あなたの檻の扉をひらいて

瑞月

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4.それでも一緒にいてほしい

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 エルが私の手を握った。
 さっきはひどく冷たい手だったけれど、いまは体温がもどっている。エルの私よりも熱い手を感じて、あぁエルは体温が高かったもんなっていうことを思い出した。
 エルは暑いところが苦手で、私が進学すると言ったこの街のことも嫌だって言ったんだよな。

「リコと離れて……25歳になるまで会うわけにはいかなかった。会ったら絶対に離れられなくなるってわかってたから。それでずっと勉強してて」
「……うん」
「リコの言った自由って何なのかってずっと考えていた。俺はどうするのが正解だったのかって。リコの言ってた自由てどんなことなんだろって思って、俺も色んなところに行ってみた。トーリアに行って暮らして、良い人も悪い人も、色んな人にあった。綺麗な景色も汚い光景も、色んなものを見た」

 エルの握る私の手に、力がこめられた。金を帯びた茶色の瞳の色が濃く、琥珀色に歪められる。
 目の前にいる姿が、あの頃のエルの姿と重なる。

「それで……それでやっとリコが言ってた自由がわかった気がした。あの日の俺のやり方は最悪だった。俺がリコだけだからって押し付けてばっかりで……ごめんね。俺が間違ってたんだ。リコが行きたい場所を、会いたいひとを俺が制限する権利なんて、なかったのに、でも」
「……でも?」
「もし、リコが許してくれるなら」
「っ、」

 手を引かれて抱きしめられた。
 壊れ物を扱うように、そっと。
 そして乞い願うような震える声色で、言葉を継いだ。

「自由なリコの、リコの傍に居させて、ください」
「エル……」
「邪魔しないから、閉じ込めたりしないから、絶対に」

 ――あぁ。
 エルの真摯な言葉が、淋しくてカラカラに渇いてた身体にしみわたっていくのがわかる。
 注がれた想いが、願いが私の中に雨のように降り注いで、そして涙となって溢れ出す。

『どうしてわかってくれないの』

 あの時そう叫んでいたあの頃のわたしが、今のエルの言葉を信じたくて、涙が止まらない。
 手を離したくなんてなかった。
 でもゆっくりと呼吸を塞がれるようで、呼吸の術すら忘れてしまいそうで、もう傍にはいられなかった。
 あの日も今のように、こんなに真っ直ぐな愛情を向けてくれていたのに。
 確かに愛し合っていたのに離れるしかなかったあの日の二人。
 私は若くて、自分の無限の可能性を信じていて。エルがいないと立ち上がれなくなる自分なんて見たくなかった。
 あの時はエルの真っ直ぐ過ぎる想いを、枷のように感じてしまったけれど、でも今の彼となら。
 ――信じたい。今のエルの言葉を。
 懐かしいエルの匂いに包まれてひとしきり彼の肩口を濡らした後、ふと浮かんだ疑問を口にした。

「――あの、エルはこれまで他の人と付き合ったりなんて」
「あるわけない。リコ以外興味無い」

 即答。しかもちょっと不機嫌そう。……ルツも5年間ひとり、だったのかな?

「で、でもモテたでしょ? 凄いカッコよくなってるし……」
「え、カッコよくなった? リコがいいと思ってくれるなら嬉しいけど、そうじゃないなら容姿なんて意味無い。俺は一生リコしかいらないから」
「うぅ……」
「ねぇ、リコは? ――いや、リコがモテないはずないから話さなくていいよ。リコに触れた奴を一人残らず弄り殺したくなる」

 本当にやりかねないと思わされるような鋭い眼差しでそんな物騒なことを言うと、おでこを合わせて、真っ直ぐに私を見つめながら、エルは私に問いかけた。

「ねぇ、リコ。俺の事なんて忘れてた? 俺の事なんて嫌い?」
「いやその、忘れてなんて……」

 そう、いつでも心の奥にはあの愛され過ぎた日々がきちんと記憶されていて。このひとりの日々がどうしようもなく淋しくて、歩くことすら難しくなっていたのは本当のことだ。
 私の言葉に、エルの顔に喜色が満ちた。

