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第三章 刑事、慟哭す
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「!」
那臣は思わず息を呑む。
真横で悪戯っぽく微笑むみはやの瞳は、獲物を視界に捉えたときの、あの怪しい銀灰色の光を放っていた。
ゆっくりと息をつき、微笑で応えてやる。
「……さすがだな。そっちでも拾ってたか」
「当然です、だてにこの数日間寒空の元、放課後、街をせっせとふらついていた訳じゃありません。
あ、今日みたいに那臣さんのお帰りが遅い日も、ちゃあんと八時前には帰宅してましたよ。褒めてくださいな」
「褒めるもなにも、中学生なら当然のことだ」
「ううっ、氷点下のコメントです……ドS全開されちゃいました……ではご褒美がいただけるまで、可哀想な美少女探偵は、明日も門限八時厳守で頑張ります!」
「忍者の次は探偵か」
「那臣さんがお望みならば、喜んで属性バラ売りでなく、コラボで装備いたしますが? ツインテールJCメイド忍者探偵……おっ、なんだかイイ感じじゃないですか」
「……もういいから本題に入ってくれ。どうやって『オーディション』という言葉に辿りついた?」
「美少女探偵の名推理は後からのお楽しみ、ということで、まずは那臣さんの方からどうぞ。
今日は昔のお知り合いと会ってきたんですよね? さっそく真夜中の捜査会議、しちゃおうじゃありませんか」
すでにこちらの情報源まで知られているとは恐れ入る。
那臣は芋をくわえ、「お見事」と、マグカップを掲げてみせた。
目映いイルミネーションに彩られた表通りを、駅の方から大股で駆け寄ってきたその男は、記憶の中の姿よりまた少し背が伸びたように見えた。
「館さん……! お久しぶりす!」
「おう、ヒロヤ! ……大きくなったな」
両手で肩を叩いてやると、望月大弥は、人懐っこい笑顔をさらにくしゃくしゃに緩める。
「大きくなったとか……おっさんすか? 俺もう子どもじゃないんすから」
「悪い悪い。もう二十……二、いや、お前、誕生日十月二十五日だったから、もう二十三か」
「ええっ? 館さん、俺の誕生日まで覚えてるんすか?」
「覚えてるさ、鑑別所の面会室で、一緒にケーキ食っただろうが」
その時のことを思い出したようだ。大弥は、ああ、と何度も大きく頷く。
「ナイショでこっそりローソクに火付けたら、熱で火災報知器鳴らしちまったんでしたっけ」
「嬉しそうに言うな、あの後、俺は鑑別所からも上司からも、滅茶苦茶説教食らったんだぜ?」
大弥を軽く小突きながら、那臣もまた少し照れくさそうに微笑んだ。
二人は居酒屋に場所を移すと、改めて再会を祝って乾杯した。
「小西さんから聞いてるぞ、ずいぶん頑張ってるみたいじゃないか」
大弥のグラスにビールを注ぐ。
件の火災報知器事件から早六年、少年だった大弥も、こうしてさしで呑める年齢になった。ぐいと呑み干し、大弥も那臣のグラスに注ぎ返す。
「いやー、まだまだ頑張らなきゃすけど……館さんに褒められると、なんかめっちゃ嬉しいすね!」
「ヒロヤと一緒に飯食うと、どんなやんちゃな奴でもすぐ懐いちまうってな。小西さん、俺なんか全然敵わないってぼやいてたぞ」
「ははっ、フツーに話聞いてやってるだけすよ。つーか俺、館さん真似させてもらってるつもりなんすけど」
「俺をか?」
「はいっす。俺、館さんリスペクトなんで。今、俺がマトモにやれてるのって館さんのおかげっすし」
大弥は、にいっ、と大きく歯を見せた。
かつて大弥は、少年係の補導常連であった。
繁華街の飲食店をターゲットに、派手な犯行を繰り返していた窃盗グループの、下っ端構成員として利用されていた十七歳の大弥を那臣が逮捕したのは、もう六年前のことだ。
