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第15話(最終話) 世界で一番ぬるま湯のハッピーエンド
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聖地ヘヴンズ・ゲートの騒動は、歴史に残る珍事として幕を閉じた。
神の粛清プログラムである「光の御手」は、私たち夫婦のイチャイチャによって発生した「適温フィールド(ぬるま湯結界)」に触れ、戦意を喪失して霧散した。
後に残されたのは、崩壊した天井と、呆然と座り込む枢機卿イグナシオだけ。
「……終わった。教会の威信が……。神の計画が……」
彼はブツブツと譫言のように呟いている。
アレクセイは私を抱きかかえたまま、冷ややかな視線で見下ろした。
「おい、老いぼれ」
「ひぃッ!?」
アレクセイが声をかけただけで、イグナシオが飛び上がる。
無理もない。彼は今、人の形をした災害(アレクセイ)と、神すら無効化する虚無(私)を敵に回しているのだ。
「神の理は消えた。これからは、俺たちが新たなルールだ」
アレクセイは瓦礫の山を指差した。
「貴様ら教会幹部には、相応の罰を受けてもらう。……罪状は『公爵夫人誘拐』および『世界リセット未遂』だ」
「ば、罰だと……? まさか、処刑か……?」
「いや。そんな温いことはせん」
アレクセイがニヤリと笑った。
その笑顔は、かつて私の両親を裁いた時と同じ、絶対零度の冷酷さを湛えていた。
「北の最果てにある鉱山へ行ってもらう。……あそこは年中吹雪で、暖房設備などない『死の世界』だ。貴様らが信仰する神に祈って、暖を取るといい」
イグナシオの顔色が土気色になる。
そこは、かつて私を虐げていたアークライト男爵一家が送られた場所でもある。
「ま、待ってくれ! 私は寒がりなんだ! そんな場所に行ったら死んでしまう!」
「安心しろ。貴様のその高い信仰心があれば、神の愛で燃えるかもしれんだろう?」
アレクセイは、崩壊した聖地で呆然と立ち尽くす聖騎士たちを見渡した。
彼らは数千人もいたが、すでに戦意を喪失していた。
自分たちが信じていた「神の絶対防御」を素手で叩き割り、あまつさえ神の裁きすら無効化した化け物を前に、剣を向ける勇気などあるはずがない。
「おい。そこの雑魚ども」
アレクセイが低く声をかけると、騎士たちがビクリと震え上がった。
「き、貴様……我々に何を……」
「選択肢をやる。……この老いぼれ(イグナシオ)と共にここで焼き尽くされるか、それとも俺の命令に従って、こいつを鉱山へ連行するか。どっちだ?」
ボウッ!!
脅し代わりに、アレクセイの掌から紅蓮の炎が立ち上る。
その熱量を感じた瞬間、聖騎士団長がガチャンと剣を捨てた。
「し、従います……! 我々は、従いますッ!」
「賢明だな。……連れて行け」
アレクセイは顎でイグナシオを指した。
騎士たちは「裏切り者!」と叫ぶ枢機卿を羽交い締めにして拘束した。
神の威光が消えれば、イグナシオなどただの老人だ。彼らは新しい「最強の理(アレクセイ)」に従うことを選んだのだ。
私は連行されていくイグナシオの背中に、最後のアドバイスを送った。
「枢機卿。あそこは本当に寒いので、乾布摩擦をおすすめしますよ。……お元気で」
こうして、世界の危機を招いた教会の中枢は、永遠の寒さの中へと追放された。
完璧な因果応報だった。
◇ ◇ ◇
それから数年後。
世界は滅びるどころか、かつてない繁栄を迎えていた。
教会の権威が失墜した後、人々が信仰の対象に選んだのは神ではなく──「灼熱公爵と断熱夫人」だった。
『公爵夫妻が仲良くしている限り、世界の気候は安定し、作物は豊作になる』
そんな噂がまことしやかに囁かれ、王都の広場には私たちの銅像(抱き合っているポーズ)まで建てられてしまった。
恥ずかしいことこの上ないが、アレクセイは「俺たちの愛が世界を救っている証拠だ」と満更でもない様子だ。
実際、彼と私が触れ合うことで発生する「適温エネルギー」は、大気に放出されて世界中の異常気象を中和していた。
