10 / 15
第10話 二つの体温と、新たな火種
しおりを挟む
伝説の魔獣「氷炎竜」が、手のひらサイズのトカゲになってしまった。
その衝撃的な光景を前に、崩壊した会場は静まり返っていた。
私がアレクセイの腕の中でぬくぬくしていると、呆然としていたミハイルが、ふらりと近づいてきた。
彼は足元で「きゅー」と鳴いているトカゲをつまみ上げ、信じられないものを見る目で私を見つめた。
「……認めよう」
ミハイルが、その場に膝をついた。
氷のプリンスが、私の前に跪いたのだ。
「俺の絶対零度も、古代の魔獣も、君の前では無力だった。……君こそ、俺の運命の相手にふさわしい」
「はあ」
私はアレクセイの胸に顔を埋めたまま、生返事をした。
あまりの極寒にさらされたせいで、まだ体温が完全に戻っていないのだ。
しかし、ミハイルは私の態度を「照れ」と解釈したらしく、結晶のように透き通った瞳で熱っぽく手を差し伸べてきた。
「リリス。君のその不思議な力……いや、俺の氷をも溶かすその情熱に、俺は感動した。君を氷帝国の皇太子妃として迎えよう」
「…………」
「光栄に思うがいい。この美しい俺が、直々に求婚しているんだぞ?」
彼はキラキラとした笑顔を向けた。
――ただし、彼から放たれる体感温度はマイナスのままだが。
周囲の貴族たちが「おお……!」とどよめく。
国を救った聖女と、美しき氷の皇子。絵になる光景かもしれない。
けれど。
「お断りします」
私は即答した。
一ミリの迷いもなく。
「な、なぜだ!?」
ミハイルが目を見開く。
「地位か? 名誉か? それとも財産か? 望むなら、この国の氷山をすべて君に――」
「いりません」
私は彼を真顔で見下ろした。
そして、決定的な一言を放った。
「貴方は、冷たすぎます」
「……は?」
「貴方のそばにいると、寒くて肌が乾燥します。肩が凝ります。そして何より……」
私は自身のお腹に手を当てた。
「貴方とハグしたら、私、確実にお腹を壊します。ただの『歩く業務用冷凍庫』とは結婚できません」
――ズガァァァン……!!
ミハイルの頭上に、見えない雷が落ちたような音がした。
彼は口をパクパクとさせ、ショックで彫刻のように固まった。
「れ、冷凍庫……ッ!?」
「はい。夏場なら便利かもしれませんが、人生のパートナーとしては不適格です。……私は、こっちの『暖房』の方が好きなので」
私はギュッとアレクセイに抱きついた。
アレクセイの体温が、じんわりと私を包み込む。
ああ、これだ。この安心感のある熱さこそが、私の居場所だ。
「……く、っくくく……!」
頭上から、低い笑い声が降ってきた。
アレクセイが、肩を震わせて笑っていた。
あんなに不機嫌だった彼が、今は勝ち誇ったような、最高に清々しい顔をしている。
「聞いたか、冷凍庫。妻が腹を壊すそうだ」
アレクセイは、固まっているミハイルを見下ろし、残酷な追撃を加えた。
「俺の妻は寒がりでな。貴様のその冷気は、彼女にとっては『害悪』でしかない。……諦めて、大人しく氷枕にでもなっていろ」
「う、ううぅ……ッ!!」
ミハイルがガックリと項垂れた。
ナルシストにとって、「実用品扱い」かつ「生理的に無理」と拒絶されることは、最大の屈辱だったらしい。
彼の周囲の空気が悲しみでさらに冷え込み、会場にパラパラと小さな雪が降り始めた。
「……わかった。俺の負けだ」
ミハイルは涙目で立ち上がった。
「だが、ただでは帰さん。……この国の特産品、『最高級アイスクリーム』の永久無料提供権をやろう。これで機嫌を直してくれ」
「えっ、本当ですか!?」
私は身を乗り出した。
アイス。それはこの旅の、真の目的だ。
「はい! それなら喜んで受け取ります! ミハイル殿下、意外といい人ですね!」
「ふ、ふん。勘違いするな。これは手切れ金だ!」
ミハイルは顔を赤くしてそっぽを向いた。
どうやら彼は、根は悪い人ではないらしい。ただちょっと、温度設定がおかしいだけだ。
数日後。
私たちは帰りの馬車に揺られていた。
