3年目の初恋

黒月夕

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3年目の初恋

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私は3年も付き合ってきた彼氏に、今さら恋をしている。

私には中学2年生の時にできた彼氏がいる。
元々は、仲のいいグループの1人だ。
いつの間にかグループの中でちらほらカップルができ始めて、その流れで付き合うようになった。
高校も同じだったからそのまま付き合いは続き、私たちは高校2年生になった。

私はどこにでもいるような、普通の女子高校生だ。
彼氏である澤村素直すなおも、普通の中学生だったはずなのに、気が付いたら周囲から羨ましがられるほどモテモテになっていた。

素直は、どちらかというと寡黙なタイプで、口がうまいわけではない。
でも勉強ができて2年生ながら、バレー部のエースだ。
私と変わらなかった身長はいつのまにかどんどん伸びて、かわいいと思っていた顔も気づいたらしっかりとイケメンと呼ばれる男の人になっていた。
素直とは付き合って3年になるけど、清く正しい交際が続いている。
つまり、付き合っているとは名ばかりの親しい友人といった感じだ。

「それじゃ、俺たち付き合おう」

と言われたから、なんとなく付き合い始めただけで、別れようと言われないから続いている。
それでもイベントはちゃんとこなしてきたし、一緒にいる時間も長いから、自然と情は湧く。
付き合い始めたときは、素直に恋はしていなかった。
だから、冗談みたいに付き合い始めてもときめいたりはしなかった。

「いい加減、澤村くんを解放してあげてください!澤村くんには彼女がいるからって断られたけど、全く好きあってるように見えません!
別れてください!あなたじゃ全然澤村くんに釣り合わない」

高校生になって、何度同じようなことを言われただろう。
素直に断られたのなら、私たちが別れる必要はないんじゃないかと思う。
少しヒステリックになっている女の子は、スタイルのいい目のぱっちりした美少女だ。
とてもモテるだろうなと思う。
確かに、この子なら素直と並んでもお似合いなんだと思う。
その子は言いたいことを言ったら、綺麗なストレートの髪の毛を翻してさっさと行ってしまった。

何も言い返せない自分がもどかしい。
自分でも、どうして素直が私と付き合い続けているのかわからない。
その場に残っていると、情けなさが募る気がして私も帰ることにした。

人気のない廊下を通って靴箱へ向かう途中、隠れるようにキスする人影を見つけてしまった。
しかも、2人とも男子だった。
でも、お互いを思いやっている優しい雰囲気を感じ、人に見られたくないだろうとそっと引き返そうとした時....。

あおい、探してた。
用が終わったなら一緒に帰ろう」

運悪く素直に見つかってしまった。

「え?来見くるみ?......と直??」

その声に、さっきの男子が誰だかわかってしまった。

「....圭太、ごめん」
「え?」

素直にはなぜ私が圭太に謝ったのか、全く状況が掴めていないようだった。
圭太は、中学生の例のグループのメンバーの1人だ。そして、圭太の相手の晋作もそうだ。
そのまま学校で話をするわけにもいかず、結局そのまま4人でファミレスへ行くことになった。

「来見、さっきはごめん」

席に着くなり正面に座った圭太に謝られて、ビックリする。

「いや、謝るようなことじゃないでしょ。
あんなところでするのは良くないとは思うけど...」
「......正直、話聞いてくれると思わなかった。
気持ち...悪い....とは思わなかった?」

「........ビックリはした。
でも圭太と晋作仲良かったから、そうなんだなーって思っただけ」
「男同士、なのに?」
「上手く説明できなくて、酷い言い方に聞こえるかもしれないけどいい?
私が女の子と交際するのは無理だけど、そうじゃないなら気にならない。
どちらかというと、仲のいい2人が幸せなら友達としておめでとうって思う」

圭太の隣に座っている晋作がフッと吹き出した。

「正直すぎるだろ。
自分には関係ないからお好きにどうぞってことか。来見らしいわ」
「そんな感じじゃなくて、上手く言えないけど.....気持ち悪いとかは思わない。
私に圭太とか晋作とキスしてみてって言われたら気持ち悪いけど」

