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第一章の8
キョウコさん
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キョウコさんは無言のままじっと私を見ている。かなり緊張する。何かまずいことを言ったのか、失礼な態度をとっていたのか、何も言われていないのに勝手に反省したくなる。まるで面接を受けている気分だ。
沈黙がつらかったのか、文子が間に入ってくれる。
「昨日と今日、この門を通った人間は何人いましたか? それともいませんでしたか?」
「この仕事を軽く見ているようだな。一日に死ぬ人間は三千人いるのだぞ。本当は休む暇もないくらいじゃ」
「えっ」
かなり驚いた。だったら、今この門の周りに誰一人いないのはなぜなんだろう。
「世界には死者が通る門はたくさんあって、この門はかなり特殊な人しかやってこない。それは、つくもがみ図書館も事情は同じだ。もう一度会いたい人、待ち合わせ場所として使う人がくるのだ」
文子が精一杯の早口で解説してくれる。
「ふうん?」
キョウコさんはかなり大げさに言ったってこと? つくもがみ図書館と同じと言われれば分かりやすい。人間界では毎日数え切れないくらい道具や本が壊れたり捨てられたりしていると思うが、その中でつくもがみになるのはほんの一握りだろうことは分かる。
「どうしたことか、昨日も今日もここに来た人間は一人もいない」
キョウコさんが突然しゃべり出す。タイミングが唐突な人だ。最初からそう言ってくれればいいのに。
ただ、私にとってはうれしい情報だ。ということは、おじいちゃんはまだこの辺りをさ迷っているわけだ。
「文子は、これの他に人間を見たのか? それを聞くために図書館に行っていた」
私を指さして『これ』と言われたので、一応名乗ってみる。
「真名です」
当然のように私を無視して会話が進む。
「大切なことだ。正直に申せ」
文子は困ったように、言葉を選びながら説明する。
「あたしは直接見てません。この真名が、窓の外を歩いているのを見た、と。.この門の辺りです」
「ここは、行こうと思った場所へ一瞬で行ける世界。迷子なんてあり得ぬ。行方が知れないということは、意図的に姿を見せたくないということ。そのような状態で放って置いてよいものか……」
私は、キョウコさんの言葉を一生懸命理解しようとする。けど、よく分からない。
「あたしにできることなら、協力します。本当なら、キョウコさんは待っていた人に会える日になるはずだったのに。どうしてこんなことになったのか、あたしにもさっぱり」
文子の言葉を聞いて、へえ、と思った。おじいちゃん以外にも死んだ人がいて、キョウコさんの待っている人だったのかしら。偶然私と同じ日に同じ境遇になったのね。だったら、仲良くしてもよさそうなものだけど、そういう人ではないらしい。
「手助けは無用。私には私のやり方がある。群れるのは性に合わぬ」
「あ、はい。でも何か分かったことがあったら、報告しますね」
「ああ。すまぬな」
キョウコさんと文子の会話が終わりそうになったのを見計らって、私は声をあげた。
「分かりました。私、分かっちゃいました。キョウコさんが誰なのか。待っている人は誰なのか」
「え?」
文子が心底驚いている。キョウコさんは迷惑そうに腕組みをして黙っている。あまり触れられたくないのかもしれないけど、気づいたことを黙っているのは私もつらい。私は自分の思いつきをしゃべらずにはいられなかった。
「キョウコさんて、鏡子さんじゃないですか? 文豪・夏目漱石の奥さんの名前。おじいちゃんは、夏目漱石や与謝野晶子の初版本も持ってたんです。その本がつくもがみになっている可能性、ありますよね。もしかして漱石さんの本を探しに図書館に行くつもりだったんじゃないですか?」
「えっと」
文子が目を白黒させている。夏目漱石といえば『トロッコ』『杜子春』などの作品が教科書に載っている超有名な作家さんなのだけど、異界でまで知名度が高いかどうかは分からない。名前を聞いてもピンと来ないのかな。鏡子さんの反応を見ると、フンと鼻で笑ったようだ。
「私の目的をそなたが知る必要はない」
うん? 否定も肯定もしない。ごまかしているのかあきれているのか。
自分の中では『つながった』と思ったのだけど、違ったのかな。人のことを詮索するべきじゃないのかな。
「あの、違ったら……ごめんなさい」
「文子。その人間の子どもは、早く捨ててきたほうがよいぞよ。生身の者と関わるとろくなことにならぬ」
文子はうろたえて、あわてて私の手を引いて鏡子さんから離れるように後ずさりした。「ごめんなさい、キョウコさん。あたしたちは、これで失礼します」
そして、一歩歩いた瞬間立っていた場所は、出発した時と同じく、もうすでに目的地だった。私たちは一秒もかからずに、つくもがみ図書館に戻っていた。
「文子、私の考え違ったのかな」
「真名がそう思うなら、それでいいのではないか? この世界では、前世の名前など意味がない。あたしは今のキョウコさんを知っているだけで、昔のことなんてどうでもいい」
「あれ? 怒ってる?」