私たちが愛し合えば愛し合うほど、世界は平和になるのだ。
そして今。
私は公爵邸の中庭にいた。
かつて黒く焦げた「死の土地」だったこの場所は、今では色とりどりの花が咲き乱れる楽園になっている。
「……うー、あー」
芝生の上で、小さな男の子がよちよち歩きをしている。
銀色の髪に、赤い瞳。
アレクセイに瓜二つの息子、アレンだ。
「アレン。転ばないようにね」
私が声をかけると、アレンは満面の笑みでこちらへ駆け寄ってきた。
私は彼を抱き上げる。
温かい。
けれど、熱すぎない。
アレンは、アレクセイの「過剰な発熱」と、私の「魔力真空」の両方を受け継いだ、奇跡のハイブリッドだった。
彼の体内では、熱生成と冷却が完璧なバランスで循環しており、常に人間にとって最適な「適温」を保っている。
まさに、歩くパワースポットだ。
「……リリス」
背後から、大きくて温かい腕が回された。
アレクセイだ。
彼は私とアレンをまとめて抱きしめ、首筋にキスを落とした。
「二人とも、いい匂いがする」
「アレクセイ様。お仕事は?」
「放り出してきた。……お前たちの温度が足りなくて、禁断症状が出そうだったんだ」
彼は相変わらずの甘えん坊だ。
以前のような「触れないと暴走する」という危険性は減ったものの、精神的な依存度はむしろ増している気がする。
「……愛している、リリス」
彼は私の耳元で囁いた。
「お前がいないと、俺の世界は回らない。……お前が俺の熱を受け止めてくれるから、俺は生きていける」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
かつて「燃えるゴミ」として捨てられ、凍えていた私。
そんな私に、生きる意味と、溢れんばかりの熱を与えてくれたのは、彼だった。
「はい。私も愛しています、アレクセイ様」
私は彼の腕の中で微笑み、振り返って彼を見つめた。
「……貴方は、世界で一番性能の良い、私だけの暖房ですから」
「……ふっ。相変わらずだな、お前は」
アレクセイが苦笑し、優しく唇を重ねてきた。
熱い口づけ。
けれど、もう火傷することはない。
私の冷たさと、彼の熱さが溶け合い、心地よい温度になっていく。
空は青く、風は穏やかだ。
「冷たくて気持ちいい」から始まった私たちの関係は、永遠に冷めることのない「適温」の愛へと変わった。
これなら、どんなに寒い冬が来ても大丈夫。
私たちの愛があれば、この世界はいつだって常春なのだから。
(完)
── おまけSS ──
『とある真夏の熱帯夜、溶ける理性を冷却して』
公爵邸の夏は、地獄だった。
ただでさえ記録的な猛暑だというのに、主であるアレクセイの「魔力過多」が、屋敷の気温に拍車をかけていたからだ。
「……リリス、来るなと言っている。……今の俺に触れれば、お前自身が蒸発するぞ」
寝室の長椅子(カウチ)で、アレクセイは上半身の衣類をすべて剥ぎ取り、荒い息を吐いていた。
彼の肌は火照りを通り越し、魔力でうっすらと赤く発光している。玉のような汗が床に落ちるたび「ジュッ」と小さな音を立てて蒸発する。
まさに「歩くサウナ」。
彼は愛する妻を熱中症から守るため、必死に理性を保ち、部屋の隅へ避難していたのだ。
だが、リリスは動じない。
彼女は透けるほど薄いシルクのネグリジェを纏い、素足でペタペタと彼に近づいていく。
「お断りします。……アレクセイ様、お忘れですか? 私は『魔力ゼロ』の欠陥品。外がどれだけ灼熱だろうと、私の芯は永遠の氷点下なんです」
リリスの白く細い指先が、アレクセイの隆起した胸筋に這った。
──ジュワァ……。
そんな幻聴が聞こえるほどの、強烈な温度差。
アレクセイが「ひっ」と短い悲鳴を上げ、背筋を凍らせ……いや、甘く蕩けさせた。
「……あ、……つ、冷たい。……嘘だろう。お前の指、……氷の魔法でも使っているのか?」
「いいえ。ただの極度の冷え性です。……ああ、最高。アレクセイ様、今日の出力は一段と素晴らしいですね。特上の『人間床暖房』に抱かれている気分です」
