あなたの檻の扉をひらいて

瑞月

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2.淋しい誕生日

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結局今日の飲み会はそれから少したってお開きになった。
 アリスはもう一杯! もう一杯だけ~! と言ったけれど、雪の降りしきるなか、外で待ってるかもしれないひとがいるというのに、延々と飲むなんてできるはずもない。

「ほらもう行くよ」
「うぅ、飲み足りないよぉ……」

 アリスの手を引いて早々とテーブルを立つと、玄関口に程近いカウンター席に座っていたふわふわと巻き毛のブロンドの男性が立ちあがった。
 どうやら外で待つことはせず、カウンターで飲みながら私の推し店員さんと話をしていたようだ。
 さっきはまさかとは思ったけれど、外でブルブル震えて待たれることを思えば中にいてくれて良かった。

「ルツ!」
「アリスちゃんおかえり~~。楽しかった? オレはさみしかったよぉ~」

 アリスの声に立ち上がったルツさんは、柔和な笑顔をくしゃりと崩した。
 明るい茶色の髪に、愛しさに細められた空色の瞳。獣人の御多分に漏れず、ルツさんも相当の美形だった。でもアリスにその相貌を崩す様子は、ぶんぶんと尾を振るわんこそのものだ。

(まさに犬って感じ……。ゴールデンレトリバーみたい)

 さっき犬の獣人がアリスの帰りを待っていると聞いた時には、雪の中しゅんと待っている可愛いわんこが浮かんでしまったのだけれど、その雰囲気は想像通りだった。
 尻尾こそないものの、アリスのことが好きで好きで仕方ないっていうのが、全身から溢れているように見える。

「ルツ、紹介するね。私の中学の頃からの友達の綾瀬リコ。リコ、えーっとこちらは私の、あの、彼氏のルツさん、です」
「どうも! お話はかねがね。アリスの婚約者の坂崎ルツです」

 婚約者、のところをことさら強調して言うと、ルツさんは私に向かって右手を差し出した。
 そこを強調せずにはいられないんだな、と小さく苦笑すると私も握手するために右手を差し出した、その時だった。

「あ、お客さま! 彼女は……」
「え?」
「ん……? あぁ、ごめん! アルコールのせいで鼻が利かなかった。触れるわけにはいかないね。それじゃ挨拶だけで」

 私のお気に入りの店員さんが、何故か私とルツさんの握手を遮ったのだ。
 突然のことに驚いている私をよそに、何故かルツさんは心得たように差し出した右手をしまいこんでしまった。

「??」
「あぁ、不快に思ったならごめんね。でも番がいると分かっている女性に触れるのはマナー違反だから」
「え……?」

「それだけ強い匂いを纏っている方に触れるのは僕たちにとってマナー違反なんですよ。僕たちは匂いに敏感ですから」

 店員さん何を……? 匂い? 纏う?
 私とアリスは二人の会話についていけなくて、目を見合わせた。
 ……というか、

「あの……店員さんは、獣人の方だったんですか?」
「ええ、僕は3年前にニホンに来ました」

 店員さんも獣人だったのか。
 店員さんと会話らしい会話はしたことなかったけれど、前から綺麗な顔立ちだな~と惚れ惚れしていたんだよね。そうだったんだ。やっぱり思うよりもずっと、この国の獣人は多いんだろうな。

「あの、ところで、私に匂い? ですか?」
「ええ。ご伴侶様に大事にされてらっしゃるんですね。素敵なアクセサリーをお召しだなといつも思ってたんですよ」
「えぇえ……?」

 伴侶って誰だ。
 そしてアクセサリー?? 今つけてるアクセサリーはピアスと小指のリングくらいだけど、これのこと?
 私の耳には、大きめの涙型の赤いガーネットを使ったピアスが揺れていた。私の黒髪のショートボブには、これくらいボリュームのあるものがぴったりで気に入っている。
 そして左の小指には、小さな血赤珊瑚のリング。
 これは両方とも妹がくれたもので、ご伴侶やらがくれたものなんかじゃない。

