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第二章 大陸冒険編
シュエンの記憶 3
しおりを挟む「ユーゴ! 早く起きなさいって!」
「ん……眠い……もうちょっと……」
「困ったやつだな。ハイキングに行きたいって言ったのはお前だぞ、ユーゴ」
「そうだった! 早く用意しないと」
ソフィアは弁当を作っている。
俺も用意するか。まぁ、特に持っていく物もないが……。
「刀は要らないよな」
「要らないでしょ。心配なら異空間に春雪があるわよ?」
「なら柳一文字は置いて行っていいな」
ハイキングか。
魔物の討伐以外で山をうろつくなんて、初めての行為だな。俺とソフィアがいるんだ、何と遭遇しても問題ない。
「父さん、母さん、ありがとう!」
「いや、いつも遊んでやれずにすまない。今日は、三人で思いっきり楽しもうな」
「ほんと、三人で出かけるなんていつぶりかしら?」
ユーゴを真ん中に、三人で手を繋いで歩いている。俺にこんな事ができる日が来るとはな。
「結構歩いたわね、この辺は少し開けて見晴らしもいいね」
「そうだな、ここらで弁当を食べるか」
「うん、ちょっと疲れたな……」
「この程度で疲れるようじゃ、冒険者にはなれないぞ?」
「弁当食べたら元気になるって!」
シートを広げ料理を並べる。
うん、美味い。
「野営の食事とは一味違うな」
「そりゃそうよ、家でゆっくり作ってるんだから」
「本当にソフィアの料理は美味いな。ユーゴ、これが世界一美味い弁当だぞ。覚えとけよ!」
「うん! 本当に美味しい!」
「言い過ぎよ……」
ふう、食ったな。
「ユーゴ! 少し暑いし、川遊びしよっか?」
「うん! 弁当食べて元気になったしね!」
「じゃあ、俺は片付けしてから向かうよ」
食器は川で洗うか。
しかしいい眺めだ。
「ソフィア、俺は紅茶を飲んでから行く。この眺めを楽しみたい」
「うん、分かったよ。すぐそこの川にいるね」
「魔物は大丈夫か?」
「ハイキングコースに魔物なんて出ないでしょ。それに、この辺で出る魔物なんて百匹で来ても返り討ちにしてやるわよ」
「ハハッ、そりゃ言える」
目的が違うだけで、こんなにも心が穏やかになるんだな。香りのいい紅茶をすすりながら美しい景色を楽しむ。
山を歩きに来て何が楽しいんだと思ったが、ハイキングもいいもんだ。
こんなに心が洗われるとは思わなかったな。
よし、そろそろ川に行くか。
なっ……この魔力は……。
「ソフィア!」
「シュエン! 春雪!」
春雪を受け取り、ソフィアから漏れ出た魔神に対峙した。
「おい、久しぶりだな……」
「あぁ、やっとだよ。あれから30年だ」
魔神はソフィアから完全に抜け出した。
「なに!?」
「おい小娘、お前が知らなくて助かったよ。封印術は30年で効果が一気に弱まる」
「そんな……知らなかった……」
「待ちわびたぞ……やっとお前らをぶっ殺せる……覚悟しろォ――!」
これはやばいな……。
『火魔術 炎熱領域』
「ソフィア! 堅牢二枚だ!」
『守護術 堅牢・陣!』
耐えたか……?
よし。
「シュエン、魔神の相手お願い!」
「分かった!」
「身体がないと威力がな……まぁ、十分だ。おい、小娘。お前の身体ではもうオレ様を封じるのは無理だぞ。コイツの後にゆっくり殺してやるから待ってろ」
ソフィアは何か詠唱を始めたな。
俺はこいつの相手をするだけだ。
「父さん、母さん? 何してるの?」
何!?
「ユーゴ! 来ちゃダメェー!」
「あぁ、テメェらのガキか。こいつから殺すのもアリだな」
クソッ!
