一度でいいから、抱いてください!

瑞月

文字の大きさ
23 / 64
憂鬱な転生【カノンの場合】

4.苦手なひと

しおりを挟む
――次は、えーと玲央先輩ね……。
 昼食時に込み合うなか、カノンは萌木玲央に渡す犬のキーホルダーを買って足早に購買を出た。この世界でヒロインならヒロインらしく振舞ってやろうと腹をくくったものの、如何せんそれもなかなかどうしてハードだった。

 普段の授業は、学生の頃の勉強を思い出して、なんとかこなせた。やっぱり問題はヴァイオリンだ。
 学園の授業についていくために、日夜練習を重ねなければならない。
 学園の授業はひどく緊張した。
 それでも演奏を始めれば、ブローチの力が作用するのか周囲の者が感嘆の声を漏らすような演奏がなされる。それでも、それにだけ頼っているのは不安だった。
 これから季節ごとに様々なイベントがある。それは当然大勢の人前でヴァイオリンを演奏しなければならないということだ。
 これまで人前に立つ経験など皆無に等しかったのに、ましてや自分自身の力でもなしに大勢の前で演奏を披露するだなんて。
 想像するだけで、卒倒してしまいそうだった。

 ――それだけでも大変なのに、毎日攻略対象のところに顔を出さなきゃいけないなんて……。

 そんなこと止めてしまおうか、とも思う。
 でも攻略対象との親密度が低くて、季節のイベントに失敗した場合にも、このゲームはゲームオーバーになってしまう。
 そう、なんらかの理由をつけて退学になってしまうのだ。
 今のカノンがそうなるのかは分からない。でもこんなに困難だとはいえ、せっかく手に入れた別の人生なのだ、みすみす失ってしまうのは惜しい。
 そして何よりも、小さいころから、失敗する、ということが怖い。
 失敗したら、見捨てられてしまう。一人になるのは怖い、これ以上の孤独には耐えられない。

『こんなことも出来ないの?』

 耳の奥に母親の声がこだまする。遠く離れ、カノンになった今も、その声はことあるごとに自分自身を責めたてた。

 ――あぁ、本当に。私はこんなこともできない。せめてヒロインなんかじゃなければ、攻略対象になんて関わらず、学園生活を楽しめたのかもしれないのにな。

 そう思ってすぐに、……本当に自分が、人生を楽しむところなんて想像もつかないけれど、と思った。
 カノンは手に持った犬のキーホルダーを、ぎゅっと握りしめた。


 ◇◇◇◇◇


 玲央は昼食時には大体いつも中庭にいることは、ゲームの知識で知っていた。その日は風が強かったが、気持ちのいい日和だった。
 廊下を小走りに向かう。中庭へ続くドアを開けると、すぐにベンチで楽しそうに話す玲央の声が聞こえてきた。

「玲央せんぱいっ、こんにちは」
「あっ! カノンちゃん! お疲れさま! 昼ごはん食べたー?」
「これからです。気持ちいいお天気だったんで、中庭で食べようかなーって思って、…ッ」

 玲央の隣にいる、長い黒髪のシルエットに、思わず身体が強張るのを感じた。
 攻略対象との接触は仕方ないと思っているけれど、できれば一番避けたいと思っている人物がそこにいたからだ。

「おや、君が舞宮さんかい?」
「あ……、城野院先輩、ですよね……?こ、こんにちは……」

 心の準備が出来ていなかったので、動揺が表れてしまった。風に舞う髪を抑える仕草でなんとかごまかす。城野院が紫色の瞳でおや?とこちらを興味深そうに見つめてくるのを感じた。

 ――いやいや、興味なんて持たないでクダサイ。

「あれー? 城野院ってカノンちゃん初めてだっけー? 彼女は2年に編入してきた舞宮カノンちゃんだよっ。すっごくいいヴァイオリン弾くんだ!」

 何故か自分のことのように誇らしげにいう玲央の姿に、強張った心がちょっとだけ軽くなる。

「はじめまして。2年生に編入してきました、舞宮カノンです」
「はじめまして、3年の城野院光之助だよ。僕はチェロを弾くんだ。僕とも仲良くしてくださいね?」

 そう言って差し出された手に、戸惑いを感じながらも仕方なく握手を交わす。
 私はヒロイン、ヒロイン…と必死に心の中で唱えてみても、きっと笑顔は強張っていた気がする。

