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第三章 新魔王誕生編

ベールブルグ

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「この庭じゃ、剣術のレクチャーは出来ても魔法や仙術はキツイね」

 この大きな屋敷の庭だ、とても広い。
 けど、魔法や仙術を放つにはさすがに狭い。

「サランは冒険者カードは持ってるのか?」
「えぇ、外に出ることもありますので、Aランクは取得しましたわ」
「そうか、ギルドの依頼ついでに仙術をレクチャーしようか」

 ジョカルドのギルドの依頼は主に、南西に広がる森の魔物の討伐依頼だ。家畜を襲う魔物は多い。
 でも、ランクの高い魔物の討伐依頼は多くない。SSランクの依頼は見当たらない。

「ホワイトファングっていうのがAランクね」
「ホワイトファングはBランクの魔物ですわ。でも、群れて行動するからAランクに相当する依頼ですわね」
「なるほど、狼の魔物だろ? ならスピードはありそうだ。とりあえずそいつを剣術や仙術で仕留めるか」

 ギルドでホワイトファング討伐の依頼を受け、森に向かう。
 森の入口で足を止める。

「さて、サランに魔族の戦闘法と仙術を教えとこうかしら」
「そうだな。キミの能力はこういう時に本当に役に立つ」
「何をしますの……?」

 手をかざし、ワタシの記憶とアレクサンドの記憶を、サランの脳裏に映す。

「え!? なんですのこれ!」
「どう? 理解した?」
「えぇ……凄くよく分かりましたわ……便利な能力ですわね」

「サランの回復術師としての記憶が欲しいわ」
「えぇ、構いませんわよ」

 サランの頭に手を乗せる。
 サランの記憶がワタシに流れてくる。

「へぇ、パク一族は養豚だけじゃないのね。医者の一族とはね」
「えぇ、本業は医者ですわ。養豚はお祖父様の趣味で研究していたものが成功しただけのようですわ」

 アレクサンドにもサランの記憶を映す。

「医療の知識があると無いとで、回復術の効果も変わるんだね」
「そうですわね。わたくしはお祖父様に師事していましたので。ラオンはあの通り頭が良くはありませんでしたから、頭の良い医者の家系で落ちこぼれたのでしょうね。それで家を出たのもあったと思いますわ」

 サランは回復術はもちろん、魔法のレベルも高い。これに仙術の自然エネルギーを組み込むのが今後の目標だ。その後、魔法や仙術の圧縮と解放を習得するのがいい。

「自然エネルギー……これは凄いですわ。こんな戦闘法があったなんて」

 
 サランは自然エネルギーを魔力や気力に組み込むのに苦労している。ワタシも最初は苦労した。
 属性魔力と自然エネルギーを気力に組込む事が出来れば仙術は完成する。浮遊術なら風エネルギーだけでいい。
 仙人は仙族に能力が近いが、魔力が魔族ほど多いわけでは無い。仙術が扱えればサランの戦闘力は跳ね上がる。
 修練あるのみだ。
 

「サランは切れた腕を接合できる程の術師なのかしら? ラオンが切れた腕をどうにかしろって言ってたけど」
「いえ、理屈では腕をくっつける方法は分かってますの。ただ、わたくしにそれが出来る程の力がありませんわ。くっつけても全ての指が動く保証はありませんわよ」
「それでも凄いことよ」

 アレクサンドの記憶では、龍族に切断した腕を完璧に接合出来るほどの術師がいたらしい。
 龍族の技術をサランが習得したら更に化けそうね。
 勿論ワタシ達も。


 毎日のように森に出向き、サランの仙術と剣術の習得に付き合った。ワタシの剣術の修練もある。アレクサンドはたまに見に来るが、ほとんどはナンパに行っている。
 素早い動きで群れで襲ってくるホワイトファングの討伐は、剣術の上達に一役買った。
 
 
 サランも三ヶ月足らずで仙術を自分の物にしている。自然エネルギーを組み込んだ補助術での身体強化は、サランの動きを変えた。

『剣技 剣光の舞ソードダンス
 
 双剣はスピードタイプの武器だ。
 双剣に風エネルギーと気力を纏い、まるで踊るようにホワイトファングを切り刻んでいる。

「いいね。元々剣術の技術は高かったけど、仙術で更に研ぎ澄まされたね」

 
 サランの戦闘力の強化はもちろん、サランの医療知識の記憶はワタシ達の回復術を大幅に強化した。

「強くなるっていいわ。ワタシは退屈が大っ嫌いなの、新しい術や技を習得する為に頑張るのが一番の退屈しのぎね。人を殴り殺すのも良いけど」
「そうですわね、わたくしも仙術のお陰でかなりレベルアップしましたわ。あと、回復術を圧縮する事で効果が跳ね上がりましたわよ」

 アレクサンドの指導で、ワタシ達は剣を振るい続けた。


 ◆◆◆


 サランの屋敷を拠点にして二年が経った。
 
 ラオン一派は、ラオンと息子のヒョンジュンが死んだ事で事実上壊滅した。白昼堂々と殺人を犯したり、屋敷に火をかけたりと悪事を働いたが、領主がワタシ達に接触してくることは無かった。
 町の有力者の息子という事で手を出せなかった犯罪組織を壊滅してくれたと、むしろ喜んでいるのかもしれない。
 ただ、魔人マモンとアレクサンドの名は悪名として町中に広がった。
 とにかく、お気に入りの町で平穏に暮らすことが出来てありがたかった。
 