『剣技 円舞斬!』
「クッ……テメェの剣は鬱陶しいんだよ……」
ソフィアが動いたか。
「何だ小娘……お前の身体じゃ無理だと言っただろ。何をする気だ……」
「シュエン! 一か八かだったけど、ダメだった! もう選択肢が無い! ユーゴに魔神を封印する!」
「おい! 何を言ってる!」
「こいつを私と一緒にユーゴに封印して、私が中から抑え込む! 理解して! 選択肢がないの!」
何……? いきなり言われても……理解が追いつく訳が無いだろう……。
「小娘……何をするかと思ったら……クソッ、術を解けぇ!」
「シュエン聞いて! ユーゴが15歳になる頃にはこの子の魔力が安定する! それまでには完璧に抑えてみせる! この魔神の魔力によって、魔力の暴走があるかもしれない! またあなたには苦労をかける事になる……」
「おい! 分かったが、お前はどうなる!」
「私は死なない! ユーゴの中で生き続けるから! また逢える!」
クソッ……せっかく掴んだ幸せをこんな奴に奪われるのか……。
「……わかった! ユーゴは任せろ! 魔力の暴走は俺が吸収する!」
「じゃあ……またねシュエン、愛してる!」
「あぁ! 俺も愛している! 別れは言わないぞ!」
『神式封印術 憑代封呪!』
「クッソォォォ――!!」
魔神は消えた。
ソフィアの身体が横たわっている……ソフィアはユーゴの中にいる。話す事は出来ない。
そうだ、死んだ訳じゃない。
でも……30年連れ添ったんだ……。
「父さん……? 母さん起きないよ……?」
「……母さんは魔物に襲われた……ユーゴ、お前は大丈夫だ……母さんが守ってくれたんだ」
「父さん、泣いてるの……? 何で? 母さん……死んじゃったの……?」
「……」
「昼寝なんてしなけりゃよかった……ハイキングに行きたいなんて……言わなけりゃよかった……ウワァァァー!!」
「ユーゴ……お前は悪くない。大丈夫だ……」
ソフィア……俺はお前無しでやって行けるだろうか……。
◆◆◆
飯を作るくらいは出来る、野営での経験が役に立つな。ただ、ソフィアの料理と比べると、雲泥の差だ……。
まず、何が何処にあるのか分からない、慣れるまでは大変だ。ソフィアに頼りきってたって事だな……。
依頼も当分は受けられない。
ユーゴを一人にする事は出来ないからだ。
ギルド側もソフィアが居ないのは知っている。頼みにくいんだろうな、来なくなった。
まだ小さいが、ユーゴを鍛えるか。俺もこれくらいの時にはしごかれたもんだ。
「ユーゴ、お前は冒険者になりたいと言っていたな?」
「うん、オレは強くなりたい」
「分かった、父さんがお前を鍛えてやる」
「ホントに!? お願いします!」
ユーゴの魔力はまだ安定していない。
ソフィアが抑えているとはいえ、中にはあの魔神がいる。魔力障害になる可能性もある。魔力過多で暴走する事も有り得る。
魔力障害だけは絶対に避けないといけない。メイファ姉さんにその危険性は嫌という程聞かされている。
練気術と遁術は魔力をあまり使わないから駄目だ。ユーゴには魔法と魔法剣で多量の魔力を使わせる。
「よし、ユーゴ。まずは魔法の習得だ」
「はい!」
◆◆◆
ユーゴは順調に魔法を習得しているな。
しかし、まだ小さい。多くの魔力を放出できない。
「なかなかいいぞユーゴ。もっと魔力を込めることが出来れば、更に威力が増すぞ」
「うん! 頑張るよ!」
「お、トレントだ、あれはいい薪になる。風魔法がいいな。ユーゴ、いけるか?」
「うん、頑張る……」
『風魔ほ……』
「ん……? ユーゴ、どうした?」
この魔力は……クソッ……まだ早かったか。
なんて魔力だ……。
動かない今のうちに魔力吸収だ。
「……あれ……父さん? オレ、ダメだった……?」
「いや、大丈夫だ。問題ない」
◆◆◆
ユーゴももう八歳だ。
魔法の精度もまぁまぁだ。魔力の消費もあってか、安定している。
そろそろ魔法剣を習得させよう。
鍛冶師のダンの店で剣を買ってきた。ダンは鍛治の腕も見る目も無いが人が良い。こいつに武具の整備を任せるなんてことは出来ないが、扱う武具に罪は無い。まぁ、本職が革職人だからな、仕方ないか。
「ユーゴ、魔法はいい感じに打てるようになった。今日は剣に纏って魔法剣だ」
「やっと剣を使えるんだね!」
基礎を教えると、半日程で上手く纏えるようになった。我が息子ながらセンスがいいな。
「よし、Cランクの魔物くらいなら大丈夫だろう。倒せはしない、俺がとどめを刺す」
「うん、分かった……」
スレイプニルがいるな。
「よし、敵はあの馬だ」
「おい、ユーゴ?」
『グゥォォ――ッ!!』
クソッ、またか!
