用済みと捨てられた正妻ですが、自分の娘に転生したので息子を当主にするべく暗躍します。

あとりえむ

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第二帖

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香香丸が二歳の誕生日を迎えた頃から、景冬の足はぱたりと私の部屋から遠のくようになった。

夜の帳が下りるたび、私は美しく飾られた私室で一人、灯芯の微かに爆ぜる音だけを聞きながら彼の訪れを待ちわびていた。

かつては毎夜のように私を抱きしめ、熱を帯びた甘い言葉を囁いてくれた夫の温もりは、今や遠い幻のように冷え切っている。
季節の移ろいとともに届けられていた美しい絹の着物も、異国の商人から買い付けたという珍しい宝飾品も、いつしか私の手元には一切届かなくなっていた。

屋敷の者たちのよそよそしい態度と、向けられる侮蔑とあきらめの混じった視線。彼が私に完全に飽きたという事実は、誰の目にも明らかだった。


原因は、新しく葛城の家に入った若き妾の存在だ。

名を鈿芽(うずめ)といった。
彼女は、宮中においても絶大な政治力を持つ、格式高い名門貴族の出自だった。
かつての私のような儚さや清楚さとは対極にある、豊満で妖艶な色香を全身から放つ美しい女だった。

彼女が通った後の廊下には、常にむせ返るような甘く重たい最高級の香の匂いが残り、目を射るほどに鮮やかで派手な色合いの装束は、広大な屋敷のどこにいても彼女の存在と権力を強烈に主張していた。

名門の姫として生まれ育った鈿芽にとって、自分より身分の低い者はすべて自分に傅くべき虫けらでしかなかった。

彼女の美しい瞳の奥には、特権階級としてのひどく傲慢で冷酷な光が常に宿っていた。
だからこそ、大した身分でもない下級貴族の出である私が、あろうことか景冬の正妻として居座っているという事実は、彼女の異常に高いプライドをひどく傷つけ、激しい憤りを覚えさせていたのだ。

「私のような名門の娘が、なぜあのような卑しい血の女の下座に座らねばならないの。不愉快極まりないわ」

彼女の行動原理にあるのはただ、身の程知らずの卑しい女を相応の底辺へと叩き落とし、その尊厳を徹底的に踏みにじってやりたいという、冷酷な優越感と純粋な悪意だけだった。


鈿芽は自らの実家の強大な権力と、男を狂わせる妖艶な美貌を最大限に武器にし、あっという間に景冬をたぶらかした。

景冬の好むようなあでやかな笑みを常に浮かべ、甘く媚びるような声で彼にすがりつきながらも、裏では実家の父親を動かし、葛城家に莫大な富と政治的利益をもたらすことをちらつかせたのだ。

葛城家のさらなる繁栄と強固な政治基盤を得ることこそが至上命題である景冬にとって、鈿芽の存在はまさに天からの授かりものだった。

「沙羅様はすっかりお痩せになって、昔の輝きが失われてしまいましたわ。あのようなみすぼらしい女が正妻では、葛城の家の名折れというものではありませんか?」

夜の寝所で、鈿芽が私の悪評を事細かに吹き込んでいたことは想像に難くなかった。
そして、名門の姫である鈿芽の傲慢な要求と、実家の後ろ盾を何よりも優先する景冬の打算は見事に一致した。


そして、景冬の心が完全に離れたのは、彼の傲慢で冷酷な美への依存によるものでもあった。

香香丸を産んだ後の私は、慣れない育児と夜泣きの対応に追われ、確かに以前のような華やかな美しさを失いつつあった。
透き通るようだった肌には疲労の色が滲み、艶やかだった黒髪も、かつてのように丹念に香を焚き染めて手入れをする余裕がなかった。

家を繁栄させることと、美しいものを愛でることだけが至上命題である彼にとって、出産を経て輝きを失い、さらに強固な後ろ盾となる実家も持たない私は、もはや無用の長物へと成り下がっていた。

彼が愛していたのは私という人間そのものではなく、彼自身の巨大な権力を彩るための、美しく着飾られた人形に過ぎなかったのだ。

人形の色が褪せれば、新しい、より鮮やかで権力という付加価値のついた人形に取り替える。彼にとっては、ただそれだけの、あまりにも合理的な残酷さだった。


屋敷の実権は完全に鈿芽へと移り、私への扱いは日を追うごとに酷くなっていった。
食事の質はあからさまに落とされ、私の身の回りの世話をしていた使用人たちも、次々と鈿芽の引き抜きにあって姿を消していった。

夫の愛が急速に失われていく不安と絶望の中で、私の唯一の救いは、すくすくと育っていく香香丸の存在だけだった。

まだ言葉もおぼつかない幼い声で舌足らずに私を呼び、小さなふっくらとした手で私の着物を力強く握りしめてくる我が子の温もりだけが、暗闇の中で私を繋ぎ止める命綱だった。
この子さえいれば、私は生きていける。

いつかまた、香香丸の成長を見た景冬が、私たちを振り返ってくれる日が来るかもしれない。

そんな淡く惨めな期待を抱きながら、私は香香丸の小さな体を抱きしめて孤独な夜を幾度も耐え忍んでいた。


そんなある日、私は自らの体の微かな異変に気がついた。
朝方に襲ってくるひどい吐き気と、鉛のように重くだるい体。
そして、月のものが遅れているという事実。
私は、第二子を孕んでいた。

