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第5話 泥水のような紅茶と、失って気づく価値
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ガッシャーン!!
ゲオルグ男爵家の豪華な応接間に、鼓膜を劈くような陶器の砕ける音が響き渡った。
「ひぃっ!も、申し訳ございません、奥様!」
「ええい、鬱陶しい!さっさとその汚い破片を片付けなさい!」
カミラ夫人は顔を真っ赤にして激昂し、新しく雇い入れたばかりの若いメイドを怒鳴りつけた。
メイドは涙目で床に散らばったティーカップの破片を拾い集めている。
「まったく、どいつもこいつも無能ばかりね!この紅茶、一体どうやって淹れたの!?渋くて生温くて、まるで泥水じゃないの!」
「で、ですが、奥様の仰る通り、高級な茶葉をたっぷり使って熱いお湯で……」
「言い訳するんじゃないわよ!前までこんな不味いお茶、一度も出たことなかったのに!」
カミラ夫人は忌々しげに舌打ちをした。
実は彼女自身、薄々気づき始めているのだ。
あの日、雨の中に放り出した地味なメイド、ミアが淹れるハーブティーがどれほど絶品だったかということに。
ミアは夫人の体調やその日の気温に合わせて、茶葉の量や湯の温度、抽出時間を完璧に調整していた。
それを知らずに「高級な茶葉に湯を注げばいい」と思い込んでいる今のメイドたちが淹れるお茶は、ただ苦いだけの粗悪品だった。
そこへ、分厚い帳簿を抱えたメイド長が、青ざめた顔で足早に入室してきた。
「奥様……大変ですわ。今月の帳簿の数字が、どう計算しても合いません。業者が持ってきた請求書と、蔵にある在庫の数が全く噛み合わないのです!」
「はあ!?何でそんなことになっているのよ。ミアがいた時は、もっと裏金がスムーズに……」
「それが……あの女、表の帳簿と裏の在庫を一人で照らし合わせ、不正が露見しないよう完璧な『二重帳簿』を頭の中で組んでいたようですわ!ミアがいなくなったせいで、どの業者が裏金の中抜きに協力していたのか、誰にも分からなくなって……!」
メイド長の言葉に、カミラ夫人は絶句した。
ミアはただの使い走りの雑用係ではなかった。
屋敷の経理から備品管理、そして夫人のティータイムの完璧な演出まで、男爵家の裏側をたった一人で支えていた大黒柱だったのだ。
その事実を突きつけられ、カミラ夫人は自分の愚かさを認める……わけがなかった。
「……ふざけないで!たかがメイド一人がいないだけで、この男爵家が回らなくなるなんてあり得ないわ!」
彼女のプライドは、自らの非を認めることを絶対に許さなかった。
己の過ちを正当化するため、彼女の思考はさらなる醜い悪意へと歪んでいく。
「メイド長。あの恩知らずのミアを、今すぐ連れ戻しなさい!」
「で、ですが奥様。あいつは第一王子殿下に保護されて王宮にいると、先日使いの者が……」
「そんなもの、殿下が気まぐれで拾っただけよ!あんなみすぼらしい女、すぐに飽きて追い出されるに決まっているわ。いいこと、衛兵にこう訴え出なさい。『我が家から逃げ出した恩知らずのメイドが、私の愛用していた高価な真珠のブローチを盗んで逃げた』とね!」
「窃盗罪で訴えるのですか!?」
「ええ!公的な犯罪者に仕立て上げれば、いくら王宮といえど匿いきれないはずよ。王族の顔に泥を塗ったとなれば、あの子は二度と王宮にはいられない。泣いてこちらに縋り付いてくるに決まっているわ」
カミラ夫人は扇子で口元を隠し、下品に歪んだ笑い声を上げた。
「さあ、あの子に思い知らせてやりましょう。自分がいかにちっぽけで、男爵家なしでは生きていけない惨めな存在かということをね!」
失って初めてその価値に気づきながらも、執着と傲慢さから破滅への道を全速力で突き進んでいく男爵家。
彼らはまだ知らない。
