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第一章 リーベン島編

空を駆ける

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 次の日の朝、いつもの様に里長の家の庭で剣技や術の指南を受ける。
 
 この三ヶ月、様々な技を教わった。
 上段、正眼、下段、八相。
 それぞれの構えから繰り出す剣技の数々。ただ刀を振るだけに見えて、構えによって刀の扱い方が違うのが面白い。肘や手首の使い方、身体の使い方一つ見ても奥が深い。
 刀を振っているうちに午前が終わる。毎日そんな感じで過ぎていった。

「里長、今日の午後から修練場で空を駆ける練習をしようと思います。術の練度も上がってきたのを感じます」
「左様か、三月走り回っておったの。どれ、儂も見に行こうか。では昼飯にするかの」

 
 昼飯を食べて、里長と修練場に向かう。
 二人と、メイファさんとヤンさんも待っていた。

「あ、里長さんも来てくれたんですね!」
「里長、お久しぶりです」
「うむ、励んでおるようだの」
「メイファさん、ヤンさん、お久しぶりです! 皆考えることは一緒か」
 
 師匠の前で良いところを見せたい。自然と気合が入る。

「じゃ、ウォーミングアップいくよ!」
「おう!」

 強化術で迅速を施し、いつもの様に走り回る。

 少しして三人の所に戻った。

「明らかに速度が増しておるな。練気の扱いが三月前とは大違いだ」
「問題は次の段階ですね……」

 よし、本番だ。
 高速移動しながら、地面を掴む練習は飽きるほどしてきた。
 
 オレからやってみる事になった。

「よし、最初から全力で走る!」

 まず、少し助走して駆け上がる。次は空気を掴む、空気を蹴るイメージだ。空気を蹴って次の空気を掴む。
 雲を掴む龍のように。
 夢中で駆けた。オレは空を走っていた。

 やった! 出来た!

 空を駆け回り、脚を止めた。
 
 あ……降り方が分からない……。
 メイファさんどうしてたっけ!?
 もう一回空気を掴もう!
 少し減速した。それを二回繰り返し、地面に叩きつけられた。

「ユーゴ、大丈夫……?」
「剛健掛けてたから……なんとか……」
「降りるときの事、考えてなかったね……」

「お前凄いな。降りる時もやることは一緒だ。二、三度上に駆けるようにして減速すればいい」

 トーマスとエミリーも、難無く空を駆けた。
 そして、難無く降りてきた。オレが反面教師として怪我をしただけだ……。
 まぁいい、その為の治療術だ。
  
「よもや修行開始半年で空を駆けるとはの……相当な修練を積んだと見える。見事だ」
 
「山では木々を避けながら走っていたので、自然と高速移動中の方向転換が身に付きました。おそらく、それが空気を掴む訓練になってたんだと思います。今気が付きました」
「お前ぇら、ほんとすげぇな……うちの倅なんぞとっくに抜かれちまってる……」

「この三月、各自が師匠から様々な技や術を学んだ。それを各自で昇華させることで、儂等を超えることが出来る。また三人でより強力な魔物を退治してくるか?」
「はい、この力を試したい気持ちが強いです」
「北のミモロ山にゃ蛇の魔物が多い。山を越えた先に結構な魔物がいましたよね、里長」
「そうだな、害がない故に放っておったが、退治に行くなら止めはせん」

 Sランク超えの魔物だろうな。
 腕が鳴る。

「強えぇ魔物は良い皮が取れる。それを防具にして装備すりゃいい。お前ぇらの今の防具もそうだろ? 岩蜥蜴ロックリザードだろうありゃ」
「はい、オレが初めてこの刀で斬った魔物です。その後、Aランクでも最上位の魔物だと知ってびっくりしましたけど……」
 
「……待て、岩蜥蜴をだと? 練気術を習得する前にか?」
「はい、今思えば不細工な気力ですが……」
「今なら難無く斬れるであろうが、あれは容易く斬れる様な魔物では無いはずだ。どう斬った?」

 え、オレ斬ったよな……? 自信なくなってきたけど……。

「はい、ロックリザードの首の下に、服を着ている様な隙間が見えたんです。そこに飛び込んで斬ったんです」
「いや、ちょっと待って。首の下に隙間だって? 僕は最前線で見てたんだ。そんな物は

