1 / 30
第一章の1 真名
真名
しおりを挟む
幸か不幸かでいうなら、私は不幸だと思う。
第一の不幸は、人よりも少々かわいい目立つ顔立ちに生まれてきてしまったこと。一見幸せなことのように思うかもしれないけれど、女子が集団をつくるとき、目立つ要素はマイナスに働く。女の子は自分と同じレベルの友だちを選ぶ傾向があるから。異質なものには近寄りがたいのだ。都会ならおしゃれをするグループとしてクラスの中心になれるのかもしれない。だけどここは田舎町。最寄りのコンビニまで車で十分かかるような場所では、嫉妬の対象にしかならいのだ。
「ちょっとかわいいと思って、調子に乗って」
人生の中で一番数多く言われた言葉かもしれない。一度も調子に乗ったことなんてないのだけれど。
幼稚園に通っているときからすでにそんな環境だったのに、小学生はまた一段ときつかった。今までは個人攻撃だったのが、集団攻撃をしてくるようになったのだ。小学一年生にして人生の絶望を味わった私は、心を病み体を壊し、家から出ることができなくなった。当時不登校という言葉は知らなかったが、言葉を覚える前に自分で体験することになった。小学校に入学して一か月、わずか七歳にして人生をドロップアウトしてしまったのである。
それ以来、塾、フリースクール、家庭教師、いろいろと試してみたがどれもしっくり来ず、私が家にいても一人で勉強して優秀な学力を維持したため、両親もいろいろ試すのをやめてしまった。私が人間の存在する場所に行くのを嫌ったため、できるだけその意思を尊重するようにしてくれたのだ。
私の人生のわずかながらの幸福は、両親が私の意見を聞き入れてくれたこと、そして信頼できる大人が少なくとも一人は存在したこと。
私は昔からおじいちゃんが大好きだった。おじいちゃんは元大学教授で、とっても偉い人なのだ。引退してからは縁もゆかりもない田舎の土地に移り住み、悠々自適の生活を実践していた。そのおじいちゃんが、私の状態を聞き知って、
「田舎でのびのびと一緒に暮らそう」
と言ってくれたのだ。わたしは喜び勇んで移り住んだ。学校へ行く気のない私は、両親と離れて、田舎のおじいちゃんと二人で暮らしていた。
それから、私の人生は少しばかり幸せになった。田舎に住んだからといって私の人間嫌いが治ったわけでもなく、自然と親しむ趣味もないためあいかわらず部屋に閉じこもりっぱなしだったのだけれど、私自身が幸せを感じていたことが重要だ。ここにいれば安全。そんな場所を手に入れたのだ。
そうして移り住んでから約一年。私は今八歳だから、一年のはず。学校に行っていないと学年も上がらず行事にもうといので、数を数えるのが苦手になってしまう。とにかく、あっという間に幸せ生活の終わりがやってきた。
五月だった。普段は完全におじいちゃんの家にいるが、親がお盆やお正月の長期休みになると実家に戻るという、逆里帰り生活をしていた。ゴールデンウィークに呼び戻された私は、最寄りの駅までおじいちゃんに送ってもらい、一人で汽車に乗った。乗換駅まで父と母が迎えに来ていた。名物料理を食べたり、ショッピングをしたりして、おじいちゃんの家を出てから五時間。久しぶりの外出で、実家に戻ったときにはへとへとになっていた。 無事に着いたという電話報告をおじいちゃんの家にかけたが、誰も出ない。おかしいとは思ったものの、その日は全員疲れていたので、そのままにした。次の日、やはり電話に出ないおじいちゃんの様子を見るため母が一人で訪ねたところ、おじいちゃんは玄関先で倒れていた。救急車を呼んだが、手遅れだったそうだ。
不幸な私の人生の中に、まだ不幸になる要素が残っていたのか、と絶望に包まれた。こんな不幸がまだ待ち受けていたなんて、とてもこの先生きていける気がしない。
私は自分を責めずにはいられなかった。昨日別れたとき、何の異常も感じられなかった。具合が悪いという兆候が、どこかにあったのではないか。私しか気づく人はいなかったのに、何も気づけなかった。おじいちゃんが亡くなったのは鈍感な私のせいじゃないのか。
せめて倒れたのが一緒にいるときだったら。せめて母が様子を見にいくのが昨夜のうちだったら。せめて、せめて。
私はとんでもない考え違いをしていた。この世で一番の不幸は仲間外れや孤独だと思っていたが、違った。何よりの根源にして唯一の、まず第一に挙げるべき不幸は、この世に生まれてきてしまったこと。これ以上の不幸はこの世には存在しないと思う。八歳にして悟った世の中の真理だった。
