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第四章 魔人の過去編
オルトロス
しおりを挟む風を切り、眼下に流れる景色を楽しんでいると、すぐに目的の山肌が見えてきた。
「そこまで高い山じゃないのね」
「あぁ。だが、上空にいても濃密な魔力を感じるな」
「ヘルハウンドを狩りながら登る? それとも坑道まで飛んで行く?」
ワタシの問いに、サランが真剣な眼差しで答えた。
「一頭だけわたくしに狩らせてくださる? SSランクに挑戦できるだけの実力があるか、確認しておきたいですわ」
「サランは回復役だぞ? ……まぁ、Sランクの魔物を単独で倒せれば、文句なしのSS級戦力だろうな」
アレクサンドが許可を出すと、サランは嬉しそうに頷いた。
手頃な広場に降り立つと、前方にはヘルハウンドが一頭、縄張りを荒らされたことに気づいて牙を剥いていた。四足歩行でもサランの背丈ほどある大型の魔獣だ。
「結構大きいのね」
「危なくなったら手伝うよ」
「えぇ、お願いしますわ」
サランは臆することなく双剣を構えた。
グルルッ……と唸り声を上げ、ヘルハウンドが爆発的な加速で飛びかかる。流石はSランク、黒い疾風のような速さだ。
けれど、サランは冷静だった。
眼前に迫る爪を、双剣で正確に弾く。動体視力も反応速度も申し分ない。
「うん、自然エネルギーも上手く使えている。良いね」
アレクサンドが感心したように呟く。
ヘルハウンドも速いが、強化されたサランの動きは更にその上を行く。スピードタイプの双剣使いの本領発揮といったところね。
彼女自身の体構造への理解が深いためか、補助術の効果が桁違いに高い。ワタシ達も彼女から記憶を貰って恩恵を受けているけど、やっぱり本家には及ばないわね。
『剣技 苦難の十字架』
サランが交差させた双剣を一気に振り抜く。
ヘルハウンドの噛みつきを紙一重で避けながら、その鼻先に鮮やかな十字の斬撃が刻まれた。
魔獣は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。
「お見事。回復術だけじゃなく、アタッカーとしてもかなり優秀だね」
「えぇ、ワタシも負けてはいられないわね」
サランは文句なしのSランク超えの狩猟者だ。
残された爪や長い犬歯を採取し、残骸を火魔法で浄化する。魔晶石が二個転がっていた。Sランクの魔物からはだいたいこのくらい採れる。
「自信がつきましたわ。わたくしは二人のお陰でかなり強くなってますわね」
「あぁ、この調子でサクッとオルトロスを討伐するか」
実力の確認は済んだ。他のヘルハウンド達と律儀に戦ってやる必要は無い。
ワタシ達は再び宙に浮き、オルトロスが住み着いているという、山頂付近の坑道へと直行した。
「犬なら空は飛ばないね。『途絶』が使えそうだが、あれは最終手段にするか」
「そうね、どうせなら剣で倒したいわ。魔法で消し飛ばすのは味気ないもの」
「よし、ボクが守るから安心して攻撃してくれ。サランは回復と補助だ、隙を見てサブアタッカーとしても動いてくれ」
「分かりましたわ」
坑道の入り口に降り立つと、中から腐臭と共にどす黒い魔力が漏れ出ているのが分かった。
暗闇の奥から、重たい足音が響いてくる。
ゆっくりと姿を現したのは、二つの犬の頭を持つ異形の魔獣、オルトロスだ。
想像していたよりも遥かに巨体だ。見上げるほどの威圧感がある。
「おいでなすったわ! 行くわよ!」
『守護術 堅固な城壁』
アレクサンドが前に出て、金属盾を構える。
オルトロスの二対の瞳が、先頭に立つアレクサンドを捉えた。敵意が一身に向けられる。本当に頼りになる盾だこと。
「まずは観察するわ」
「あぁ、ボクの後ろにいるといい」
オルトロスの右の頭が大きく口を開け、そこから強烈な火魔法が放たれた。灼熱の塊が迫る。
『魔力吸収』
ワタシは前に出て手をかざす。
着弾する寸前、炎の塊は渦を巻いてワタシの手のひらに吸い込まれた。そして即座に、倍の勢いでオルトロスへと撃ち返す。
『解放』
ドォォン!