「大丈夫。させないから。
葵の言いたいこと、ちゃんと2人には伝わってるよ」

言い方が不味かったかなと困ってたら、素直の声と頭にポンポンと触れる大きな手と、その通りといえように頷く2人に安心する。

「え?直知ってた?」

圭太の問いかけに、私もハッとする。
素直は2人のキスなんて見てないハズだ。

「晋と圭のこと?
何となくそうかなとは思ってたよ」
「やっぱりお前にはバレてたか」
「いや、晋隠すつもりなかっただろ?
良かったな。晋、圭、おめでとう」

圭太と私は少しパニックだけど、素直と晋作は普通にこの状況を受け入れている。

「気持ち悪がられると思ってたから、2人にそう言ってもらえてうれしい」

真底うれしそうにはにかむ圭太が、かわいく見える。そんな圭太を見る晋作の目も優しい。
お互いが好きあってて、大切にしあってるのっていいなと思う。

「それで、来見はどうしてあそこにいたんだ?
あそこって特別教室しかないよな?忘れ物か?」

晋作に聞かれるまで、完全に油断していた。
素直には用があるとだけ伝えていて、どんな用だったかまで考えてなかった。

「ちょっと人と会う用事があって。
相談?みたいな」
「怪しい!告白されたとか?」
「いや、全然そんな話じゃない。
話の相手はかわいい女子だし」
「嘘じゃないみたいだな。
葵は嘘つくの下手だから」
「おい、そんなに問い詰めるな。
直、飲み物持ってこようぜ。
圭はコーラでいいな?」
「葵にはグレープフルーツ持ってくる」

素直が席を外すと、とたんに気が抜ける。

「直に聞かれたくなかったんだ?
女の子って言ってたし、嫉妬系ってとこ?」

ここまでハッキリと言われると否定する気も起きない。

「そう。私は素直に似合わないから別れて欲しいって」
「はぁ!?誰そんなこと言うやつ。
こっちは中学からの付き合いだっつーの!」
「まぁ、仕方ないよ。
素直いつの間にかめちゃくちゃモテるようになっちゃったし。
晋作だって野球部のエースなんだから、圭太も同じような思いしちゃうかも」
「モテようがモテまいが関係ないね。
こっちは付き合ってんだから。
晋は俺のもの」

「2人はどうやって付き合うようになったの?」
「話を変えるなよ。
......俺がコクった。
前にさ、直と晋と3人でいる時に、直が知らない女子にコクられたんだ。
あ、知らなかったらごめんな。
そしたら、直が彼女がいるから付き合えないってハッキリと断ったんだ。
なんかさ、いいなーと思ったんだ。
直は来見のものだし、来見は直のものなんだなって。
そしたら、晋が誰かのものになるのが怖くなった」

素直が、誰かに告白されたなんて知らなかった。
いや、きっと何度かあるんだろうなとは思ってた。
でも、素直はわざわざ私にそんなこと教えてくれない。

「晋作に何て告白したか聞いてもいい?」
「はぁ?
......普通に、ずっと好きだったから付き合って欲しいって、言った。
友達に戻れない覚悟で言ったから、時間かけてちゃんと考えて欲しいって。
それで、さっき俺も好きだって返事もらったとこだったんだ」
「そうだったんだ。
邪魔しちゃってごめん。
でも、いいな。なんかキュンとする」

これは完全に本音だった。
好きだって言って、好きだよって返ってくるなんて奇跡に近いと思う。
しかも、同性っていう壁を乗り越えて。
そしたら、盛り上がっちゃってキスしたくもなっちゃうんだろうな。

「3年のベテランからしたら青いなって思ってるんだろ。
まぁ、これまで誰にもこんな話できなかったから、ちょっと楽しいかも」
「ベテランって...」

圭太の言っていることは、少しわかる気がする。
私は素直の彼女である実感があまりなくて、あまり素直とのことを人に話せなかった。
だから、私のことを彼女と認識してくれている圭太と話すのを少し楽しいと感じた。

「圭、楽しそうだな」
「俺らのことを受け入れてくれた直と来見は、心の友って話してたんだよ」

その後は、ドリンクを持ってきてくれた素直と晋作と4人で他愛ない話をした。

「今日は楽しかった!また4人で遊ぼうな!」

テンション高めの圭太を晋作が宥めるのを眺めつつ、2人とは別れた。
素直に送ってもらって帰る時、黙っていてもいつも穏やかな空気が流れているのが好きだ。
私は人見知りのクセに、あまり親しくない人とのしーんとした時間が苦手で、頑張って話題を探すエセお喋りだ。
頑張ってお喋りして、ぐったりと疲れるタイプ。
でも素直といるときに、無理に話題を探すことはない。
ぼーっとしていても、嫌な空気にならない。

