用済みと捨てられた正妻ですが、自分の娘に転生したので息子を当主にするべく暗躍します。

あとりえむ

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第三帖

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葛城の屋敷の北外れにある離れは、およそ人が住むための場所ではなかった。

長年手入れもされずに放置されていた別邸は、床板が腐りかけ、歩くたびに不吉な軋み音を立てる。壁のあちこちにはひびが入り、土壁が剥がれ落ちていた。秋から冬へと季節が移り変わるにつれ、隙間風が容赦なく吹き込み、刃物のように冷たい空気が常に部屋の中を這い回っていた。

かつての私室を彩っていた美しい絹織物も、体を温めてくれた分厚い異国の絨毯も、ここには何一つない。与えられたのは、薄く打ちひしがれた粗末な夜具と、火の気すら満足に立たない湿った炭だけだった。

私はお腹の中に宿った新しい命を抱えたまま、この底冷えのする孤独な牢獄で、ただひたすらに息を潜めて生きていた。

身の回りの世話をする使用人は一人もいない。食事さえも、一日に一度、残飯のような冷え切った粥が乱暴に戸口へ置かれるだけだった。

それでも私が生きることを諦めなかったのは、いつかまた、最愛の息子である香香丸をこの腕に抱きしめたいという、その一念だけがあったからだ。

少しずつ大きくなっていくお腹をさすりながら、私は本邸の方向を見つめ、声に出さずに何度も息子の名前を呼んだ。

「沙羅様、起きておいでですか」

木枯らしの吹くある夜、戸を叩くかすかな音とともに、身を潜めるようにして部屋に入ってきた者がいた。

香香丸の乳母である、登代(とよ)だった。
景冬や鈿芽の目を盗み、彼女は時折こうして、少しばかりのまともな食料や新しい炭を隠し持って、密かに私の様子を見に来てくれていた。彼女だけが、この狂った屋敷の中で私に残された唯一の味方であり、外界とのつながりだった。

私は重い体を引きずって身を起こし、すがるような思いで彼女の荒れた手を握りしめた。

「登代……香香丸は、あの子はどうしていますか。ちゃんとご飯は食べている? 風邪など引いてはいませんか」

私が真っ先に尋ねるのは、いつだって息子のことだった。
登代は私のひどく痩せこけた頬と、大きくなったお腹を交互に見つめ、悲痛な面持ちで目を伏せた。

「香香丸様は……毎日、お寂しそうに泣いておいでです。まだ言葉は話せませんが、夜中も目を覚ましては奥様を探して……」

その言葉を聞いた瞬間、私の胸は鋭い爪で引き裂かれたように激しく痛んだ。

あんなに甘えん坊で、私の着物の裾を離そうとしなかった小さなあの子が、広い屋敷の中で母親を求めて泣いている。誰も抱きしめてくれない冷たい布団の中で、どれほどの孤独と恐怖を味わっているのだろうか。

今すぐにでも飛んでいって、その小さな体を抱きしめ、頭を撫でてやりたい。お前は一人じゃないのだと、私がずっとそばにいるのだと教えてやりたい。

けれど、この呪われた離れから一歩でも出れば、実家の権力を笠に着た鈿芽の逆鱗に触れ、お腹の子供もろとも命を奪われかねない。私には、我が子の泣き声に応えることすら許されていなかった。

「……それに、奥様。大変なことになりました」

登代は声を極限まで潜め、周囲を警戒しながら言葉を続けた。

「鈿芽様が、男子を産み落とされたのです。御雷丸(みかづちまる)、と名付けられました」

その報告は、私に残されたわずかな希望すらも完全に打ち砕く、死の宣告に等しかった。

景冬とあの若き妾の間に、男の子が生まれた。
血脈の繁栄と強固な政治基盤を至上命題とする景冬にとって、名門貴族の血を引く若く美しい鈿芽が産んだ男子は、まさに待ち望んでいた至高の宝だろう。

案の定、登代の口から語られたのは、景冬が御雷丸をひどく溺愛し、いずれは彼を葛城の世継ぎに据えようと本気で考えているという残酷な事実だった。

「旦那様は、もう香香丸様のところへは全く顔をお出しになりません。それどころか、鈿芽様が使用人たちに、香香丸様よりも御雷丸様を優先するようにと厳命しておられます……」

「そんな……香香丸は、葛城の正統な長男なのに……!」

私は血が滲むほど唇を噛み締めた。
私が美しさを失い、後ろ盾を持たないから捨てられるのは、まだ理解できる。けれど、香香丸には何の罪もない。あの子は景冬の血を引く実の息子であり、彼自身が誕生を涙して喜んだ跡取りだったはずではないか。

しかし、新しい最高級の人形を手に入れた景冬にとって、もはや古い人形の子供など、目障りなだけの存在に成り下がってしまったのだ。


御雷丸の誕生を境に、私への冷遇と嫌がらせはさらに苛烈さを極めていった。

名門の姫である鈿芽にとって、自分の息子を確実に当主にするためには、前妻である私と、長男の香香丸の存在は絶対に消し去らなければならない最大の脅威だった。いや、彼女の極端に高いプライドにとって、大した身分でもない私の血を引く香香丸が「長男」として存在していること自体が許しがたい屈辱なのだ。