第一の不幸は、人よりも少々かわいい目立つ顔立ちに生まれてきてしまったこと。一見幸せなことのように思うかもしれないけれど、女子が集団をつくるとき、目立つ要素はマイナスに働く。女の子は自分と同じレベルの友だちを選ぶ傾向があるから。異質なものには近寄りがたいのだ。都会ならおしゃれをするグループとしてクラスの中心になれるのかもしれない。だけどここは田舎町。最寄りのコンビニまで車で十分かかるような場所では、嫉妬の対象にしかならいのだ。
「ちょっとかわいいと思って、調子に乗って」
人生の中で一番数多く言われた言葉かもしれない。一度も調子に乗ったことなんてないのだけれど。
幼稚園に通っているときからすでにそんな環境だったのに、小学生はまた一段ときつかった。今までは個人攻撃だったのが、集団攻撃をしてくるようになったのだ。小学一年生にして人生の絶望を味わった私は、心を病み体を壊し、家から出ることができなくなった。当時不登校という言葉は知らなかったが、言葉を覚える前に自分で体験することになった。小学校に入学して一か月、わずか七歳にして人生をドロップアウトしてしまったのである。
それ以来、塾、フリースクール、家庭教師、いろいろと試してみたがどれもしっくり来ず、私が家にいても一人で勉強して優秀な学力を維持したため、両親もいろいろ試すのをやめてしまった。私が人間の存在する場所に行くのを嫌ったため、できるだけその意思を尊重するようにしてくれたのだ。
私の人生のわずかながらの幸福は、両親が私の意見を聞き入れてくれたこと、そして信頼できる大人が少なくとも一人は存在したこと。
私は昔からおじいちゃんが大好きだった。おじいちゃんは元大学教授で、とっても偉い人なのだ。引退してからは縁もゆかりもない田舎の土地に移り住み、悠々自適の生活を実践していた。そのおじいちゃんが、私の状態を聞き知って、
「田舎でのびのびと一緒に暮らそう」
と言ってくれたのだ。わたしは喜び勇んで移り住んだ。学校へ行く気のない私は、両親と離れて、田舎のおじいちゃんと二人で暮らしていた。
それから、私の人生は少しばかり幸せになった。田舎に住んだからといって私の人間嫌いが治ったわけでもなく、自然と親しむ趣味もないためあいかわらず部屋に閉じこもりっぱなしだったのだけれど、私自身が幸せを感じていたことが重要だ。ここにいれば安全。そんな場所を手に入れたのだ。
そうして移り住んでから約一年。私は今八歳だから、一年のはず。学校に行っていないと学年も上がらず行事にもうといので、数を数えるのが苦手になってしまう。とにかく、あっという間に幸せ生活の終わりがやってきた。
五月だった。普段は完全におじいちゃんの家にいるが、親がお盆やお正月の長期休みになると実家に戻るという、逆里帰り生活をしていた。ゴールデンウィークに呼び戻された私は、最寄りの駅までおじいちゃんに送ってもらい、一人で汽車に乗った。乗換駅まで父と母が迎えに来ていた。名物料理を食べたり、ショッピングをしたりして、おじいちゃんの家を出てから五時間。久しぶりの外出で、実家に戻ったときにはへとへとになっていた。 無事に着いたという電話報告をおじいちゃんの家にかけたが、誰も出ない。おかしいとは思ったものの、その日は全員疲れていたので、そのままにした。次の日、やはり電話に出ないおじいちゃんの様子を見るため母が一人で訪ねたところ、おじいちゃんは玄関先で倒れていた。救急車を呼んだが、手遅れだったそうだ。
不幸な私の人生の中に、まだ不幸になる要素が残っていたのか、と絶望に包まれた。こんな不幸がまだ待ち受けていたなんて、とてもこの先生きていける気がしない。
私は自分を責めずにはいられなかった。昨日別れたとき、何の異常も感じられなかった。具合が悪いという兆候が、どこかにあったのではないか。私しか気づく人はいなかったのに、何も気づけなかった。おじいちゃんが亡くなったのは鈍感な私のせいじゃないのか。
せめて倒れたのが一緒にいるときだったら。せめて母が様子を見にいくのが昨夜のうちだったら。せめて、せめて。
私はとんでもない考え違いをしていた。この世で一番の不幸は仲間外れや孤独だと思っていたが、違った。何よりの根源にして唯一の、まず第一に挙げるべき不幸は、この世に生まれてきてしまったこと。これ以上の不幸はこの世には存在しないと思う。八歳にして悟った世の中の真理だった。
0
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる