「愛など不要ですから。お気をつけて」

あとりえむ

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第6話

数日間の不眠不休の炊き出しが続き、私の体力も限界に近づいていた。
濃霧に包まれた早朝の最前線基地。冷たい空気を切り裂くように、スパイスの強烈な香りが漂い続けている。


鍋をかき混ぜる手を止め、私は重い瞼をこすりながら霧の奥を見つめた。

「もう!いつまで私を待たせる気なのよ」

悪態をついたその時だった。
見張りの兵士が弾かれたように立ち上がり、霧の向こうを指差して叫んだ。

「誰か来るぞ!」

ざわめきが広がる中、濃霧を割って泥だらけの一団が姿を現した。足取りはおぼつかなく、誰もが満身創痍の体を寄りかからせるようにして歩いている。

その先頭に立つ大男の姿を捉えた瞬間、私の心臓は早鐘のように打った。

泥と乾いた血にまみれ、あちこちが破けてはいるものの、その肩には鮮やかな青と緑のボタニカル柄が確かに揺れていた。

──私が送りつけた、あの悪趣味なまでに派手なマントだ。

死線を引きずり回されたような酷い有様なのに、彼はまっすぐにこちらへ向かって歩いてきた。
その足取りは、風に乗って漂う鍋からの湯気に導かれているかのようだった。


私の目の前まで辿り着いた彼は、ゆっくりと顔を上げ、鼻をひくつかせた。
無精髭に覆われた顔。頬には新しい傷ができている。
私を射抜くような鋭い眼光はすっかり鳴りを潜め、どこか安堵したような色を浮かべていた。

「……うまそうな匂いだな」

それが、奇跡の生還を果たした「死なずのグウィン」が最初に発した言葉だった。

気の利いた愛の言葉なんて一つもない。やっぱりこの男は、どうしようもない不器用な仕事バカだ。

商人の娘としての矜持も、冷徹な仮面も、今の私には何の役にも立たなかった。
ぽろぽろと零れ落ちる涙を拭うことすら忘れ、私は持っていた木べらを放り投げた。

「もう!遅すぎるのよ、この仕事バカ!」

文句を叫びながら、私は泥だらけの彼の胸に思い切り飛び込んだ。
痛む体に応えたはずなのに、彼は顔をしかめることもなく、太くたくましい両腕で私をしっかりと抱き留めた。

「……ったく!しゃーねーな!」

頭上から降ってきたのは、呆れたような、けれど今までで一番優しく響く笑い声だった。



戦場に不釣り合いなスパイスの香りと、花柄のマントに包まれながら、私はようやく気づいた。


政略結婚という最悪のスタートから始まった私たちは、

──この瞬間、ようやく本当の夫婦になれたのだと。
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