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第一章 リーベン島編

エミリーの過去 2

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「とりあえずこれを目に入れてみな。お前は目が大きいから入るだろ? 最初はちょっと違和感があるかな?」
「これは……何?」
「ほら、見てみなよ」

 そう言って私に鏡を向けた。

「え……眼が青くない」
「色付きのレンズだ。元々は視力の矯正用だけど、矯正機能はついてない」
「これで外に出れる……? 色んな世界を見れる……?」
「あぁ、どこにでも行けるよ。世界は広いんだ。とりあえずご飯でも食べるか」

「おっと、その前に。そんな華美な服着てたら貴族の娘だと思われる。そこに子供服売ってたから、ちょっと待ってな」

 そう言って、服を買ってきて着せてくれた。

「よし、完璧だ。どう見ても平民だよ。ご飯はなんでもいいね?」

 この時に食べたご飯の味は一生忘れない。
 泣きながら空腹と渇きを満たしたんだ。

「よし、こんな所でできる話じゃないよな? 人の居ないところに移動しよう」

 人もまばらな広場の、隅っこのベンチに二人で座った。
 私は、お母さんが一人で私を産んで戻ってきた事、目が見えない子を演じてた事、屋敷の皆に青い眼を見られた事、その後に屋敷が火の海になって逃げてきた事。
 全部話した。

「そうか。で? お父さんの名前は何だって?」
「アレクサンド……ノル何とかって言ってたよ」
「アレクサンド・ノルマンディか?」
「多分そうだと思う」
「だったらお前ら親子は何にも悪くない。あいつはクズ野郎だ」
「お姉さん、知ってるの?」
「あぁ、よく知ってるよ。あいつに関わったら皆不幸になる。悪魔みたいな奴だよ」
「そっか、イリアナが言ってたんだ。この綺麗な青い眼を人に見せたら、悪魔が嫉妬するから隠してねって」
「うまいこと言うなその人は、その通りだよ。アタシもこうやって隠してる」

 何でこのお姉さんも眼が青いんだろう。
 でも聞けない。聞くのが怖いんだ。
 
「どうする? 貴族街に帰るか?」
「帰るのは嫌だ……お母さんとイリアナのいない所なんて地獄だよ……知り合いなんて一人もいないんだ」
「そうか、じゃあアタシと一緒に来な! お前は……いや、そういえば名前を聞いてなかったな。アタシは『ジュリア・スペンサー』だ。よろしくな」
「私は、エミリア・オーベルジュ」
「エミリアか。でもオーベルジュ家は悪魔に燃やされてしまったんだろ? オーベルジュを名乗るのはまずいな……よし、アタシの姓をやろう。お前は今日からエミリア・スペンサー……いや『エミリー・スペンサー』だ」

 この日から私の第二の人生が始まった。
 

 ◆◆◆
 

 ジュリアとの旅は楽しかった。
 何の制限も無く街の中を歩ける、美味しいご飯を楽しく笑いながら食べられる。
 お母さんとイリアナが、命をかけて守ってくれた。二人の分まで幸せに笑って暮らすんだ。
 

 色んな町を転々と旅した。
 ジュリアは回復術師だった。でも、魔法も使えるし剣も使える、私を守る盾も張れる。でも、アタシは回復術師だと言い張った。私も、ジュリアみたいな回復術師になりたい。自然とそう思うようになった。
 
 ジュリアの趣味はギャンブル。
 ギャンブルと食事のために生きてると言っていい。私が言うのも何だけど、私生活は相当なクズだった。
 それぞれの町のギャンブルに手を出しては無一文になり、獣を狩って野宿したり、大勝しては豪遊して遊び回った。私の趣味と性格はジュリアに形成されたと言ってもいい。

 
 ジュリアに空間魔法を教わった。
 でも、ジュリアはあまり荷物を持たなかった。服も使い捨て、店の中で脱ぎ捨て買って着るを繰り返した。お金を入れる小さなバッグだけを肩に掛けていた。
 街の人はなんでカバンなんて持ってるの? と聞いたら、オシャレだよと答えた。確かにジュリアもバッグを肩から掛けている。オシャレでは無いけど。
 
 
 ギャンブルの資金は、冒険者ギルドの依頼だった。
 ジュリアは強かった。私に回復術や補助術、魔法を教えてくれた。
 特殊な術は空間魔法以外は教えてくれなかった。私が人族の世界で違和感がないように生活するための配慮だったんだと思う。
 十歳になる頃には、私はCランクの冒険者になっていた。

「ねぇ、ジュリア。ずっと聞いてこなかったけど、私達の青い眼って何なの?」

 次の町に行く途中のテントの中。
 聞きたくても聞けなかった事。ジュリアが内緒にしてたわけじゃない、私の心がそれを聞くのを拒否していた。
 
 あれから三年経った。
 もう何を聞いても受け入れられる気がする。

「そうだな、何から話そうかな」

 そう言ってジュリアは話し始めた。

「まず、アタシは『仙族』だよ」
「仙族って……あのお伽噺の? 始祖四王の?」
「お伽噺じゃないんだよあれは。仙王は実在する。なんせアタシの祖父だからね」
「えー! サラッと凄い事言ってるんじゃない!?」
「まぁね、青い眼の事を語るのにこの話はしとかないとね。この青い眼は仙族の証だから」
 