でも、今日は何となく違った。
断ったとはいえ、素直が誰かに告白されたことや、
その人ではないかもしれないけど、かわいい女子に私は素直に釣り合わないと言われたことを思い出して落ち込んできた。
幸せそうな圭太の様子を見てたから、なおさら悲しい気持ちになった。

「今日は静かだな」
「え?いつもこんなじゃない?」
「普段は色んな表情してて黙ってても賑やかだよ。
何かあった?」

黙ってても賑やかって...私は感情が顔に出やすいらしい。確かにさっきも嘘をつくのが苦手だと言われたばかりだ。

「圭太がね、素直が告白されるところ見て、晋作を他の人にとられたくないって思って告白した、って言ってた」
「へぇ、圭頑張ったんだな」

そう、圭太は頑張った。でも、私が引っ掛かってるのはそこじゃない。
断ったのなら、堂々と告白されたって教えて欲しかったな。
素直は今日も私の歩幅に合わせて歩いてくれる。
でも、手を繋いだりはしない。
素直の優しさは伝わるけど、恋人としては距離を感じてしまう。
一緒にいるのに、淋しさを感じるなんて不思議だ。

偶然、圭太と晋作の関係を知ってしまってから、私たちは4人で行動することが増えた。
私は余計なこと考えなくてすむし、2人には私たちがいいカモフラージュになっているようだ。
ただ、素直という彼氏がいるのに、野球部でエースの晋作とまで仲がいいというので、以前よりもクレームが確実に増えた。
素直とのことに対するクレームは、正面から受け止めてしまって、深く心を抉られるけど、晋作のことは完全な誤解だから全く気にならない。
でも、圭太はそれが不満なようだ。

「どうしてそこに俺が出てこないわけ?
俺って透明人間みたいな扱い?」
「クレーム受けても受けなくてもモヤモヤした気持ちになるって、お互いに辛いね」
「本当に!来見はずっとこれ1人で耐えてきたの?
直に相談したりしないの?
俺なら我慢できない」
「耐えてはない。
素直に相談はしないけど、何となく察してくれてるみたい。
だから、試合は来ないでって言われてる」
「まぁ、あのモテぶりからすると他校にもファンがいそうだしね。
彼女だってわかったら大変か。
でもさ、それもつまらなくない?
次の試合は晋も誘って3人で応援行こうぜ。
俺ら2人いれば、どっちかがトイレ行っても大丈夫だろ」

何かあることが前提なのかと突っ込みを入れたいところだけど、久しぶりに素直の試合が見られるのは純粋にうれしい。
素直に話したら、2人が一緒ならと久しぶりの応援を喜んでくれた。

「葵が応援きてくれるの久しぶりだな。
なんか、すげー頑張れそうな気がする」

素直が私を気遣ってくれてることはわかってた。
でも、本当は来て欲しくないのかもって少しだけ思ってたから、その言葉は純粋にうれしい。

「差し入れ持っていくね」
「あ、それならあのスコーンがいい」

素直はあまり甘いものが好きじゃない。
でも、休憩中の栄養補給はしなきゃいけなくて、試しに作ってみた、ナッツとチョコのグラノーラ入りスコーンはお気に召したらしい。
多めに作って差し入れると、チームメイトも食べてくれるみたいだから、差し入れることに決めた。

試合当日、素直は部活の皆と会場入りしている。
今回の大会はインターハイ予選で、3年生の多くは学生生活最後の試合になる。
一応進学校であるうちの学校で、春高バレーまで残る3年生はほぼいない。
圭太や晋作と待ち合わせて会場に入ると、客席はもう既に結構人が座っている。

「早いかなと思ったけど、遅いくらいだったね」
「応援って女子が多いかと思ってたけど、意外と男子も多いな。
来見もよく応援来てたんだろ?」
「前はよく来てたよ。
うちの中学弱かったでしょ?
あんまりお客さんもいなくて。
素直のお母さんとかと大声で応援してたよ」
「母親公認か!いいね」
「せっかくの2人の時間使ってもらっちゃってごめんね。ありがとう」
「なに言ってるの!
実のところ、来見のおかげでカモフラになってるみたいで助かってるんだ」