「私のような高貴な血筋の息子が、あんな卑しい女の子供の下に置かれるなど、あってはならないことですわ。屋敷の隅で惨めに死に絶えればよろしいのに」

鈿芽のそんな毒気に満ちた声が、離れにまで聞こえてくるような気がした。

特権階級の意識の塊である彼女は、身の程知らずの卑しい女と、その血を引く忌まわしい子供を底辺へと叩き落とし、踏みにじってやるという純粋な悪意から、私たちへの迫害を強めていった。

食事は二日に一度へと減らされ、運ばれてくるものも腐りかけの野菜の切れ端や、泥の混じった水へと変わった。隙間風を防ぐための障子紙すらも故意に破られ、冬の凍てつくような雪が、直接部屋の中へと吹き込むようになった。

寒さと飢えが、容赦なく私の体力を奪っていく。

お腹の子供に少しでも栄養を与えようと、私は泥の混じった水でも必死に喉に流し込んだ。指先は凍傷で紫色に腫れ上がり、呼吸をするたびに肺が凍りつくように痛んだ。

夜の暗闇の中で、私はただひたすらに香香丸の顔を思い浮かべていた。
私がいなくなれば、あの子はどうなってしまうのだろうか。

名門の権力を振りかざす鈿芽の悪意に晒され、景冬に完全に見捨てられたあの幼い命は、誰が守ってくれるのだろうか。登代だけでは、到底かばいきれないだろう。

もう二度と会えないかもしれないという絶望が、冷たい雪とともに私の心に降り積もっていく。

嫌がらせが限界に達し、私の命の灯火が消えかけようとしていた極寒の夜。
私は最後の力を振り絞り、登代がこっそりと差し入れてくれた粗末な紙と擦り減った筆を手に取った。

指先の感覚はとうの昔に失われていたが、私の魂そのものが、筆を動かしていた。
私がいなくなった後、いつか成長した香香丸に届くことを祈って。私の愛が、少しでもあの子の孤独を温めてくれることを願って。

そして、私を無惨に殺したこの家に対する、呪いにも似た深い絶望を込めて。
文字はひどく歪み、かすれていたが、私は一首の歌を紙に書き付けた。

『忘れ草 生うる宿には 影も見ず
冬の夜風に 散る命かな』

それを書き終えた瞬間、私のお腹を鋭い痛みが突き抜けた。

「あ……っ……」

陣痛だった。
栄養も足りず、凍えるような寒さの中で、私の体はとっくに限界を迎えていた。
下腹部を締め付けるような激痛が、波のように何度も何度も押し寄せてくる。
私は薄い夜具を握りしめ、声にならない悲鳴を上げながら板の間をのたうち回った。

「誰か……お願い……! 誰か来て……!」

ひび割れた声で助けを求めても、吹きすさぶ吹雪の音に掻き消されるだけだった。

本邸の温かな部屋で、景冬は鈿芽と御雷丸を抱きしめて笑っているのだろうか。名門の姫は、私の死を望んで高笑いしているのだろうか。私の叫び声など、彼らの耳には決して届かない。


どれほどの時間が経っただろうか。
痛みに意識が朦朧とし、下半身が血にまみれていくのを感じながら、私はただひたすらに耐え続けた。

香香丸を残して死ぬわけにはいかない。このお腹の子だけでも、絶対に産み落とさなければ。

「奥様……! 沙羅様……!」

遠くから、登代の悲痛な叫び声が聞こえた。
彼女は私の異変を察知し、吹雪の中を駆けつけてくれたのだ。
登代が私の体にすがりつき、泣きながら私の下半身に手を伸ばす感触があった。

「しっかりなさってください! いきんで……! 奥様……!」

登代の声に励まされ、私は最後の力を込めて、力一杯いきんだ。
目の前が真っ白になり、全身の血液が沸騰するような錯覚に陥る。
そして、私の中から、一つの小さな命が滑り落ちていく確かな感覚があった。

産まれた。
私の子が、産まれたのだ。
男の子だろうか、女の子だろうか。香香丸に似ているだろうか。
早く抱きしめたい。その小さな温もりに触れたい。


しかし、私の耳に、赤子の元気な産声が届くことはなかった。
長引く極度の冷遇と、飢えと寒さによって完全に衰弱しきっていた私の体は、すでに出産という大事業に耐えうるだけの生命力を残していなかったのだ。

私の中から命が抜け落ちた瞬間、私自身の命の繋がりも、ぷつりと音を立てて切れてしまった。

ひどく冷たかったはずの体が、急に温かな光に包まれるような感覚に陥る。

「奥様……? ああ、なんということ……奥様ぁっ!!」

登代の絶叫が、まるで水の中にいるように遠く、くぐもって聞こえた。

香香丸、ごめんなさい。あなたを一人ぼっちにしてしまう、不甲斐ない母を許して。
お腹の子よ。あなたの顔を見ることも、声を聴くこともできなくて、ごめんなさい。

最後に脳裏に浮かんだのは、私を求めて泣き叫ぶ香香丸の小さな手と、私を見下した名門の姫の傲慢な笑み、そして景冬の冷酷な顔だった。


深い深い絶望と、果てしない我が子への執着を抱いたまま。
私の意識は、そこで完全に暗転した。
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