爆発音が響くが、オルトロスは巨体に似合わぬ俊敏さで横に跳んで躱していた。
「ここの犬は図体の割に速いわね。まぁ、ワタシに魔法は効かないわよ。さて、どうするワンちゃん?」
挑発すると、今度は左の頭から強烈な風魔法が放たれた。
それも同様に吸収し、狙いを定めて撃ち返す。
今度はかすったが、浅い。
魔法が通じないと悟ったのか、オルトロスは物理攻撃に切り替えた。剛腕のような前足の爪と、鋭い牙でアレクサンドに襲いかかる。学習能力はあるらしい。
「魔法は封じたわね。アレクサンド、守りは任せたわよ。サラン、両脇から一斉に突くわよ」
アレクサンドは正面から、オルトロスの猛攻を盾と剣で捌いている。オルトロスの意識は完全に彼に釘付けだ。
ワタシとサランは左右に展開し、死角から剣を構えた。
『剣技 刺突剣』
左右同時、一斉攻撃。
『グゥォォォ!』
二人の剣が脇腹に深く突き刺さる。
苦悶の咆哮が轟くが、筋肉の鎧が厚すぎて致命傷には至らない。しかし、確実に怯んだ。
「チッ、急所を外してしまったわね。アレクサンドとサランで気を引いてちょうだい。ワタシは意識の外から攻撃するわ」
「「了解」」
オルトロスが暴れる中、アレクサンドが巧みにヘイトを稼ぎ、サランがスピードを活かして遊撃する。
その隙に、ワタシは背後へと回り込み、静かに呼吸を整えた。
急所に届かないなら、物理的に切り離すまでよ。
気力と風のエネルギーを、丁寧に剣に纏わせる。
『剣技 斬首一閃』
音もなく跳躍し、斜め後ろからオルトロスの右首目掛けて剣を振り抜いた。
骨を断つ硬い手応えの後、視界が回転する。
『グゥォォ――!』
ドサリと右の頭が落ち、血柱が上がる。
片方の視界を失い、オルトロスはパニック状態に陥った。
「終わりよ!」
着地と同時に反転し、そのままの勢いでもう片方の首も薙ぎ払った。
二つの頭を失った巨体が、地響きを立てて崩れ落ちる。
「見事。魔族が魔法を使わずに、剣だけでSSランクの魔物を斬り殺すとはね」
「えぇ、自信がついたわ。でも、サランのサポートありきね。いいパーティになったわ」
「そう言って貰えると嬉しいですわね」
ワタシは剣についた血糊を払い、満足げに微笑んだ。
解体作業に入る。ヘルハウンドよりも遥かに長く立派な犬歯を採取し、上質な毛皮も丁寧に剥ぎ取る。
残った肉体を火葬すると、中から煌めく魔晶石が五つも出てきた。大収穫だ。
「さて、帰って領主の所に行くか。約束通り、これで鉱夫を紹介してもらえるはずだ」
「このままの勢いで、ついでにヘルハウンドも減らしておかない? 鉱夫達が安心して登れるように」
「そうですわね、どうせ討伐しなくてはならないですものね」
帰りは浮遊術を使わず、歩いて山を降りることにした。
ヘルハウンド達は、ワタシ達の気配に恐れをなしたのか、群れで襲ってくる事はなかった。時折、命知らずが一、二匹で飛びかかってくる程度だ。
オルトロスを屠った今のワタシ達にとって、それはただの大型犬の散歩と変わらない作業だった。
山を降り、麓からは一気に領主の屋敷まで飛んで帰った。
これで、最高のアズガルシス鋼が手に入る。
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