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序章 旅立ち

探偵トーマス

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 ユーゴがエマと店を出ていくのを見ていると、エマが黒服に耳打ちして悪い顔で笑った。
 これは危険な匂いがする。
 こっちを向いたとき目が合った。警戒されたか。

「トーマス君? 何か考え事?」
「あぁ、いや、何でもないよ。連れが帰っちゃったからね。見てただけ」
「そっか。トーマス君もAランクの冒険者なの?」
「うん、そうだよ。もう一人いるんだけどね」
「ユーゴ君と一緒で三日くらいここに居るの?」
「そうだね」

(トーマス君の部屋に行きたいな……)

 まさかのユーゴの時と全く同じパターンで来た。
 なんの脈絡もなく部屋に行きたいだって? この子はバカなんだろうか。警戒しない方がおかしい。
 
 さて、どうする。
 高ランクの冒険者なのを確認したんだ。お金もそうだけど、ユーゴの刀が心配だ。
 すぐに帰ってホテル前で出てくるのを待つか。いや、さっきので警戒されてたら裏口から出ていく可能性もある。
 裏口で待ってたらそのまま正面から……。
 分からない。

 この子を泳がして拠点を抑えるか。
 元締めが居るとしたら、ここからそこまで遠くないだろう。ここから近い場所は……。

「残念だけど、実は僕これから友人とカジノで待ち合わせしてるんだよ。ジェニーちゃん、道が分からないからそこまで案内してくれないかな? デート代ははずむからさ」
「うん、いいよ! 行こっか」

 話をしながら案内してもらう。
 組んだ腕に大きな胸が当たっている。僕も男だ、嫌な気はしないが……。

「カジノはここだよ!」
「ありがとう、助かったよ。これ、お礼ね」

 割と大金を手渡した。
 僕も楽しかったのは間違いない。これだけ渡せば元締めの所に一度お金を預けに行くだろう。
 カジノに入ったふりをしてジェニーの後をつけた。立派な屋敷に入っていくのを確認した。
 少し待っていると、彼女はまた客引きに向かったようだ。その建物を確認する。

 娼館しょうかんか。
 もしもの時はここに来ればいいな。

 ホテルに戻り、前で待ち伏せた。
 エマは出てこない。もう既に中にいないか、裏口から出たか。普通に楽しんでいる可能性もある。部屋に突撃は出来ない。
 仕方ない、拠点は抑えた。

 部屋に戻って軽くシャワーを浴びる。
 一週間ぶりのベッドだ。疲れも相まって泥の様に眠った。
 

 ◇◇◇
 

 美味しい料理に美味しいお酒、フカフカのベッドでの睡眠。素晴らしい朝だ、よく眠れた。
 着替えて、ホテルの朝食を食べに行こう。少し早いけどユーゴが心配だ。
 フロントロビーを通ると、ユーゴとエミリーが並んでうなだれていた。

「二人共……何してるの……?」
「全財産の三分の一持っていかれちゃった……」

 うん、エミリーは分かる。いつも通りだ。

「睡眠薬盛られた……起きたら手持ちのお金が全部無かった。いや、それはいい。刀が無いんだ……追うにも手掛かりが無い、父さんに会わす顔がない……」

 やっぱりか、予感は当たった。
 裏口から出たかな。

「おそらくだけど、場所は分かるよ」
「本当か!?」
「あぁ、案内するよ。まだ早朝だ、刀が売られてるって事も無いだろ」

 そう言うと、ユーゴの表情がみるみる怒りに染まっていく。
 いや、ユーゴも悪いんだけどね……それは言わないでおこう。

 ホテルから少し歩き、昨晩確認した娼館にユーゴを案内する。
 大きな屋敷の入口には、僕達より頭一つ分は大きい屈強なスキンヘッドのいかつい男が立っている。ユーゴは少しも歩を緩めず、そのまま男の前に立つ。

