだし、臭いがこもる事もないから」
「素晴らしい……。旅の途中で手に入れた素材も、持てないからって捨てる必要がなくなるわけか。エミリー、オレは君を見誤っていた……」
「ふん! 分かればよろしい!」
エミリーは、無い胸を精一杯張って威張った。
話しているうちに、鍛冶屋街に着いた。
「ダンさん、おはようございます」
「やぁ、良いのができてるよ」
真新しいロックリザードの革鎧だ。篭手と脛当ても揃っている。もっとゴツゴツしているかと思ったけど、身体のラインに沿ったスマートなデザインだ。とても動きやすくて、何よりかっこいい。
騎士が着るようなプレートアーマーよりも、大抵の狩猟者は軽くて動きやすい革鎧を好む。
「トーマス君にはこっちもあるぞ。そこらの鋼鉄の盾よりよっぽど頑丈で軽い」
差し出されたのは、縦長六角形のロックリザードの革盾だ。オレの魔法剣ですら焦がすことしかできなかった、あの硬い鱗で作られている。
「これは軽い……! ありがとうございます!」
「エミリーちゃんの杖も出来上がってる。Aランクの魔物のだけあって、いい魔石だ」
杖の先端に埋め込まれた、拳大の魔石が鈍く輝いている。
「わぁ! ありがとう!」
杖を抱きしめて満面の笑みを浮かべる。ギャンブル狂いじゃなければ、普通に可愛い女の子なんだけど……。
「ダンさん、お世話になりました。ありがとうございました!」
「あぁ、気をつけてな。行ってらっしゃい」
今夜から当分は野営だ。美味しい店の飯もお預けになる。
昼食と、今後の旅の進路を決めるの為にいつもの食堂に来た。
「一応、皆で確認しよう」
トーマスが羊皮紙の地図を広げた。『ウェザブール王国』の地図だ。
恥ずかしながら、自分が暮らしている国の地図を見るのは初めてだった。そんなオレの表情を察したのか、トーマスは詳しく説明してくれた。
「まず、ここがウェザブール王都。その北東に、今僕たちがいるゴルドホークがある。ユーゴの希望通り『リーベン島』を目指す」
トーマスは、地図を指でなぞりながら説明を続けた。
「ルートは二つ。一つは、ここから南南西に伸びる街道に沿って『レトルコメルス』の町を目指す。そこから南東に進路を変えれば、港町『ルナポート』に着く。そこから船でリーベン島に向かうのが一番安全だ」
トーマスは本当に頼りになる。オレとは大違いだ。見習わないとな。
「もう一つは、南に広がる森を南南東に一直線に突っ切るルート。街道も魔物は出るけど、森の危険度は段違いだ。夜もおちおち眠れないと思う。おすすめは、森を避けて街道を行くルートだね」
「トーマスがそう言うなら、そっちで行こうよ! 私、夜はぐっすり眠りたいし! お姫様がゆっくり眠れるように、しっかり護衛してよね!」
「……お前も交代で見張りするんだよ」
「は? 荷物持ってやんないよ?」
「あ……ごめんなさい。護衛はお任せください、お姫様」
エミリーの権力が一気に増した。空間魔法はそれほどまでに素晴らしい。
キャッキャとエミリーが笑っているのが、少しだけ腹が立つ。
なにはともあれ、オレ達の本当の冒険が、今まさに始まろうとしていた。
まず目指すは、交易都市レトルコメルスだ。
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番外編①~2020.03.11 終了
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