「冷たくて気持ちいい」って私は抱き枕代わりですか!?『魔力ゼロの欠陥品と追放された私、魔力過多な灼熱公爵様に拾われる』

あとりえむ

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第11話 聖女狩りと、迷惑な神託

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 氷帝国の騒動から数ヶ月。
 季節は巡り、夏が近づいていた。

 ただでさえ暑い季節だが、公爵邸の執務室はさらに気温が上昇していた。

「……アレクセイ様。あの、そろそろ離れませんか?」

「ならん。まだ3分しか経っていない」

「3時間の間違いでは?」

 私はため息をつき、扇子でパタパタと顔をあおぐ。
 アレクセイは私の腰を抱き寄せ、首筋に顔を埋めて深呼吸をしている。

 最近の彼は、以前にも増してスキンシップが過激になっていた。
 氷帝国で一時的に引き離されたトラウマのせいだろうか。「充電」と称して、執務中も食事中も、片時も私を離そうとしない。

「お前が足りない。……もっと冷やせ」

「はいはい。私の旦那様は燃費が悪いですね」

 私は苦笑しながら、彼のごわごわとした銀髪を撫でた。
 彼の体温は熱いが、不快ではない。私にとっては、この少し高めの体温こそが「日常」の証だった。

 その時。

 カッ――!!

 窓の外が、閃光に包まれた。
 太陽よりも眩しい、黄金色の光。
 同時に、腹に響くような重低音が、屋敷全体を揺らした。

 ゴオオオオオオオォォォ…………。

「な、なんだ!?」

「地震か!?」

 廊下からセバスチャンと衛兵たちの焦った声が聞こえる。
 アレクセイが瞬時に私を庇うように抱きしめ、鋭い視線を窓に向けた。

「……結界か。それも、公爵家の防衛魔術を上書きするほどの」

 窓の外を見て、私は息を呑んだ。

 空が、金色だった。
 無数の魔法陣が空を覆い尽くし、そこから白い翼を生やした騎士たちが降りてくる。
 その胸には、黄金の十字架。

「聖教会……『聖騎士団』か」

 アレクセイが忌々しげに吐き捨てる。
 聖教会。大陸全土で信仰されている国教であり、王家すらも逆らえない絶対的な権威。

 その最高戦力である聖騎士団が、なぜ公爵邸を包囲しているのか。

「──アレクセイ・ヴォルガノス公爵。そして、その妻リリスよ」

 空から、枯れた声が響いた。
 光の階段を降りてきたのは、豪奢な法衣を纏った老人だった。
 深く刻まれた皺。窪んだ眼窩。
 けれどその瞳だけは、狂信的な光でギラギラと燃えている。

 教会の最高幹部、枢機卿イグナシオ。

「神託が下った」

 イグナシオは、庭に降り立つと、杖を私に向けた。

「その女、リリス・アークライトは、世界を無に帰す『虚無の魔女』である。世界の均衡を保つため、直ちに身柄を教会へ引き渡せ」

「……は?」

 私は間の抜けた声を出した。
 虚無の魔女?
 ただの「魔力ゼロの冷え性」なんですが。

「寝言は寝て言え、老いぼれ」

 ドォン!!

 アレクセイが床を踏み砕き、ベランダへと飛び出した。
 全身から殺気と熱波を噴き上げ、イグナシオを睨みつける。

「俺の妻を魔女呼ばわりだと? ……その腐った舌、今すぐ焼き切ってやろうか」

「抵抗するか、愚かな」

 イグナシオは動じなかった。
 彼は懐から、錆びついた鎖のようなものを取り出した。

「神の御心に逆らう者には、罰を与えねばならん。──『聖縛の鎖(セイクリッド・チェーン)』」

 ヒュッ。

 老人が鎖を掲げた瞬間。
 空間が歪んだ。

 ジャララララッ!!

 何もない虚空から無数の光の鎖が出現し、アレクセイの手足を拘束した。

「ぐ、ぁ……ッ!?」

 アレクセイが膝をつく。
 彼がどれほど力を込めても、鎖は微動だにしない。
 それどころか、彼の身体から溢れ出る熱魔力が、鎖に触れた瞬間に霧散していく。

「無駄だ。これは聖遺物。物理法則そのものを書き換える、神の道具だ。『魔力を持つ者』は、この鎖の前では無力となる」

 イグナシオが冷ややかに告げる。

「さあ、魔女を連れて行け。……抵抗するなら、この公爵の命はないと思え」

 聖騎士たちが、剣を抜いて私に近づいてくる。
 アレクセイが血を吐くような声で叫んだ。

「やめろ……ッ!! リリスに……触れるなァァァッ!!」

 彼の全身が赤熱し、血管が浮き上がる。
 無理やり鎖を引きちぎろうとして、皮膚が焼け焦げ、肉が裂けていく。
 痛々しい。
 見ていられない。

(……ああ、もう。うるさいし、熱いし、迷惑な人たち)

 私はため息をつき、一歩前に出た。

「わかりました。行きます」

「な……ッ!?」

「リリス!?」

 アレクセイが目を見開く。

「馬鹿なことを言うな! 行くな!! 俺が……俺が全員殺してやるから!!」

「ダメです、アレクセイ様。そんなに暴れたら、屋敷が壊れます」

 私は彼の頬に手を添えた。
 熱い。怒りと苦痛で、彼は沸騰寸前だ。

「それに、聖教会の本部は標高の高い聖地にあると聞きました。……夏の間、避暑に行くにはちょうどいいかもしれません」

「は……?」

 私の言葉に、アレクセイも、イグナシオも呆気にとられた。

「あそこの大聖堂、石造りでひんやりしてそうですし。神の家なら、空調設備も完璧でしょう?」

 私はニッコリと笑った。

「少しの間、別荘に行ってくるだけです。……だから、そんなに泣きそうな顔をしないでください」

 これは合理的な判断だ。
 今ここで彼が無理をして、本当に身体が壊れてしまったら元も子もない。
 私の「最強の暖房」を守るための、一時的な撤退だ。

「連れて行きなさい。……ただし、私の肌に傷一つ付けたら、この人が世界ごと焼き尽くしますよ?」

 私が聖騎士たちに両手を差し出すと、イグナシオは不気味に鼻を鳴らした。

「……殊勝な心がけだ。連れて行け!」

 私は馬車へと押し込まれた。
 窓の外で、アレクセイの絶叫が聞こえる。

「リリスッ!! 待て!! 行くなァァァッ!!」

 鎖に繋がれたまま、彼は獣のように咆哮していた。

「必ず……必ず迎えに行く!! 神だろうが何だろうが、焼き尽くして……お前を取り戻すッ!!」

 遠ざかる屋敷。
 紅蓮の炎を上げる愛しい人を残して、私は「避暑地(という名の牢獄)」へと連れ去られた。

 ……まあ、大丈夫だろう。
 あの人は、私がいないと眠れない。
 きっとすぐに、地獄の業火を纏って迎えに来てくれるはずだ。

(続く)
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