「……ってことは、私のお父さんは仙族って事?」
「そういうこと。エミリーの話を聞く限りでは、お前の父さんはアタシの兄だよ。アタシの本当の名前は『ジュリエット・ノルマンディ』だ。エミリーはアタシの姪っ子って事だ」
「えー!? じゃ、スペンサーって誰?」
「スペンサーはアタシがこの国に来て、初めて喋った人族のオッサンの姓だよ」
「ちょっと! 私誰だか分からないオジサンの姓を名乗ってるの!?」

 この人、信じられない……。

「キャハハ!  まぁそう言うなよ! アタシにはこれでも愛着ある姓なんだからさ」
「まぁ、今から変える気も無いけどさ。ジュリアと同じだし」
「可愛いこと言うねこの姪っ子は!」

 バンっと背中叩かれた。痛い。

「で、エミリーの家が焼き払われた理由だ。胸糞悪い話だけど聞くか?」
「うん、大丈夫」

「まず、人族ってのは仙王が種族だ。仙族の数を減らしてまでな。理由は他種族に対する抑えだ。弱くとも数が多いからな」
「ウェザブール王家は仙王の家来みたいな物?」
「そうなるな。仙王の家来が、その下々の民族を統治してるって事だ。でも、仙族は人族をその成り立ちから、かなり下に見てる。仙王は規律の人だ、仙族が人族と交わる事を固く禁じたんだ」
「交わる事……?」
「子供をつくっちゃダメって事だよ。貴族はこの規律を聞かされてる。だからエミリーのお母さんは、目を閉じて生活しなさいって言ってたんだよ、バレたらヤバイからね」

 そうなんだ……お母さんは知ってて家を守ってたんだ。

「アタシの兄、アレクサンドはさっきも言った通りクズ野郎だ。ふらっと王国に寄っては綺麗な女と交わって、子供ができてしまったと分かったら一族ごと焼払って隠滅するんだ。仙王の耳に入ったら罰せられるからね。でも、仙王は人族に興味がないんだ。しかもアレクサンドは強い。アイツに文句を言える者がいないから何をやっても揉み消せる。やりたい放題だよ」
「非道い……」
「本来、他種族間では子供はほぼ出来ないんだ。でも人族には仙族の因子が混じってる。仙族と人族の間には、稀だけど子供ができてしまうんだよ。あ、言ってて気付いたよ、クズ野郎でもエミリーの父親だな。気を悪くするなよ」
「いや、クズ野郎だよ」

 アレクサンド・ノルマンディ。
 この名前は絶対に忘れない。
 
「でもあの時はビックリした。何の変哲もない倉庫から仙族の魔力が漏れ出てるんだから。何が潜んでるのかと思ったよ」
「人族は感じ取れないの?」
「あぁ、相手の魔力を感じ取れるのは、ある程度鍛錬を積んだ始祖の四種族くらいだよ。人族には普通は一生無理だ。例外はあるけどな」
「だからバレなかったんだね」
「たまたま近くにいて良かったよ」
「ジュリア、ありがとう……」
「なんだよ改まって! アタシも妹が出来たみたいで楽しいんだからさ!」
「うん……」

「で、アタシが眼を隠してる理由だけど、仙王に人族の国に行きたいって懇願したんだ。仙族の国はアタシにとって退屈過ぎた。条件付きで許可をもらったんだ。人族の生活ぶりをこの目で見て報告すること、十年で戻ること、後はこの青い眼を隠すことだ。この眼を隠して人族として生きて来いって。人族のほとんどはこの青い眼が仙族の証なんてことは知らない。けど、たまに知ってる奴が居るから隠してるんだ」
「いつ戻るの?」
「あと四年で戻るよ」
「嫌だよ……お別れしないといけないんでしょ?」
「まぁ、仕方ない。でも、いずれ強くなって仲間を連れて、アレクサンドをぶっ飛ばしてやれ! エミリーならできる」
「うん、分かったよ!」

 
 その後、約束の四年後までジュリアと一緒に旅をした。ギルドの依頼をこなし魔法や回復術を鍛えて、ギャンブルで散財しながら。
 
 そんな楽しい時にも終わりがある。

「ここで別れるか。でも一生の別れじゃないんだよ。アタシ達はまた会える、寿命が長いしね。楽しかったよ!」

「うん、私が生きるのを諦めなかったのはジュリアのおかげ。さよならは言わないよ!」

「泣くなよ! 哀しくなるじゃないか! またな!」

 私達はゴルドホークで別れた。
 
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