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第一章の5
本物と偽物
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ここに留まりたいという私に、文子が手を焼いている。
「ここにいたいというのは、どういう理由で? あんたの好きなおじいちゃんはここにはいないんだよ。全部偽物だって分かってるよね?」
「それは、分かってるけど」
おじいちゃんのいない世界なんて耐えられないんだもの。たった一人で元の世界に帰るくらいなら、異界とは言わず、本物のおじいちゃんと一緒に霊界に行ってもいいくらいだ。
「それにしても、驚いたな。こんなに仲間がいたとはね」
「本以外のつくもがみとも会ってみたいですねえ」
私と文子のにらみ合いに飽きたのか、おじいちゃんたちが好き勝手に動き回っている。庭を散歩している人までいる。緊張感が台無しだ。そういえば建物の中にずっといたけど、外の世界というのも人間界と似たような風景なのだろうか。
「帰れ帰れって言うけど、一体どこから帰れっていうの。来た道は本棚にふさがれてるけど、帰る道はあるのかしら」
私が反撃すると、文子はうっと言葉に詰まった。そして、私にではなく、うろうろしているおじいちゃんたちに向かって八つ当たりのように怒鳴り散らした。
「あんたたち、勝手に動くんじゃない! 正式な登録がまだ終わってないんだから! それと、持ち主の姿をするのをやめな」
文子に一喝されて、つくもがみたちはパッと姿を変えた。おじいちゃんは消え失せ、たちまち古書の姿になって本棚に戻っていく。
「あ」
あわてすぎて転んだのだろうか。文子の足元に、本というよりも一枚の紙切れが落ちている。私は拾いあげて、声をかけた。
「君は、三行半のみーくん。つくもがみになってたんだね。よかった。私の一番のお気に入りなんだ」
私はみーくんを本棚のあるべき場所に戻してあげた。私は文子に、気になっていたことを聞いてみた。
「さっきお庭に出ていたおじいちゃんがいたけど、ちゃんと本棚に戻ってきたのかしら」
「庭?」
文子が怪訝な顔をした。窓の外を眺めてつぶやく。外は松の木の下に灯ろうがあり、小さい池までしつらえてある、素敵な日本庭園だ。植物が生い茂りすぎていて、広いのか狭いのかはよく分からない。
「そんなはずはない。ここは少々特殊な造りになっていて、外に出られるようにはなっていない。今見えている庭もいわば映像のようなもので、直接空間がつながっているわけではない」
「でも、私見たのよ。おじいちゃんがお庭を歩いているところ」
文子は本棚の本を点検し始めた。
「全集が二そろい、一枚物の古文書が一、二、三……。全部そろっている」
文子は眉間にしわを寄せて考え込んでいる。何も言ってくれない。私は待ちきれなくて、自分から聞いてみた。
「ここに私以外の人間はいないの? 一人も?」
文子が言いにくそうに言う。
「ここは妖怪の住む異界だから、基本的に人間はいないはずなんだ」
「でも現に、私はここにいるわよ」
「そうなんだ。今の真名のように、つられて迷い込んできたとか、強い意志を持って移動してきたとか、そういう事情がないわけではない」
「じゃあ、死んだ人は?」
「人間と同じ。死んだ人間は霊界に行くから、ここともまた違う世界にいる。もちろん、今の真名のように迷い込んできたりする者はいる」
「それは例えば、死んだばっかりで自分の息場所が分からなかったりする人も来たりする?」
「そういうパターンが一番多いだろうな。お互いの世界を行き来するための道や交差点はあちこちに存在していて、ここはつくもがみたちを受け入れるためにわざと境界線に位置しているし」
「だったら!」
文子の説明をさえぎって、叫んでしまった。
「本物のおじいちゃんも、今この世界にいるんじゃないかしら。私、探しに行きたい」
文子は頭を抱えた。
「一番やってほしくないことだ」
やがて大きなため息と一緒に許可をくれた。
「仕方ないね。真名の言うことに一理ある。帰り道がふさがれてしまって、今は帰りようがない」