でも、待ってるでしょう? 誰かを。それは前世にこだわっている証拠じゃないの。と思ったけど今度は何も言わなかった。人にはそれぞれの事情がある。今日は私のほうが悪かったかもしれない。
沈黙がつらかったのか、文子が間に入ってくれる。
「昨日と今日、この門を通った人間は何人いましたか? それともいませんでしたか?」
「この仕事を軽く見ているようだな。一日に死ぬ人間は三千人いるのだぞ。本当は休む暇もないくらいじゃ」
「えっ」
かなり驚いた。だったら、今この門の周りに誰一人いないのはなぜなんだろう。
「世界には死者が通る門はたくさんあって、この門はかなり特殊な人しかやってこない。それは、つくもがみ図書館も事情は同じだ。もう一度会いたい人、待ち合わせ場所として使う人がくるのだ」
文子が精一杯の早口で解説してくれる。
「ふうん?」
キョウコさんはかなり大げさに言ったってこと? つくもがみ図書館と同じと言われれば分かりやすい。人間界では毎日数え切れないくらい道具や本が壊れたり捨てられたりしていると思うが、その中でつくもがみになるのはほんの一握りだろうことは分かる。
「どうしたことか、昨日も今日もここに来た人間は一人もいない」
キョウコさんが突然しゃべり出す。タイミングが唐突な人だ。最初からそう言ってくれればいいのに。
ただ、私にとってはうれしい情報だ。ということは、おじいちゃんはまだこの辺りをさ迷っているわけだ。
「文子は、これの他に人間を見たのか? それを聞くために図書館に行っていた」
私を指さして『これ』と言われたので、一応名乗ってみる。
「真名です」
当然のように私を無視して会話が進む。
「大切なことだ。正直に申せ」
文子は困ったように、言葉を選びながら説明する。
「あたしは直接見てません。この真名が、窓の外を歩いているのを見た、と。.この門の辺りです」
「ここは、行こうと思った場所へ一瞬で行ける世界。迷子なんてあり得ぬ。行方が知れないということは、意図的に姿を見せたくないということ。そのような状態で放って置いてよいものか……」
私は、キョウコさんの言葉を一生懸命理解しようとする。けど、よく分からない。
「あたしにできることなら、協力します。本当なら、キョウコさんは待っていた人に会える日になるはずだったのに。どうしてこんなことになったのか、あたしにもさっぱり」
文子の言葉を聞いて、へえ、と思った。おじいちゃん以外にも死んだ人がいて、キョウコさんの待っている人だったのかしら。偶然私と同じ日に同じ境遇になったのね。だったら、仲良くしてもよさそうなものだけど、そういう人ではないらしい。
「手助けは無用。私には私のやり方がある。群れるのは性に合わぬ」
「あ、はい。でも何か分かったことがあったら、報告しますね」
「ああ。すまぬな」
キョウコさんと文子の会話が終わりそうになったのを見計らって、私は声をあげた。
「分かりました。私、分かっちゃいました。キョウコさんが誰なのか。待っている人は誰なのか」
「え?」
文子が心底驚いている。キョウコさんは迷惑そうに腕組みをして黙っている。あまり触れられたくないのかもしれないけど、気づいたことを黙っているのは私もつらい。私は自分の思いつきをしゃべらずにはいられなかった。
「キョウコさんて、鏡子さんじゃないですか? 文豪・夏目漱石の奥さんの名前。おじいちゃんは、夏目漱石や与謝野晶子の初版本も持ってたんです。その本がつくもがみになっている可能性、ありますよね。もしかして漱石さんの本を探しに図書館に行くつもりだったんじゃないですか?」
「えっと」
文子が目を白黒させている。夏目漱石といえば『トロッコ』『杜子春』などの作品が教科書に載っている超有名な作家さんなのだけど、異界でまで知名度が高いかどうかは分からない。名前を聞いてもピンと来ないのかな。鏡子さんの反応を見ると、フンと鼻で笑ったようだ。
「私の目的をそなたが知る必要はない」
うん? 否定も肯定もしない。ごまかしているのかあきれているのか。
自分の中では『つながった』と思ったのだけど、違ったのかな。人のことを詮索するべきじゃないのかな。
「あの、違ったら……ごめんなさい」
「文子。その人間の子どもは、早く捨ててきたほうがよいぞよ。生身の者と関わるとろくなことにならぬ」
文子はうろたえて、あわてて私の手を引いて鏡子さんから離れるように後ずさりした。「ごめんなさい、キョウコさん。あたしたちは、これで失礼します」
そして、一歩歩いた瞬間立っていた場所は、出発した時と同じく、もうすでに目的地だった。私たちは一秒もかからずに、つくもがみ図書館に戻っていた。
「文子、私の考え違ったのかな」
「真名がそう思うなら、それでいいのではないか? この世界では、前世の名前など意味がない。あたしは今のキョウコさんを知っているだけで、昔のことなんてどうでもいい」
「あれ? 怒ってる?」
でも、待ってるでしょう? 誰かを。それは前世にこだわっている証拠じゃないの。と思ったけど今度は何も言わなかった。人にはそれぞれの事情がある。今日は私のほうが悪かったかもしれない。
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