リリスは躊躇なく、熱を帯びた彼の手を掴み、自分の首筋へと導いた。
高熱に浮かされるアレクセイにとって、リリスのひんやりとした肌は、砂漠で見つけた唯一のオアシスだった。触れた瞬間、彼の脳内でギリギリ繋がっていた「理性の安全装置」が、ガタガタと音を立てて焼き切れた。
「リリス、……お前が誘ったんだ。……もう、離さないぞ」
ドサッ、と。
アレクセイが彼女を長椅子に押し倒した。
巨大な熱の塊が、冷たい氷の少女を覆い尽くす。
アレクセイの灼熱がリリスの深層まで染み渡り、冷え切って強張っていた細胞を一つずつ解いていく。一方で、リリスの圧倒的な「虚無」が、アレクセイの暴走する熱エネルギーを急速に吸収(ドレイン)し、心地よい適正温度へと中和していく。
「……はぁ、……っ、……すごい。頭の芯が、スッキリする……」
「ふふ、アレクセイ様。心拍数、上がっていますよ。……これ、排熱が追いついていない証拠です。もっと、肌を密着させないと」
リリスは自分からアレクセイの首に腕を回し、その熱い体に脚を絡めた。
まさに「人間冷却材」による、全方位メンテナンス。
「……ああ、くそ。……俺の理性が、全部溶けてしまいそうだ。……今夜は、お前を朝まで離さない。俺の熱を、……全部、お前に流し込ませてくれ」
「ええ、どうぞ。……私の冷たさで、貴方を真っ白になるまで冷やして差し上げます」
真夏の熱帯夜。
外の気温など関係ない。
二人の境界線では、灼熱と極寒が激しく混ざり合い、この世で最も甘美な「ぬるま湯」の快感が、夜が明けるまで鳴り止まなかった。
◇
翌朝。
公爵邸の庭に、真夏だというのにキラキラと輝く「霜」が降りていたのを、使用人たちは顔を赤らめながら見なかったことにしたという。
(完)
最後までお読み頂きましてありがとうございました!
神の粛清プログラムである「光の御手」は、私たち夫婦のイチャイチャによって発生した「適温フィールド(ぬるま湯結界)」に触れ、戦意を喪失して霧散した。
後に残されたのは、崩壊した天井と、呆然と座り込む枢機卿イグナシオだけ。
「……終わった。教会の威信が……。神の計画が……」
彼はブツブツと譫言のように呟いている。
アレクセイは私を抱きかかえたまま、冷ややかな視線で見下ろした。
「おい、老いぼれ」
「ひぃッ!?」
アレクセイが声をかけただけで、イグナシオが飛び上がる。
無理もない。彼は今、人の形をした災害(アレクセイ)と、神すら無効化する虚無(私)を敵に回しているのだ。
「神の理は消えた。これからは、俺たちが新たなルールだ」
アレクセイは瓦礫の山を指差した。
「貴様ら教会幹部には、相応の罰を受けてもらう。……罪状は『公爵夫人誘拐』および『世界リセット未遂』だ」
「ば、罰だと……? まさか、処刑か……?」
「いや。そんな温いことはせん」
アレクセイがニヤリと笑った。
その笑顔は、かつて私の両親を裁いた時と同じ、絶対零度の冷酷さを湛えていた。
「北の最果てにある鉱山へ行ってもらう。……あそこは年中吹雪で、暖房設備などない『死の世界』だ。貴様らが信仰する神に祈って、暖を取るといい」
イグナシオの顔色が土気色になる。
そこは、かつて私を虐げていたアークライト男爵一家が送られた場所でもある。
「ま、待ってくれ! 私は寒がりなんだ! そんな場所に行ったら死んでしまう!」
「安心しろ。貴様のその高い信仰心があれば、神の愛で燃えるかもしれんだろう?」
アレクセイは、崩壊した聖地で呆然と立ち尽くす聖騎士たちを見渡した。
彼らは数千人もいたが、すでに戦意を喪失していた。
自分たちが信じていた「神の絶対防御」を素手で叩き割り、あまつさえ神の裁きすら無効化した化け物を前に、剣を向ける勇気などあるはずがない。
「おい。そこの雑魚ども」
アレクセイが低く声をかけると、騎士たちがビクリと震え上がった。
「き、貴様……我々に何を……」
「選択肢をやる。……この老いぼれ(イグナシオ)と共にここで焼き尽くされるか、それとも俺の命令に従って、こいつを鉱山へ連行するか。どっちだ?」
ボウッ!!