3人で話していると、周りの女子がこっそりと騒ぎ出す声が聞こえる。

「ほら!あの黒いユニフォームの4番!
澤村くんやっぱりかっこいいー!」
「また身長伸びたよね!
同じ学校の人とか羨ましすぎる」
「澤村くんってさ、中学の時からの彼女いるって有名だよねー」
「本当にー?羨ましすぎるー」

「既に直のファンらしき子いるね」
「マジか、直すげーなー」
「ホントだね。なんか、居づらい..」
「堂々としてろ、堂々と」

私よりも2人が堂々としてるのが、面白い。

「あ、あの子でしょ?澤村くんの彼女って。
いっつも試合見に来てて、大声で素直くんって呼びながら手を振ったり、これ見よがしな感じがずるいって思うけど、やっぱりイケメンにはかわいい彼女いるんだなーって思うわー」
「あの髪の毛綺麗なスタイルいい子?
ホントだー!めちゃくちゃ美少女って感じ!」

噂話している女の子たちが指差す方向を見ると、この前の美少女だった。
益々居づらくなる。
朝からお腹痛いかなと思ってたけど、その痛みが一層強くなってきている気もする。

「はぁ?噂って適当だな。
彼女ならここにいるし」
「まぁ、直もこんな風に勝手に噂されたりするの嫌だから、来見に来るなって言ってたんだろ。
あいつ過保護だけど、大事にされてるってことだそ、来見」
「うん。ありがと」

自分の笑顔がひきつるのがわかる。
ズキズキとお腹の痛みが酷くなってきて、額が汗ばんでくる。

「試合始まる前に、お手洗いに行ってくるね!
間に合わないといけないから、圭太か晋作、素直に差し入れ届けてくれないかな?ごめん」
「おけ!任せろ。
慌てずに行ってこいよ」

スコーンの入ったバスケットを圭太に渡すと、私はトイレに逃げ込もうと、取り敢えず会場入り口のホールへと向かった。
腹痛はどんどん酷くなってきている。
あの場にいたくなかった。
素直の彼女だと噂されていた、あの美少女のことを思い出す。
素直の彼女は私なのに。
もう、腹痛の激しさに立っていられなかった。
壁際に寄って、しゃがみ込んでしまう。

「おい、大丈夫か?」

見知らぬ男の人が声をかけてくれるけど、目も開けられず、声を出すのも辛い。

「ごめ...んなさ..い。
おなか....いた...い」
「腹痛?立てるか?」

優しく聞いてくれるのに、受け答えがままならない。
左右に首を振った後、何も考えられずにすうっと気が遠くなる。

「辛そうだな。
じっとしてろ」

相手が誰だかわからないのに、低くて優しい声にひどく安心して、それからはその人の言う通り、救急車で近くの病院へ連れて行ってもらった。
私は、無意識にその人のシャツを強く握っていたらしく、その人も病院まで付き添ってくれたらしい。
私は、急性虫垂炎を起こしていたそうだ。
腹膜炎を起こしかけていたらしく、その人が私のスマホから母に連絡を入れてくれて、すぐに手術になったらしい。

「葵、我慢強いのもいいけど、子どもじゃないんだから体調悪いなら悪いなりに病院へいくなりしなきゃ」

手術後、目を覚まして看護師さんから許可をもらって母に電話した。
感染症予防で、見舞いや付き添いはできないと断られたらしい。

「うん。ごめん。
お腹痛いなとは思ってたんだけど。
女の子のアレかなって思ってた」
「虫垂炎じゃ全く痛みが違うでしょう!
素直くんたちもスマホも繋がらないからって、心配して家へ訪ねてきてくれたのよ。
葵が急性虫垂炎で救急車で運ばれたこと、知らなかったらしくて、ひどく驚いてた。
それから、大和やまとくんにお礼の連絡しなさいよ。
病院まで付き添ってくれて、お母さんや学校に電話までしてくれたんだから」
「大和くん?」
「同じ学校で素直くんの同級生らしいけど、葵は親しくないの?
連絡先聞いてあるから、後でLINEしておく。
ちゃんと、お礼言いなさいね」
「わかった」

素直のクラスは成績上位者だけのいる特別クラス、通称特クラだ。
敷居が高すぎて、クラスへ行ったことはないから、大和くんのことも知らなかった。
自分のことに手一杯で、素直の試合や圭太達のこと忘れてしまっていた。