「俺、リコの邪魔になることなんて絶対にしないよ。誓う。リコが誰と、どこに行ってもいい。リコのこと最大限尊重するから。……だから、リコの帰ってくる場所に居させてほしい」
「……」
「こんなに可愛くて綺麗で優しくて素敵なリコのことなんて心配過ぎるけど、リコが言うなら一緒にいくのは我慢する。家で待ってる」

 うぐぐ……。昔以上にストレートに愛情を示してくれるエルに、さっき引いたはずの涙がまた込み上げてくる。恥ずかしくて、嬉しくて、逃げ出したい。
 エルと別れた5年間で、すっかり恋愛の免疫もなくなってしまった。
 しかも美しく成長を遂げたその顔で、私がかつて一番欲しかった言葉を惜しみなく注がれると……。いやいやでも、そんな再会したその日に陥落するなんてっ。
 ちょっと今日はこれで帰ってもらったほうが……!?
 熱をもって赤くなってるだろう頬を、さも愛おしげにエルが撫でると、その指先の熱に背中にゾクリと艶が走った。

「リコ、お願い。リコが大好きなんだ。昔と変わらず、いやそれ以上に。今日は顔を見るだけのつもりだったけど……、やっぱり抑えられない。俺はリコしかいらない。リコの存在がないなら、俺が息してる意味なんてないんだ」
「エル……」
「リコ愛してる。――君に触れても、いい?」

 エルの怒涛の如く紡がれる愛の言葉に、私のなけなしの理性は脆く崩れ落ちていた。
 そうして私が頷くのと、唇が触れ合うのはほとんど同時だった。
 柔らかくエルの唇が私の唇を塞いで。
 何年も経ってるのに、身体はエルのキスを覚えていて、次にエルがどうしてくるか、どうすればいいか考えなくてもわかる。そうして徐々にあまい舌が、私の唇を開いていった。

「……んうっ……」

 思わず息が漏れた私の声に、エルが微笑んだ気がした。
 優しくラグの上に横たえられると、それまでの優しさが嘘のように、口づけがどんどん深められる。
 ぴったりと合わせて、咥内を余さず舐めとって、絡めて。私の呼吸すら喰らい尽くす勢いで貪られる。
 私はエルの首に縋り付きながら、その激しい口づけに応えた。エルの舌が唇が、触れる手が気持ち良くて死にそうで。
 そうして眦に涙が浮かんだところで、エルは少し唇を離した。
 二人が絡ませた唾液が糸のように一瞬繋がったのを、ぼんやりと霞む目で見つめた。

「…………エル?」
「リコ…………、~~~ごめん、俺本当に今日は帰るつもりだったから、ゴムなくて……っ」
「あ」

 押し倒した私の足の間に陣取ったエルの下半身は、エルの着ている仕立てのいいスーツの股間を押し上げて、隆々と主張している。
 私はその硬い熱を知ってる。
 それを見とめた途端に、ずくん、と私の身体の奥が甘く疼いたのを感じた。
「だから……今日はやっぱりこれで……」
 そんなエルの声に、……これでこのまま帰っちゃうなんて、ひどい。
 そう思った時には、今赤い顔をして堪えている彼に悪戯したい気持ちがむくむくと湧き上がった。

「あっ、リコ! な、待って!」
「んー?」
「あ、それ、ちょマズいって、止められなくなるから……」

 仰向けに組み敷かれた状態で、エルに身体を寄せながら彼のモノに指を這わせた。
 形を確かめるように、下から上へとその形を撫でなぞる。
 あぁ、こんな形だった、覚えてる。
 私の右手じゃ、周り切らない程大きくて、私の奥のいい所を刺激するのにピッタリなサイズで。エルはここの形まで彫像のように綺麗だったっけ。
 根元から先端までを形を確かめるように撫でなぞるのを、繰り返すと、耳元でエルが熱い息を吐いたのを感じた。

「~~~リコ、それ以上はっ」

 そう言うと、私の悪戯する右手をぐいっと頭の上で縫いとめられた。身体が更に密着して、私の裾が乱れたスカートの奥の秘部と、育ちきったエルのモノが服越しに当たって、くちゅりと音をたてた。
 私もエルのことが欲しくて堪らなくなってる。