脅し代わりに、アレクセイの掌から紅蓮の炎が立ち上る。
その熱量を感じた瞬間、聖騎士団長がガチャンと剣を捨てた。
「し、従います……! 我々は、従いますッ!」
「賢明だな。……連れて行け」
アレクセイは顎でイグナシオを指した。
騎士たちは「裏切り者!」と叫ぶ枢機卿を羽交い締めにして拘束した。
神の威光が消えれば、イグナシオなどただの老人だ。彼らは新しい「最強の理(アレクセイ)」に従うことを選んだのだ。
私は連行されていくイグナシオの背中に、最後のアドバイスを送った。
「枢機卿。あそこは本当に寒いので、乾布摩擦をおすすめしますよ。……お元気で」
こうして、世界の危機を招いた教会の中枢は、永遠の寒さの中へと追放された。
完璧な因果応報だった。
◇ ◇ ◇
それから数年後。
世界は滅びるどころか、かつてない繁栄を迎えていた。
教会の権威が失墜した後、人々が信仰の対象に選んだのは神ではなく──「灼熱公爵と断熱夫人」だった。
『公爵夫妻が仲良くしている限り、世界の気候は安定し、作物は豊作になる』
そんな噂がまことしやかに囁かれ、王都の広場には私たちの銅像(抱き合っているポーズ)まで建てられてしまった。
恥ずかしいことこの上ないが、アレクセイは「俺たちの愛が世界を救っている証拠だ」と満更でもない様子だ。
実際、彼と私が触れ合うことで発生する「適温エネルギー」は、大気に放出されて世界中の異常気象を中和していた。
私たちが愛し合えば愛し合うほど、世界は平和になるのだ。
そして今。
私は公爵邸の中庭にいた。
かつて黒く焦げた「死の土地」だったこの場所は、今では色とりどりの花が咲き乱れる楽園になっている。
「……うー、あー」
芝生の上で、小さな男の子がよちよち歩きをしている。
銀色の髪に、赤い瞳。
アレクセイに瓜二つの息子、アレンだ。
「アレン。転ばないようにね」
私が声をかけると、アレンは満面の笑みでこちらへ駆け寄ってきた。
私は彼を抱き上げる。
温かい。
けれど、熱すぎない。
アレンは、アレクセイの「過剰な発熱」と、私の「魔力真空」の両方を受け継いだ、奇跡のハイブリッドだった。
彼の体内では、熱生成と冷却が完璧なバランスで循環しており、常に人間にとって最適な「適温」を保っている。
まさに、歩くパワースポットだ。
「……リリス」
背後から、大きくて温かい腕が回された。
アレクセイだ。
彼は私とアレンをまとめて抱きしめ、首筋にキスを落とした。
「二人とも、いい匂いがする」
「アレクセイ様。お仕事は?」
「放り出してきた。……お前たちの温度が足りなくて、禁断症状が出そうだったんだ」
彼は相変わらずの甘えん坊だ。
以前のような「触れないと暴走する」という危険性は減ったものの、精神的な依存度はむしろ増している気がする。
「……愛している、リリス」
彼は私の耳元で囁いた。
「お前がいないと、俺の世界は回らない。……お前が俺の熱を受け止めてくれるから、俺は生きていける」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
かつて「燃えるゴミ」として捨てられ、凍えていた私。
そんな私に、生きる意味と、溢れんばかりの熱を与えてくれたのは、彼だった。
「はい。私も愛しています、アレクセイ様」
私は彼の腕の中で微笑み、振り返って彼を見つめた。
「……貴方は、世界で一番性能の良い、私だけの暖房ですから」
「……ふっ。相変わらずだな、お前は」
アレクセイが苦笑し、優しく唇を重ねてきた。
熱い口づけ。
けれど、もう火傷することはない。
私の冷たさと、彼の熱さが溶け合い、心地よい温度になっていく。
空は青く、風は穏やかだ。