『心配かけてごめん。
試合どうだった?』
素直へ。

『心配させてしまってごめんね。
貴重な休日を無駄にさせてしまって申し訳ない』
圭太と晋作へ。

『大和くん、来見葵です。
母から連絡先教えてもらいました。
助けてくれてありがとう。
無事に手術も終わりました。
また改めてお礼させてください』
大和くんへ。

それぞれにLINEを送る。
最初に既読になったのは素直で、すぐ返信が来た。

『痛みはどう?
無理させてごめん。
試合は勝った。
葵のスコーンのおかげ』

『じっとしてると痛くないけど、看護師さんに動くように言われた。
キズが開きそうで怖い』

『声聞きたい。
電話していい?』

何度目かのやり取りの後、私は素直に電話を掛けた。

「もしもし!?
本当に痛くないか?無理するなよ?」
「無理してないよ。
さっき、お母さんにも電話したところ」
「晋と圭から葵が戻ってこないって聞いて心配した。
大和が助けてくれたって聞いた。
葵、大和と仲良かった?」
「全く。
お母さんに大和くんが助けてくれたって聞いたよ。
実は同じ学校ってことすら知らなかった。
でも、すごく優しかったよ」
「武士って感じだからな、大和は。
俺からもお礼伝えとく。
お見舞い行けないの辛いな。
これくらいの時間に、また電話しよう。
無理はするなよ」

しばらく素直と話して、おやすみを言い合った。
普段、寝る前はLINEが多くて電話することあまりないから、耳元から聞こえてくる素直の声が新鮮だった。
遠いのに近い感じ。

ふと、あの美少女を思い出して胸がチクりと痛む。
ただの言いがかりのようなものと思って、気にしていないはずだったのに、素直のことを言われると辛い。
圭太と晋作が仲良くしてるのを見ると、羨ましいと思ったり、素直が騒がれるのを見て胸がざわついたり、私の感情は忙しい。
それなら、思いきって素直から離れればいいのかもしれないけど、そう考えるだけで辛くて泣きたくなる。
これって、私が素直を好きってことなのだろうか。
素直からすれば、友人の延長のような付き合いで、いつ解消するかわからないのに。

すると、突然スマホが鳴る。

「もしもし?」
「もしもし、村瀬です。
手術無事に終わって良かった。
もう痛みは落ち着いた?」
「うん。じっとしてたら痛くない。
村瀬?大和くんだよね?」
「うん。村瀬大和です。
もしかして名字だと思った?
突然名前呼びだったからコミュニケーション能力高いなと思ってたよ」
「母から大和くんって聞いて。
大和が名字だと思って、慣れ慣れしく呼んじゃってごめんね。
本当に助けてくれてありがとう」
「あはは。そんなの全然構わない。
大和でいい。
澤村の彼女の来見さんだよね。
くるみって下の名前だと思ってたから、名字わからなくて焦った。
スマホ、勝手に見てごめん。
でも、ロックはかけておくべき。
今回はそれで親に連絡とれたけど」
「うん、気を付ける。
私ね、来見葵っていうんだ。
どっちも下の名前みたいでわかりにくいよね。
退院したら、改めてお礼させてね」

大和くんの声はやっぱり低めで、落ち着く声だった。落ち着いて聞くと素直の声に少し近い。
大和くんとの電話の間に、圭太からたくさんメッセージが届いていた。

『来見のばか!
体調悪いならそう言え!
めちゃくちゃ心配した!
晋もそう言ってる!』
『晋作といっしょかな?
本当にごめん!
もう大丈夫!
晋作にも伝えて』
『大丈夫って言えるのは、おなら出たときだろ。
罰として、おなら出たら報告な!』
『了解!夜中でも1番に報告する(笑)』

圭太とのくだらないやりとりに、ふふっと笑いそうになって、キズがひきつるのかお腹の痛みにこらえるはめになった。

『圭太とのやりとりは笑っちゃって、キズのの痛みを伴うからしばらく、自重する』
『いいこと聞いたから、くだらないネタ見つけたらこまめに連絡する!
ゆっくり休め!おやすみー』

