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第12話 白い牢獄と、世界の真実
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私が連れてこられたのは、世界の果てにあると言われる聖地「ヘヴンズ・ゲート」。
その最深部にある、真っ白な部屋だった。
窓はない。家具もない。
天井も床も壁も、すべてが継ぎ目のない白い素材で覆われている。
音さえも吸い込まれるような、完全な静寂。
「……退屈ですね。それに、ちょっと肌寒いです」
私は膝を抱えて、自分の二の腕をさすった。
アレクセイ(暖房)から引き剥がされて数日が経つ。
私の体温は低下し、指先は氷のように冷たくなっていた。
ここは「無響室」であり、同時に強力な魔術結界の内部だ。
外部からの干渉を一切遮断する、世界で最も孤独な牢獄。
シュゥゥ……。
壁の一部が霧のように消え、枢機卿イグナシオが入ってきた。
彼は私を見下ろし、憐れむような、それでいて熱っぽい視線を向けた。
「寒いか? それもそうだろう。ここは『神の懐』。あらゆる魔力(熱)が存在しない、無の世界だ」
イグナシオは杖をつき、講釈を垂れ始めた。
「リリスよ。お前は自分の正体を知っているか?」
「魔力ゼロの冷え性ですが」
「違う。……お前は、この世界のエラーを修正するために神が遣わした『リセットボタン』だ」
「はあ?」
また変なことを言い出した。
老人は天井を見上げ、狂信的な瞳で語り続ける。
「この世界には、致命的な欠陥がある。それは『魔力(熱エネルギー)』が増え続けることだ」
彼の説明はこうだ。
人は生きているだけで魔力を生み出し、文明が発展するほど熱量は増大する。
しかし、この世界には熱を逃がす排熱口がない。
このままでは、遠くない未来に世界は熱暴走を起こし、灼熱地獄となって滅びる運命にあるらしい。
「だから神は、お前を作った。『虚無の器』をな」
イグナシオが私を指差す。
「お前の魂を核にして、世界規模の魔法陣を発動させる。そうすれば、世界中の魔力を一瞬でゼロに戻すことができる。……文明は滅びるが、星そのものは救われるのだ」
なるほど。
つまり、世界という巨大な魔力炉が爆発寸前だから、火を消して炉そのものを冷やしてしまおうというわけか。
そのための「冷却水」が、私だと。
「喜べ、リリス。お前は人柱となり、世界を救う救世主になるのだ。……さあ、神に感謝して命を差し出せ」
イグナシオが両手を広げ、陶酔したように叫んだ。
彼は本気で信じているのだ。
一人の犠牲で世界が救われるなら、それは崇高な正義だと。
……くだらない。
「お断りします」
私は即答した。
「な……?」
イグナシオの動きが止まる。
「世界を……救いたくないのか? 何億もの命がかかっているのだぞ?」
「知りませんよ、そんなこと」
私は立ち上がり、冷たい床を踏みしめた。
「世界がどうなろうと、私の知ったことではありません。……私が興味あるのは、今夜ぐっすり眠れるかどうかだけです」
「き、貴様……何を言って……」
「私はね、枢機卿。私の『専用暖房(アレクセイ)』がないと眠れない体質なんです。彼がいないと寒くて、肩が凝って、肌が荒れるんです」
私はイグナシオを睨みつけた。
「こんな何もない寒い部屋で、たった一人で死ぬなんて絶対に嫌です。……世界を救う暇があったら、私は夫の腕の中で二度寝します」
私の言葉に、イグナシオは顔を真っ赤にして激昂した。
「愚かな……ッ! たかが一人の男への執着のために、世界を見捨てるというのか! この悪魔め!」
「悪魔で結構。……出してもらいますよ。夫が待っているので」
私は壁に手を伸ばした。
この部屋を構成している「神の結界」。
絶対不可侵とされる、最強の魔力障壁。
ペタリ。
私の掌が、白く輝く壁に触れた。
ジュウウウウウウウウゥゥゥ…………ッ!