「うっと、――あの、エル。私いまピル飲んでるんだよね、だから、その」
「あぁ、そうなんだ。リコ生理痛酷かったもんね。ちゃんと病院行ったんだ、偉いね」

 そう言ってエルは私の頭を撫でた。
 学生の頃、生理の度にエルはカイロや鎮痛剤を買ってきてくれたりと、甲斐甲斐しくお世話をしてくれたものだ。その頃から婦人科受診を勧められていたのだけど、結局行ったのは去年のことだった。
 って今はそうじゃなくて。

「うん、そうなの。って、そうじゃなくて、うーんと、だから、今日は……そのままでもセックスできるかなって……、っわ! エル!?」

 私が言い終わる前に、エルは私の膝下に手を差し入れ、お姫様抱っこに持ち上げ立ち上がった。
 急に感じる浮遊感に、腰が引ける。

「寝室、行くね」

 有無を言わさぬ笑顔で、私にそう言ったエルの目は、笑っていなかった。
 そうして大股開きに数歩進んで寝室の扉を開けると、エルはピタッと立ち止まった。

「?  エル?」
「やばい……この部屋リコの匂いでいっぱいで……気を抜いたら射精そう……」
「え? そう? 匂いする?」
「するする。真空パックに詰めて持って帰りたい」

「ふはっ、匂いなんてどうするのよ」
「勿論、オカズにするよ」

 大真面目な顔でキッパリとそう言うと、エルは私をベッドに優しく降ろした。
 そして自分の首元のネクタイを、もどかしそうに引っ張った。
 バサりバサりと音を立てて脱いでいくエルの姿に、否が応でも鼓動が高鳴る。
 かつてあんなに抱き合ったひととは思えないくらいに、今のエルは鍛え上げられまるで彫刻像のように綺麗だ。
 躊躇いなくエルがボクサーブリーフを脱ぐと、天を向いたモノが顕になった。
(あ……)
 服越しに触れたあの雄の感触を思い出して、子宮がきゅっと反応したのがわかる。

「リコ……」

 ベッドを軋ませて、裸のエルが私の上に覆いかぶさってきた。唇を寄せてくるエルに、なんだか無性に恥ずかしくなる。
 なんせ私はエルと別れて約5年ぶりのセックスなのだ。
 あんな風に撫でて誘ったくせに、久しぶりすぎて、身体がぎこちなく強ばる。

「リコ大丈夫?」
「あの……、電気消してもいい?」
「あぁ、リコがいいなら、いいよ」
「? うん?」

 ん? 今のエルの言い方って?
 ――あ

「エル、もしかして夜目が利く?」
「うん。消したら俺だけよく見えることになるけど、どうする?」
「―――――。じゃあ、そのままで」

 数年前のあれこれを思い出して、なんであの時言ってくれなかったの!? と抗議しようとしたところで、まぁ全部見られていることだし今更か……と諦めた。
 ゆっくりと私たちはまた唇を合わせた。

「あ……」
「リコ、リコかわいい」

 ゆるゆると私の身体の線をなぞるように撫で上げながら、エルは私の服を脱がせていく。
 指先で肌で、存在の一つ一つを確かめるように恭しく触れる指が、もどかしくて。
 ニットを脱がせてブラを外すと、すぐさま乳房に噛み付くように口に含まれた。
 私の胸がエルの手の中でむにむにと形を変えながら、揉み遊ばれていく。

「あっ、エルぅ」
「あー何度も夢に見たリコのおっぱい……リコ大好き……」

 ちゅうちゅうと音を立てて、長い時間乳首を舐め転がした後の、エルの印を刻みつけていくかのように、キスマークを付けていく。
 エルは昔から、セックスの時にやたらに体中を舐めてキスマークを付けるのが好きだったけれど、それも獣人の習性と関係があるんだろうか。
 服で隠れるところを配慮してくれてはいると思うけど、逆を言えば服で隠れるところはほとんどがキスで埋め尽くされていく。
 タイツを脱がされ、ぐしょぐしょになったショーツを脱がされた時にはもう、あまりの欲の昂りに、息も絶え絶えになってしまっていた。

「う、うぅ、もう無理ぃ」
「リコ、これからだよ? もっともっと良くなって」

 そう言って、エルは私から漏れる嬌声すら食らいつくす勢いでまた唇を合わせ、秘部に触れてきた。
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