私が席を外したタイミングが悪かったから、変な感じにならなきゃいいなと思ってたから、虫垂炎に少しだけ感謝する。

丸いメガネを掛けた大きくて優しそうな医師せんせいは、

「まだ若いから、ビキニ着られるように傷は小さくできるだけ綺麗に縫ってあげたからね」

と言っていた。
医師せんせい、私は恥ずかしくて多分ビキニは着ること無いと思う。
でも、気持ちはうれしいです。

ふと1人になると、淋しい気がしてイヤホンつけてテレビをつけることにした。
テレビでは以前流行ったお笑いのネタ特集をしていた。
どぶろっくが紹介されて、金の斧銀の斧のネタが流れている。
懐かしくなって、ふと昔を思い出した。

中学2年生の修学旅行のホテルで、仲の良いグループである部屋に集まって、おかしパーティーの真っ最中だった。
つけっぱなしのテレビでは、今と同じようにどぶろっくがネタを披露してる。
意外と言われるが、どぶろっく好きな私は、ついテレビに集中してしまい、笑ってしまった。
夏になって短パンになると、トイレで脛に尿が飛び散っているのを実感してしまう、というネタだった。
おかしくてクスクス笑っていると、たまたま隣にいた素直と目があった。
まだ付き合う前だ。
お祭り騒ぎで気持ちがフワフワしていたからかもしれない。
ハーフパンツを着ていた素直につい、

「飛び散ってるの?」

と聞いてしまった。
素直は少しだけ驚いたような表情をした後、自分の足下を見るとおかしそうに笑い出した。

「実は、飛び散ってる」

そんなこと言いそうにない素直に、とんでもないことを聞いたのは私だけど、素直も真面目に答えてくれると思わなかった。
素直の答えに、私もおかしくなって、2人とも笑いが止まらなくなった。
周囲は私たちがなぜ笑っているのかわからなかったようだ。

「なに笑ってるのー?あやしーい」
「2人仲良いんだー」
「まさかお前らどぶろっく見て笑ってんの?
おい!来見!お前女子だろー。
直もイメージ大事にしろー」

私は素直の回答がツボに入ったまま、こくこくと頷くしかなかった。
ひとしきり大笑いして、落ち着いた頃素直に言ったことを覚えている。

「素直って良い名前だよね。
ずっとそう思ってた」
「そうかな?
素直でいろとか、素直って名前だから性格も素直なんだろって思われてそうで好きじゃないけど」
「だから直って呼ばせてるの?
素直ってすごくいい名前なのに。
私なんて来見葵だから、どっちが名前かわからなくて、仲良くなってもずっと名字呼びだよ」
「それなら俺は葵って呼ぶよ。
葵なら素直って呼んでもいい」

あれからだ。
私たちが仲良くなったのは。
お互いに、素直、葵と呼び合うようになって、周囲から仲の良さを怪しまれるようになった。
実際のところ、友人としての感情以外なかったから、やましいことはなかった。

「それじゃ、俺たち付き合おう」

素直のあの言葉がなければ、付き合ってなかったと思う。
付き合いだしても、友達のような関係は今も変わらない。
素直はいつも誠実で、優しい。
私を大事にしてくれているのも伝わってくる。
でも、私は今日確かにあの美少女の存在にモヤモヤした。
素直の彼女だと噂されているあの子。
私は素直にふさわしくないと言ってきたあの子。
素直の彼女は私なのにと思った。

あれは....嫉妬だったのかな。
そう考えたら、急に顔に熱が集まってくるのがわかった。
私、いつの間にか素直が好きになってたんだ。
幸せそうな圭太と晋作を見て、羨ましいと思ったのも、素直に恋してるからなんだ。
私は今、はっきりと自分の初恋を自覚してしまった。
恥ずかしさと照れ臭さでもがきたかったけど、寝返りを打つのもお腹のキズがひきつって痛む。
仕方なく、ぎゅっと目をつぶると足だけジタバタした。

好きだと気付いた相手が、前から付き合っていた彼氏で、自分のことを大事にしてくれているなんて、奇跡すぎる。
私は素直が好きだけど、素直はどうなんだろう?
自分の気持ちを自覚したら、素直にどう思われているのか気になって仕方がなくなってきた。
素直は誠実で優しいから、何の予兆もなく別れようと言われることはない気がする。
でも、いきなり付き合おうと言える行動力はある。
他に好きな人ができたら、急に他に好きな人ができたから別れようと言われるかもしれない。
いろんなことを考えていたら、いつの間にか眠りについていた。