「冷たくて気持ちいい」から始まった私たちの関係は、永遠に冷めることのない「適温」の愛へと変わった。
これなら、どんなに寒い冬が来ても大丈夫。
私たちの愛があれば、この世界はいつだって常春なのだから。
(完)
── おまけSS ──
『とある真夏の熱帯夜、溶ける理性を冷却して』
公爵邸の夏は、地獄だった。
ただでさえ記録的な猛暑だというのに、主であるアレクセイの「魔力過多」が、屋敷の気温に拍車をかけていたからだ。
「……リリス、来るなと言っている。……今の俺に触れれば、お前自身が蒸発するぞ」
寝室の長椅子(カウチ)で、アレクセイは上半身の衣類をすべて剥ぎ取り、荒い息を吐いていた。
彼の肌は火照りを通り越し、魔力でうっすらと赤く発光している。玉のような汗が床に落ちるたび「ジュッ」と小さな音を立てて蒸発する。
まさに「歩くサウナ」。
彼は愛する妻を熱中症から守るため、必死に理性を保ち、部屋の隅へ避難していたのだ。
だが、リリスは動じない。
彼女は透けるほど薄いシルクのネグリジェを纏い、素足でペタペタと彼に近づいていく。
「お断りします。……アレクセイ様、お忘れですか? 私は『魔力ゼロ』の欠陥品。外がどれだけ灼熱だろうと、私の芯は永遠の氷点下なんです」
リリスの白く細い指先が、アレクセイの隆起した胸筋に這った。
──ジュワァ……。
そんな幻聴が聞こえるほどの、強烈な温度差。
アレクセイが「ひっ」と短い悲鳴を上げ、背筋を凍らせ……いや、甘く蕩けさせた。
「……あ、……つ、冷たい。……嘘だろう。お前の指、……氷の魔法でも使っているのか?」
「いいえ。ただの極度の冷え性です。……ああ、最高。アレクセイ様、今日の出力は一段と素晴らしいですね。特上の『人間床暖房』に抱かれている気分です」
リリスは躊躇なく、熱を帯びた彼の手を掴み、自分の首筋へと導いた。
高熱に浮かされるアレクセイにとって、リリスのひんやりとした肌は、砂漠で見つけた唯一のオアシスだった。触れた瞬間、彼の脳内でギリギリ繋がっていた「理性の安全装置」が、ガタガタと音を立てて焼き切れた。
「リリス、……お前が誘ったんだ。……もう、離さないぞ」
ドサッ、と。
アレクセイが彼女を長椅子に押し倒した。
巨大な熱の塊が、冷たい氷の少女を覆い尽くす。
アレクセイの灼熱がリリスの深層まで染み渡り、冷え切って強張っていた細胞を一つずつ解いていく。一方で、リリスの圧倒的な「虚無」が、アレクセイの暴走する熱エネルギーを急速に吸収(ドレイン)し、心地よい適正温度へと中和していく。
「……はぁ、……っ、……すごい。頭の芯が、スッキリする……」
「ふふ、アレクセイ様。心拍数、上がっていますよ。……これ、排熱が追いついていない証拠です。もっと、肌を密着させないと」
リリスは自分からアレクセイの首に腕を回し、その熱い体に脚を絡めた。
まさに「人間冷却材」による、全方位メンテナンス。
「……ああ、くそ。……俺の理性が、全部溶けてしまいそうだ。……今夜は、お前を朝まで離さない。俺の熱を、……全部、お前に流し込ませてくれ」
「ええ、どうぞ。……私の冷たさで、貴方を真っ白になるまで冷やして差し上げます」
真夏の熱帯夜。
外の気温など関係ない。
二人の境界線では、灼熱と極寒が激しく混ざり合い、この世で最も甘美な「ぬるま湯」の快感が、夜が明けるまで鳴り止まなかった。
◇
翌朝。
公爵邸の庭に、真夏だというのにキラキラと輝く「霜」が降りていたのを、使用人たちは顔を赤らめながら見なかったことにしたという。
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