お腹の中に新しい命が宿っていると確信した瞬間、私の凍りついていた心に一筋の明るい光が差し込んだ。

もしかしたら、この子を授かったことを知れば、景冬はまた昔のように私を愛してくれるのではないか。

香香丸が生まれた時の、あの喜びの涙を流して私を抱きしめてくれた夫の姿が脳裏に蘇る。
血脈を何よりも重んじる彼ならば、新しい跡継ぎの誕生を喜ばないはずがない。

私は微かな希望に胸を震わせながら、景冬が私の部屋を訪れるのをじっと待った。
自分から本邸の彼の部屋へ赴くことなど、今の私にはすでに許されていなかったからだ。



数日後、珍しく景冬が私の部屋に足を踏み入れた。
夜の忍び歩きではなく、真昼間のことだった。

彼は豪華な直衣を身に纏い、相変わらず誰もが息を呑むほどに美しかったが、私を見下ろすその瞳は氷のように冷め切っていた。

私は胸の高鳴りを必死に抑えながら、まだ平らなお腹にそっと手を当てて彼を三つ指ついて出迎えた。

「旦那様、お待ちしておりました。実は、お伝えしたいことが……」

私が新しい命の報告を口にしようとしたその瞬間、景冬の薄い唇から紡がれた言葉が、私の心臓を激しく打ち据えた。

「沙羅。お前はもう用済みだ」

感情の全くこもっていない、事務的な声だった。
私は一瞬、彼が何を言っているのか理解できず、呆然と彼の美しい顔を見つめ返した。

「え……?」

「聞いての通りだ。お前はこれから、屋敷の北外れにある離れへ移れ。ここの部屋は、鈿芽が使うことになった」

景冬は私と目を合わせようともせず、ただ淡々と決定事項を告げた。

北外れの離れ。
それは、葛城の家で罪を犯した者や、完全に世捨て人となった者が追いやられる、日当たりも悪く隙間風の吹き込む粗末な別邸だった。

正妻である私を、そんな場所に追いやるというのか。
しかも、私が香香丸を産み、幸せな日々を過ごしたこの美しい私室を、あの傲慢な女に与えるために。

「お待ちください、旦那様! どうしてそのような……私には何の落ち度もございません! それに、私のお腹には……」

必死にすがりつこうとする私の言葉を、景冬は冷酷な一瞥で容赦なく遮った。実家の権力差という絶対的な壁の前では、私の反論など虫の羽音ほどの意味も持たなかったのだ。

「落ち度がないだと? 鏡を見てみろ、沙羅。お前のそのひどく疲れた顔を。名門の姫である鈿芽と比べ、私の横に立つ女としてふさわしいと思うか?」

彼の言葉は、あまりにも鋭利な刃となって私の心を無惨に抉った。
お前にはもう、飾っておく価値すらない。
彼は明確にそう告げていた。

さらに彼は、私にとって最も恐ろしい宣告を下した。

「香香丸は、置いていけ」

「……っ!」

私は反射的に、傍らで私の着物の裾を掴んでいた香香丸を強く抱きしめた。
香香丸は、両親のただならぬ雰囲気に本能的な恐怖を感じ取ったのか、私の腕の中でびくびくと小さく震えていた。

「香香丸は葛城の跡取りだ。あのような陰気な離れで育てるわけにはいかない。立派な教育を施すため、本邸に残す。お前一人で離れへ行け」

「嫌です……! 香香丸と引き離されるなど、絶対に耐えられません! どうか、どうかこの子だけは私と一緒に……!」

私は冷たい板の間に額を擦り付け、なりふり構わず必死に懇願した。
誇りやプライドなど、とうの昔にどうでもよくなっていた。愛する息子と引き離されることだけは、絶対に嫌だった。

しかし、景冬の冷徹な表情が揺らぐことは一切なかった。

「聞き分けのない卑しい女だ。誰か、この女を連れて行け」

景冬が冷たく命じると、廊下に控えていた屈強な使用人たちが土足のまま部屋に踏み込んできた。

「おやめなさい! 触らないで! 香香丸、香香丸……!」

私の腕から無理やり引き剥がされた香香丸は、突然の大人たちの乱暴な振る舞いにパニックを起こし、火がついたように泣き叫んだ。

「あぁーっ! あぁぁぁっ!」

まだ舌足らずで、気の利いた言葉など何も言えない二歳の幼子だ。ただ本能のままに恐怖を感じ、私を求めて小さな両手を必死に宙へと伸ばしている。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったその顔が、私の視界から急速に遠ざかっていく。

「香香丸! 私の、私の子……!」

私は泣き叫びながら、無理やり部屋から引きずり出された。
振り返った私の目に最後に映ったのは、もがきながら泣き叫ぶ香香丸を見下ろし、煩わしそうに眉をひそめる景冬の冷酷な顔だった。

そしてその奥の廊下には、派手な着物を纏い、扇で口元を隠しながらも、その陰で醜悪なほどに勝ち誇った歪な笑みを浮かべる鈿芽の姿があった。
彼女は忌々しい身の程知らずの女を底辺へと叩き落とし、名門の姫としての完全な勝利を手にしたのだ。

私はお腹の中に宿った新しい命を抱えたまま、秋の冷たい風が容赦なく吹きすさぶ粗末な離れへと、ただ一人で追いやられた。


かつて永遠に続くと信じていた私の幸福な世界は、音を立てて無惨に崩れ去っていた。
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