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第二章の1
見習い司書の初仕事
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「ただいま! やっと図書館に帰って来た!」
珍しく真名が子どもらしくはしゃいでいる。古書資料のつくもがみ、通称みーく
んたちがお出迎えする。
「おかえり!」
「おかえり!」
みんなで手をつないでぐるぐる回って楽しそうだ。
「うるさいな。ここは動物園か?」
文子が嫌味を言いながら掃除をしている。
「一週間よ、一週間これなかったんだから。懐かしいわ。図書館独特の紙の匂い」
「一週間?」
文子がピンとこない顔をしている。
「もしかして、時間の流れが違うっていうやつ? こっちでは一時間しかたって
なかったとか?」
「いや、よく分からない。あたしたちは食べる必要も寝る必要もないから、もと
もと時間の概念が薄くて。長いのか短いのか判断がつかない」
「へぇ」
真名にとっては、逆に時間の概念がないということがどんな感覚なのかが分から
ない。
「依頼者は来たの? まだ来てない? 来たらすぐに教えてね。今度こそ私が華麗
に解決するんだから」
「ああ、利用者は来てないな。それこそ一週間に一人くらいの割合だから」
「よかった」
真名は司書見習いに認められて、異様にはりきっている。まりこちゃんの依頼
を自分の力でできなかったという不完全燃焼状態なので、今度こそと思っている
のだ。
「待っている間に、蔵書でも読んでおくといい」
真名は、手近にあった和綴じの本を一冊引き抜いて開いてみる。中には、墨で
書かれたミミズのような字が延々と続いている。
「難しいわね。みーくん、読める?」
近くにいたみーくんの一人に声をかけると、ふるふると首を横に振られてしまっ
た。
「え? 読めないの? でも、みーくん自身も似たような字で書かれてるんだよね?
仲間じゃないの?」
「もっと古い」
「時代が違う」
「ぼくたち、まだ子ども」
文子が近づいてきて、口をはさんだ。
「この本は平安時代の和歌集。現代から江戸時代へ行くよりも、江戸時代から平
安時代に行くほうが遙かに遠い。一口に古書と言っても、書かれた時代が全然違
う」
「ええー。江戸時代の文献が子どもだなんて、人間の歴史は気が遠くなるわね」
真名が文献をもとの棚に戻していると、声をかけてくる人がいる。
「それ、僕にも見せてもらっていいですか? 僕の親父がこういう本ばっかり集
めてました。ちょっとなつかしいな」
「あ、はい、どうぞ」
反射的に本を手渡してから気づく。
「誰?」
つくもがみの一人だろうか。眼鏡をかけた中年男性。電車に乗ったらたくさん
いそうな普通のサラリーマンに見える。背広を着てネクタイをしているがあまり
ピシッとはしていない。その人の表情が冴えないせいかもしれない。
「僕も不思議です。僕は誰なんでしょう。ここは図書館ですか? どうしてこん
なところにいるんだろう」
まりこちゃんの時もそうだったけど、ここに来る人間はみんなボーっとしてい
る。
「人間、よね? どうしてみんな記憶喪失みたいになっちゃうの?」
ひそひそと文子に話しかける。
「死んですぐ自分の状況を把握できないのだろう。最後まで思い出せない人間も
いるぞ」
「最後って」
「天国に行く人。何か探しに来たくせにどうでもよくなっちゃって、結局何もせ
ずに天国に行く人もいる」
「そうなんだ。天国に行ってくれるならいいけど、いつまでも図書館でさまよう
のかと思ったわ」
「そういう人もいる」
「え? どこに?」
話は途中で遮られた。中年男性が話しかけてきたのだ。
「すみません、出口はどこですか? 僕、会社に戻らないといけないので」
「出口などない」
文子の態度が冷たい。
「思い出しましたか? 会社の名前とか、自分の名前とか」
男性には、文子の態度よりも私のセリフのほうが胸に刺さったようだった。
「うっ」
とうめいて苦悩し始めた。
「思い出せない。何も思い出せない。僕は誰なんだ。なぜこんなところに。どこ
の会社だ?」
文子が私を隅っこに連れて行ってお説教する。
「こういうタイプの人間には、『思い出せ』とか『早くしろ』とか言わないほう
がいい。プレッシャーになるから」
「ごめんなさい。そういうことは先に言って。というか、この人依頼者よね?
