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第4話 屈強な騎士団を骨抜きにする「みたらし団子」
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王宮での生活は、ミアにとって夢のように穏やかで充実したものだった。
すきま風の吹く冷たい床で震えることもなく、理不尽な暴力や罵声に怯えることもない。
何より、自分が心を込めて作ったお菓子が、最高権力者たちに求められ、愛されているという事実が、ミアの心を温かく満たしていた。
「おい、ミア。いるか」
ある日の昼下がり。
王宮の厨房に、第二王子カイルがひょっこりと顔を出した。
額には汗が光り、訓練用の動きやすい軽鎧を身につけている。
「カイル殿下、お疲れ様です。お菓子ですか?今はちょうど……」
「いや、今日はいつもの甘い奴じゃなくていい。俺の部下たち、騎士団の連中にも食わせられるものを頼みたいんだ」
カイルは照れ隠しのように、ガシガシと自身の銀色の髪を掻いた。
「あいつら、朝から晩まで泥まみれで剣を振ってるからな。甘すぎるものより、少し塩気があって、腹にたまるものがいい。……お前なら、なんか面白いもん作れるだろ?」
期待を込めた眼差しを向けられ、ミアの和菓子職人としての血が騒いだ。
「塩気があって、腹にたまるものですね。……任せてください!」
ミアは腕まくりをして、王宮の広大な食材庫へと向かった。
米の粉はすぐに見つかった。
問題は「塩気」だ。
ただの岩塩を振るだけでは面白みがない。
ふと、薄暗い棚の奥にある、黒い液体の入った大きな壺が目に留まった。
「管理人の男性、これは何ですか?」
「あ、それかい?東の異国から流れてきた『黒い塩水』だ。生臭い魚を煮る時にしか使わねえ下層民の調味料だよ。王宮の料理にはとてもじゃないが……」
ミアは壺の重い蓋を開け、そっと匂いを嗅いだ。
(間違いない。これ、お醤油だわ!)
前世で慣れ親しんだ、大豆が発酵した香ばしくも深い香り。
ミアは迷わずその壺を抱きかかえ、厨房へと戻った。
米の粉にぬるま湯を少しずつ加え、耳たぶほどの柔らかさになるまで丁寧にこねる。
それを小さく丸め、沸騰したお湯で茹で上げた後、竹串に刺していく。
これだけでも十分美味しいが、真骨頂はここからだ。
小鍋に「黒い塩水」ことお醤油、そして純白の砂糖をたっぷりと入れ、弱火でじっくりと煮詰めていく。
醤油が焦げる香ばしい匂いと、砂糖の甘い匂いが混ざり合い、厨房に暴力的なまでに食欲をそそる香りが充満し始めた。
「な、なんだこの匂いは……猛烈に腹が鳴っちまうぞ」
周囲の料理人たちが、またしても遠巻きに生唾を飲み込んでいる。
とろみがついた艶やかな琥珀色のタレを、茹で上がった真っ白な団子にたっぷりと絡める。
「できました。みたらし団子です!」
演習場には、厳しい訓練を終えて泥まみれになり、地面に座り込んでいる騎士たちの姿があった。
そこへ、ミアが大きな重箱を抱えてやってくる。
「カイル殿下、お待たせいたしました」
「おお、来たか。……なんだ、このとんでもなくいい匂いは」
カイルだけでなく、疲労困憊だったはずの周囲の騎士たちも一斉に顔を上げ、犬のように鼻をひくつかせた。
重箱の蓋を開けると、琥珀色のタレが艶やかに光る串団子が整然と並んでいる。
「……なんだこれ?菓子なのか、それとも肉のタレか?」
いかつい体格の騎士の一人が、恐る恐る串を手に取り、タレの滴る団子を口に運んだ。
その瞬間、騎士の目がカッと見開かれた。
「う、うおおお!?なんだこれ、甘いのにしょっぱい!それにこの弾力、噛み応えがたまらねえ!」
「本当か!?俺にも一本……うまっ!疲れた体にタレの塩気と甘さがめちゃくちゃ染み渡る……!」
「殿下、この串、あと十本はおかわりいただけますか!?」
屈強な騎士たちが、みたらし団子を巡って次々と我を忘れ、歓喜の声を上げている。
その凄まじい食いつきっぷりに、ミアが目を丸くしていると、頭にポンと大きな手が乗せられた。
「……お前は本当に、すげえな」
見上げると、カイルが自分も口の周りにタレをつけながら、普段の乱暴な口調からは想像もつかないほど優しい、とろけるような笑顔を向けていた。
「あいつらがこんなに美味そうに飯を食うのは久しぶりだ。お前の菓子は、ただ甘いだけじゃなくて、食う奴を元気にする力がある。……ミア、本当に助かった。ありがとうな」
大きな手で乱暴に、けれどとても温かく頭を撫でられ、ミアの頬が熱くなる。
「い、いえ。皆さんに喜んでいただけて、私もすごくうれしいです」
