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第一章 リーベン島編

エミリーの過去

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 私の本当の名前は『エミリア・オーベルジュ』ウェザブール王都の貴族の家に生まれた。

 オーベルジュ家の分家で、私は当主の娘の子供。でもお父さんはいなかった。
 お母さんは外で私を産んで帰ってきたらしい。
 そのまま私を誰にも会わせる事なく、一人のメイドと部屋に籠もる生活を送ってきた。
 そして私はお母さんのリヴィアと、そのメイドの前以外では目を開けてはいけなかった。

「お母さん、何で私は人の前で目を開けたらダメなの?」
「それはね、私達オーベルジュ家の為でもあるけど、何よりもエミリアの為なの。皆の前でも目が見えない振りをしてね。ごめんね……不自由だよね……全部お母さんが悪いの……」
「違うよ、私の眼が青いのが悪いの。ごめんねお母さん……」
「そんな事言わないでエミリア……」
 

 私は貴族としての教養が無かった。あの心が無い形式だけのやり取りが心底気持ち悪かった。お母さんも私に対する負い目か、厳しく躾ける様な事はしなかった。

 お祖父さんの爵位は男爵。貴族称号としては最下位だけど、お祖父さんはプライドだけは高かった。
 世間体を異常に気にする人だった。だから、外で子供を作ってきたお母さんと、誰の子が分からない教養のない私を毛嫌いしていたんだと思う。だから私はみんなの前ではほとんど喋る事は無かった。

 唯一喋れる他人は、メイドのイリアナだけだった。イリアナはお母さんと私のお付きのメイドで、オーベルジュ家に来る前は王都の騎士団に所属していたみたい。
 お祖母さんに世話になってこの家に来たんだって。イリアナは私がお母さん以外で唯一目を開いて話ができる存在。

「イリアナは私の青い眼を見ても気持ち悪くないの?」
「何の気持ちの悪いことがありますか。エミリア様の眼はとてもお美しいですよ。その美しさ故に悪魔が嫉妬してしまうのです。ですから、他人には決してお見せにならないように。イリアナがあなたの目になりますから」
「そっか、悪魔が来ちゃうなら見せたらダメだね」

 私はこの屋敷の誰の顔も知らない。
 外の景色は、窓から見える景色しか知らない。外の世界を思いっきり見てみたい。でもそれは叶わない。
 

 ◆◆◆
 

 五歳になったあたりから、定期的にオーベルジュ家の皆と食事をする機会が増えた。
 私が意識的に目を瞑って生活が出来るようになったから。

 いつも嫌だった。
 お祖父さんの子供達同士なのに、無駄な機嫌の取り合い、見下し合い。
 何よりも嫌だったのは、お母さんのお兄さんの子供、アドンの存在だった。

 アドンは会うたびに私に意地悪してきた。目が見えない、喋れない、何でもかんでも憎たらしい声で私を罵ってきた。

 
 私が七歳になった時だった。

「おい、エミリア。お前の母君は娼婦しょうふなんだろ? だからその子のお前の目は見えないし、口も聞けないんだろ?」
「おい、アドン! 何てことを言うんだ!」

 お母さんがなんだって……?
 何でこんな奴にそんな事……。

 私はキレた。

「お母さんに謝れ! お母さんが娼婦なわけ無いだろ! 謝れ!」

 私は目を開けてアドンに殴りかかった。

「こいつ眼が青いぞ!」

 その時の皆の顔が忘れられない。
 まるで魔物でも見るような目で私を見ていた。

 そして、お祖父さんが大声で言った。

「おい! この部屋に誰も入れるな! 誰も出るなよ! 鍵を閉めろ!」
 

「リヴィア、どなたの子だ……」

 お母さんは泣きながら言った。

「アレクサンド……ノルマンディ様です……」
「お前……とんでもない事をしてくれたな」
「申し訳……ありません……」

「おい、誰もこの事を口外することは許さん! 我が家の存続に関わる事だぞ! おい、アドン! お前絶対に言うんじゃないぞ!」

 お祖父さんのあまりの剣幕にアドンも泣き出した。

 その後、私達の扱いは酷くなった。
 部屋から一歩も出られなくなったから。

「お母さん、ごめんね……私が悪魔呼んじゃうかもしれないね……」
「いいのよ、いずれはこうなるのは分かってたから……」

 いつも、ご飯を持ってきてくれたのはイリアナだった。

「リヴィア様、エミリア様。お気を確かに持ってください。必ず日の目を見る時が来ます。イリアナはそれまで貴方達の味方です」

 イリアナは何でこんなに良くしてくれるんだろう。イリアナが悪魔を追い払ってくれるかもしれないな……。

 ある日、ご飯を持ってきてくれたイリアナが屋敷の中の状況をお母さんと話していた。

「前回の事が家中で噂になり、使用人達が少しづつ辞め始めています。もしかすると、告発する者が出るかもしれません。リヴィア様、逃げる準備をしておいた方が良いかもしれません」

 こくはつ? 告げ口のこと?  
 誰に? 悪魔に?

「イリアナ、もしもの時はエミリアを優先して」
「しかし……」
「いいえ、約束して!」
「分かりました……」
「ずっと三人で暮らせるよね……?」
「エミリア、大丈夫よ。心配させてごめんね」


 そしてその日は来た。

 屋敷に火が放たれた。
 でもこの屋敷は石造り。今なら分かる、あれは魔法だった。

 まるで生きているかのように、うねり襲いかかってくる火炎に焼かれた皆の叫び声が、屋敷内に木霊する。

「イリアナ! エミリアを!」
「分かりました! ですが、リヴィア様もここに隠れておいて下さい! 必ず助けに戻って来ます!」

 イリアナは私を抱えて屋敷内を走った。
 元騎士のイリアナにしか出来ないことだったのかも知れない。火の海の中、私を抱えて屋敷の外に出た。
  そのままの足で、街にある屋敷の使用人の寮の倉庫に私を押し込んだ。

「エミリア様、ここから絶対に出ないように。必ずリヴィア様とお迎えに参ります。いいですか、絶対に出ないように!」

 そう言ってイリアナは屋敷に戻っていった。
 

 ◆◆◆
 

 一日経っても二日経っても、お母さんもイリアナも来なかった。
 分かってる、二人共もう生きてはいない。
 お腹が空いた……喉がカラカラだ。
 外に出てもこの青い眼だ、七歳の子供が生きていく事なんて出来ない。
 何で眼の色が違うだけで、こんな目に合わなければいけないんだ。私達が何をしたんだ。
 怒りが湧いてきた。全てを憎んだ。
 でも、もうどうでもいい、このまま寝よう。

 全てを諦めた時、倉庫の扉が開いて光が差し込んだ。

「お母さん!? イリアナ!?」

「おいおい、なんて魔力垂れ流してるんだと思ったら子供か? 残念だけど、お母さんでも何とかさんでも無いよ」
「だれ!? 来ないで!」
「落ち着きなって、敵じゃないよ。ほら、見てみな」

 そう言って、その人は目から何かを外して私を覗き込んだ。

「お前と同じ、青い眼のお姉さんだよ。仲良くしてね」

 それが、ジュリアとの出会いだった。
 
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