「じゃあ、ここにいていいってこと?」
「帰る方法が見つかるまで、ということだ」
「ここにいたいというのは、どういう理由で? あんたの好きなおじいちゃんはここにはいないんだよ。全部偽物だって分かってるよね?」
「それは、分かってるけど」
おじいちゃんのいない世界なんて耐えられないんだもの。たった一人で元の世界に帰るくらいなら、異界とは言わず、本物のおじいちゃんと一緒に霊界に行ってもいいくらいだ。
「それにしても、驚いたな。こんなに仲間がいたとはね」
「本以外のつくもがみとも会ってみたいですねえ」
私と文子のにらみ合いに飽きたのか、おじいちゃんたちが好き勝手に動き回っている。庭を散歩している人までいる。緊張感が台無しだ。そういえば建物の中にずっといたけど、外の世界というのも人間界と似たような風景なのだろうか。
「帰れ帰れって言うけど、一体どこから帰れっていうの。来た道は本棚にふさがれてるけど、帰る道はあるのかしら」
私が反撃すると、文子はうっと言葉に詰まった。そして、私にではなく、うろうろしているおじいちゃんたちに向かって八つ当たりのように怒鳴り散らした。
「あんたたち、勝手に動くんじゃない! 正式な登録がまだ終わってないんだから! それと、持ち主の姿をするのをやめな」
文子に一喝されて、つくもがみたちはパッと姿を変えた。おじいちゃんは消え失せ、たちまち古書の姿になって本棚に戻っていく。
「あ」
あわてすぎて転んだのだろうか。文子の足元に、本というよりも一枚の紙切れが落ちている。私は拾いあげて、声をかけた。
「君は、三行半のみーくん。つくもがみになってたんだね。よかった。私の一番のお気に入りなんだ」
私はみーくんを本棚のあるべき場所に戻してあげた。私は文子に、気になっていたことを聞いてみた。
「さっきお庭に出ていたおじいちゃんがいたけど、ちゃんと本棚に戻ってきたのかしら」
「庭?」
文子が怪訝な顔をした。窓の外を眺めてつぶやく。外は松の木の下に灯ろうがあり、小さい池までしつらえてある、素敵な日本庭園だ。植物が生い茂りすぎていて、広いのか狭いのかはよく分からない。
「そんなはずはない。ここは少々特殊な造りになっていて、外に出られるようにはなっていない。今見えている庭もいわば映像のようなもので、直接空間がつながっているわけではない」
「でも、私見たのよ。おじいちゃんがお庭を歩いているところ」
文子は本棚の本を点検し始めた。
「全集が二そろい、一枚物の古文書が一、二、三……。全部そろっている」
文子は眉間にしわを寄せて考え込んでいる。何も言ってくれない。私は待ちきれなくて、自分から聞いてみた。
「ここに私以外の人間はいないの? 一人も?」
文子が言いにくそうに言う。
「ここは妖怪の住む異界だから、基本的に人間はいないはずなんだ」
「でも現に、私はここにいるわよ」
「そうなんだ。今の真名のように、つられて迷い込んできたとか、強い意志を持って移動してきたとか、そういう事情がないわけではない」
「じゃあ、死んだ人は?」
「人間と同じ。死んだ人間は霊界に行くから、ここともまた違う世界にいる。もちろん、今の真名のように迷い込んできたりする者はいる」
「それは例えば、死んだばっかりで自分の息場所が分からなかったりする人も来たりする?」
「そういうパターンが一番多いだろうな。お互いの世界を行き来するための道や交差点はあちこちに存在していて、ここはつくもがみたちを受け入れるためにわざと境界線に位置しているし」
「だったら!」
文子の説明をさえぎって、叫んでしまった。
「本物のおじいちゃんも、今この世界にいるんじゃないかしら。私、探しに行きたい」
文子は頭を抱えた。
「一番やってほしくないことだ」
やがて大きなため息と一緒に許可をくれた。
「仕方ないね。真名の言うことに一理ある。帰り道がふさがれてしまって、今は帰りようがない」
「じゃあ、ここにいていいってこと?」
「帰る方法が見つかるまで、ということだ」
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