前回とは比べ物にならない。
反撃が出来ない戦闘がこんなにも辛いとはな……。
『風魔術 風魔召喚』
クソッ……速い。防げん……。
致命傷は……避けたな。
よし、隙が出来た。
捕まえた……魔力吸収だ……。
「……また気絶してたんだな……父さん、そんなに傷だらけで……足手まといだなオレ」
「そんなことは無い。心配するな、大丈夫だ」
俺も魔力を消費しないとな。
でないと、俺が先に魔力障害だ。
「スレイプニルは俺が仕留める」
『風魔法 殺戮の斬風』
ふぅ……強い魔物相手に暴れ回って来ないとな……。
「やっぱり父さんはすごいな……」
◆◆◆
ユーゴの気が昂ると奴の魔力が漏れ出てくる事が多かった。
かと言って、魔法の指南を中断する訳にはいかない。魔力を外に出せなければ魔力障害の可能性が高まる。
その後も何度かユーゴの魔力を吸収した。
ユーゴは15歳になった。
ソフィア……ユーゴは守ったぞ……代わりに俺はボロボロだ。
北の山に行けば強い魔物がいる。
俺は毎日のように、魔法で魔物を狩り続けた。
意味もなく、岩山に向けて魔法を放ち続ける事もあった。俺が暴走してしまったら終わりだ、誰も止められない。
本当はユーゴに練気術や剣技を教えるべきだ。それは分かっている。
だが、俺と一緒にいるとユーゴが危険だ……。
ユーゴはもう18か……魔力は完全に安定したな。
もう俺は、正気を保つのが限界かもしれん……このままではユーゴを殺してしまう。
会えば憎くて仕方がない。
ソフィアとの別れはこいつのせいだ……。
いや、違う……ユーゴのせいじゃない……。
駄目だ……俺は正常ではない……。
もう家を出よう。
久しぶりに家に帰るとユーゴはダイニングテーブルで紅茶を飲んでいた。
「あれ、父さん。久しぶりだな」
「あぁ……お前に渡したい物がある」
春雪を渡せば里との繋がりができるだろう。
俺の思い出が詰まっている。
ソフィアも使っていた刀だ、ユーゴの最初の刀に相応しい。
「名は『春雪』だ」
「いいか、何度も言うが『魔力は放つ力』『気力は纏う力』だ。お前は魔法が得意だから、魔法剣が合っていると思うのは分かる。しかし、この刀の本質は斬る事だ。気力を纏う事でその切れ味は何倍も増す。気力の扱い方によってはさらにだ」
「あぁ、わかったよ。ありがとう、大切にする。随分具合悪そうだけど、大丈夫か?」
「あぁ、問題ない。早めに休む」
もう眠れもしない……俺はもう正気を保てなくなるだろう。
置き手紙をしていこう。
これが息子に対する最後の言葉だ……真実を書き記しておく必要がある。
『俺はここにはもう帰らない。今まで伏せていた事を伝えよう。お前は、ある種族の血を引いている 。リーベン島へ行け、その春雪がお前と島を繋いでくれるはずだ』
意識が遠のく。
急いで北の山に行かないと……この町を潰すことになる……。
着いた……。
ソフィア、約束は守ったぞ。
後は……頼んだ……。
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