「冷たくて気持ちいい」って私は抱き枕代わりですか!?『魔力ゼロの欠陥品と追放された私、魔力過多な灼熱公爵様に拾われる』

あとりえむ

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第10話 二つの体温と、新たな火種

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 伝説の魔獣「氷炎竜」が、手のひらサイズのトカゲになってしまった。
 その衝撃的な光景を前に、崩壊した会場は静まり返っていた。

 私がアレクセイの腕の中でぬくぬくしていると、呆然としていたミハイルが、ふらりと近づいてきた。

 彼は足元で「きゅー」と鳴いているトカゲをつまみ上げ、信じられないものを見る目で私を見つめた。

「……認めよう」

 ミハイルが、その場に膝をついた。
 氷のプリンスが、私の前に跪いたのだ。

「俺の絶対零度も、古代の魔獣も、君の前では無力だった。……君こそ、俺の運命の相手にふさわしい」

「はあ」

 私はアレクセイの胸に顔を埋めたまま、生返事をした。
 あまりの極寒にさらされたせいで、まだ体温が完全に戻っていないのだ。

 しかし、ミハイルは私の態度を「照れ」と解釈したらしく、結晶のように透き通った瞳で熱っぽく手を差し伸べてきた。

「リリス。君のその不思議な力……いや、俺の氷をも溶かすその情熱に、俺は感動した。君を氷帝国の皇太子妃として迎えよう」

「…………」

「光栄に思うがいい。この美しい俺が、直々に求婚しているんだぞ?」

 彼はキラキラとした笑顔を向けた。
 ――ただし、彼から放たれる体感温度はマイナスのままだが。

 周囲の貴族たちが「おお……!」とどよめく。
 国を救った聖女と、美しき氷の皇子。絵になる光景かもしれない。

 けれど。

「お断りします」

 私は即答した。
 一ミリの迷いもなく。

「な、なぜだ!?」

 ミハイルが目を見開く。

「地位か? 名誉か? それとも財産か? 望むなら、この国の氷山をすべて君に――」

「いりません」

 私は彼を真顔で見下ろした。
 そして、決定的な一言を放った。

「貴方は、冷たすぎます」

「……は?」

「貴方のそばにいると、寒くて肌が乾燥します。肩が凝ります。そして何より……」

 私は自身のお腹に手を当てた。

「貴方とハグしたら、私、確実にお腹を壊します。ただの『歩く業務用冷凍庫』とは結婚できません」

 ――ズガァァァン……!!

 ミハイルの頭上に、見えない雷が落ちたような音がした。
 彼は口をパクパクとさせ、ショックで彫刻のように固まった。

「れ、冷凍庫……ッ!?」

「はい。夏場なら便利かもしれませんが、人生のパートナーとしては不適格です。……私は、こっちの『暖房』の方が好きなので」

 私はギュッとアレクセイに抱きついた。

 アレクセイの体温が、じんわりと私を包み込む。
 ああ、これだ。この安心感のある熱さこそが、私の居場所だ。

「……く、っくくく……!」

 頭上から、低い笑い声が降ってきた。
 アレクセイが、肩を震わせて笑っていた。

 あんなに不機嫌だった彼が、今は勝ち誇ったような、最高に清々しい顔をしている。

「聞いたか、冷凍庫。妻が腹を壊すそうだ」

 アレクセイは、固まっているミハイルを見下ろし、残酷な追撃を加えた。

「俺の妻は寒がりでな。貴様のその冷気は、彼女にとっては『害悪』でしかない。……諦めて、大人しく氷枕にでもなっていろ」

「う、ううぅ……ッ!!」

 ミハイルがガックリと項垂れた。
 ナルシストにとって、「実用品扱い」かつ「生理的に無理」と拒絶されることは、最大の屈辱だったらしい。

 彼の周囲の空気が悲しみでさらに冷え込み、会場にパラパラと小さな雪が降り始めた。

「……わかった。俺の負けだ」

 ミハイルは涙目で立ち上がった。

「だが、ただでは帰さん。……この国の特産品、『最高級アイスクリーム』の永久無料提供権をやろう。これで機嫌を直してくれ」

「えっ、本当ですか!?」

 私は身を乗り出した。
 アイス。それはこの旅の、真の目的だ。

「はい! それなら喜んで受け取ります! ミハイル殿下、意外といい人ですね!」

「ふ、ふん。勘違いするな。これは手切れ金だ!」

 ミハイルは顔を赤くしてそっぽを向いた。
 どうやら彼は、根は悪い人ではないらしい。ただちょっと、温度設定がおかしいだけだ。

   

 数日後。
 私たちは帰りの馬車に揺られていた。

 窓の外は相変わらずの吹雪だが、車内はアレクセイの熱でポカポカだ。
 私はミハイルから貰った「ロイヤル・バニラアイス」を一口食べ、ほうと息をついた。

「んー、美味しい。温かい部屋で食べるアイスは最高ですね」

「……食べ過ぎるなよ。腹を壊すぞ」

 アレクセイが呆れたように言うが、その手はしっかりと私の腰を抱いている。
 いや、抱く力がいつもより格段に強い。

「どうしました? アレクセイ様」

「……なんでもない」

 彼は不満げに鼻を鳴らし、私の頬についたアイスを指で拭った。
 その指先が、ひりつくほど熱い。

「ただ……あいつ(ミハイル)に触られた場所を、徹底的に『消毒』する必要があると思ってな」

「消毒? 熱湯でもかけるんですか?」

「違う。……俺の熱で、上書きするんだ」

 彼は私の顎を持ち上げ、じっと瞳を覗き込んだ。
 その瞳の奥には、ドロドロとした独占欲の炎が揺らめいている。

「屋敷に着いたら、覚悟しておけ。……冷え切った体を、朝まで温め直してやる」

「えっ、ちょっ……アレクセイ様!?」

 彼の顔が近づき、熱い唇が重なる。
 口の中に、バニラの甘さと、彼の情熱的な体温が混ざり合って広がった。

 馬車は雪道を走り続ける。
 外は極寒だが、私たちの世界は、火傷しそうなほどの熱愛に満ちていた。

   

 一方、その頃。
 遥か遠く離れた大陸中央部。
 「聖教会」の大聖堂は、深々とした静寂と冷徹な空気に満ちていた。

 薄暗い部屋で、一人の老人が水晶玉を覗き込んでいる。
 聖教会の最高指導者、枢機卿だ。

 水晶に映っているのは、氷の城で伝説の魔獣を一撃で消滅させた、私の姿。

「……見つけたぞ」

 枢機卿が、枯れ木のような指で水晶を撫でる。

「古代の予言にある『神の器(ヴォイド)』……。魔力を無に帰す、禁忌の力」

 彼の瞳が、狂信的な光を帯びて歪んだ。

「彼女を確保せよ。世界の理を書き換えるために。……直ちに異端審問官を差し向けろ」

 平和な日常の裏側で。
 私とアレクセイの運命を揺るがす、最大の火種が音もなく燻り始めていた。

(第2章 完)
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