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第9話 魔獣災害と、唯一の安全地帯
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ズズズ……ゴゴゴゴゴ……!!
氷の城の地下から、地鳴りのような唸り声が轟いた。
次の瞬間。
――ドォォォォンッ!!
会場の中央、私が閉じ込められていた「氷の檻」の直下が爆発した。
分厚い氷の床が粉々に砕け散り、巨大な影が姿を現す。
それは、伝説の「氷炎竜(ひょうえんりゅう)」だった。
右半身は、すべてを焼き尽くす紅蓮の炎。
左半身は、命を凍てつかせる絶対零度の氷。
相反する二つのエネルギーを纏った、古代の魔獣。
アレクセイ(熱)とミハイル(冷)が放出した膨大な魔力が衝突し、そのエネルギー干渉が、地下深くで眠っていた怪物を叩き起こしてしまったのだ。
「グオオオオオオオオッ!!!」
咆哮が衝撃波となって会場を突き抜け、シャンデリアが悲鳴を上げて落下する。
逃げ惑う貴族たちの絶叫。
「な、なんだあれは……!? 伝説の魔獣だと!?」
ミハイルが顔面蒼白で叫んだ。
彼の自慢の「絶対零度の結界」も、魔獣の出現と同時にガラス細工のように砕け散っていた。
「……チッ。邪魔だ!」
アレクセイが吼える。
彼は私を奪い返すことしか頭にない。
暴走寸前の灼熱の魔力を、魔獣に向けて解き放った。
――ボウッ!!
全てを灰にする極大の火球。
しかし、魔獣はそれを避ける素振りも見せず――大口を開けて「飲み込んだ」。
バクン。
「なっ……!?」
アレクセイが絶句する。
魔獣の右半身(炎側)がさらに激しく燃え上がり、巨体が膨れ上がる。
「馬鹿な……! 俺の氷ならどうだ!」
ミハイルが氷の槍を雨のように降らせる。
だが、それも魔獣の左半身(氷側)に吸い込まれ、逆に装甲を分厚くしただけだった。
「効かない……だと!? エネルギーを吸収して成長しているのか!?」
絶望。
物理も、魔法も、すべてが魔獣の餌になる。
このままでは、城どころか国ごと消滅するだろう。
会場は阿鼻叫喚のパニックに包まれた。
けれど。
その混乱の中心で、私だけは冷めた目で魔獣を見上げていた。
(……うるさい)
私は耳を塞いだ。
せっかく檻が壊れて自由になれたのに、これでは安眠妨害だ。
それに、なにより寒い。
アレクセイから離されているせいで、体が芯から冷え切っている。
早くあの温かい胸に飛び込んで温まりたいのに、あの巨大なトカゲが邪魔をしている。
私はスタスタと歩き出した。
逃げ惑う人々とは逆方向。
暴れ狂う魔獣の足元へ向かって。
「おい! 死ぬ気か!?」
「リリスッ!! ダメだ、逃げろ!!」
ミハイルとアレクセイの悲鳴が聞こえたが、無視した。
私は魔獣の真正面に立った。
見上げれば、ビルのような巨体。
魔獣が私に気づき、ギョロリとした瞳で見下ろしてくる。
「グルルル……!」
魔獣が大きく息を吸い込む。
口の奥で、炎と氷が混じり合った「極大ブレス」が輝き始める。
直撃すれば、塵一つ残らない消滅の光。
私は深いため息をつき、その鼻先に向けて、ぺたりと手を伸ばした。
「……お黙りなさい。迷惑です」
カッ!!
魔獣がブレスを吐き出した、その瞬間。
私の掌が、魔獣の鼻先に触れた。
――シュゴオオオオオオオォォォ…………ッ!