早く探す本の内容が知りたいんだけど」
「だから、そういう急かす気持ちが相手に伝わって余計出てこなくなってしまう
んだ」
「だって」
なんてめんどうなんだろう。本を探して渡せばいいという単純なものではない
らしい。メンタルもセットでケアしないといけないのか。
珍しく真名が子どもらしくはしゃいでいる。古書資料のつくもがみ、通称みーく
んたちがお出迎えする。
「おかえり!」
「おかえり!」
みんなで手をつないでぐるぐる回って楽しそうだ。
「うるさいな。ここは動物園か?」
文子が嫌味を言いながら掃除をしている。
「一週間よ、一週間これなかったんだから。懐かしいわ。図書館独特の紙の匂い」
「一週間?」
文子がピンとこない顔をしている。
「もしかして、時間の流れが違うっていうやつ? こっちでは一時間しかたって
なかったとか?」
「いや、よく分からない。あたしたちは食べる必要も寝る必要もないから、もと
もと時間の概念が薄くて。長いのか短いのか判断がつかない」
「へぇ」
真名にとっては、逆に時間の概念がないということがどんな感覚なのかが分から
ない。
「依頼者は来たの? まだ来てない? 来たらすぐに教えてね。今度こそ私が華麗
に解決するんだから」
「ああ、利用者は来てないな。それこそ一週間に一人くらいの割合だから」
「よかった」
真名は司書見習いに認められて、異様にはりきっている。まりこちゃんの依頼
を自分の力でできなかったという不完全燃焼状態なので、今度こそと思っている
のだ。
「待っている間に、蔵書でも読んでおくといい」
真名は、手近にあった和綴じの本を一冊引き抜いて開いてみる。中には、墨で
書かれたミミズのような字が延々と続いている。
「難しいわね。みーくん、読める?」
近くにいたみーくんの一人に声をかけると、ふるふると首を横に振られてしまっ
た。
「え? 読めないの? でも、みーくん自身も似たような字で書かれてるんだよね?
仲間じゃないの?」
「もっと古い」
「時代が違う」
「ぼくたち、まだ子ども」
文子が近づいてきて、口をはさんだ。
「この本は平安時代の和歌集。現代から江戸時代へ行くよりも、江戸時代から平
安時代に行くほうが遙かに遠い。一口に古書と言っても、書かれた時代が全然違
う」
「ええー。江戸時代の文献が子どもだなんて、人間の歴史は気が遠くなるわね」
真名が文献をもとの棚に戻していると、声をかけてくる人がいる。
「それ、僕にも見せてもらっていいですか? 僕の親父がこういう本ばっかり集
めてました。ちょっとなつかしいな」
「あ、はい、どうぞ」
反射的に本を手渡してから気づく。
「誰?」
つくもがみの一人だろうか。眼鏡をかけた中年男性。電車に乗ったらたくさん
いそうな普通のサラリーマンに見える。背広を着てネクタイをしているがあまり
ピシッとはしていない。その人の表情が冴えないせいかもしれない。
「僕も不思議です。僕は誰なんでしょう。ここは図書館ですか? どうしてこん
なところにいるんだろう」
まりこちゃんの時もそうだったけど、ここに来る人間はみんなボーっとしてい
る。
「人間、よね? どうしてみんな記憶喪失みたいになっちゃうの?」
ひそひそと文子に話しかける。
「死んですぐ自分の状況を把握できないのだろう。最後まで思い出せない人間も
いるぞ」
「最後って」
「天国に行く人。何か探しに来たくせにどうでもよくなっちゃって、結局何もせ
ずに天国に行く人もいる」
「そうなんだ。天国に行ってくれるならいいけど、いつまでも図書館でさまよう
のかと思ったわ」
「そういう人もいる」
「え? どこに?」
話は途中で遮られた。中年男性が話しかけてきたのだ。
「すみません、出口はどこですか? 僕、会社に戻らないといけないので」
「出口などない」
文子の態度が冷たい。
「思い出しましたか? 会社の名前とか、自分の名前とか」
男性には、文子の態度よりも私のセリフのほうが胸に刺さったようだった。
「うっ」
とうめいて苦悩し始めた。
「思い出せない。何も思い出せない。僕は誰なんだ。なぜこんなところに。どこ
の会社だ?」
文子が私を隅っこに連れて行ってお説教する。
「こういうタイプの人間には、『思い出せ』とか『早くしろ』とか言わないほう
がいい。プレッシャーになるから」
「ごめんなさい。そういうことは先に言って。というか、この人依頼者よね?
早く探す本の内容が知りたいんだけど」
「だから、そういう急かす気持ちが相手に伝わって余計出てこなくなってしまう
んだ」
「だって」
なんてめんどうなんだろう。本を探して渡せばいいという単純なものではない
らしい。メンタルもセットでケアしないといけないのか。
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