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嬉しい転生【彩音の場合】

17.花火 2

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ひときわ大きな花火が大輪の華を咲かせた後、大きな光の飛沫をあげて盛大に打ちあがる花々がそれに続いた。
 息つく間もない飛沫が散った後、夜の空気にその余韻だけを残して、また暗い空が戻ってきた。
 すっかり主役を奪われていた月が、まだ煙の残る空に取り残されて静かに光っている。
 大きな花火の音が止むと、それまでは聞こえなかった通りを歩く人々の喧騒が微かに聞こえてきた。

 ルイ先輩は立ち上がって窓を閉めると、エアコンを付けた。
 確かに部屋は、じっとりと外の熱気と湿度で、まとわりつくような暑さになっていた。

 戻ってきたルイ先輩は、再び私を抱きかかえるように後ろに座りなおした。淋しくなった背中が再び先輩の体温に包まれて、鼓動が跳ねると同時に、安堵を感じた。

「あ、そういえば…、ルイ先輩の話って…?」

 そうだった、今更別れ話ではない…はずだと信じたいけど、なんだったんだろう?背中越しにルイ先輩の綺麗な瞳を覗き込むように問いかけた。
 ルイ先輩は僅かに困惑の色を瞳に映した後、すまなさそうに眉を寄せた。

「…あぁ。何か君に誤解をさせたんじゃないかなって思って。――もしかして、俺がマンションの入り口の所で舞宮さんといるところ、見た?」

 ドクンっ…

 心臓が跳ねて、みぞおちに何か冷たい硬いものが押し込まれたかのように、苦しくて息が出来なくなる。
 僅かな私の身体の震えを察したかのように、ルイ先輩が後ろからぎゅっと肩を抱くように、抱きしめなおしてくれた。

「あ、の…ルイ先輩…」
(舞宮さんを選ぶなら、私納得できますから――。大丈夫ですから)

 そう言おうとした言葉は、どうしても私の口からは出てくれなかった。こうしてルイ先輩の匂いと体温に包まれていると、胸が苦しくなって、言葉の代わりに涙が溢れてきた。
 落ちる涙が顎を伝い、私を抱きしめるルイ先輩の腕を濡らした。

「何か…俺の行動、が、誤解させたのかもしれないけど、彼女とはもちろん何もないから。偶然会っただけだし…第一本当に、マンションのエントランスにいただけだから。
 ――本当に信じてほしいんだけど、俺が彩音ちゃん以外を選ぶことなんて、気を惹かれることなんて絶対にないよ?
…俺が好きなのは彩音ちゃんだけなんだ」

 ルイ先輩の言葉に涙がまた溢れてくる。
 嬉しい…ルイ先輩が私のことを好きだったなんて…。
 …ん? 好きだったの? 私のこと? あれ?

「…あの?」
「ん?」
「ルイ先輩…、私のこと、好きなんですか?」
「えぇっ……今更!? っていうか、え?ちょ、俺、もしかして、言ってなかった…!?」
「はい…、てっきり私の告白の強引さに押されて、しょうがなく付き合うって言ってくれたとかなのかなって…思ってました、けど…?」
「えぇええ…!!」

 ぐいっと身体を向き合う形に抱えなおされて、ガシッと肩を掴まれた。勢いで眦に残っていた涙が、ポロっと落ちた。目の前にいるルイ先輩は、これまで見たことのないくらい動揺している表情だ。

「ごめん…!! 俺がちゃんと君に伝えてなかったから、不安にさせたのかな、っていうか、本当ごめん! 俺、彩音ちゃんのことが前から気になってて、あの、君に言われる前から、好きだったんだ! だから君の告白は飛び上がる程嬉しくて…ってごめん今更…」

 心底すまなさそうに、ルイ先輩は項垂れて、段々と小さくなる声でそう言った。

(へ、ルイ先輩が私のこと、好きだったの…?しかも、前から…??)

 突然の告白に、先ほどまでとは違ったリズムに鼓動が弾む。そんなの、すっごく嬉しい…!都合のいい夢を見ているみたい。

「じゃあ私、ルイ先輩のこと諦めなくていいんですか…?」
「!! …お願いだから、諦めるとかそんなこと言わないで…本当、俺が悪かったんだ…」

 きっとルイ先輩に耳が生えてたら、しょぼーんと倒れてるだろう。
 私よりも大きい身体が小さく見えて思わずおかしくなってしまった。

「ふふっ…嬉しいです」
「笑わないでよ…でも泣いてるよりずっといい」
「あ、…ごめんなさい、泣いてばっかりで…」

「ッ!そうじゃなくて…。しかも…そんな不安な思いをさせておきながら…、俺、独占欲とか出して、どうしようもない…」
「…独占欲?」

 私の両肩を掴むルイ先輩の手は僅かに震えている。私は次の言葉を促すように、そっとその手を包むように手を乗せた。
 すると、僅かな間の後、ルイ先輩は私を窺い見るように、伏せていた目をあげた。
 カーテンを開けたまま、窓から漏れる僅かな灯りだけの室内。吐息の触れ合う距離で、街の灯に照らされたルイ先輩の顔はゾクッとするほど綺麗だった。
 いつの間にかギュッと握りしめられた先輩の手からは、私と同じようにドキドキとした熱い鼓動を感じていた。

 ――しばらくそうやって時を忘れて、見つめ合っていた。

 切なげに寄せられた切れ長の瞳に、ふっと艶を帯びた光が灯った。

「あ…」

 ペロリと、私の頬に残っていた涙を舐めとられる。まつ毛が触れるくらい、間近に先輩の濃い青い瞳が映る。

「――君の、涙があんまり綺麗で…。君の涙は誰にも見せたくないんだ。だから、俺の前以外では、泣かないで…?」

「ルイせんぱ…」

 そのまま、私の漏らした吐息すら飲み込む勢いで、強い、熱い口づけが落とされた。
 それは、これまで交わしたことのあるどれとも違って、熱くて、甘くて、蕩けてそのまま一つになってしまいそうな、そんな口づけだった。
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