 え、トーマスには見えなかった? オレには確かに見えた。

「何だと? 弱点がえた、という事か?」
「見えたといえば……ユーゴ、レトルコメルスに向かう街道沿いで、盗賊に襲われた時の事を覚えてる?」
「え? なにそれ!」

 エミリーは寝てたもんな。

「うん、覚えてる。エミリーはぐっすり寝てたから起こさなかった」
「その時、何で『盗賊』だと分かったの? 僕も起きたあと気配は感じた。魔物か何かだと思ったんだ。でもユーゴはハッキリとって言ったんだ」
「覚えてないけど言ったかな……見えたんじゃないか?」
「いや、相手は焚火で僕達の場所は分かるけど、あの日は曇ってたから分厚い雲で月も星も見えなかったんだ。弓兵なんて見えるわけ無いんだよ。だから、良く倒せたなと思ってたんだ」

 え、どういう事……?
 人が見えないものが見えてたって事?

「でも、オレ達がロックリザードの坑道に入るとき、マジックトーチを着けるまであれの存在に気づけなかったんだぞ?」
「その時と、弱点が見えたり弓兵が見えたりした時と、何か違うことは無かった?」

 違うこと……なんかあったか。

「観察……かな? 坑道に入るときは、なんとなくトーマスに付いて行った。トーマス後ろから、ロックリザードを観察したときに隙間が見えて、それから斬りかかった。盗賊の時も、気配を感じたから集中して状況を見ようとした。それくらいだと思うけど……」

「里長……それってまさか」
「うむ、まさかとは思うが『龍眼りゅうがん』の可能性があるの」
 
「……龍眼?」
「お主の様に敵の弱点が見えたり、闇ではっきりと周りが見えたり。後ろを見ずとも様子が見えたり、更に鍛えれば、相手の行動の一歩先が見える様になる」
「オレにそんな能力があるかも……ってことですか?」
「試してみるか? では、そうだな……今からお主の後ろで刀を構える。どのような構えか当ててみよ」
「分かりました、やってみます」

 後ろで里長が構えているのか。
 集中して……。
 うん、輪郭が見える。

「下段の構えですね」
「正解だ。では次」
「八相の構え」
「そうだ、次」
「また下段ですね」

 皆が、静まり返っている。

「信じられん……見えておるのか?」
「はい、集中すれば輪郭ですが見えます……」
「そうか……剣術には先の先せんのせん後の先ごのせんという言葉があるように、相手の動きを見ることは最も大切な事だ。もし、相手の動きが先に見えるとなれば、剣士としてはこの上なく相性の良い能力だ」

 全く気が付かなかった……。
 普通に見えていたと思ってたのか。

「そして龍眼は、儂の長男『フドウ・フェイロック』の能力だ」

 え? フドウって……。

「この里の名前ですね」
「左様、この里の二つの区、リンドウとメイリンもまた儂の子だ。この三人を筆頭に、命をかけて戦った全ての龍族のお陰で儂等はこの島で平和に暮らすことが出来ておる。故に三人の英雄の名をこの里に付けたのだ。他の戦死者も儂の屋敷の慰霊碑に眠っておる」
 
「治療術師として私が目指すのはメイリン姉さん。凄い術師だった。リンドウ兄さんは里長の刀をはじめ、皆の刀を打った天才鍛冶師だった。私の刀もリンドウ兄さんが打った刀だ」
 
「リンドウさんの技術は伝説だ。生涯で打った刀の中で特級品は七振、あとは殆ど一級品だ。とんでもねぇ刀鍛冶だよ。その時、俺ぁまだ生まれてねぇ。でもオレの目標だ」

 この二人がそこまで言うって、相当な戦士だったんだろうな。

「そして、長兄フドウ。あやつは儂など及ばぬ程の天才剣士だった。剣術だけではない、練気術を生み出し更に昇華させて今に伝えたのもフドウだ。この三人の物語を聞くか?」
「はい。オレが持っているかもしれない龍眼の持ち主ですよね。聞きたい」
「奥様が尊敬する人の話、凄く興味がある」
「リンドウさんは盾士ですよね。是非聞きたい」

「良し、メイファが三人の近くにいつもおったの。話してやるが良い」
「分かりました。人族が生み出される前のこの世界の状況、龍族がどんな状況に置かれていたのか。里の英雄がどんな人物だったか。全て話してやろう」

 皆それぞれ腰を下ろして、メイファさんの話に耳を傾けた。
 
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