今では自らの過去と同じ境遇の、様々な理由で家や学校に居場所のない少年たちを保護し、支援するNPO法人の中心メンバーとして活動している。
当時から大弥は、那臣をとてもよく慕ってくれていた。
親に捨てられ、親しい友人もない孤独な少年だった大弥にとって、那臣は兄のような存在だったのかもしれない。
忙しく活動する様子を、誇らしげに語る大弥を見つめ、那臣は目を細め、グラスを空けた。
「……あ、すんません、俺ばっか喋っちまって。館さん、何か俺に話があったんすよね?」
大弥がビールを注いでくれる。こぼれかけた泡を慌ててすすって、本題に入った。
「おお……ちょっと力を貸してほしいことがあるんだが」
「何すか? 俺に出来ることなら、何だって言ってください。俺、館さんのためなら何だってやりますんで!」
「ははっ、頼もしいな、助かるよ。実はこの子なんだが……」
那臣は、上着の内ポケットから一枚の写真を取り出し、大弥に見せた。品川駅近くのホテルの敷地内で遺体となって発見された女性の、生前の写真だった。
被害者玉置結奈は、通信制の高校に籍を置く十七歳の少女である。
以前から義理の父親と折り合いが悪く、週に一度の登校日にも、ほとんど学校へ通っていなかったようだ。遺体発見の三日前北九州市の自宅を飛び出し、東京へと向かったとみられる。
小倉駅で地元の友人にSNSでメッセージを送った直後から連絡が途絶え、翌々日の夕刻、品川駅から数百メートル離れたホテル敷地内の、庭園の植え込みの影で、絞殺死体となって発見された。
品川駅と、その周辺の防犯カメラの映像から、上京当日の被害者の姿は確認されたが、その後の足取りは未だ不明である。
家出少年の保護も手がけるNPOなら、被害者の何らかの情報を持ってはいまいか。そう考えた那臣は、旧知の間柄である大弥に相談を持ちかけたのだった。
那臣は思わず息を呑む。
真横で悪戯っぽく微笑むみはやの瞳は、獲物を視界に捉えたときの、あの怪しい銀灰色の光を放っていた。
ゆっくりと息をつき、微笑で応えてやる。
「……さすがだな。そっちでも拾ってたか」
「当然です、だてにこの数日間寒空の元、放課後、街をせっせとふらついていた訳じゃありません。
あ、今日みたいに那臣さんのお帰りが遅い日も、ちゃあんと八時前には帰宅してましたよ。褒めてくださいな」
「褒めるもなにも、中学生なら当然のことだ」
「ううっ、氷点下のコメントです……ドS全開されちゃいました……ではご褒美がいただけるまで、可哀想な美少女探偵は、明日も門限八時厳守で頑張ります!」
「忍者の次は探偵か」
「那臣さんがお望みならば、喜んで属性バラ売りでなく、コラボで装備いたしますが? ツインテールJCメイド忍者探偵……おっ、なんだかイイ感じじゃないですか」
「……もういいから本題に入ってくれ。どうやって『オーディション』という言葉に辿りついた?」
「美少女探偵の名推理は後からのお楽しみ、ということで、まずは那臣さんの方からどうぞ。
今日は昔のお知り合いと会ってきたんですよね? さっそく真夜中の捜査会議、しちゃおうじゃありませんか」
すでにこちらの情報源まで知られているとは恐れ入る。
那臣は芋をくわえ、「お見事」と、マグカップを掲げてみせた。
目映いイルミネーションに彩られた表通りを、駅の方から大股で駆け寄ってきたその男は、記憶の中の姿よりまた少し背が伸びたように見えた。
「館さん……! お久しぶりす!」
「おう、ヒロヤ! ……大きくなったな」
両手で肩を叩いてやると、望月大弥は、人懐っこい笑顔をさらにくしゃくしゃに緩める。
「大きくなったとか……おっさんすか? 俺もう子どもじゃないんすから」