「おい、エマはいるか?」

 お、意外と冷静だ。

「なんだテメェ、エマに惚れたか? あいつはオメェみてぇなガキ……フゴォ……!」

 怒りのボディブローだ。拳に目に見えるほどの気力を纏っている。
 このバカのお陰で、ここが元締めであることは確定した。

「テメェ! いきなり何しやが……ブベラッ……!」
「エマの所に案内しろ。殺すぞ」

 こんなユーゴ初めて見る……。
 刀の事もあるだろうけど……多分これは別の事の方が……大男をボコボコにしている。
 
「言う! 言うから止めてくれ!」
「オレは案内しろと言ったはずだが?」
「分かった! 分かったからとりあえ……ブッ! 殴るのを止めてく……ベッ!」

 彼の中に強い怒りと冷静さが同居したら口調が変わるらしい。このモードのユーゴには気をつけよう。
 大男は、渋々屋敷内に向けて歩き出した。

「分かってるだろうが、おかしな事したらマジで殺すぞ」
「しませんて……!」

「ここだ……です……」

 三階の最奥の部屋だ。
 ユーゴは豪華な扉を蹴り飛ばした。

『バァーン!』

 いや、蹴り飛ばしたというより『蹴り砕いた』という表現のほうが近い。
 一応、レディに怪我をさせないための配慮だろうか。冷静だ。

 中には、エマと中年の男性が寝ていた。
 高価そうな紳士服が壁に掛かっている。

「おはようエマ。昨日は世話になったね」

 二人は恐怖で声が出ないようだ。
 服を着ていない事を忘れているのか、おっ広げだ。

「今から君に選択肢を与える。どちらでも好きな方を選ぶといい」

「まず一つ目。入口の扉の様に全身の骨を粉々にするか、オレの刀を返すか。選べ」

 エマは恐怖で引き攣った顔を横に振り、震える手で部屋の隅の衣装部屋を指差した。
 後でまとめて売ろうとしたのか、買取に来させようとしていたのか、武具が多数入っている。
 ユーゴの刀も無事だった。

 高ランクの冒険者は金を持っている。持ち合わせがなくても武具が高く売れる。だから部屋に行って盗みを働く。思った通りだ。
 滞在期間も聞いていた。ほとぼりが覚めるまでここで金持ちの相手をして過ごすって事だね。

 ユーゴは刀を鞘から抜き、切っ先をエマに向けた。

「二つ目だ。その自慢の乳を切り落とすか、昨日の金を返すか。選べ」

 エマは綺麗な顔を涙と鼻水でグチャグチャにしてお金を差し出した。

「これからは、冒険者を食い物にするのはやめた方がいい」

 ユーゴはお金を少しベッドに投げた。

「ドアの修理代と昨日のお代だ。普通に楽しめてたら、この金全部あげても良かったんだけどな。まだ若いんだろ? 早めに足洗った方が身の為だと思うけどな。まぁ、オレには関係ないけど」

 そう言って部屋を後にした。

 エマの敗因はただ一つ。
 周りがバカばっかりな事だ。
 エマもエマだ。その都度名前変えそうなものだけど、そこまで器用でもないのだろう。

「トーマス、ありがとう」
「問題ないよ」

 
 ◇◇◇

 
 娼館を出て少し歩くと、ユーゴは僕の方に振り返った。

「トーマス、本当にありがとう。オレ浮かれてたよ、初めての旅で楽しくて。武器を盗られるなんて冒険者失格だ、気を引き締めるよ。これ、取っといてくれ」

 深々と礼をして、さっき取り返したお金を僕に差し出した。

「いいよそんなの。返ってきて良かったじゃないか」
「いや、昨日の夜動いてくれてたんだろ? 自分の楽しみを捨ててまで、オレの刀を守ってくれたんだ。こんなものじゃまだ足りない」

 こうなったらユーゴは絶対に引かない。

「分かったよ、受取る。でも、礼はこれで十分だ。僕がピンチの時は助けて欲しい。それでいい」
「もちろんだ!」

 一件落着だ。
 ホテルのロビーに戻ると、まだエミリーはしょげている。

「刀戻ったんだね。トーマス、私のお金も取り戻してよ……」
「エミリー、それは無理だよ……」

 豪華な朝ごはんを楽しみ、各自一日ゆっくり過ごした。

 エミリーは、スレイプニルレースとカジノである程度取り戻したらしく、次の日には機嫌が直っていた。

「ここで無一文になると思ったけど、今回のエミリーはなかなかしぶといな!」
「これからは、泣き虫スケベ野郎のしょげてる姿を見るほうが多くなるだろうね!」
「クッ……何も言えねぇ……」

 キャハハとエミリーが笑っている。

 手が焼けるけど、この二人と旅をするのが本当に楽しい。
 二人と出会えて本当に良かった。
 
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