『今回もいい天然石が手に入ったよ~。いつも言ってるけど、これは都会に住むお姉ちゃんが事故や事件に巻き込まれないためのお護りなんだからね! 絶対つけてね!』

 趣味が高じてアクセサリーの販売もしている妹が、誕生日や季節の変わり目に定期的に送ってくれるのだ。
 大体赤い石を使ったネックレスだったり、ピアスだったり。
 可愛い妹が作る素敵なアクセサリーは、独り暮らしの身には本当に嬉しくて。言われたとおり、いつも身につけてはいるけれど……。

「あの、なにか勘違いじゃないですか? 私に伴侶なんていませんし……。匂いなんてないと思いますけど」
「そんな、」
「ダンテー! これ3番テーブルに」

 店員さん、もといダンテさんがなにか言いかけたところで、これまたカッコイイ店長さんが仕上げたお料理に呼ばれてしまった。
 ダンテさんが会釈して、キッチンへ向かう。

 お店はたくさんのお客さんが入っているし、こんな所で長居しては邪魔になってしまう。
 人目をはばからずにイチャイチャし始めたアリス達と共に、追い立てられるように私たちはお店を後にした。

 番やら、匂いやら、今日はこれまで遠いとばかり思っていた国の言葉をたくさん聞く日だったなぁ、なんて他人事に感じながら。



 ★*゜


「う~寒いなぁ……」

 ひとりで歩いているというのに、思わずそんな独り言が出てしまう程、今日は本当に寒い。

 少し雪がチラつく底冷えする今日は、私の25の誕生日だ。
 スマホには誕生日おめでとう!とお母さんからメッセージが届いていた。
 早々に仕事を切り上げたものの、当然お祝いしてくれるひともいないわけで。一人で飲みにでもーと、思ったけれど今日はダンテさんのお店は定休日だ。

 帰りにどこに寄ろうかと迷ってるうちに、目に付いた美味しそうなテイクアウトのお店で色々と惣菜を買い込んでしまった。
 なので今日は、美味しいお料理とワインでひとり静かにお祝いすることにした。
 それに小さなガーベラのブーケも買った。あときらきらしたシャインマスカットのタルトに、ガトーショコラも。

 十分に幸せな誕生日だ。

「……はぁ……」

 なんとなしに息を吐くと、ふわりと吐息が白く溶けた。
 地元を遠く離れたこの街は、夏は死ぬほど暑い代わりに、雪はあまり降らない。今日の雪も、きっとこのまま地面を少し白くした後、足元を汚すだけで消えていくのだろう。
 私とアリスが過ごした地元は、夏も短い、一年のほとんどが雪に埋まる田舎街だった。
 そこで何を感じていたか、もう朧気にしか思い出せないけれど、とにかくここじゃない場所を求めた、そのことだけはよく覚えている。
 もう離れて7年近くになる。
 今も付き合いのある地元の友達はアリスくらいだ。
 昔の知り合いなんて誰もいないこの場所が自分が望んだ所なのに、今日は淋しく感じるのは、珍しく降ってる雪のせいなのか。

 ――淋しい。
 美味しいものがある。お花だって、ケーキだって。
 でも、それだけじゃ埋まらない淋しさが、雪の舞う道を一歩ずつ歩く度に、ぼとりぼとりと零れそうになる。
 独り暮らしで、寒くて、空腹で、誕生日にひとりで。
 口に出しちゃいけない、考えちゃいけない。固まって一歩も動けなくなってしまうから。重たい思いなんてこぼしてはいけない。溺れてしまう、動けなくなってしまう。