夢の中で私は、素直に

「実は好きな人ができた。
葵は俺のこと何となく付き合ってただけだよね。
別れてお互いに幸せになろう」

といつもの優しい笑顔で別れを告げられていた。

「私は素直のこと好きだよ。
気付いてなかっただけ」

ちゃんと思いを伝えたけど、

「あなたは素直くんにふさわしくない」

とあの美少女が現れて、素直の腕に手を絡ませると、2人は幸せそうに笑いながら去って行ってしまうというものだった。

目が覚めたとき、涙が溢れていて自分が泣いていたことに気付いた。
現実になりそうで怖かった。
私たちはこれまで、お互いに好きだと気持ちを伝えたことはない。
それでも、お互いを尊重して大切にはしてきた。
確かに素直の本当の気持ちはわからない。
今さら、告白するのは勇気がいる。
でも、自分の気持ちをちゃんと伝えなきゃと思った。

それから1週間程で退院することになったが、素直は毎日LINEをくれたり、夜は電話もくれた。
素直の表情が見えない分、どんな気持ちで連絡くれるのか気にはなった。
不安からか何度か泣きながら目覚めたりもした。
でも、私がしなきゃいけないこと、したいことは1つ。きちんと気持ちを伝えることだ。
逃げないためにも、退院前夜、心の友だと言ってくれた圭太と晋作にも電話で話を聞いてもらうことにした。

「圭太、実は私たち全くベテランカップルじゃないの。清く正しく健全な交際。
手すら繋いだことないし、好きだって言ったことも言われたこともない。
この前言えなくてごめん」
「....は?
えー!!!あ、ふーん。そーなんだ。
へぇー。
いや、っていうかそれじゃどうやって付き合うことになったんだよ?」

これまで、何となく人に話すのを躊躇っていたなれそめを、2人に聞いてもらった。

「いやー、なんか直と来見って感じするわ。
納得」
「そうかな?晋作は直と仲いいからそう思うんだろうけど、俺は直カッコ悪って思った!
ちゃんとはっきりと好きだって言えよ!」

どう思われるか気になりつつ話したのに、2人は大笑いだった。

「それでさ、この前圭太が言ってたことわかったよ。圭太は晋作のもので、晋作は圭太のものだっていいなーっていうの。
この前の試合の時、違う誰かが素直の彼女だって言われてて、モヤモヤした。
私が素直の彼女なのにって」
「そんなの当たり前だろ!
やっぱりアレ気にしてたんだよな。
俺らも上手くフォローできなくて、それで腹痛くなったんじゃないかって思ってたんだ」
「それは、本当に無関係だから。盲腸だし。
でもあのお陰で、今さらだけど私は素直のことが好きだったんだな、恋してたんだなって気付けた」
「......そんな話は、圭や晋じゃなくて最初に俺に言えよ」

......え?

「ごめんな、来見!
実はさ、圭太から大事な話聞いてほしいって来見に言われたって言うから、こっそり直にもいてもらったんだ」
「....え?素直?」
「葵、結果的に騙したみたいになってごめん。
でも、別れたいって言われるんじゃないかって思ってたんだ。
それで俺が無理にいさせてもらった。
俺、なかなか言えなかったけど付き合おうって言う前から、ずっと葵が好きだよ。
俺もずっと葵に恋してる。
葵に断られないようにあんな風に言ったし、手も繋げなかった」

全く話が頭に入ってこない。
私の話、全部素直に聞かれてた?
恥ずかしさから心臓の音がバクバクいってて、血液がドクドクと流れていくのがわかる。

「..........」
「....葵?」
「おーい!来見!
落ち着いて息しろよー。
結果的に来見の正直な気持ちちゃんと伝えられたんだから良かったんじゃね?
気持ちがなければこんなに長く付き合ってないだろうし、お前ら相性もいいんだよ。
意外にポンコツな直とオトコマエなところのある葵。
それに、どぶろっくのネタ見て、甘酸っぱい感じになるのお前らしかいねーよ」

圭太の言葉で、気が抜けてしまった。

「そう言われてみたらそうかも」

つい、クスクスと笑いが漏れてしまう。
電話の向こうで3人が笑う声も聞こえる。
気持ちを伝える前と後で状況は何にも変わってないけど、気持ちが全然違う。

「素直、これからも私の彼氏でいてくれる?」
「もちろん!
葵こそ、俺の彼女でいてください。
付き合いだした時よりずっと、葵のこと好きだからな。現在進行形で記録更新中!」
「うん、私も素直が好き」