「悪い悪い。もう二十……二、いや、お前、誕生日十月二十五日だったから、もう二十三か」
「ええっ? 館さん、俺の誕生日まで覚えてるんすか?」
「覚えてるさ、鑑別所の面会室で、一緒にケーキ食っただろうが」
その時のことを思い出したようだ。大弥は、ああ、と何度も大きく頷く。
「ナイショでこっそりローソクに火付けたら、熱で火災報知器鳴らしちまったんでしたっけ」
「嬉しそうに言うな、あの後、俺は鑑別所からも上司からも、滅茶苦茶説教食らったんだぜ?」
大弥を軽く小突きながら、那臣もまた少し照れくさそうに微笑んだ。
二人は居酒屋に場所を移すと、改めて再会を祝って乾杯した。
「小西さんから聞いてるぞ、ずいぶん頑張ってるみたいじゃないか」
大弥のグラスにビールを注ぐ。
件の火災報知器事件から早六年、少年だった大弥も、こうしてさしで呑める年齢になった。ぐいと呑み干し、大弥も那臣のグラスに注ぎ返す。
「いやー、まだまだ頑張らなきゃすけど……館さんに褒められると、なんかめっちゃ嬉しいすね!」
「ヒロヤと一緒に飯食うと、どんなやんちゃな奴でもすぐ懐いちまうってな。小西さん、俺なんか全然敵わないってぼやいてたぞ」
「ははっ、フツーに話聞いてやってるだけすよ。つーか俺、館さん真似させてもらってるつもりなんすけど」
「俺をか?」
「はいっす。俺、館さんリスペクトなんで。今、俺がマトモにやれてるのって館さんのおかげっすし」
大弥は、にいっ、と大きく歯を見せた。
かつて大弥は、少年係の補導常連であった。
繁華街の飲食店をターゲットに、派手な犯行を繰り返していた窃盗グループの、下っ端構成員として利用されていた十七歳の大弥を那臣が逮捕したのは、もう六年前のことだ。
今では自らの過去と同じ境遇の、様々な理由で家や学校に居場所のない少年たちを保護し、支援するNPO法人の中心メンバーとして活動している。
当時から大弥は、那臣をとてもよく慕ってくれていた。
親に捨てられ、親しい友人もない孤独な少年だった大弥にとって、那臣は兄のような存在だったのかもしれない。
忙しく活動する様子を、誇らしげに語る大弥を見つめ、那臣は目を細め、グラスを空けた。
「……あ、すんません、俺ばっか喋っちまって。館さん、何か俺に話があったんすよね?」
大弥がビールを注いでくれる。こぼれかけた泡を慌ててすすって、本題に入った。
「おお……ちょっと力を貸してほしいことがあるんだが」
「何すか? 俺に出来ることなら、何だって言ってください。俺、館さんのためなら何だってやりますんで!」
「ははっ、頼もしいな、助かるよ。実はこの子なんだが……」
那臣は、上着の内ポケットから一枚の写真を取り出し、大弥に見せた。品川駅近くのホテルの敷地内で遺体となって発見された女性の、生前の写真だった。
被害者玉置結奈は、通信制の高校に籍を置く十七歳の少女である。
以前から義理の父親と折り合いが悪く、週に一度の登校日にも、ほとんど学校へ通っていなかったようだ。遺体発見の三日前北九州市の自宅を飛び出し、東京へと向かったとみられる。
小倉駅で地元の友人にSNSでメッセージを送った直後から連絡が途絶え、翌々日の夕刻、品川駅から数百メートル離れたホテル敷地内の、庭園の植え込みの影で、絞殺死体となって発見された。
品川駅と、その周辺の防犯カメラの映像から、上京当日の被害者の姿は確認されたが、その後の足取りは未だ不明である。
家出少年の保護も手がけるNPOなら、被害者の何らかの情報を持ってはいまいか。そう考えた那臣は、旧知の間柄である大弥に相談を持ちかけたのだった。
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