 ――まいった……。城野院先輩は苦手なんだよね……。

 先月プレイを始めて、一通りのキャラクターのエンディングは見終わったところだった。だが、城野院のルートは「うーん」といった感想しかなかった。
 エンディングはそれなりに甘いものだったけれど、彼の普段の皮肉を多分に含んだ物言いは、どちらかというと嫌悪に近い戸惑いを感じて、恋愛といった感じには楽しめなかったのだ。
 パラメーター上げが大変で、中途ゲームオーバーも何度も経験していたし、城野院のスチル回収にちゃんとプレイしなきゃな、と思ったまま、手をつけていなかった。

 どうせ恋愛をするなら、優しいひとがいい。それは理想だったが、ゲームの中でも同じだった。例えそういうゲームの仕様であったとしても、自分を苛んだり責めたりしない、優しいひとと恋愛がしたい。

 ――でもたしか城野院先輩は、玲央先輩とルイ先輩と友達なんだよね……。これからも顔を合わせるかなぁ……。

 昼食を一緒にとることになり、仕方なく持ってきていたサンドウィッチを広げながら、玲央と城野院がする会話に曖昧に相槌をうつ。
 このゲームでは季節のイベントごとに課題となる曲が変わるから、その曲を演奏できる人を集めてアンサンブルを組まなければならない。

 ――城野院先輩がアンサンブルに必要になることあったかな……? 次はまず夏のチャリティーコンサートのはずだから、確か時雨くんがいれば良さそうな……。まずは時雨くんとの親密度あげていこうかな。
 他にも攻略対象はいるし、城野院先輩とは親密度そんなに高くなくてもこなせた気がする。まぁ曖昧に好意を示しておけば、ゲームエンドにまではならないか。
 当たり障りなく、ヒロインを演じていこう。

「――カノンちゃん?」
「は、はいっ! なんですかっ?」

 ――しまった、全然話を聞いてなかった……!
 二人の視線を受けて、焦りに冷や汗が滲む。

「あはは、そんなに焦らなくても大丈夫だよー。今度さ一緒に練習しない? 一人の練習は当然必要だけど、たまに合わせたり、他の人とじっくりやるのも勉強になるよー!」
「あ、はい。ありがとうございます」

 記憶を辿ると、週末にそういえばそんなイベントもあった気がする。無邪気に笑う玲央に、にっこりと微笑みを返した。

「いいねぇ、僕とも一緒に練習しないかい? 是非ゆっくりと君のヴァイオリン聞いてみたいな」
「はい……?」

 うっかり怪訝な表情を返してしまったカノンに、城野院は瞳を瞬いた。

 ――あ、やばっ!うっかり素が出ちゃった……!

 しまった、と口元を抑え、城野院の方をうかがうと、一瞬呆気にとられた表情のあとすぐに、にぃっと口元をあげ微笑まれた。
 微笑んだというよりも、目は笑ってない。その笑顔は、相貌の美しさもあいまって、睨まれるよりも恐ろしい。
 その微笑みに、カノンは思わずビクッと肩を震わせてしまった。

「すみません、あの、間違えました。あの――今度、是非お願いします……」
「――君って面白いねぇ? 僕のことが怖いの……?」
「……ッッ!!」

 つ……、と頬を撫でられる。突然触れられた冷たい指の感触に一気に頬に熱が走るのを感じる。

 ――なんなのこの人ッ!ヒロインなんかじゃなかったら、絶対近づかないのに!!

 ぐいっとその手を押し返して、城野院を睨む。突然のことに、その目にはうっすら滲むものが光る。

「怖いとか、ないです、から……っ!」

「ちょっ! 城野院、カノンちゃんに何してんのー!? セクハラすんなよっ! カノンちゃんごめんね? ほら謝れって!」
「ふぅん……。ごめんね?」
「城野院……、全然謝ってる感じしないけど、それ……」

「いえ……、いえ。大丈夫です、なんか私の方こそすみません……」

 その時予鈴が響いた。そのことに深く安堵すると、そそくさとその場を後にした。やっぱり城野院とは関わりあいにならないでおこうと、深く心に刻んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...