「なっ!?」
激しい音が鳴り響く。
私の手が触れた部分から、結界の魔力が急速に吸い取られていく。
神聖な白い光が、黒い渦に飲み込まれるように消滅し、ただの物理的な壁へと劣化していく。
「ば、馬鹿な!? 神の結界を……吸い取っているのか!? 人間ごときが!!」
「ごちそうさまでした。……味がしませんね、神様の魔力は」
私はあくびを噛み殺した。
結界に穴が開き、外の空気が流れ込んでくる。
その風には、微かに――懐かしい、焦げ臭い匂いが混じっていた。
(……ああ、来た)
私は口元を緩めた。
感じる。
大地を揺らす振動。
空を焦がす熱波。
そして、世界中の誰よりも熱苦しい、あの人の殺気。
「ひぃっ!? な、なんだこの揺れは!?」
イグナシオが腰を抜かす。
私は崩れかけた壁の向こうを見つめ、愛しい「暖房」の名前を呼んだ。
「遅いですよ、アレクセイ様。……私、もう冷え切ってしまいました」
(続く)
その最深部にある、真っ白な部屋だった。
窓はない。家具もない。
天井も床も壁も、すべてが継ぎ目のない白い素材で覆われている。
音さえも吸い込まれるような、完全な静寂。
「……退屈ですね。それに、ちょっと肌寒いです」
私は膝を抱えて、自分の二の腕をさすった。
アレクセイ(暖房)から引き剥がされて数日が経つ。
私の体温は低下し、指先は氷のように冷たくなっていた。
ここは「無響室」であり、同時に強力な魔術結界の内部だ。
外部からの干渉を一切遮断する、世界で最も孤独な牢獄。
シュゥゥ……。
壁の一部が霧のように消え、枢機卿イグナシオが入ってきた。
彼は私を見下ろし、憐れむような、それでいて熱っぽい視線を向けた。
「寒いか? それもそうだろう。ここは『神の懐』。あらゆる魔力(熱)が存在しない、無の世界だ」
イグナシオは杖をつき、講釈を垂れ始めた。
「リリスよ。お前は自分の正体を知っているか?」
「魔力ゼロの冷え性ですが」
「違う。……お前は、この世界のエラーを修正するために神が遣わした『リセットボタン』だ」
「はあ?」
また変なことを言い出した。
老人は天井を見上げ、狂信的な瞳で語り続ける。
「この世界には、致命的な欠陥がある。それは『魔力(熱エネルギー)』が増え続けることだ」
彼の説明はこうだ。
人は生きているだけで魔力を生み出し、文明が発展するほど熱量は増大する。
しかし、この世界には熱を逃がす排熱口がない。
このままでは、遠くない未来に世界は熱暴走を起こし、灼熱地獄となって滅びる運命にあるらしい。
「だから神は、お前を作った。『虚無の器』をな」
イグナシオが私を指差す。
「お前の魂を核にして、世界規模の魔法陣を発動させる。そうすれば、世界中の魔力を一瞬でゼロに戻すことができる。……文明は滅びるが、星そのものは救われるのだ」
なるほど。
つまり、世界という巨大な魔力炉が爆発寸前だから、火を消して炉そのものを冷やしてしまおうというわけか。
そのための「冷却水」が、私だと。
「喜べ、リリス。お前は人柱となり、世界を救う救世主になるのだ。……さあ、神に感謝して命を差し出せ」
イグナシオが両手を広げ、陶酔したように叫んだ。
彼は本気で信じているのだ。
一人の犠牲で世界が救われるなら、それは崇高な正義だと。
……くだらない。
「お断りします」
私は即答した。
「な……?」
イグナシオの動きが止まる。
「世界を……救いたくないのか? 何億もの命がかかっているのだぞ?」
「知りませんよ、そんなこと」
私は立ち上がり、冷たい床を踏みしめた。
「世界がどうなろうと、私の知ったことではありません。……私が興味あるのは、今夜ぐっすり眠れるかどうかだけです」
「き、貴様……何を言って……」
「私はね、枢機卿。私の『専用暖房(アレクセイ)』がないと眠れない体質なんです。彼がいないと寒くて、肩が凝って、肌が荒れるんです」
私はイグナシオを睨みつけた。
「こんな何もない寒い部屋で、たった一人で死ぬなんて絶対に嫌です。……世界を救う暇があったら、私は夫の腕の中で二度寝します」
私の言葉に、イグナシオは顔を真っ赤にして激昂した。
「愚かな……ッ! たかが一人の男への執着のために、世界を見捨てるというのか! この悪魔め!」
「悪魔で結構。……出してもらいますよ。夫が待っているので」
私は壁に手を伸ばした。
この部屋を構成している「神の結界」。
絶対不可侵とされる、最強の魔力障壁。
ペタリ。
私の掌が、白く輝く壁に触れた。
ジュウウウウウウウウゥゥゥ…………ッ!
「なっ!?」
激しい音が鳴り響く。
私の手が触れた部分から、結界の魔力が急速に吸い取られていく。
神聖な白い光が、黒い渦に飲み込まれるように消滅し、ただの物理的な壁へと劣化していく。
「ば、馬鹿な!? 神の結界を……吸い取っているのか!? 人間ごときが!!」
「ごちそうさまでした。……味がしませんね、神様の魔力は」
私はあくびを噛み殺した。
結界に穴が開き、外の空気が流れ込んでくる。
その風には、微かに――懐かしい、焦げ臭い匂いが混じっていた。
(……ああ、来た)
私は口元を緩めた。
感じる。
大地を揺らす振動。
空を焦がす熱波。
そして、世界中の誰よりも熱苦しい、あの人の殺気。
「ひぃっ!? な、なんだこの揺れは!?」
イグナシオが腰を抜かす。
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(続く)
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