窓の外は相変わらずの吹雪だが、車内はアレクセイの熱でポカポカだ。
私はミハイルから貰った「ロイヤル・バニラアイス」を一口食べ、ほうと息をついた。
「んー、美味しい。温かい部屋で食べるアイスは最高ですね」
「……食べ過ぎるなよ。腹を壊すぞ」
アレクセイが呆れたように言うが、その手はしっかりと私の腰を抱いている。
いや、抱く力がいつもより格段に強い。
「どうしました? アレクセイ様」
「……なんでもない」
彼は不満げに鼻を鳴らし、私の頬についたアイスを指で拭った。
その指先が、ひりつくほど熱い。
「ただ……あいつ(ミハイル)に触られた場所を、徹底的に『消毒』する必要があると思ってな」
「消毒? 熱湯でもかけるんですか?」
「違う。……俺の熱で、上書きするんだ」
彼は私の顎を持ち上げ、じっと瞳を覗き込んだ。
その瞳の奥には、ドロドロとした独占欲の炎が揺らめいている。
「屋敷に着いたら、覚悟しておけ。……冷え切った体を、朝まで温め直してやる」
「えっ、ちょっ……アレクセイ様!?」
彼の顔が近づき、熱い唇が重なる。
口の中に、バニラの甘さと、彼の情熱的な体温が混ざり合って広がった。
馬車は雪道を走り続ける。
外は極寒だが、私たちの世界は、火傷しそうなほどの熱愛に満ちていた。
一方、その頃。
遥か遠く離れた大陸中央部。
「聖教会」の大聖堂は、深々とした静寂と冷徹な空気に満ちていた。
薄暗い部屋で、一人の老人が水晶玉を覗き込んでいる。
聖教会の最高指導者、枢機卿だ。
水晶に映っているのは、氷の城で伝説の魔獣を一撃で消滅させた、私の姿。
「……見つけたぞ」
枢機卿が、枯れ木のような指で水晶を撫でる。
「古代の予言にある『神の器(ヴォイド)』……。魔力を無に帰す、禁忌の力」
彼の瞳が、狂信的な光を帯びて歪んだ。
「彼女を確保せよ。世界の理を書き換えるために。……直ちに異端審問官を差し向けろ」
平和な日常の裏側で。
私とアレクセイの運命を揺るがす、最大の火種が音もなく燻り始めていた。
(第2章 完)
その衝撃的な光景を前に、崩壊した会場は静まり返っていた。
私がアレクセイの腕の中でぬくぬくしていると、呆然としていたミハイルが、ふらりと近づいてきた。
彼は足元で「きゅー」と鳴いているトカゲをつまみ上げ、信じられないものを見る目で私を見つめた。
「……認めよう」
ミハイルが、その場に膝をついた。
氷のプリンスが、私の前に跪いたのだ。
「俺の絶対零度も、古代の魔獣も、君の前では無力だった。……君こそ、俺の運命の相手にふさわしい」
「はあ」
私はアレクセイの胸に顔を埋めたまま、生返事をした。
あまりの極寒にさらされたせいで、まだ体温が完全に戻っていないのだ。
しかし、ミハイルは私の態度を「照れ」と解釈したらしく、結晶のように透き通った瞳で熱っぽく手を差し伸べてきた。
「リリス。君のその不思議な力……いや、俺の氷をも溶かすその情熱に、俺は感動した。君を氷帝国の皇太子妃として迎えよう」
「…………」
「光栄に思うがいい。この美しい俺が、直々に求婚しているんだぞ?」
彼はキラキラとした笑顔を向けた。
――ただし、彼から放たれる体感温度はマイナスのままだが。
周囲の貴族たちが「おお……!」とどよめく。
国を救った聖女と、美しき氷の皇子。絵になる光景かもしれない。
けれど。
「お断りします」
私は即答した。
一ミリの迷いもなく。
「な、なぜだ!?」
ミハイルが目を見開く。
「地位か? 名誉か? それとも財産か? 望むなら、この国の氷山をすべて君に――」
「いりません」
私は彼を真顔で見下ろした。
そして、決定的な一言を放った。
「貴方は、冷たすぎます」
「……は?」
「貴方のそばにいると、寒くて肌が乾燥します。肩が凝ります。そして何より……」
私は自身のお腹に手を当てた。
「貴方とハグしたら、私、確実にお腹を壊します。ただの『歩く業務用冷凍庫』とは結婚できません」
――ズガァァァン……!!