男爵家では絶対に味わえなかった、自分の仕事が誰かの役に立ち、心から感謝される喜び。
甘じょっぱいみたらし団子の香りに包まれながら、ミアは王宮での新しい生活が、さらに愛おしいものになっていくのを感じていた。
すきま風の吹く冷たい床で震えることもなく、理不尽な暴力や罵声に怯えることもない。
何より、自分が心を込めて作ったお菓子が、最高権力者たちに求められ、愛されているという事実が、ミアの心を温かく満たしていた。
「おい、ミア。いるか」
ある日の昼下がり。
王宮の厨房に、第二王子カイルがひょっこりと顔を出した。
額には汗が光り、訓練用の動きやすい軽鎧を身につけている。
「カイル殿下、お疲れ様です。お菓子ですか?今はちょうど……」
「いや、今日はいつもの甘い奴じゃなくていい。俺の部下たち、騎士団の連中にも食わせられるものを頼みたいんだ」
カイルは照れ隠しのように、ガシガシと自身の銀色の髪を掻いた。
「あいつら、朝から晩まで泥まみれで剣を振ってるからな。甘すぎるものより、少し塩気があって、腹にたまるものがいい。……お前なら、なんか面白いもん作れるだろ?」
期待を込めた眼差しを向けられ、ミアの和菓子職人としての血が騒いだ。
「塩気があって、腹にたまるものですね。……任せてください!」
ミアは腕まくりをして、王宮の広大な食材庫へと向かった。
米の粉はすぐに見つかった。
問題は「塩気」だ。
ただの岩塩を振るだけでは面白みがない。
ふと、薄暗い棚の奥にある、黒い液体の入った大きな壺が目に留まった。
「管理人の男性、これは何ですか?」
「あ、それかい?東の異国から流れてきた『黒い塩水』だ。生臭い魚を煮る時にしか使わねえ下層民の調味料だよ。王宮の料理にはとてもじゃないが……」
ミアは壺の重い蓋を開け、そっと匂いを嗅いだ。
(間違いない。これ、お醤油だわ!)
前世で慣れ親しんだ、大豆が発酵した香ばしくも深い香り。
ミアは迷わずその壺を抱きかかえ、厨房へと戻った。
米の粉にぬるま湯を少しずつ加え、耳たぶほどの柔らかさになるまで丁寧にこねる。
それを小さく丸め、沸騰したお湯で茹で上げた後、竹串に刺していく。
これだけでも十分美味しいが、真骨頂はここからだ。
小鍋に「黒い塩水」ことお醤油、そして純白の砂糖をたっぷりと入れ、弱火でじっくりと煮詰めていく。
醤油が焦げる香ばしい匂いと、砂糖の甘い匂いが混ざり合い、厨房に暴力的なまでに食欲をそそる香りが充満し始めた。
「な、なんだこの匂いは……猛烈に腹が鳴っちまうぞ」
周囲の料理人たちが、またしても遠巻きに生唾を飲み込んでいる。
とろみがついた艶やかな琥珀色のタレを、茹で上がった真っ白な団子にたっぷりと絡める。
「できました。みたらし団子です!」
演習場には、厳しい訓練を終えて泥まみれになり、地面に座り込んでいる騎士たちの姿があった。
そこへ、ミアが大きな重箱を抱えてやってくる。
「カイル殿下、お待たせいたしました」
「おお、来たか。……なんだ、このとんでもなくいい匂いは」
カイルだけでなく、疲労困憊だったはずの周囲の騎士たちも一斉に顔を上げ、犬のように鼻をひくつかせた。
重箱の蓋を開けると、琥珀色のタレが艶やかに光る串団子が整然と並んでいる。
「……なんだこれ?菓子なのか、それとも肉のタレか?」
いかつい体格の騎士の一人が、恐る恐る串を手に取り、タレの滴る団子を口に運んだ。
その瞬間、騎士の目がカッと見開かれた。
「う、うおおお!?なんだこれ、甘いのにしょっぱい!それにこの弾力、噛み応えがたまらねえ!」
「本当か!?俺にも一本……うまっ!疲れた体にタレの塩気と甘さがめちゃくちゃ染み渡る……!」
「殿下、この串、あと十本はおかわりいただけますか!?」
屈強な騎士たちが、みたらし団子を巡って次々と我を忘れ、歓喜の声を上げている。
その凄まじい食いつきっぷりに、ミアが目を丸くしていると、頭にポンと大きな手が乗せられた。
「……お前は本当に、すげえな」
見上げると、カイルが自分も口の周りにタレをつけながら、普段の乱暴な口調からは想像もつかないほど優しい、とろけるような笑顔を向けていた。
「あいつらがこんなに美味そうに飯を食うのは久しぶりだ。お前の菓子は、ただ甘いだけじゃなくて、食う奴を元気にする力がある。……ミア、本当に助かった。ありがとうな」
大きな手で乱暴に、けれどとても温かく頭を撫でられ、ミアの頬が熱くなる。
「い、いえ。皆さんに喜んでいただけて、私もすごくうれしいです」
男爵家では絶対に味わえなかった、自分の仕事が誰かの役に立ち、心から感謝される喜び。
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