 私生活では、剣術と魔法や仙術でホワイトファングが絶滅するんじゃないかと心配するほど討伐した。

 ワタシ達は立派な剣士に成長していた。

「そろそろ他の町に行かないか?」
「そうですわね。かなり仙術も双剣術も物に出来ましたわ」
「この町の女が相手してくれなくなったんでしょ?」
「いや……まぁ、そうだな……」

 どうりで最近機嫌悪いと思った。
 よく二年も持ったわね。まぁ、大きな町だもんね。

「で、どこに行くの?」
「王都の南の方に町がある。ボクは行ったことが無いからそこでもいいかなと思ってね」
「じゃ、そこにしましょうか。王都には会いたくない人達がいるけど、東エリアから入ったら誰とも合う事はなさそうね」
「わたくしはどこでもついて行きますわ」

 次の目的地は決まった、ここから王都までは二日もかからない。モレクには感謝しているけど、恩人だからこそ会いたくない。
 ワタシは人族の世ではもうただの犯罪者だ。
 
 王都で一泊してそこから南下し『ベールブルグ』を目指す。

 サランの屋敷の荷物をまとめ、西の王都に向け移動する。

「わたくしのお母様が王都の貴族街出身ですの。兄とは異母兄妹ですわ」
「サランは言葉遣いが丁寧だもんな。母親の影響か」
「祖父母のせいで王都を追われたらしく、その恨みを聞かされ続けたお陰で心は歪みましたけどね」
「まぁ、そのお陰で出会えたなら良しとしようじゃない」

 
 野営を一日はさみ、王都に到着。
 王都で一泊して南に伸びる街道を進むこと三日、昼前に目的地に到着した。


「着いたわね、ここが『ベールブルグ』ね」
「あぁ、そこまで大きな町じゃないな。いや、王都を経由したから余計にそう思うのかもしれないが……」
「とりあえずお腹がすいたわ。でもまずは、ホテルにチェックインして汗を流したいわね」


 街の中でも一際豪華なホテルにチェックインし、三日ぶりにシャワーを浴びる。
 防具からオシャレな服に着替えてロビーに集合する。

「遅いんだよキミ達は。遅いだろうと思ってかなりゆっくりしたつもりだったが、それでも待たされたよ」
「あなたはレディがスッピンでウロウロする事についてはどう思うの?」
「それは……メイクはするべきだな」
「では、待つべきですわね」
「……そうだな」
 
 ベールブルグはパラメオント山脈に近い町だ。鉱夫風の男たちが多い所を見ると、鉱山で栄えた町なのは間違いない。

 ワタシ達はホテルのフロントでおすすめの店を聞いてそこに向かっている。

「なかなか活気のある町だな」
「そうね、鉱山があるということは、鍛冶屋が多そうね。ワタシ達の武具もいい加減整備してもらわないと」
「あぁ、そうだな。こういう町の鍛治は腕が良さそうだ。食事をしてから向かうか」
 

 高級ホテルで聞いた店だけあって上品な店構えだ、客の品がいい。

「あまりうるさい店は好きじゃないからちょうど良いわね。お酒なら賑やかで良いけど、食事は静かに食べたいわ。」
「えぇ、同感ですわ」
「ここの町はソーセージの種類が豊富だな。王都にもあったがここまで選べなかった。となれば飲み物はビールだな」

 ビールとソーセージの盛合せ等をオーダーし乾杯する。

「これは美味しいわ。燻製の香りが王都の物とは別物ね」
「あぁ、すごくビールに合う」
「初めて食べますわ、同じ豚肉を使う料理でもこうも違うものなのですね」

 王都には各地の色々な食べ物が揃っているけど、本場の物は全く違う。
 各地に赴いて食事を楽しめるのも冒険者のいい所だ。
 

 お腹を満たし、武具の整備のために鍛冶屋を探す。どの町もだいたい鍛冶屋と武具屋が集まっている、すぐに見つかった。

「初めての町は店選びに困るわね」
「鍛冶屋でも武具を売ってる店は多い。売り物の等級が高い店は良い鍛冶屋だよ」
「なるほどね」

 見て回ると、売場に一級品の武具が数点ある鍛冶屋を見つけた。
 中にいる主人に声をかけた。
 眼が緑色だ、昇化している。

「失礼するわね。武具の整備をして欲しいんだけど」
「あぁ、預かるよ」

 三人分の武具をカウンターに並べた。

「ほぉ、一級品の武具かい。いや、こっちは特級品か……こりゃすげぇ冒険者が来たもんだ。責任を持って整備する、身が引き締まるな」
 
 店の武具を見て回る。
 防具は金属製のものが多い印象だ、持ってみるとなかなか軽い。

「冒険者はレザーアーマーを好むけど、ボクは金属鎧だな。動きにくさは確かにあるが、美しさが違う」
「そうね、着けるのもブレストプレート胸甲ガントレット篭手グリーヴ脛当てくらいだものね。ご主人、付けてみてもいい?」
「あぁ、好きなだけ試してくれ 」

 軽いうえに動きやすい。
 金属鎧なのに動きを邪魔しない。

「これはいいな。何故こんなに動きやすいんだ?」
「動きがある部分の金属を重ねて作ってるんだ。関節の動きを邪魔しねぇように工夫してある」

 確かに、プレートが重なっている部分がある。普通に見るとそうは見えない。
 職人技だ。 

「ここは軽い金属防具が多いわね。良い鉱物が採れるの?」
「あぁ、ここの鋼は質がいい上に加工の技術も高けぇ。かなり頑丈でしかも軽い。でもな……」
「でも?」

 主人は残念そうな顔で話し始めた。
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