 ――なんで、こんなに私はひとりなんだろう。
 アリスはいいな。いつでも誰かが彼女の手をひいた。最後に彼女の手をとったのは、素敵な獣人の男のひとだった。
 最初こそ困ったように眉を落としていたアリスだったけれど、最後は完全に惚気だった先週の飲み会を思い出す。
 幸せそうなアリスの指で光っていたあの素敵な空色のリング、あの色はルツさんの瞳の色と同じだった。

(いいな、いいな、羨ましいな。私にも誰かそんな風に想ってくれるひとがいればいいのに)

 いつもは直視しないようにしっかりと蓋を閉めているはずの淋しさが、うねうねと暴走をはじめてしまう。
 考えてはいけないのに。こうしているのは自分のせいなのに。

 やっぱりもっと男ウケを狙ってふわっとさせたほうがいいのかなー。
 ってか、なんで私こんなにモテないんだろ。
 見た目にしたって顔だって悪くないはずだし、身だしなみは気を使ってるし、そんなに忌避されるような苛烈な性格もしてないと思うんだけどな?

 学生時代に友達と初めて合コンに行った時は、友達は誘われまくって、私の周りからは蜘蛛の子を散らすように、男の子が去っていったんだよな……。
 しかも何かおかしいなと思いつつその場にいたら、遠目に私のほうを見ながら「あの子だけはやめとこう」て言ってるのを聞いちゃって……。
 さすがにもう二度と合コンに行こうとは思えなくなった。

 あ、ダメだ。
 寒い時に黒歴史の蓋を開けたら、死んでしまう。
 急いで意識して黒歴史をまた封印しながら、もう一度ため息をついた。

 私も愛されたいなぁ。
 過去に無邪気に自分で手放したものの大きさを、今頃思い知らされるなんて。
 アリスのルツさんみたいに、あんな風に真っ直ぐに蕩ける視線で見つめられたらどんな気分なんだろう。
 あの日々のエルがしてくれたように、私が生きてることを、過去も未来もまるごと肯定してくれるひとに出会えたら、どんな気分になれるんだろう。

 性に奔放かどうかはわかんないけれど、高校の時に一生分ヤリつくしちゃったのかな。
 セックスしたいなーーー。
 もう忘れちゃった。他人の温もりが肌に触れるのなんて、どんな心地だったろう。

『25の時にひとりだったら、結婚しよう。約束して』

 そう言った時のエルの表情は、もう思い出せない。
 エルと出会ったのは高校に入学してすぐのことだった。
 入学式の後、教室に入って目が合った途端にビリビリって雷に撃たれたみたいに惹かれあって。
 とにかく夢中だった。
 エルのしてくれること全てが気持ちよかった。大好きで、私の人生丸ごととエルの人生を重ねたいって思って。

 ――でも。
 それだけに溺れていられない、ってこのままじゃダメだっていつからか思い出して。
 あの頃エルは私の交友関係も、バイトも進路も全てを緩やかに支配していた。それでいいと、それが幸せだって思っていたけれど――。
 もしエルが私から心変わりしたら?
 もしエルがいなくなったら?
 私には何も残らない。
 何をどう考えればいいのか、何がしたいのか。何もわからない私が残されるのが、どうしようもなく怖くなって。
 好きだけど、離れなきゃいけなかった。
 それがエルとの最後になるとしても、私はあの時手を離さなきゃいけなかった。

 十代の恋なんて、熟れる前の青い果実でつくるカクテルみたいなものだ。
 強すぎるアルコールで酔いばかりが回るのに、後味は苦い。

 そんなものを懐かしむなんて、相当弱ってるな、私。
 5年近く何も無いのがまずいのよね……、わかってはいるけれど。
 他ならぬアリスの結婚話にこんなにダメージを受けてしまうのは、罪悪感も半端ない。

「25歳は婚活しよ……」

 そう呟いて、辿り着いたマンションのエントランスに入ろうとした、その時だった。

「……リコ……?」

 どこか遠い昔に聞いたことがあるような声に、名前を呼ばれた気がした。
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