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佐々木ももんが

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第一章の16

もとの世界

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 寝て起きると、人間の世界に来ていた。おじいちゃんの家の自分の部屋で、お父さんとおお母さんと一緒に寝泊まりしている状態。
 人間界と異界との行き来の仕方が未だに分かっていないのだけど、今のところ『行きたい!』と思って夜寝ると、都合よくあちらの世界へ行けるので、あまり深くは考えないようにする。
 ここ最近の生活から考えると、信じられないくらい順調に事が進んでいた。すべてが私の都合のよい方向へ向かって動いてくれている。
 お葬式は終わって、いやな親戚はみんな帰っていった。私もお父さんとお母さんと一緒に一旦自分の家に帰らなければいけないのだけど、おじいちゃんの家はそのまま残されることになった。週末やお盆休みの長期休暇には、一家でおじいちゃんの家で過ごそうという、私にとってはこの上なくうれしい取り決めをした。そして、私の将来についても、少し真剣な話し合いをした。
「無理に学校へ行かなくてもいいのよ。でも、将来のことはちゃんと考えておかないといけない。親がいつまでも生きているわけではないから、真名まな一人でも食べていける仕事をしないといけないの。将来つきたい職業はあるの?」
 本当はお母さんは、もっと前からそう言う不安を抱えていて、話をしたかったのかもしれない。おじいちゃんの死がきっかけをくれたのだろう。
「私は、おじいちゃんのこの家に、ずっと住み続けたい」
 私も真剣に、一番の望みを伝えた。
「真名は体力ないからなぁ。畑耕して自給自足もきついだろうな」
  お父さんがまぜっかえす。
「田舎には田舎なりの仕事があるでしょうけど。川の向こうには大きな工場があるし、車で移動できるなら、観光施設もたくさんあるわよね」
 お母さんはあくまでも具体的にリアルに考えている。
「できれば、おじいちゃんみたいな学者さんになりたい。昔の文献を研究したり、論文を書いたり」
  『うーむ』とうなって、親二人が黙り込んでしまった。分かっている。学者になるには、私が今一番嫌っている学校へ行かなくてはならない。この先、中学、高校、大学へと進んで、できれば大学院へ通ったほうがいい。おじいちゃんはそうだった。
 でも、学校一年目で挫折してしまった私に、六+三+三+四+二=十八、最低十八年もの学校生活を送らなければならないなんて、気が遠くなりそうなほど長い道のりだ。
  表情の固まっていたお母さんが、やっと言葉をひねり出した。
「大検、というのがあるらしいわよ。学校に行かなくても、試験を受けてパスすれば大学の入学試験を受けられるんですって」
「ほぅ。途中をショートカットできるわけだな」
 その制度は私も初めて聞いたけど、なんというか、めちゃくちゃ難しそうに感じる。学校へ行っていないということは、人間関係だけじゃなくて、すべての面で人より遅れをとってしまうことだと思う。勉強も、常識も、流行の話題も。
 そんなの、フリースクールでも友だちはできるじゃないか、と頭では思う。授業を受けていない分は家で自分で勉強すればいいじゃないか、とか。なんなら遠くの塾に通ってもいい。遠足や社会見学に行かなかったなら、同じ場所へ行きたいと頼めば、お父さんとお母さんは喜んで連れて行ってくれるだろう。
理屈の上ではそうなのだけど。
 精神的に無理、なんだ。前向きに何かをやれるなんて状態に自分を持っていけない。
 勉強しよう、と思うことはある。教科書を開いて読み始めると、教室での光景がよみがえってきて、苦い感情がぐるぐると渦巻き始める。
 外へ出かけるのは、やっぱり人目が気になる。知っている人に出会ったらどうしようとか、いらないことばっかり考えてしまって、目の前のことに集中できない。そんなこと考えたくなんてないのに、大勢の人の中にいると、『普通にできない私』『人とずれている私』を強く意識してしまう。だって、道を歩いている人たちは全員毎日学校へ通って卒業した人たちなんだろうな、と思うと、自分の普通じゃなさが際立ってくるのだ。
  結局、私の将来をどうするか、という話し合いは、いずれ大検なるものを受けられたらいいね、という希望的あいまいな結論に落ち着いた。何も決まっていないのと同じことだ。
 おじいちゃんがいるときは、将来学者になることが本当に一番の夢だった.でも今は、つくもがみ図書館の本物の司書になるという新しい夢が生まれた。
 どうしてずっと異界にいてはいけないのだろう。文子ふみこは何年前から司書をしているのだろう。門番の鏡子きょうこさんも。あんな生活がしたい。ずっと、この先も。
 だから、夜寝れば自動的につくもがみ図書館に飛んでいけると思っていた。ところが、一晩寝ても二晩寝ても、移動することができなかった。
「どうして? 私の念じ方が足りないのかしら。そんなはずはない。おじいちゃんの家じゃないと、行けないのかもしれない」
 きっと場所が関係あるのだ。今日はまだ水曜日。お母さんが連れて行ってくれる土曜日まで、うんざりするほど長く感じた。
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