ミハイルの頭上に、見えない雷が落ちたような音がした。
彼は口をパクパクとさせ、ショックで彫刻のように固まった。
「れ、冷凍庫……ッ!?」
「はい。夏場なら便利かもしれませんが、人生のパートナーとしては不適格です。……私は、こっちの『暖房』の方が好きなので」
私はギュッとアレクセイに抱きついた。
アレクセイの体温が、じんわりと私を包み込む。
ああ、これだ。この安心感のある熱さこそが、私の居場所だ。
「……く、っくくく……!」
頭上から、低い笑い声が降ってきた。
アレクセイが、肩を震わせて笑っていた。
あんなに不機嫌だった彼が、今は勝ち誇ったような、最高に清々しい顔をしている。
「聞いたか、冷凍庫。妻が腹を壊すそうだ」
アレクセイは、固まっているミハイルを見下ろし、残酷な追撃を加えた。
「俺の妻は寒がりでな。貴様のその冷気は、彼女にとっては『害悪』でしかない。……諦めて、大人しく氷枕にでもなっていろ」
「う、ううぅ……ッ!!」
ミハイルがガックリと項垂れた。
ナルシストにとって、「実用品扱い」かつ「生理的に無理」と拒絶されることは、最大の屈辱だったらしい。
彼の周囲の空気が悲しみでさらに冷え込み、会場にパラパラと小さな雪が降り始めた。
「……わかった。俺の負けだ」
ミハイルは涙目で立ち上がった。
「だが、ただでは帰さん。……この国の特産品、『最高級アイスクリーム』の永久無料提供権をやろう。これで機嫌を直してくれ」
「えっ、本当ですか!?」
私は身を乗り出した。
アイス。それはこの旅の、真の目的だ。
「はい! それなら喜んで受け取ります! ミハイル殿下、意外といい人ですね!」
「ふ、ふん。勘違いするな。これは手切れ金だ!」
ミハイルは顔を赤くしてそっぽを向いた。
どうやら彼は、根は悪い人ではないらしい。ただちょっと、温度設定がおかしいだけだ。
数日後。
私たちは帰りの馬車に揺られていた。
窓の外は相変わらずの吹雪だが、車内はアレクセイの熱でポカポカだ。
私はミハイルから貰った「ロイヤル・バニラアイス」を一口食べ、ほうと息をついた。
「んー、美味しい。温かい部屋で食べるアイスは最高ですね」
「……食べ過ぎるなよ。腹を壊すぞ」
アレクセイが呆れたように言うが、その手はしっかりと私の腰を抱いている。
いや、抱く力がいつもより格段に強い。
「どうしました? アレクセイ様」
「……なんでもない」
彼は不満げに鼻を鳴らし、私の頬についたアイスを指で拭った。
その指先が、ひりつくほど熱い。
「ただ……あいつ(ミハイル)に触られた場所を、徹底的に『消毒』する必要があると思ってな」
「消毒? 熱湯でもかけるんですか?」
「違う。……俺の熱で、上書きするんだ」
彼は私の顎を持ち上げ、じっと瞳を覗き込んだ。
その瞳の奥には、ドロドロとした独占欲の炎が揺らめいている。
「屋敷に着いたら、覚悟しておけ。……冷え切った体を、朝まで温め直してやる」
「えっ、ちょっ……アレクセイ様!?」
彼の顔が近づき、熱い唇が重なる。
口の中に、バニラの甘さと、彼の情熱的な体温が混ざり合って広がった。
馬車は雪道を走り続ける。
外は極寒だが、私たちの世界は、火傷しそうなほどの熱愛に満ちていた。
一方、その頃。
遥か遠く離れた大陸中央部。
「聖教会」の大聖堂は、深々とした静寂と冷徹な空気に満ちていた。
薄暗い部屋で、一人の老人が水晶玉を覗き込んでいる。
聖教会の最高指導者、枢機卿だ。
水晶に映っているのは、氷の城で伝説の魔獣を一撃で消滅させた、私の姿。
「……見つけたぞ」
枢機卿が、枯れ木のような指で水晶を撫でる。
「古代の予言にある『神の器(ヴォイド)』……。魔力を無に帰す、禁忌の力」
彼の瞳が、狂信的な光を帯びて歪んだ。
「彼女を確保せよ。世界の理を書き換えるために。……直ちに異端審問官を差し向けろ」
平和な日常の裏側で。
私とアレクセイの運命を揺るがす、最大の火種が音もなく燻り始めていた。
(第2章 完)
0
あなたにおすすめの小説
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……まさかの事件が起こりまして!? ~人生は大きく変わりました~
四季
恋愛
私ニーナは、婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……ある日のこと、まさかの事件が起こりまして!?
もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?
当麻月菜
恋愛
次期当主になるべく、領地にて父親から仕事を学んでいた伯爵令息フレデリックは、ちょっとした出来心で領民の娘イルアに手を出した。
ただそれは、結婚するまでの繋ぎという、身体目的の軽い気持ちで。
対して領民の娘イルアは、本気だった。
もちろんイルアは、フレデリックとの間に身分差という越えられない壁があるのはわかっていた。そして、その時が来たら綺麗に幕を下ろそうと決めていた。
けれど、二人の関係の幕引きはあまりに酷いものだった。
誠意の欠片もないフレデリックの態度に、立ち直れないほど心に傷を受けたイルアは、彼に復讐することを誓った。
弄ばれた女が、捨てた男にとって最後で最高の女性でいられるための、本気の復讐劇。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる