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佐々木ももんが

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第一章の9

シロ

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 犬のシロが私たちを出むかえてくれた。私の想像の中の犬は、ご主人さまが帰ってきたらしっぽをパタパタ振って喜んでとびついてくるものだ。ところがシロは全然違った。スッスッスッと歩いてきて、おじぎをすると、私たちの服の匂いをかいでくる。そして納得したように「わん」と鳴いてから図書館の中に入れてくれた。
「よしよし、留守番できたようだな」
 文子ふみこがシロの頭をなでている。
「番犬みたい」
「みたいじゃなくて、番犬だろう」
「シロもつくもがみなんでしょう? だったら、もとは犬じゃなくて物だったんじゃない? 動作が人間くさいから、犬らしくないなあと思って……あれ?」
 ちょっと自分でも何を言っているのかよくわからなくなってしまった。
「つくもがみは、何に変化してもいいからな。時々は人間でない者に化けるのもいる」
「シロは人間よりも犬に親しみを抱いているということ? 例えば以前は犬の首輪だったとか?」
「さあ。そういえばシロの事情はあたしもよく知らない。だってシロは『わん』しか言わないからな。少なくともあたしより先に図書館にいたぞ」
「へえ」
 何でも知っているような顔をしている文子でも、知らないことはあるんだ。
「それにしても、残念だったな。あたしもできるだけのことはしたが、会えなかったのは仕方がない」
「そうね。協力してくれてありがとう」
 そうだった。死の世界の入り口まで会いに行ったのに、私はおじいちゃんに会えなかった。
「どこにいるのかしら、おじいちゃん」
 でも、霊界に行ってないってことは、まだ会えるチャンスがあるということだ。
「実に残念だが、真名は元の世界に帰らなければならない」
「え、なんで?」
 また別の場所に探しに行くつもりだった私は、きょとんとした。
「扉が現れた」
「あっ」
 来た道が開いていた。来たときは本棚で隠されていたのに、今はぽっかりと暗いトンネルにつながっている。
「どうして?」
「閉じていたこと自体がおかしかったんだ。帰れという印だ」
「いや! 絶対帰らない!」
 私は八歳の女の子らしく、地団駄を踏んで泣き叫んだ。
「私はおじいちゃんと一緒にいるんだから!」
  文子はなだめるでもなく淡々と言う。
「もっと重大なことがある。生きている人間は長くこの世界にいると本当に死んでしまう。探し人が見つかっても見つからなくても、真名は帰らないといけない」
「いいもん。おじいちゃんと会えないなら死んだほうがいいんだもん」
「バカ言うな!」
 文子は、私の頬をひっぱたこうとしたと思う。ところが、その瞬間をねらって横から飛びだしてきたシロに体当たりされて、私は床に転がっていた。文子もバランスをくずしてたたらを踏む。シロはそのまま私の上に馬乗りになって動こうとしない。
「重い」
 シロは大型犬だから、八歳の私から見ると熊のように大きい。
「く、苦しい、シロ」
 じっと私の目をのぞきこんでいるシロ。
「真名。二度と死ぬなんて言うんじゃない。そしておとなしく人間界へ帰れ。と、シロが言っている」
「ほ、本当? ぐえ」
 その通りだ、とでも言うように、シロが私の胸の上の前足でドン、と足踏みした。
「分かった。死なない。帰る。でも、またすぐにこっちに戻ってくる」
 シロは私の上から下りてくれた。
「戻る?」
 私のあきらめの悪さに、文子はあきれている。
「そんなこと、できるのならやってみるといい」
 持ってきた荷物も何もないから、帰ると言ったらそのまま帰るだけだ。暗い通路の入り口まで、シロと文子が見送ってくれた。
 そのときふと気づいたが、シロがシロじゃないのだ。私がいつも見ているシロは全身雪のように真っ白だ。だけど、今お見送りしてくれているシロは、首筋にほくろのような黒い毛が混じっている。
 私は文子がするように、両手でワシワシとシロの体をなでてやった。首の黒い模様も思いきり触って、汚れや見間違いでないことを確認する。
 まさかシロは二匹いたのか?  白いシロと黒いシロ?
 私は考え事をしていたせいで、「行ってきます」のような軽い気持ちで、暗い通路を通り抜けた。
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