轟音が響いた。
けれど、それは爆発音ではない。
巨大な風船から空気が抜けるような音。
あるいは、巨大な掃除機がすべてを吸い込むような音。
私の「魔力真空(ヴォイド)」体質が牙を剥く。
魔獣が放ったブレスも。
その巨体を構成していた炎と氷の魔力も。
すべてが私の掌という「穴」に吸い込まれ、無(ゼロ)へと還っていく。
「ギャ……!? グゥ……?」
魔獣の悲鳴が小さくなっていく。
山のように巨大だった体が、みるみる縮んでいく。
エネルギーを奪われた魔獣は、質量を失い――。
――ポンッ。
数秒後。
そこには、手のひらサイズの小さなトカゲが一匹、キョトンとした顔で転がっていた。
「……え?」
ミハイルが口をポカンと開けて固まっている。
アレクセイも、暴走しかけていた魔力が霧散し、呆然と立ち尽くしている。
静寂が戻った会場で、私は震える体をさすりながら、アレクセイの方を向いた。
「……遅いです。冷え切ってしまいました」
私は小走りで彼に駆け寄り、その胸に飛び込んだ。
「リリス……ッ!!」
アレクセイが弾かれたように私を抱き止める。
骨が軋むほどの強さ。
そして、何よりも恋しかった、溶岩のような熱。
「……あったかい」
私は彼の体温に包まれ、深く息を吐いた。
私の体が、彼の中で暴れていた過剰な熱を吸い取り、急速に「適温」へと調整(キャリブレーション)していく。
彼の肌の赤みが引き、不吉な黒い煙が消える。
私の震えも止まる。
二人が触れ合うことで、世界は再び平和な温度を取り戻した。
「……馬鹿な。伝説の魔獣を一撃で……? いや、吸い尽くしたのか?」
ミハイルがふらふらと近づいてきた。
彼は足元で「きゅー」と鳴いている小さなトカゲをつまみ上げ、信じられないものを見る目で私を見た。
「君は……一体、何者なんだ?」
私はアレクセイの腕の中から顔だけ出して、平然と答えた。
「ただの公爵夫人です。……それより、この会場寒すぎます。暖房の設定温度、上げてもらえませんか?」
最強の断熱材(私)の前では、伝説の魔獣も、絶対零度の皇子も、ただの空調設備の不具合に過ぎないのだった。
(続く)
氷の城の地下から、地鳴りのような唸り声が轟いた。
次の瞬間。
――ドォォォォンッ!!
会場の中央、私が閉じ込められていた「氷の檻」の直下が爆発した。
分厚い氷の床が粉々に砕け散り、巨大な影が姿を現す。
それは、伝説の「氷炎竜(ひょうえんりゅう)」だった。
右半身は、すべてを焼き尽くす紅蓮の炎。
左半身は、命を凍てつかせる絶対零度の氷。
相反する二つのエネルギーを纏った、古代の魔獣。
アレクセイ(熱)とミハイル(冷)が放出した膨大な魔力が衝突し、そのエネルギー干渉が、地下深くで眠っていた怪物を叩き起こしてしまったのだ。
「グオオオオオオオオッ!!!」
咆哮が衝撃波となって会場を突き抜け、シャンデリアが悲鳴を上げて落下する。
逃げ惑う貴族たちの絶叫。
「な、なんだあれは……!? 伝説の魔獣だと!?」
ミハイルが顔面蒼白で叫んだ。
彼の自慢の「絶対零度の結界」も、魔獣の出現と同時にガラス細工のように砕け散っていた。
「……チッ。邪魔だ!」
アレクセイが吼える。
彼は私を奪い返すことしか頭にない。
暴走寸前の灼熱の魔力を、魔獣に向けて解き放った。
――ボウッ!!