ミアがすでに、王宮という絶対的な安全圏で、最高権力者たちの心と胃袋を完全に掌握しているということを。
ゲオルグ男爵家の豪華な応接間に、鼓膜を劈くような陶器の砕ける音が響き渡った。
「ひぃっ!も、申し訳ございません、奥様!」
「ええい、鬱陶しい!さっさとその汚い破片を片付けなさい!」
カミラ夫人は顔を真っ赤にして激昂し、新しく雇い入れたばかりの若いメイドを怒鳴りつけた。
メイドは涙目で床に散らばったティーカップの破片を拾い集めている。
「まったく、どいつもこいつも無能ばかりね!この紅茶、一体どうやって淹れたの!?渋くて生温くて、まるで泥水じゃないの!」
「で、ですが、奥様の仰る通り、高級な茶葉をたっぷり使って熱いお湯で……」
「言い訳するんじゃないわよ!前までこんな不味いお茶、一度も出たことなかったのに!」
カミラ夫人は忌々しげに舌打ちをした。
実は彼女自身、薄々気づき始めているのだ。
あの日、雨の中に放り出した地味なメイド、ミアが淹れるハーブティーがどれほど絶品だったかということに。
ミアは夫人の体調やその日の気温に合わせて、茶葉の量や湯の温度、抽出時間を完璧に調整していた。
それを知らずに「高級な茶葉に湯を注げばいい」と思い込んでいる今のメイドたちが淹れるお茶は、ただ苦いだけの粗悪品だった。
そこへ、分厚い帳簿を抱えたメイド長が、青ざめた顔で足早に入室してきた。
「奥様……大変ですわ。今月の帳簿の数字が、どう計算しても合いません。業者が持ってきた請求書と、蔵にある在庫の数が全く噛み合わないのです!」
「はあ!?何でそんなことになっているのよ。ミアがいた時は、もっと裏金がスムーズに……」
「それが……あの女、表の帳簿と裏の在庫を一人で照らし合わせ、不正が露見しないよう完璧な『二重帳簿』を頭の中で組んでいたようですわ!ミアがいなくなったせいで、どの業者が裏金の中抜きに協力していたのか、誰にも分からなくなって……!」
メイド長の言葉に、カミラ夫人は絶句した。
ミアはただの使い走りの雑用係ではなかった。
屋敷の経理から備品管理、そして夫人のティータイムの完璧な演出まで、男爵家の裏側をたった一人で支えていた大黒柱だったのだ。
その事実を突きつけられ、カミラ夫人は自分の愚かさを認める……わけがなかった。
「……ふざけないで!たかがメイド一人がいないだけで、この男爵家が回らなくなるなんてあり得ないわ!」
彼女のプライドは、自らの非を認めることを絶対に許さなかった。
己の過ちを正当化するため、彼女の思考はさらなる醜い悪意へと歪んでいく。
「メイド長。あの恩知らずのミアを、今すぐ連れ戻しなさい!」
「で、ですが奥様。あいつは第一王子殿下に保護されて王宮にいると、先日使いの者が……」
「そんなもの、殿下が気まぐれで拾っただけよ!あんなみすぼらしい女、すぐに飽きて追い出されるに決まっているわ。いいこと、衛兵にこう訴え出なさい。『我が家から逃げ出した恩知らずのメイドが、私の愛用していた高価な真珠のブローチを盗んで逃げた』とね!」
「窃盗罪で訴えるのですか!?」
「ええ!公的な犯罪者に仕立て上げれば、いくら王宮といえど匿いきれないはずよ。王族の顔に泥を塗ったとなれば、あの子は二度と王宮にはいられない。泣いてこちらに縋り付いてくるに決まっているわ」
カミラ夫人は扇子で口元を隠し、下品に歪んだ笑い声を上げた。
「さあ、あの子に思い知らせてやりましょう。自分がいかにちっぽけで、男爵家なしでは生きていけない惨めな存在かということをね!」
失って初めてその価値に気づきながらも、執着と傲慢さから破滅への道を全速力で突き進んでいく男爵家。
彼らはまだ知らない。
ミアがすでに、王宮という絶対的な安全圏で、最高権力者たちの心と胃袋を完全に掌握しているということを。
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