「それにしても、直、良かったな。
やっと来見に好きになってもらえて。
付き合ってるくせに片思い期間長すぎるだろ」
「晋!片思いは辛いんだぞ。
直、俺は直の気持ちがわかるぞ。
お互いに報われて良かったな」
「だな。
葵、明日の退院は俺が迎えに行くから。
おばさんにも伝えてある。
おばさんが午前中退院手続きしてくれるらしいから。
明日合えるの楽しみにしてるな」
「うん。ありがと。
私も楽しみにしてる」

電話する前胸の辺りに合った重い感情が、スッキリとなくなっていた。
やっぱり黙っていても、気持ちは簡単には伝わらないってことなんだ。
以心伝心にも限界がある。
明日、素直に会えるという喜びでドキドキする一方、かなり恥ずかしいこと沢山言っちゃったなという照れが出てきた。
明日、退院の時間になったらすぐに帰れるよう、荷物を簡単にまとめて、無理やり眠ることにした。


「来見さん、キズも綺麗に塞がってるからね。
予定どおり、今日退院しようね」

丸いメガネの医師せんせいの診察を受けたら、私は自由になった。
支払いは仕事に行く前に、母が済ませておいてくれたらしい。

『病院近くのベンチにいるから、終わったら連絡して。
迎えにいく』

素直も早々に来てくれているらしい。
会ったら何て声かけよう。
これまで、素直に会うのにこんなこと考えたことなかった。

『無事に退院許可出たよ。
これから玄関に向かうね』

LINEを入れると、荷物を持って病室を出る。
心配させてごめんね、かな。
迎えに来てくれてありがとう、とか。
廊下を歩きながら考える。
退院前にシャワーは入れたけど、髪の毛結ぶことしかできなかった。
オイルくらいは持ってきてもらえば良かったかな。

「葵!」

気がついたら、病院のホールまで来ていた。
身長の高い素直が、笑顔でブンブン音がしそうなくらい長い手を振ってくれている。
それを見たら、これまで考えてたことが全て飛んでいってしまった。
早歩きで近づくと、持っていた荷物を当たり前のように素直が持ってくれた。

「おかえり。
良く頑張ったな。
もう痛くないか?」

素直だ。
本物の素直だと思ったら、私はそのまま素直の胸元にしがみついてしまった。

「...素直、会いたかった....」

そして、あろうことか泣いてしまった。
素直はすごくビックリしたみたいだったけど、荷物を持っていないほうの手で、そっと抱き締めるように大きな手で頭をポンポンと撫でてくれた。

「葵、おかえり。
俺もめちゃくちゃ会いたかったよ」

素直の優しい声に癒されて、少しずつ感情が落ち着いてきた頃、

「おぉ!来見さんは意外と大胆だね!
このカッコいい子は彼氏かな?
ちゃーんとビキニ着られるように、傷口は小さく綺麗に縫合しといたからね!」

例の丸いメガネをかけた医師せんせいが、ニコニコしながら寄ってきた。
急に現実に戻って、恥ずかしさからぱっと離れる。

「退院のお見送りだよ。
元気になって帰っていく患者さんを見送るのは僕の楽しみだからね。
これからは、不調があったら早めに受診するんだよ」
「はい、ありがとうございます。
お世話になりました」

医師せんせいは大きな体でニコニコしながら、ヒラヒラと手を振っていなくなった。
そうだった。
ここは人の目のある病院だった。
自分の顔が赤いことがわかる。
チラリと素直の表情をうかがってみたら、素直も真っ赤だった。

「ごめん。
感情が高ぶっちゃった」
「いや、葵がかなりかわいくてうれしかった。
でさ、葵はいつビキニ着るの?
今年は無理だから来年の夏?」
「え?ビキニ?
着ない!絶対に着ない!
あれは医師せんせいが勝手に言ってただけだから」
「えー?気持ちが変わったらいつでも着ていいからね。ただし、俺の前でだけね。
ビキニの上に俺のTシャツ着るのもアリ!」

素直はがっかりしたような、からかうような顔をして私を覗き込んで笑っている。

「さ、それじゃ帰ろっか」

自然と素直が左手を差し出してくれて、私もそっとその手を掴む。
素直の手って大きいと思ってたけど、こんなにしっかりしてるんだ。
初めて手を繋いだことで、また顔が熱くなって赤くなるのがわかる。

付き合って3年目。
私たちの恋はまだ始まったばかり。
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