全てを灰にする極大の火球。
しかし、魔獣はそれを避ける素振りも見せず――大口を開けて「飲み込んだ」。
バクン。
「なっ……!?」
アレクセイが絶句する。
魔獣の右半身(炎側)がさらに激しく燃え上がり、巨体が膨れ上がる。
「馬鹿な……! 俺の氷ならどうだ!」
ミハイルが氷の槍を雨のように降らせる。
だが、それも魔獣の左半身(氷側)に吸い込まれ、逆に装甲を分厚くしただけだった。
「効かない……だと!? エネルギーを吸収して成長しているのか!?」
絶望。
物理も、魔法も、すべてが魔獣の餌になる。
このままでは、城どころか国ごと消滅するだろう。
会場は阿鼻叫喚のパニックに包まれた。
けれど。
その混乱の中心で、私だけは冷めた目で魔獣を見上げていた。
(……うるさい)
私は耳を塞いだ。
せっかく檻が壊れて自由になれたのに、これでは安眠妨害だ。
それに、なにより寒い。
アレクセイから離されているせいで、体が芯から冷え切っている。
早くあの温かい胸に飛び込んで温まりたいのに、あの巨大なトカゲが邪魔をしている。
私はスタスタと歩き出した。
逃げ惑う人々とは逆方向。
暴れ狂う魔獣の足元へ向かって。
「おい! 死ぬ気か!?」
「リリスッ!! ダメだ、逃げろ!!」
ミハイルとアレクセイの悲鳴が聞こえたが、無視した。
私は魔獣の真正面に立った。
見上げれば、ビルのような巨体。
魔獣が私に気づき、ギョロリとした瞳で見下ろしてくる。
「グルルル……!」
魔獣が大きく息を吸い込む。
口の奥で、炎と氷が混じり合った「極大ブレス」が輝き始める。
直撃すれば、塵一つ残らない消滅の光。
私は深いため息をつき、その鼻先に向けて、ぺたりと手を伸ばした。
「……お黙りなさい。迷惑です」
カッ!!
魔獣がブレスを吐き出した、その瞬間。
私の掌が、魔獣の鼻先に触れた。
――シュゴオオオオオオオォォォ…………ッ!
轟音が響いた。
けれど、それは爆発音ではない。
巨大な風船から空気が抜けるような音。
あるいは、巨大な掃除機がすべてを吸い込むような音。
私の「魔力真空(ヴォイド)」体質が牙を剥く。
魔獣が放ったブレスも。
その巨体を構成していた炎と氷の魔力も。
すべてが私の掌という「穴」に吸い込まれ、無(ゼロ)へと還っていく。
「ギャ……!? グゥ……?」
魔獣の悲鳴が小さくなっていく。
山のように巨大だった体が、みるみる縮んでいく。
エネルギーを奪われた魔獣は、質量を失い――。
――ポンッ。
数秒後。
そこには、手のひらサイズの小さなトカゲが一匹、キョトンとした顔で転がっていた。
「……え?」
ミハイルが口をポカンと開けて固まっている。
アレクセイも、暴走しかけていた魔力が霧散し、呆然と立ち尽くしている。
静寂が戻った会場で、私は震える体をさすりながら、アレクセイの方を向いた。
「……遅いです。冷え切ってしまいました」
私は小走りで彼に駆け寄り、その胸に飛び込んだ。
「リリス……ッ!!」
アレクセイが弾かれたように私を抱き止める。
骨が軋むほどの強さ。
そして、何よりも恋しかった、溶岩のような熱。
「……あったかい」
私は彼の体温に包まれ、深く息を吐いた。
私の体が、彼の中で暴れていた過剰な熱を吸い取り、急速に「適温」へと調整(キャリブレーション)していく。
彼の肌の赤みが引き、不吉な黒い煙が消える。
私の震えも止まる。
二人が触れ合うことで、世界は再び平和な温度を取り戻した。
「……馬鹿な。伝説の魔獣を一撃で……? いや、吸い尽くしたのか?」
ミハイルがふらふらと近づいてきた。
彼は足元で「きゅー」と鳴いている小さなトカゲをつまみ上げ、信じられないものを見る目で私を見た。
「君は……一体、何者なんだ?」
私はアレクセイの腕の中から顔だけ出して、平然と答えた。
「ただの公爵夫人です。……それより、この会場寒すぎます。暖房の設定温度、上げてもらえませんか?」
最強の断熱材(私)の前では、伝説の魔獣も、絶対零度の皇子も、ただの空調設備の不具合に過ぎないのだった。
(続く)
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